忍者ブログ
天音花香の小説をUPするブログです。個人サイトの小説はこちらに移しました。現在二時創作と短編を中心に書いています。
カレンダー
05 2017/06 07
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
リンク
フリーエリア
最新コメント
[08/05 天音花香]
[08/05 藍]
[07/21 天音花香]
[07/15 藍]
[07/11 天音花香]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
天音花香
HP:
性別:
女性
職業:
主婦
趣味:
いろいろ・・・
自己紹介:
小学生のときに、テレビの影響で、小説を書き始めました。高校の時に文芸部、新聞部で文芸活動をしました(主に、詩ですが)。一応文学部でです。ですが、大学時代、働いていた時期は小説を書く暇がなく、主婦になってから活動を再開。

好きな小説家は、小野 不由美先生、恩田陸先生、加納朋子先生、乙一先生、浅田次郎先生、雪乃 紗衣先生、冴木忍先生、深沢美潮先生、前田珠子先生、市川拓司先生他。
もう一つのブログでは香水についてレビューをしております。
http://yaplog.jp/inka_rose/
こんな私ですが、宜しくお願いします。





ランキングに参加しております。よろしければ下のバナーをクリックしてください!


にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

ブログランキングのブログん家


ネット小説情報局


オンライン小説検索・小説の匣


文芸Webサーチ


カテゴリ別オンライン小説ランキング

オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなびtitle="オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび"width="200"height="40"
border="0">



NEWVEL2


『小説家になろう』


『MEGURI-NET』


『NEWVEL』





別名で小説を出版しております。

クリックで救える命がある。
バーコード
ブログ内検索
P R
アクセス解析
フリーエリア
フリーエリア
おはようございます、天音です。

大変ご無沙汰しております。


前回書いていた、書きかけの小説のめどがついたといいますか、終わりまでかけそうなので少しずつアップしていこうと思います。
王子のモデルは読めばたぶんすぐに気づくとは思いますが、某有名フィギュアスケート選手です。
でもあくまでモデルで本人ではなく、羽田葵というキャラクターとして楽しんでいただけると幸いです。

とっても甘い学園ものが書きたくて書いた小説で、おいおいと思う箇所が出てくるかもしれませんが、生暖かい目で見守ってくださいませ。




ココから小説

 
「王子、おはよう〜」
 女子の声にドキリとする。
 いるんだ、葵君。
 下駄箱の上履きに手をかけながら、不自然にならないように注意して声のした方を向く。

 ーーいた。

 姿を見るだけで、こんなにも心臓がうるさい。
「おはよう」
 葵君が応えている声。やわらかで、誠実さに満ちたテナーの声。耳がとらえてしまう。
 朝の空気が爽やかさを帯びる。

 近づいてくる。もう、すぐそばまで。
 鼓動が早まる。
 上履きを出す手が震えそうになる。靴を下駄箱に入れた。
 そのとき。

 神経が後ろに集中するような錯覚。背中が熱くなるような。
「日向先輩おはようございます」
 
 一瞬息をするのを忘れそうになる。
 声はすぐ後ろの上から降ってきた。
 やっぱり葵君だ。……また背が伸びたんだ。
「……おはよう、羽田君」
 振り返って挨拶をすると人懐こい笑顔を浮かべた葵君がいた。

 この笑顔が好き。
「また、背、伸びたんじゃない?」
「わかりますか? 伸びました。日向先輩より、もうだいぶん高いでしょう?」
 嬉しそうに笑う葵君。
「本当だね」
 私にはその笑顔が眩しすぎて、思わず下を向いてしまった。
「誰?あの人?」
 女子の声に私はハッとする。
「それじゃ、私、行くね」
 慌てて上履きを履く。
 葵君は、またニコッと笑って、手をあげた。
 その仕草が嬉しくて、切なくなる。頭を軽く下げて、私は教室へと急いだ。


 羽田葵君。
 もう葵君なんて呼べない。
 彼は王子で私はただの女子。
 葵君とは親同士が友達で、幼い頃はよく一緒に遊んだ幼馴染だった。二つ年下の可愛い男の子。だったのに。
 四歳のとき、私はピアノを、葵君も四歳になってからフィギュアスケートを始めた。小学生の間はよくリンクに葵君を見に連れていってもらったし、葵君も私のピアノもよく家に聞きに来ていた。だけど、私はピアノを専門に進路を進めることはなかった。今でも習っているけれど趣味の範囲だ。
 葵君は違った。
 彼は今、男子フィギュアスケート界で期待の星の一躍有名人になり、その端正なのに可愛いルックスから女子からは王子と呼ばれる存在となった。
 そして私にとっても、可愛い男の子ではなく、好きな男性、になった。

 葵君とは中学校までも同じだった。そして今年の春、葵君は同じ高校に進学してきた。
 こんなに近くにいるのに。葵君。今のあなたは私にとっては遠いよ。


「沙羅! 王子が登校してたでしょ? 会えた?」
 親友柳朋子が教室に入ると話しかけてきた。
「うん……」
「何?冴えない顔」
「そ、そんなことないよ?
ただ、葵くんどんどん人気者になって行くなあと思って」
「ま、今じゃ皆の王子様だからね」
「そうだね……」
「ほら、元気だしなって! 沙羅と王子は幼馴染なんだから」
 私はどきりとして周りを見回す。
「ともちゃん、声大きい! それは内緒なんだから。
それに、昔は幼なじみだったかもしれないけど、今は……。もう特別ではないんだよ」
 自分で言って悲しくなった。
 そう、もう葵君にとって私は一人の先輩でしかないはずだ。
 葵君。
 今は皆の王子様。


                     *              
 

 幼い時に葵君と遊んだ公園は、私にとってかけがえのない大切な場所。時々ベンチで紅茶を飲む。忙しい毎日でちょっと幸せを感じるひと時。
 その日も紅茶の缶を手に公園を訪れた。
 そこには先客がいた。途端に心臓が早鐘を打つ。
「羽田君」
「あ、日向先輩。こんにちは」
 私に気付いた葵君は笑顔を浮かべたがなんだか元気がないように見えた。
「どうぞ」
 促されるままに隣に腰をおろす。なんだか緊張する。
「日向先輩もここに来る時あるんですか?」
「うん……たまに。
今日は練習いかなくていいの?」
「……今日はなんだか行きたくない気分で……」
「そっか……そういう日もあるよね」
 私は葵君のかわりに笑ってみせた。葵君も少し笑顔を見せる。
 しばらく黙って私と葵君は遊び回る子供たちを見ていた。
「僕たちもここでよく遊びましたね」
 私は少し嬉しくなった。覚えていてくれたんだ、葵君。
「そうだね」
「砂場でお城作ったりしたなあ」
「羽田君、作った後はすぐに壊しちゃってたよね」
「……。それは……。完成すると終わってしまいそうで嫌だったんです」
「終わる?」
「……。なんでもありません」
 葵君はそう言うと目を伏せた。
 私はそれ以上聞けなくなって持っていた紅茶の缶を握りなおした。
「そ、そうだ。紅茶、飲む? まだ開けてないから」
「いえ、いりません。ありがとうございます。
あ、そうだ、これ、食べませんか?」
 葵君はそう言ってカバンからアーモンドチョコの箱を取り出した。
「甘いもの、食べて大丈夫なの?」
「たまには食べますよ?」
「そうなんだ。
羽田君、好きだったよね、チョコレート。今でも好きなんだね」
 私が笑うと葵君も微笑んだ。
「はい、好きです」
 葵君は、よく持ってきては私に食べさせてくれたっけ。
「あーん」
 私は昔を思い出すように口を開けて、はっと我に返った。何してるんだろう。私はもう子供じゃないし、葵君だって昔の葵君じゃないのだ。一人で懐かしくなって、距離を忘れるところだった。
「な、なんちゃって……」
 慌てて口を閉じてごまかすように笑った。
 葵君は、黒い瞳をちょっと揺らして、細長い指でチョコ一粒とった。
 そして。
「はい、あーん」
「え?」
 驚いて葵君を見る私の口に葵君はアーモンドチョコを押し込むように入れた。
 甘い味が口に広がる。
 でも、それよりも、唇に触れた葵君のひんやりした指先の感覚が私を支配していた。かあっと頬が熱くなるのを感じた。こんなにもドキドキするのに、目が葵君から離せない。葵君はきっと子供の頃の延長でしたんだ、そうに決まってる。
 でも。
 葵君は恥ずかしそうに自分の指先を見ていた。その耳は真っ赤に染まっていた。

 どうしよう。葵君、可愛い。胸がなんだか苦しい。
「あ、あの、美味しいね、このチョコ」
 懸命に言葉を紡いだ。
「そう、ですね」
 まだ赤い顔で恥ずかしそうにしながら葵君は応えた。そして。
「日向先輩の唇って柔らかいんですね」
 葵君はますます顔を赤くしてそう言った。
「そ、そうかな……」
 心臓が壊れそう。

 ……。

 ……。


 言葉が続かない。

 ……。

 ……。

 しばらく私と葵君は黙って俯いていた。

 どれくらい時間が経っただろう。

「ふぅー」
 葵君が大きく息を吐いた。
「羽田君?」
 尋ねる私に葵君はまた寂しそうに笑った。
 そして正面を向いた。
「……僕、スランプなんです。
今の曲、なんだか上手く演じられなくて……」
 葵君はじっと前を見つめながらそう言った。
 私は黙って葵君の話を聞く。
「何かが違うというか……。イメージが、わかないんです。滑っていても、自分のものにできない感じで……。
だから、曲を変えたいと思っているんです」
 それで元気がなかったんだ……。
「……日向先輩、まだピアノ続けてますか?」
「え? うん」
「昔、よく弾いているのを聞かせてもらいましたね」
「……そうだね」
「懐かしいな……。……僕、ピアノ曲がいいな」
「え?」
 葵君は私の方を向いた。
「ピアノ、聞きたいです」
「ええ?!」
 すぐそばに葵君の真剣な目があり、私は自分の頬が赤くなるのを感じた。
「今日、これから、だめですか?」
「今から?!?」
「って、急すぎですよね。すみません。無理ならいいんです」
 葵君は困ったように笑った。
 さっきから葵君は笑っていてもいつものような明るさがない。私はそれがとても悲しくなった。
「い、いいよ! 私も今日は時間あるし、大丈夫!」
 私の言葉に葵君は顔を輝かせた。
「いいんですか? やった! ありがとうございます!」
 葵君は顔をくしゃくしゃにして笑った。やっぱり葵君は明るい笑顔が似合う。私も思わず笑顔になった。



 葵君と並んで道を歩く。なんだか急に距離が縮まったような錯覚を覚える。足がふわふわして、雲の上を歩いているみたい。
 だめだよ、勘違いしちゃ。葵君は王子なんだから。
「……日向先輩、最近よそよそしくないですか?」
 葵君に唐突に言われて、私はどきりとした。
 よそよそしい。
 そうとれるかもしれない。
 でもそれは、私は葵君とは何でもない間柄なのだから当然といえば当然だ。変に仲良くみえたら、他の女子になんて言われるか。
「……そんなこと、ない、けど……」
「挨拶してもすぐに教室に入っちゃうし、……葵君と呼んでくれなくなりました」
「それはっ。だって羽田君は王子で!」
 私は思わずそう答えた。
「や、やめてくださいよ!」
 葵君は頬を朱に染めた。
「あれは勝手に周りが呼んでいるだけで、僕は困っているんです」
「でもそれだけみんなにとっては羽田君は特別な王子様みたいな存在なんだよ」
「僕はそんなこと望んでない……」
 葵君は悲しげに目を伏せた。その姿に心が痛む。
「羽田君……」
「僕は、あの頃と何も変わっていませんよ。日向先輩まで僕のことを特別扱いするんですか? 」
 悲痛な声に胸が潰れそうになった。
 私はどうしたらいいのだろう。
「……、今は誰もいません。僕と……」
 ちょっと葵君は言い淀んで、そして続けた。
「紗羅さんだけです。
二人のときもダメなんですか?」
「……葵君……」
 思わずそう呼んでしまった。口元を慌てて押さえる。
 葵君は安心したように微笑んだ。
「二人のときは、そう呼んでください。 じゃなけゃ、寂しいです」
「葵君……。
……うん。分かった」
 葵君は本当は孤独を感じていたのかもしれない。そう思って悲しくなった。私は自分が他の女子にどう思われるかばかりを考えてた。
 葵君。ごめんね。
「あ、着きましたね」
「お母さんびっくりするよ、きっと」
 私が言うと葵君は笑った。

「ただいま〜」
「おかえり〜。
あら、あら? まあ、葵君?
まあ、大きくなって!」
「ご無沙汰しています」
 葵君は深々と母に頭を下げた。
「ピアノを聞きにきてくれたの」
「そうなの? どうぞ、あがって!
お茶を用意するわね」
「お構いなく……」
 葵君をピアノのあるリビングに案内すると、葵君は懐かしそうに目を細めた。
「ピアノの位置、変わっていませんね」
「うん。
何をひこうか?」
 そばのソファーに座った葵君は、ちょっと首をかしげて、
「あ、じゃあ、まずエリーゼのために、ききたいです」
 と言った。
 葵君によく聞いてもらった曲だ。
「分かった」
 懐かしく思いながら弾き始める。なんだか時間が戻ったみたい。美しくそしてどこか物悲しいメロディー。
 パチパチと葵君が手を叩く音がした。
「僕、この曲、好きだったんです。でも、あの頃と全然違いますね。凄く上手です」
「まあ、小学生のときと比べるとそうだよ」
「そうですよね」
 笑う葵君はちょっと淋しそうだった。
「はい、お茶」
 母が紅茶とお菓子を葵君の前に置いた。
「ありがとうございます」
「本当に久しぶりね。すっかり有名人になってしまって、なんだかあの葵君なのかしらと不思議だわ」
 葵君は苦笑いをする。
「本人は全然変わってないと思うんですけれどね」
「そうね、こうして見ると面影が残っているわ。
うちはいつ来てくれてもいいから、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます。嬉しいです」
 葵君の笑顔に母も微笑むと、
「じゃあ、私は買い物に行ってくるわね」
 と外へ出て行ってしまった。
 なんだか気まずいな。
 とりあえず、母が入れた紅茶を飲む。
「えっと、次は何を弾こうか?」
「そうですね、紗羅さんの好きな曲とかありますか?」
「うーん」
 私はちょっと困ってしまった。どの曲も好きな所も苦手なとこらもある。そして、どの曲にも思い入れがある。
「じゃあ、最近弾いてる曲でもいい?」
「もちろんです!」
 私はショパンを何曲か弾くことにした。
 エリーゼのためにと違って難易度が上がると、葵君が聞いていることもあってとても緊張する。暗譜で弾く自信がないので楽譜を置いた。
 弾き始める。
 幻想即興曲、黒鍵……。
 弾いているうちに葵君が気にならなくなっていった。

 一通り弾いて、ふぅと息を着く。
 葵君の方を振り返ると、葵君は目を瞑っていた。
「終わりですか?」
「うん」
「最後に弾いた曲、なんて曲ですか?」
「? ショパンのスケルツォの2番だよ」
「スケルツォ、2番。
静と動のあるいい曲ですね。なんか、イメージが膨らむなあ」
 そう言う葵君はなんだか輝いて見えた。今日一番すがすがしい顔だ。私もなんだか嬉しくなった。
「でもこの曲はまだ合格をもらってないから、まだまだ未完成なんだよ。本当はもっと素敵な曲なの」
「十分素敵でしたよ?どの曲も良かったけれど、スケルツォ?が一番心にグッときました。
この曲いいな。演ってみたいな」
 最後は独り言のように葵君は言った。
 真剣な葵君の表情は大人びて見えて、なんだかドキドキした。
「紗羅さん、ありがとうございます。今日、紗羅さんのピアノが聞けて良かった。僕、頑張ります」
 こちらまで嬉しくなるような葵君の笑顔。
 良かった、葵君、元気になって……。
「うん、良かった。頑張ってね」
 私が笑うと葵君ももう一度笑って飲みかけの紅茶を飲みほした。
「僕、そろそろ帰りますね」
「うん」
 葵君がソファーから立ち上がったので、私もピアノの椅子から立ち上がった。
「今日はわがままを聞いて下さってありがとうございました」
「うううん。葵君が元気になって良かったよ」
 葵君はにこっと笑ってドアノブへ手をかけた。
「それじゃあまた」
「うん、またね」
 私が手を振ると葵君も手を振って、そして一度軽く会釈をしてドアを開けた。私は閉まろうとするドアにとっさに手をかけた。
「あ、葵君、気をつけて帰ってね。また、またね!」
 葵君はちょっと驚いて、次の瞬間顔をくしゃくしゃにして笑った。
「はい、紗羅さん」
 小さくなって行く葵君の後ろ姿を見ながら、私はなんだかぼうっとしていた。
 今日あったことは本当に現実なのだろうか。私、公園でいつの間にか寝てしまって夢を見ていたんじゃないだろうか。
 自分で頬をつねってみたが、あまり痛みを感じない。もう一度強くつねって、
「あ、痛い」
 と私は呟く。
 夢じゃない。
「紗羅、何してるの?」
 帰宅した母に声をかけられるまで私はぼんやりとそこに佇んでいた。



                          続く



  ここまで読んでくださりありがとうございました。
 
 この小説を書き始めたのは去年の1月ごろでした。時間が空いたときに少し書くみたいな調子だったので遅い進みです。
ちょっとびっくりしたのは羽生君のショートプログラムがショパンのバラードに決まった時。
バラードなので曲は違いますが、ピアノ曲かあ! 書いている小説と同じだ! とテンションあがりました。

 少しずつアップしていきますので、今後も読んでいただけると嬉しいです。 

 拍手、ときどきいただいております。嬉しいです。一言あるともっと喜びます。


 この小説を気に入ってくださったら、クリックしていただけると嬉しいです。


 また、ランキングに参加しております。
 プロフィール下のバナー、たくさんありますが、クリックしていただければ幸いです。


 それではまた!              


この小説ブログ、そしてもうひとつの香水ブログに載せている全ての作品の著作権は天音花香にあり、放棄、譲渡しておりません。
無断転載、無許可の販売は禁止です。




                           天音花香
 


拍手[0回]

PR
こんにちは、天音です。


昨日に引き続き「遠い約束2」をアップします。

次はいつアップできるかわかりませんがゆっくりお付き合いいただければと思います。
よろしくお願いします。




ココから小説

 
「紗羅? 紗羅?」
 朋子の声がする。
「紗羅? どうしちゃったの? 今日はいつもに増してぼんやりしてるよ?」
「うん? そうかも」
「ほら、王子だよ?」
「え?」
 葵君?!
 一気に頭が冴えた。
 本当だ。葵君が男子の友達と一緒に前から歩いてくる。
 あ、葵君もこちらに気がついた。そしてにこっと笑った。
 すれ違う時に、
「日向先輩、こんにちは」
と声をかけてくれた。
「こんにちは、羽田君」
 目が合う。またにっこり笑って葵君は歩いていった。
「はあ、今日も王子オーラ全開だね」
 朋子の言葉に、
「そうだね」
と頷きながら、また昨日のことを思い出す。一日経つとさらに現実感がなくなっていた。
 葵君、当たり前だけど普通だった。だから余計に夢だったのだろうかと思えてくる。
「紗羅?」
「あ、うん。なんでも」
 ないと答えようとしてやめた。
「ともちゃん、あのね」
 私は昨日のことをかいつまんで朋子に話した。
「ふーん。なるほど、それで紗羅、変だったのね」
「うん……」
「そうだね……。
王子は紗羅のこと、恋愛感情かはわからないけど、好きなんだろうね。そうじゃなきゃ、そんなことしないよ。紗羅には気を許しているんだよ」
「う……ん……。たぶん、羽田君は私に対しては昔のままなんだと思う。私はお姉ちゃんみたいなものなんだよ」
「そうだね〜。お姉ちゃん、ね。
まあ、それだけかはわかんないけどね〜」
 朋子は意味深に言って、笑ったけど、
「それだけだよ」
と私は返した。
「まあ、でも他の女子には知られないようにしないと、女の嫉妬は怖いからね」
「うん……。そうだね」
 王子様は皆の王子様であって、特別な女の子がいてはならないのだ。女子にとっては。
 葵君の彼女になる人は大変だな、と思って、それを想像して私は悲しくなった。
 私も皆とおなじだ。やっぱり葵君に彼女ができるのは嫌だ。
 彼女になりたいなんて恐れ多いことは思えないけど。
 でも。
 そしたら葵君はいつまでも一人きりな王子様なのかな。それもなんだか葵君が可哀想に思えた。
 女心は複雑だ。
「でも紗羅みたいに王子に本気な女子ってどれくらいいるんだろうね?みんな王子、王子言ってるけど他に本命がいるんじゃない?」
 朋子はあっけらかんと言う。
 でもまあ、そんなものかもしれない。それでも王子に特定の人ができると、その子達は良くは思わないんだろうなあ。
「私は別に好きな人いるし、王子のことはなんとも思わないけどね〜」
 朋子が他人事と思えるのはそのせいだろう。
 私もそうだったら気が楽だったのかなと思って、いや、違うと思い直した。片思いは例え相手がどんな人であろうと切ないのには変わらないのだ。朋子だってそうに違いない。
「まあ、あんまり気にしないで、紗羅は紗羅らしくしとけばいいよ」
「気にしないのは難しいけど、そうするしかないね。頑張る」


 五月はあっけなく過ぎて行って、葵君とも二人で会う機会はなく、私はホッとしたような、もの足りないような、寂しいような、複雑な気持ちで毎日を過ごした。
 仕方ない。葵君は学校前の朝も学校後の夜もスケートの練習をしているのだから。
 学校でたまに挨拶を交わす時が私の至福の時だった。



                       *


 六月に入り、雨が増えた。もうすぐ梅雨になるのだろう。
 しとしとと降る雨の中、傘をさして最寄の駅まで歩いていたときだ。
「日向先輩!」
 パシャパシャと濡れた地面を走る音が近づく。
 葵君の声だと分かった。
 振り返ろうとしたときには葵君はもう私の傘の中に入ってきていた。
「入れて下さい」
 耳元で言われて頬がかあっと熱くなるのを感じた。
 当の葵君は私の持っていた傘を、
「僕が持ちますね」
と何気ない素振りで持った。 葵君の男子にしてはほっそりとした長い指が私の目の前にある。
 どきどきする。
 私の肩が葵君の腕に触れていてじんじんと熱い。葵君の体温が私の肩から伝わって全身を巡るような錯覚を覚え、くらくらした。
「傘忘れちゃったの?」
 自分を保つために声を出した。
 葵君はくすりと笑って、
「実は持ってます」
と言った。
「え?」
「相合い傘ってなんだか秘密っぽくて良くないですか?」
 私は困惑した。心臓がうるさい。葵君に聞こえたらどうしよう。
「傘で見えないから僕だって分からないし、紗羅さんとは話せるし……」
「そ、そうだね」
 体が硬直しそうになるのを抑えて、足を踏み出す。何がなんだかわからなかった。
「何より、やっぱり相合い傘っていうのがいいんですよ。特別な感じで」
 葵君は楽しそうに笑っている。
「……」
 なんて返していいか分からず黙っている私に、葵君がこちらを向いた。
「紗羅さん?」
 いつもより近い葵君の目にどきどきが高まった。
「あ、うん……?」
 私の返事に葵君の顔が曇った。
「あ、もしかして嫌でしたか? それなら僕、傘出します」
「違うの!」
 思った以上に大きな声が出て、自分でびっくりした。
 葵君は不思議そうに私を見た。
「? 紗羅さんがいいなら、このまま駅まで歩きますけどいいですか?」
「うん……。大丈夫。ごめんね、大きな声出して」
 葵君は笑う。
「自分の声に驚くときってありますよね。
ずっと紗羅さんと話したかったんです。なかなか二人になれなかったから、今日は良かった」
 心底嬉しそうに葵君は私に笑いかけた。
「わ、私も葵君と話したかったよ?」
 言って恥ずかしくなって下を向く。
 意識しちゃだめだ。葵君は普通なんだから、私も普通に……。
 と、葵君の足が止まった。
「葵君?」
「嬉しいなっ!」
 幸せそうな葵君の笑顔。
「紗羅さんもそう思っててくれたんですね!」
 そんな無邪気に笑われたら、私、どうしていいか分からないよ。
「うん……」
 再び私たちは歩き出す。
「紗羅さん。僕、ショートの曲をショパンのスケルツォ二番に変えました」
「そうなんだ……」
「難しいですけど、変えて良かったです。今の方がずっと僕らしく滑れている気がします」
「そっか、良かったね」
「はいっ!」
 葵君の笑顔につられて私も笑顔になった。

 駅が見えてきた。
 葵君の隣は緊張するけど、でも、もう少しこのままでいたい。そう思った自分に驚く。
 私、いつのまにこんな我儘になったんだろう。
「あ、葵君は今日も練習?」
「はい、練習に行きます」
「そうだよね、頑張ってね」
「はい!」
 着いてしまう。
「紗羅さん」
 葵君の足が止まり、私の方を向いた。
「はい?」
「練習、見にきませんか?」
「今日、これから?」
「いえ、今日じゃなくてもいいです。紗羅さんが来れる時に」
 葵君の練習……。私はすぐには返事ができなかった。
「いつでもいいんで、待ってます」
「……分かった。近いうちに必ず行くね」
「はい」
 葵君は安心したように笑った。

 電車の中では私は座席に座り、葵君は少し離れて立った。
 誰が見ているか分からないし、仕方のないことだと分かっても寂しかった。
 二駅で降りるとき、私は葵君をそっと見た。葵君は私に笑いかけ、小さく手を振った。私も小さく手を振りかえして降りた。


 葵君との時間はあっという間で、やっぱり現実感が湧かなかった。
 でも。
 私はそっと自分の肩に触れる。葵君に触れていた肩が覚えてる。
 葵君と相合い傘したんだ。
 私は少し幸せな気分になり、そしてそれ以上に切なくなった。葵君が隣にいない帰り道がなんだか遠く感じられた。
 私はどんどん欲張りになる。
 いけない。葵君は王子なんだから。
 そう自分に言い聞かせても葵君を心が求めてしまう。
 スケートリンク。もう随分行っていない。行ってみようかな……。
 そう思って、スケートリンクを思い出すと、なぜか心がちりちりと痛んだ。
 あ、れ……? なんだろう。まあ、いっか。
 私は考えるのを諦めてベッドに入った。
 葵君のことを思い出すとすぐには眠れなかったけれど、いつの間にか眠ってしまっていた。



                          続く



  ここまで読んでくださりありがとうございました。
 
 残りは三話になるかと思います。今後も読んでいただけると嬉しいです。 

 拍手、ときどきいただいております。嬉しいです。一言あるともっと喜びます。


 この小説を気に入ってくださったら、クリックしていただけると嬉しいです。


 また、ランキングに参加しております。
 プロフィール下のバナー、たくさんありますが、クリックしていただければ幸いです。


 それではまた!              


この小説ブログ、そしてもうひとつの香水ブログに載せている全ての作品の著作権は天音花香にあり、放棄、譲渡しておりません。
無断転載、無許可の販売は禁止です。




                           天音花香
 

拍手[0回]

おはようございます、天音です。


昼は大分温かくなったのに夜はまだまだ寒いですね。
私は相変わらず咳が続き、風邪が治りきってないようです。 


「遠い約束3」をアップします。

次はいつアップできるかわかりませんがゆっくりお付き合いいただければと思います。
よろしくお願いします。





ココから小説


 
 次の週の日曜日。
 私は久しぶりに葵君の練習するスケートリンクを訪れた。
 葵君は振り付けを丁寧にチェックしているところだった。
 その顔は今まで見たことのある葵君の中で一番真剣で、他人を寄せ付けないようでいるのに、見ているものの心を捉えて離さないような魅力に溢れていた。
 私はちりちりと心が痛むのを感じた。
 葵君をスケートリンクに見に来なくなったのはいつ頃からだっただろう。
 ちりちり。思い出そうとしてまた心が痛んだ。

 私はピアノが好きだった。弾いているときは楽しかったし、同い年の子たちよりは練習もしたし、出来も良かったと思う。
 でも、ただそれだけだったのだ。
 私が中学に上がるぐらいのときだっただろうか。
 葵君の練習をみていると、どうやら葵君と私は違うということに気が付いた。葵君はどちらかというと大人しくて、内気で、恥ずかしがり屋で、普段は目立つようなタイプではなかった。でも、葵君の練習を見ていると、葵君が練習のときだけ普段と違った表情を見せることに気が付いた。飢えたような、取り憑かれたような、熱を帯びた瞳。時間を忘れたように何度も何度も同じ振り付けを繰り返し、ジャンプの確認をする葵君には、自分にはない情熱というものがある。そんな葵君はリンクの中では一際輝いて見えた。
 葵君は私とは違う。私のピアノとは違う。葵君はこれからどんどん伸びていくに違いない。輝いて行くに違いない。
 私はそれがなんだか悔しかった。悲しかった。寂しかった。
 私には分かってしまったのだ。葵君がいつか手の届かない存在になることが。そして私にはそんな才能がないということが。
 いつしか葵君のスケート姿を見るのが苦痛になっていった。
 そう、葵君は特別。私とは世界が違う。そればかり認識させられるのだ。
 私は段々とリンクに足を運ばなくなり、そして、ついには全く行かなくなってしまった。

 胸がちりちりする。
 葵君は相変わらずその瞳に揺るぎない情熱を宿していた。
 他の子たちも練習しているのに、葵君の練習姿に目がいってしまう。葵君の演技は男性には珍しい華があった。それでいて時折見せる精悍な顔つきは葵君が男子なんだと改めて思わされてどきどきした。
 内気だった葵君の顔にはわずかに自信がにじみ出ていて、小さくて細かった体は背が高くなり、しなやかな筋肉がついていた。
 葵君は変わらない。そして変わった。
 練習する葵君は素敵だ。どんな時より輝いている。そんな葵君の姿を見られたのは良かったと思う。
 でも……。ますます思った。葵君は特別。葵君は私には手の届かない人だと。

 いつの間にか私の目には涙が溜まっていた。それがこぼれないように上を向いて手で拭った。
「日向先輩!」
 リンクから少し離れた席で見ていた私に気付いた葵君がやって来た。
「見に来てくれたんですね!嬉しいな!」
 練習していたからか、顔を上気させて、葵君はニコっと笑った。笑うと葵君は幼くなって、まるで女の子のように可愛いい。それは昔と変わらなかった。でも今の葵君は内気ではないし、整った顔と日本人離れしたスタイルは、皆が王子と呼ぶのにふさわしいオーラを放っている。
「日向先輩? 今なら学校の子たちいないから、紗羅さんでいいかな。
紗羅さん?」
「……」
 答えられない私に葵君の笑顔が消える。
「どうかしたんですか、紗羅さん」
 私はぼんやりと隣に座る葵君を見た。葵君はこんなに素敵なのに私はちっとも素敵じゃない。ごく普通の女子だ。
 私は勘違いしそうになっていた自分を恥じた。私が葵君の特別になれるわけないんだ。
「紗羅さん?」
 不安そうな葵君の声。でも今の私は葵君の目をしっかりとは見られなかった。
「何かあったんですか? 元気がないです」
「……そんなこと……ないよ」
 葵君はしばらく心配そうに私を見ていたけれど、思いついたように持ってきていた鞄から何かを取り出した。
 アーモンドチョコレートだと分かった時には、それが口の中に入れられていた。
「……甘い」
 葵君は私の口にチョコレートを入れた指をペロリと舐めた。その時の葵君の目はいたずらっ子のような、それでいて艶めくような色気があった。
 ドキリとした。
 こんな目をするんだ……。
 けれど次の瞬間、自分のしたことが恥ずかしくなったのか、葵君は顔を赤くして、照れたように笑った。
「甘いものって幸せになるでしょう? 何があったか分かりませんが、紗羅さんが元気になるように」
「……ありがとう」
 なんだろう。葵君の優しさが痛い。
 私は気がついたら涙を流していた。
「紗羅さん?!」
 葵君は驚いてオロオロしながら私の涙を拭う。
「すみません。僕、何かしましたか?
あ、チョコレート、口に入れたの嫌だったのですか? すみません!」
「違うの。葵君は悪くない……」
 バカみたいだ。私、なんで泣いてるんだろう。
「なんでもないの」
 笑ってみせたが、目からはまた涙が落ちた。
 帰ろう。私には葵君は眩しすぎて、悲しくなるから。
 そう思って席を立った時だ。
「葵君〜、今日は練習、もうしないの?」
 頭を殴られたような気がした。
 葵君……? 今、葵君て呼んだ?
 声の方を向くと、スケート靴を履いた華奢な女の子がこちらを見ていた。まだあどけなさの残る大きな目。雪のように色白で、ふわふわした髪を後ろで結んでいた。
「あ〜雪菜。うん、今日はもう帰ろうかなと」
 呼び捨て……。雪菜……。
 なんだ、やっぱりそうか。私は特別なんかじゃなかった。葵君を葵君て呼ぶ女子、ちゃんといるじゃない。私だけじゃないのだ。
 もう十分だった。
「……ごめん、私、帰るね」
「僕も帰るから一緒に帰りましょう?」
 無邪気な葵君の笑顔。こんなにも憎らしいと思ったことがあっただろうか?
「ごめん、急いでるから。今日は雪菜さんと帰ったら?」
「雪菜?」
 目をパチクリさせる葵君を背に私は駆け出した。
「紗羅さん!」
 葵君の呼ぶ声が聞こえたけれど振り返らなかった。



 その日見た夢は。
 まだ小さな葵君。
「僕の夢はオリンピックに出ることなの」
 はにかみながら私にこっそり告げた葵君。
「紗羅姉ちゃんはピアニスト? になるの?」
「うん!
あと、あとね、葵君のお嫁さんになりたいな」
「お嫁さん?」
「うん、結婚するとなれるの」
「結婚?」
 葵君は切れ長な目を大きく開いた。そして恥ずかしそうに笑ったんだ。
「いいよ、僕のお嫁さんに紗羅姉ちゃんをしてあげる」
「約束ね」
「約束」
『指切りげんまん嘘ついたらはりせんぼんのーます!』

 私は自分の涙で目が覚めた。
 私はどちらにもなれない。
 涙は止まることがなく、私の枕を濡らした。



                          続く



  ここまで読んでくださりありがとうございました。
 
 残りは二話になるかと思います。今後も読んでいただけると嬉しいです。 

 拍手、ときどきいただいております。嬉しいです。一言あるともっと喜びます。


 この小説を気に入ってくださったら、クリックしていただけると嬉しいです。



 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村


 また、ランキングに参加しております。
 プロフィール下のバナー、たくさんありますが、クリックしていただければ幸いです。


 それではまた!              


この小説ブログ、そしてもうひとつの香水ブログに載せている全ての作品の著作権は天音花香にあり、放棄、譲渡しておりません。
無断転載、無許可の販売は禁止です。




                           天音花香

拍手[0回]

おはようございます、天音です。


今日もなんとか時間がとれましたので続きをアップします。ということで、「遠い約束4」です。


次はいつ更新できるかわかりませんがゆっくりお付き合いいただければと思います。
よろしくお願いします。





ココから小説


 
「紗羅、王子だよ?」
 朋子の声に、私はうん、と返事をしたけれど葵君の方を見ようとはしなかった。
「王子、気づいたよ?」
 私は歩く速度を緩めない。
「聞いてる、紗羅?」
「聞いてるよ」
「……王子悲しそうにこっち見てるよ?」
 葵君の傷ついたような表情、想像できる。でも。
「行こう、次、音楽室だよ」
「……。紗羅? なんか、今日、変だよ?」
「変じゃないよ。早く行こう」
 朋子は納得がいかない顔をして私の隣を歩いている。
「何かあったの? 王子と」
「何もないよ。ただ、自分が勘違いしてるのに気づいただけだよ」
 私は自分の切なさを振り払うように言った。
「勘違い?」
「そう、勘違い」
「わかんないけど、王子、傷ついたみたいだったよ?」
「……」
「らしくないと思うけど」
 朋子の声には責める響きがあった。
「そうかもしれないね」
 自分の声が冷えて響いた。
「ちょっと、紗羅! ちゃんとこっち向いて言いなよ!」
 朋子が私の肩を掴んで自分の方を向かせようとした。
 浮かんでいた涙がこぼれる。
「紗羅?!」
「ごめん、もういいの。もう無理なの」
「分からないよ、なんで急に?」
 困惑した朋子の言葉。
「だって私と王子じゃ違いすぎるから」
「今更なに言ってんの? そんなの前から分かってたんじゃないの?」
「うううん、私、本当は分かっていなかったんだ。私……! 馬鹿だった!」
「なんかよくわからないけど、ああいう態度はどうかと思うよ?王子が悪いんじゃないんでしょ?」
「そうだけど! これ以上葵君を好きになりたくない!」
「ふーん」
 朋子の真剣な目が私を射抜くようだった。
「もう一度言うね。紗羅らしくない気がするよ。
でも私は紗羅が一時的に不安定なだけだと思っとくね。きっとそうだから」
 朋子の真っ直ぐな目に私は目を伏せた。
 葵君を無視したことは私に罪悪感という棘を残している。わかっている。自分勝手だということ。
 でもそれ以上に自分が傷つきたくなかった。
「まあ、いいや。この話はおしまい。音楽室入ろう」
 朋子の言葉に私は頷いて、音楽室に入った。


 それからの私は葵君を忘れるように葵君を避けた。
 朋子は納得がいかない顔をして、私を責めるような目を向ける。
「紗羅、いつまでこんなこと続けるの? 最近の王子、元気ないの、紗羅のせいなんじゃないの?」
「そんなことあるわけないよ。
私じゃなくて、スケートで何かあったのかもしれないね」
「そうだったら、ますます紗羅は元気付けなきゃいけないんじゃないの?」
「なんで私が? 私に王子を元気付けるなんてできないよ?」
 あくまで他人行儀に言う私に、朋子は顔を歪める。
「紗羅、最近、王子を王子って呼ぶんだね」
 私は朋子の方を向く。朋子の目は悲しげだった。
「王子だから王子って呼んじゃいけないの? ともちゃんだって王子って呼んでるよ?」
「私、最近、紗羅がわからない。まだ王子が好きなんでしょ? なんで王子が悲しむことするわけ?」
「もう好きじゃないよ」
 私は自分に言い聞かせるように言った。
「嘘! 紗羅は本気で王子が好きだったよ! 王子が小さなときからずっと好きだったんでしょ?!
そんなに簡単に気持ち変わらないよ!」
「ともちゃんこそ、なんでそんなに熱くなってるの?」
「私はっ!」
 朋子が怒りに顔を赤く染めた。
「自分を偽って何になるわけ? それとも王子を傷付けて気を引こうとしてるの?」
 朋子の言葉に一瞬唖然とする。
「そんな! 気を引くとか、そんな余裕、私、今ないよ! 考えたこともない! 私は王子を忘れようとしてるだけ!」
「……ふーん」
 朋子はちっとも納得がいっていない目でそう言った。
「急に忘れようだなんて、やっぱり何かあったんじゃないの? 私にも言えないの?」
「何かがあったわけじゃない。
ただ、思い知ったの。私と王子は違う世界に住んでるんだって。決して手の届かない人だって」
「だから諦めるの? うううん、逃げるの? 王子から。自分から。
そんな程度の思いだったんだ?」
「……」
 決してそんな程度なんて言われたくない想いだけど、私は何も返せなかった。
「そう、私、紗羅を見損なったよ」
 朋子は飽きれたように微かに笑った。そして挑むように私を見た。
「じゃあ、私、もう応援するの辞めた。
紗羅は親友だし、王子がもし紗羅のこと好きで二人が幸せになるならそれがいいと思ってたけど」
「ともちゃん?」
 私は不安になる。もしかして……。
「私の好きな人って本当は王子なんだわ。
でも紗羅にはもう関係ないよね。私、もう遠慮しないから」
「と、ともちゃん……」
「私は自分が傷付くことなんか恐れない。私は王子が好き。それだけでいいと思ってるから」
 朋子は真剣な顔で言った。
 私は、私は。
 ともちゃんみたいにただ好きなだけでいいと思えるだろうか。
 思えないから、諦めたのだろうか。
 そして。
 ともちゃんは今までどんな思いで、私と葵君の話を聞いてきたのだろう。どんな思いで私の応援をしてくれていたのだろう。
 いつもすぐに王子を見つけていたともちゃん。好きだったからなんだ。
「ともちゃん……。私、今まで気づかなかった。ごめん……」
「そんなこと、別にどうでもいいよ。
私たちは親友だけど、これからは王子に関しては私はしたいようにするから。
紗羅は王子諦めたのなら、私を応援してくれるんだよね?」
 朋子は意地悪く言った。
 私は頭がくらくらするのを感じた。
 朋子が葵君を好きだったという事実。それだけでも十分衝撃的だったけれど。
 それ以上に、朋子が葵君にどれだけ本気かを見せつけられた気がした。
 私は。私の葵君への想いは。軽いものなんかじゃなかった。
 でも思い浮かぶのはスケートをする葵君。
 やっぱり私には届かない。いくら想っても。
 ……。
 私はゆっくり目を閉じて、そして開いた。
「……うん。応援するよ」
 私の言葉に朋子は一瞬戸惑うような顔を見せたが、すぐに笑顔を作った。
「そ。ありがとう」



 それからは、私にとっては地獄の日々が続いた。
 朋子は葵君を見つけると、積極的に、
「王子、おはよう!」
と声をかけるようになった。
「おはようございます」
 葵君の礼儀正しいテナーの声が耳に痛かった。
 私は声をかける朋子の顔を見ることも、挨拶を返す葵君の顔を見ることも、どちらも辛くて出来なかった。ただ、私だけ何もせずに突っ立ってる訳にもいかないので、目をそらして軽く会釈をしていた。
 本当に辛い日々。
 葵君を忘れたいのに、葵君の声を、気配を感じなければいけないなんて。

 そして、ピアノの練習が苦痛になった。葵君も練習している曲。そう思うと葵君が頭をちらちらとよぎり、胸が痛くなった。

 それに、私は気付いていた。
 以前は、挨拶の後についていた日向先輩という言葉がなくなっていることに。自分でそうなるような態度をとっている自覚はあるのに。それでもやっぱり辛いと思う自分がいた。
 本当に私、バカみたい。


 七月になった。
「王子、新しいシーズン始まったね。仕上がりはどんなかな」
「そうだね」
 朋子の言葉に気のない返事をすると、朋子が私を真剣な目で見た。朋子は時々こんな目を私に向ける。
「紗羅は、気にならないの?」
 気にならないわけではない。うううん、心の奥底では気になって仕方が無い。でもそれを押し隠している。
「別に、王子頑張って欲しいな、と思うくらいだよ」
「頑張って欲しいな、か……」
 少し朋子の表情が和らいだ。
「そうだ、私、リンクに行ってみようかな」
「いいんじゃない?」
「紗羅も一緒にいかない?」
「私は……やめとくよ」
「……そう……」
 二人で持っていたゴミ箱。朋子の方がガクンと下がった。
「ともちゃん?」
「ん? あ、ごめんごめん」
 朋子は何か考えているのか、それからは喋らなかった。
 
 焼却炉にゴミを入れて教室へ戻る途中だった。
「あ、王子」
 朋子の言葉。
 朋子は葵君に声をかけようとしてやめた。その様子に私は朋子を見る。
「どうかしたの?」
「女子がいるの」
「え?」
「これって……」
 朋子の言葉に私は朋子の見つめる先を見てしまった。
 体育館裏。
 向き合う一人の女子と葵君。
 どくんと心臓が鳴った。
 女子は顔を赤くしている。
 そして。

 羽田君が好きです。

 その口がそう動くのを私は見た。

 心臓がうるさい。
 だめだ。私、見てられない。
「……ごめん、ともちゃん、私、先に行くね」
 私はそう言って駆け出した。
「紗羅?!」
 どきどきどきどき。
 心臓が破裂しそう。
 なんだが頭も痛い。
 こんなにも動揺してる自分がいた。
 葵君はなんて返事をしたんだろう。
 気になるけど、聞きたくなかった。
 葵君、付き合うのかな。
 そう思うと、胸の中に黒い嫌な気持ちが広がった。
 嫌だ。そんなの嫌だ。
 でも。
 告白。もしかしたら朋子もするかもしれない。
「……」
 朋子ならいいと思うかと思っていた。でも違った。
 やっぱり嫌だ。
 葵君が特定の誰かと付き合うなんて嫌だ。誰であっても嫌だ。
 そう思って、私は愕然とした。
 私は葵君を好きなことを押し込めようとしていた。いつか忘れられると思ってた。
 でも。
 だめだ。そんなの無理だ。
 この先、誰かが葵君の隣にいるのを想像するだけでどうしようもなく嫌な気持ちになる。この嫌な気持ち、今後収まるとは思えない。
 でも葵君を諦めるということは、葵君の隣に誰かがいても、それを許すということだ。
 私は到底無理だと思った。
 私は葵君を諦めきれない。
 はっきりと自覚した。
 なんだか視界があけるような、不思議な感覚。

 その時、後ろから人が走ってくる足跡が聞こえた。
 すれ違う。先ほどの女子だった。
 泣いていた。
 葵君、振ったんだ。
 安堵してしまう自分は醜いかもしれない。
 あの女子は私と同じだ。葵君に恋焦がれて、想いが遂げられなかった。未来の自分の姿かもしれない。
 葵君は私とは違う。夢に向かって確実に進んでるし、平凡な私とは違う世界に住んでいる。それは悲しいことだけれど。
 でも。
 そうだ。ともちゃんの言うとおりだ。
 私はその現実から逃げようとしていた。そんなの本当の好きじゃない。私は葵君より私を優先していたんだ。
 ともちゃんは、葵君を好きなだけでいいと言っていた。
 そうだよ。
 私は葵君が好き。それだけでいいじゃないか。
 なんでこんな簡単なことがわからなかったんだろう。

「紗羅」
 朋子の声。
「もう! 私にゴミ箱押し付けて〜! 気持ちはわかるけどさ〜」
 おどけたように言って見せる朋子。
「何、紗羅、泣いてるの?」
「え?」
 私は知らぬ間に泣いていたようだ。
「……。葵君、振ったよ、あの子」
「……うん、あの子が泣きながら走って行ったの見た。
ともちゃんは見たんだね」
「うん〜、見ちゃ悪いかなとも思ったんだけどね……」
 朋子は複雑な顔をしてそう言った。
「紗羅、泣いてる割りに、すっきりした顔してるけど?」
 朋子が不思議そうに私を見る。
「うん。
ともちゃん。あのね。
ごめん、私、ともちゃんのこと、応援できそうにないや」
「え?」
 驚いた朋子の顔。
「私、葵君のこと、諦めるの無理だ。やっとわかったよ」
 私の言葉に朋子は久しぶりに晴れやかな笑顔を見せた。
「ふーん。いいんじゃない?
じゃあ、私たちはライバルだね」
「うん」
「ふふっ」
 朋子が笑う。
「どうしたの?」
「いや、やっぱりなと思って。
バカだね、紗羅は。遠回りし過ぎだよ」
「そうだね。ほんと、私、馬鹿だよ」
 朋子はわしゃわしゃと私の頭を撫でた。
「でも、よかったよ。紗羅が自分の気持ちにちゃんと向き合えて。このまま諦めてたらきっとこの先後悔してたよ?」
「そうだね」
 ともちゃんの優しさに胸がじんとする。また涙が溢れた。
「泣き虫紗羅」
「だって、ともちゃん優しいんだもん」
「私はいつだって優しいけど?」
「そうかな?」
「そうだよ!」
「そうだね、うん」
 私と朋子は笑い合った。
 久しぶりに心が軽く、気分が良かった。私は朋子に感謝した。



                          続く



  ここまで読んでくださりありがとうございました。
 
 ありがちな展開で申し訳ないのですが、楽しんでいただけたら幸いです。
 個人的には主人公の性格よりも朋子の性格の方が好きかもしれません。

 残りは一話になるかと思います。今後も読んでいただけると嬉しいです。 

 拍手、ときどきいただいております。嬉しいです。一言あるともっと喜びます。


 この小説を気に入ってくださったら、クリックしていただけると嬉しいです。



 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村


 また、ランキングに参加しております。
 プロフィール下のバナー、たくさんありますが、クリックしていただければ幸いです。


 それではまた!              


この小説ブログ、そしてもうひとつの香水ブログに載せている全ての作品の著作権は天音花香にあり、放棄、譲渡しておりません。
無断転載、無許可の販売は禁止です。




                           天音花香

拍手[0回]

おはようございます、天音です。


遠い約束、ラストです。

楽しんでいただければ幸いです。



ココから小説


 

「あ、王子だ」
「うん。私、どんな顔すればいいんだろ」
 こそっと朋子に耳打ちすると、
「それは自分で考えなさい!」
と返された。
「王子、こんにちは〜!」
 朋子が葵君に声をかける。
「こんにちは、林先輩、と……」
 視線をうろうろさせる葵君と目が合った。
 私はにっこり笑って、
「こんにちは、羽田君」
 と言った。
 葵君の表情がみるみる変わっていく。嬉しそうな人懐こい笑顔になった。
 久しぶりに見る葵君の笑顔に心がじんわり温かくなる。涙も出そうになった。
「こんにちは、日向先輩!」
 元気な葵君の声。
 ああ、葵君が好き。
 私はなんで今までこの人を苦しめるようなことをしたんだろう。
「羽田君、ごめんね」
 思わず言葉がでていた。
 葵君はふわっと微笑んで、
「何のことですか?」
と言った。
 葵君、優しい。
「……、なんでもない」
 私の言葉にもう一度葵君は笑うと、友達と歩いて行った。
「ふう、やっぱり最近の王子の元気のなさは紗羅のせいだったんだね〜。見た? 王子のさっきの笑顔。あんな笑顔、久しぶりだよ。焼けるな〜」
 朋子が言った。
 私は久しぶりに葵君と言葉を交わせて、胸がいっぱいになっていた。
「あ〜あ、紗羅もまあ、幸せそうな顔しちゃって〜!」
「そ、そうかな」
「そうだよ〜まあ、良かったよ」
 そう安心したように笑う朋子はどこか寂しそうでもあった。



 私は随分と欲張りになっていたのだと改めて気付く。
 葵君と言葉を交わせるということは奇跡に近いことなのだ。
 うううん。目が合う、それですら十分幸せなことだったのだ。
 葵君を見つめる。葵君が気付く。そして笑ってくれる。それは些細なようで些細ではない。とても恵まれたことなのだ。


 私と朋子は移動教室のときはなるべく一年生の階の廊下を歩くようにした。
 葵君を避けていたときを取り戻すように。
 ただ、まだリンクには行けていなかった。





「今日葵君見た? 私はまだなんだ〜」
 朋子に言うと、朋子は返事をしなかった。
「ともちゃん?」
「え? あ、何だって?」
「どうしたの、ともちゃん?」
「え? いや、何でもないよ?」
 そう答えたが、朋子はまた心ここにあらずといった風にぼんやりとしていた。
「変なともちゃん。何か考え事?」
 笑って朋子の顔を覗き込む。朋子の勝気そうな黒い瞳が一瞬揺れた。
「ごめん、沙羅」
「? なんで謝るの?」
「ごめん!」
 朋子は深く首を垂れて言って、時計を見た。
「何?」
「沙羅、体育館裏に行って! 王子が待ってるの!後10分しかない……!」
「え?葵君?」
「ごめん! 休み時間に待ってるって伝えてって言われた! でも、でも、私、私、ごめん!」
 泣きそうな顔で朋子は言った。私はもう一度時計を見る。葵君、まだいるかな。
「ともちゃん、いいの、ありがとう! 私、行ってくる!」
 私は教室から駆け出した。久しぶりに全力で走る。階段を一息に駆け降りて、歩いている生徒をかわしながら、とにかく走る。
 体育館が見えてきた。
 葵君、まだいてくれるかな。

 体育館裏に着いた。
 肩で息をする。
 声がすぐには出なかった。
 葵君はいた。凛として前を見つめていた。その横顔は静かで美しかった。
「あ、葵君!!」
 私は息を切らしながら懸命に声をあげた。
 葵君が振り返る。
「沙羅さん……!」
 一瞬で安堵したような、今にも泣きそうな笑顔に葵君はなった。
「ごめんね!待たせて!」
「いえ、いいんです」
 葵君は、息を吐いて、微笑んだ。
「よかった、来てくれて」
「どうしたの?」
「沙羅さん、プログラム、まだまだ完成からはほど遠いかもしれないけれど、でも、なんとか滑れるようになったんです」
「そうなんだ!よかったね!」
「それで、沙羅さんに見てもらいたくて」
「え?」
 葵君は決意に満ちた目で私を見つめた。
「沙羅さん、僕の演技を見て欲しいんです。今日、学校が終わった後、リンクに来てくれませんか?」
 真剣な葵君の願い。葵君のスケートを見るということは、弱い私と向き合うということ。それはとても勇気がいることだけれど。私も逃げてばかりではいけない。何よりも葵君の願いなのだ。受けとめよう。
「……;わかった。行く。必ず行くよ」
 私の返事をきいて、葵君がふわっと微笑んだ。
「よかった……!ありがとう、沙羅さん!待っています」
 そのとき、五限目の始まるチャイムが鳴りだした。
「あ!チャイム!葵君、授業に戻らないと!」
「沙羅さんは戻ってください」
「え、葵君は?」
「ちょっと緊張してたみたいで……」
 葵君は、そう言って、その場にへたり込むように座った。
「このままここにしばらくいようかと」
 テヘっと舌を出す葵君。その様子がとても可愛くて心がキュンとなる。
「も、もう! サボるなんて葵君たら!」
 正直、私も一緒にいたいと思ったけれど、きっと朋子が心配してる。
「自業自得とは言え、途中で教室戻るのきついけど、私は行くね。
……リンクにも必ず行くから」
「はい!」
 葵君の笑顔を見て、私はもう一度、今度は教室に向かって走り出した。

 五限の終わるチャイムが鳴ると、朋子が私の席にきた。泣きそうな顔をしていた。
「沙羅、ごめん。本当にごめん! 王子には会えた?」
「うん。会えたから、大丈夫だよ」
「私、いつかはこんな日が来るとわかってたんだ。でも、いざ直面するとちゃんと受け入れられない自分がいて……先延ばししても結果は一緒なのにね」
「ともちゃん? えっと、どういう意味?」
「告白、されたんでしょ?」
「え?」
「とぼけるの? それとも私に気を使ってるの? そういうの、いらないよ!」
「ま、待って、ともちゃん! 私に葵君が告白するわけないじゃん」
「は? 呼び出しっていったら、告白じゃないの?」
 困惑した朋子の顔。たぶん私も同じような顔をしているはず。
「違うよ? リンクに来て欲しいって言われたの。今シーズンのプログラムを見て欲しいって」
 朋子は面食らったような顔を一瞬して、そして、神妙な顔つきになった。
「ともちゃん?」
「そっか、王子からそう言われたんだね」
「うん。 ?」
「それで、行くんだよね、沙羅は」
 朋子の目が私を捕らえる。全てを受け入れたような、澄んだ目だった。
「うん、行くよ。行ってくる。
……;ともちゃん?」
 朋子は笑った。それはなんだか諦めたような寂しいような笑顔だった。
「そう、そうだよね。うん。
しっかり見てくるんだよ?」
「うん。私ももう逃げない。
……ともちゃんは大丈夫? なんだか笑ってるのに泣いてるみたい」
「うーん、まあ、そうね。複雑だから仕方ない。でも、うん、さっき言ったように、わかってたことだから」
「……? ともちゃんも一緒に見に来る?」
 はあ、と朋子は息を吐いた。
「沙羅、怒るよ? 王子は沙羅に言ったんでしょ?」
「うん……。でも……」
「王子の気持ちも考えてあげなよ。あ、六限のチャイム。私、席に戻るね」
 葵君の気持ち……。
 葵君はどうして呼び出してまで私を誘ったんだろう。
 ……考えても仕方ないか。私は葵君の演技を見届けるだけだ。

 終業のベルがなった。

 朋子と目が合った。
「行っておいで」
 朋子は笑ってそう言った。
 私は、行ってきます。と神妙に答えた。
 そんな私に朋子はぽんぽんと私の肩を叩いた。
「さあ、王子が待ってるよ!」
「そうだね!行ってくる!」
 私は駆け出すように教室を飛び出した。
 外は雨が降り出していた。
 葵君が待ってる時に降らなくて良かったと思いながらスケート場へ向かった。
 電車に乗っている時間が惜しいほどにもどかしい。
 葵君は今日は六限あったのかな?
 ずいぶん待たせてたら申し訳ないな。

 スケート場に入るとすぐに違和感を感じた。人がいないのだ。
 恐る恐るリンクのそばに近づく。
 誰もいないリンクにただ一人、葵君だけが立っていた。
「あ、葵君?」
「沙羅さん、来てくれたんだね! 嬉しいよ。
今日はリンクを貸し切りにしたんだ」
「そ、そんなことできるんだね」
 戸惑う私に葵君はリンクから私のもとへやってきた。
「僕、今日は紗羅さんだけのために演技しますから。
試合ではファンの皆さんのために演技するけれど、今日は紗羅さんだけのためですから」
 葵君の目には強い力が宿っていた。
 私はその目を見つめ返した。
「わかったよ」
 私だけのための演技。心臓がはねる。
 期待が大きくなってしまう。
 ともちゃんの言葉のせいだろうか。
 葵君。もしかして、葵君にとっても私は特別なのかな。
 だめだよね、勝手に勘違いしちゃ。でも、でも。

 葵君がリンクの中央近くに立つと、曲が流れ始めた。
 ショパン、スケルツォ第二番。
 俯いたポーズから音に合わせて肩をぴくりとさせ、葵君が滑り出した。
 上半身が音に合わせてしなやかに動く。静と動の動き。スケーティングにもメリハリがついていた。
 最初のジャンプ。
 え!? 四回転トウループ?!
 早い回転。あっ! 着氷が乱れてステッピングアウトした。
 葵君、大丈夫、頑張って!!
 私は祈るように両手をギュッと握った。

 葵君のスケーティング技術、随分上がったと私でもわかる。
 伸びがよく、安定している。繊細なのに力強い。そしてスピードがある。
 コンビネーションジャンプ。綺麗に決まった!
 ドーナツスピンも上げた片手の指先まで美しい。うっとりする。
 ステップシークエンス。片足で長く刻むステップ。深く刻んでるのに滑らかだ。上半身も良く動いてる。
 表情もとてもいい。葵君、演技にしっかり入り込んでいるようだった。
 最後のジャンプはトリプルアクセル。
 高い!
 ランディングまで流れがあって綺麗だった。
 最後のスピンを見終えて、私は拍手をするのも忘れてぼうっと葵君を見つめることしかできなかった。涙がこみ上げてくる。
 葵君の全力の演技。こんなにも胸が震える。
 葵君が私のためにこんなにも素晴らしい演技を見せてくれた。
 もう、それで十分だと思えた。
 私、葵君を好きでよかった。
 葵君は時に眩しすぎるほどで、自分と比べると辛くなる時もある。
 でも、それが葵君の輝き。心の闇まで溶かして行っちゃうような葵君の魅力なんだ。

 汗を頬まで滴らせて、息を切らせながらも、満ち足りた爽やかな笑顔を浮かべて葵君が私の前まで来た。
「葵君! 凄く、凄く素敵だった!」
 葵君は私の言葉に嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます! でも冒頭の四回転がやっぱり残念だったなあ」
 そう言って少しだけ舌を出した。
「うううん、私は本当に感動したよ!
葵君、私、葵君のこと、好きでよかったって、心から思ったの!」
「え?」
 私の言葉に葵君の瞳が揺れた。
 その葵君の顔を見て、私は我に返った。
「あ、あの、えっと、あのね、私……。ごめん、えっと……」
 あまりのことにパニックになってしまい、なんて言っていいかもわからなくなった。
 そんな私の手を葵君の手がとった。
「え?」
 今度は私が驚く番だった。
「葵君?」
「沙羅さん、今の本当のことですか?僕のこと好きって」
 葵君の真剣な目が私を捕らえる。
 私は覚悟を決めた。
「うん。私、葵君のことが好きなの」
「それって、男としてですか?」
 葵君の手に力が入る。私も葵君の手をギュッと握り返した。
「うん。男性として好きなの」
 葵君の目がふっと笑ったと思うと、私は葵君に抱きしめられていた。
「あ、葵君?!」
「やった! 嬉しい! でも、先に言われちゃった!」
 葵君は一度手を緩めて、私を見て、またもう一度私を抱きしめた。
 葵君の汗の香り、高めの体温、そして早めの胸の音を感じて、私は目眩を感じた。
 何がなんだがわからない。身体中が心臓になったみたいにドキドキする。
 葵君、こんなに細いのに、やっぱり男の子だとぼんやり思った。抱きすくめられると何もできなくなる。
 戸惑う私を抱く力を葵君はさらに強めた。
「嬉しい……! 沙羅さん!」
「あ、葵君、ちょっと苦しい……!」
 私の言葉に葵君は手を緩めて、私の顔を覗き込むように見た。
「ごめん、沙羅さん、大丈夫ですか?」
「う、うん」
 葵君の睫毛の長さがはっきりわかるほどの距離で見つめられ、私は恥ずかしくて、でも嬉しくて声が裏返った。
「沙羅さん、僕、今日、言おうと思っていたんです。
沙羅さんのことが好きですって」
 葵君に真っ直ぐに見つめられて、私は息をするのも忘れそうになった。顔が熱くてぼうっとする。
 葵君、私のこと、好きって言った?幸福感に涙が浮かぶ。そんな私に葵君は言った。
「沙羅さん、好きです。大好きです!
……沙羅さん、聞いてます?」
 私は何度も首を縦に振った。
「私も、葵君が好き」
 紡ぎ出した私の言葉に葵君は顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
 そんな葵君を心から愛しいと思った。
 葵君がふといたずらっぽい目で私を見た。
「紗羅さん、僕、まだ指きりしたこと覚えてますから」
 葵君の言葉にまた体温が上がる。
 葵君、覚えていてくれたんだ。胸がじんと熱くなった。
「それに、このミサンガも」
 葵君は自分の左手首にしている青いミサンガを指差した。
「あ!」
 渡した時のことが蘇る。
 葵君が中学生になったときだ。
 試合のときはどうしても緊張してしまうと悩んでいた葵君に私は青い色の紐でミサンガを編んだ。
「大丈夫だよ、葵君。これをつけていたらきっと緊張しないよ」
 もう、リンクに葵君を見には行けなくなっていたけど、それでも応援したい、何か力になりたい、とは思っていた。
「沙羅さんはリンクに来なくなったけど、でも、これをもらって、つけていたら沙羅さんを感じることができたんだ。僕は一人じゃない。沙羅さんが一緒にいるって。
沙羅さんはいつだって僕の支えなんだよ!」
 無邪気に笑った葵君。私は涙が溢れるのを止められなかった。
「ごめんね、葵君。私、私ね、怖かったの。葵君がどんどんスケートが上手くなっていくのに、自分は平凡でつまらない人間で。そのことを実感しちゃうから、葵君のスケートを見るのが辛くなって!それで!」
 葵君は私の両頬を両手で挟んだ。
「そっかあ。そうだったんですね。
沙羅さん、馬鹿だなあ。僕にとっては、沙羅さんがいるだけでよかったのに」
 葵君の言葉には葵君の優しさが満ちていて、私の涙は余計に止まらなかった。
「僕の方が不安だった。沙羅さんが段々素っ気なくなってしまっていって。もう、幼馴染だった頃には戻れないんだろうかって。
沙羅さんの気持ちがわからない時もあった」
「……ごめんなさい」
「いいんです。今、沙羅さんとこうしていられるんだから」
 葵君は優しい微笑みを浮かべて言った。
「沙羅さん」
 葵君は私の両頬から手を離して、右の小指をたてて、私の方に差し出した。
「約束」
「え?」
「これからどんなことがあろうと、僕は沙羅さんをお嫁さんにします」
 葵君の目は澄んでいて真剣だった。
 これから、葵君はどんどん世界に羽ばたく人になるだろう。だから、きっとこれからも悩むこともあるに違いない。
 でも、私は二人の未来を信じたい。
 私も右の小指を差し出した。二人で絡める。
『指切りげんまん嘘ついたら針千本の〜ます! 』
 二人で言終えて、私たちは微笑んだ。



                                 おしまい




  ここまで読んでくださりありがとうございました。
 

 書き終えたのが一か月ほど前でした。字数の関係で分割になりましたが、お付き合いいただきありがとうございました。
 書く前はもっと主人公が強くて、意地っ張りな感じだったのですが、書いてみると王子の魅力にただただメロメロな女の子になりました。葵君は羽生君に比べるとちょっとぽえぽえして、ひ弱な感じになっちゃった感がありますが、葵君は葵君で生みの親としてはかわいいです。
 最後のシーンは書いてて非常に楽しかったです。
 ただ、リンクを貸切にできるのかはよくわかりません。そこらへんはスルーでお願いします。
 
 遠い約束のタイトルの意味は昔の約束と未来の約束という二つの意味を込めてつけました。タイトルがなかなか決まらない私にしては意外にすんなり決まったタイトルです。
とりあえず、久しぶりに小説を書き終えることができたのでよかったです。


 拍手、ときどきいただいております。嬉しいです。一言あるともっと喜びます。


 この小説を気に入ってくださったら、クリックしていただけると嬉しいです。



 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村


 また、ランキングに参加しております。
 プロフィール下のバナー、たくさんありますが、クリックしていただければ幸いです。


 それではいつになるかわかりませんが、また書いたときはお付き合いください。よろしくお願いします。              


この小説ブログ、そしてもうひとつの香水ブログに載せている全ての作品の著作権は天音花香にあり、放棄、譲渡しておりません。
無断転載、無許可の販売は禁止です。




                           天音花香

拍手[0回]


Copyright © 天音花香の小説ブログ All Rights Reserved.
Powered by Ninjya Blog 
忍者ブログ [PR]