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天音花香の小説をUPするブログです。個人サイトの小説はこちらに移しました。現在二時創作と短編を中心に書いています。
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天音花香
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主婦
趣味:
いろいろ・・・
自己紹介:
小学生のときに、テレビの影響で、小説を書き始めました。高校の時に文芸部、新聞部で文芸活動をしました(主に、詩ですが)。一応文学部でです。ですが、大学時代、働いていた時期は小説を書く暇がなく、主婦になってから活動を再開。

好きな小説家は、小野 不由美先生、恩田陸先生、加納朋子先生、乙一先生、浅田次郎先生、雪乃 紗衣先生、冴木忍先生、深沢美潮先生、前田珠子先生、市川拓司先生他。
もう一つのブログでは香水についてレビューをしております。
http://yaplog.jp/inka_rose/
こんな私ですが、宜しくお願いします。





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こんにちは、天音です。


今日はかなり前に書いたファンタジー小説をアップしようと思います。
ファンタジーは書きなれないので、正直ちゃんとファンタジーになっているかは分りません。
それに、なんだか書きたいことを無理やりつめた感もあります。
ですが、読んでいただけると嬉しいです。


ココから小説

         
        イーリスの夢









序章



それは遠い昔。誰も知らない遠い昔。
世界は、天界、地上、下界でなっていた。天界は光あふれる楽園。地上はその天界の恩寵を受けた緑豊かな場所。そして。下界はどこまでも暗く、寒く、希望の光などどこにも感じられないような寂しい場所だった。その天界で、神族と呼ばれるものたちと魔族と呼ばれるものたち、そして人間と呼ばれるものたちが住んでいた。だが、天界の人口が増加するにつれて、そのものたちは残る地上、下界に住むことを考え出した。しかし、願うことは三族みな、同じ。
 ――天界が欲しい――


「セ、セーフォウスさまっ! 神族が! 神族の長、イムハム殿が、大群を連れてこちらに向かっております!」
 部下の声は非常に緊迫しており、動揺していた。
「そのようなはずはない。先ほどまで、イーデリア、イーリス、二人ともここにおったのだから」
朗らかに笑う、若い魔族の長、セーフォウス。しかし。
先ほどまでそばにいたイーデリアとイーリスの姿が今は見えない。セーフォウスは、首をかしげる。
「どうしたのであろう。
 イーデリア! 我が愛する美しい乙女! イーリス! 我が可愛い幼子! 我をまた困らせようとしているのであろう? 早く出てきなさい。イーデリア!」
 城の中を歩き回る。
「イーデリア?」
 おかしい。あの美しい金髪の乙女が見えない。こんなことが未だかつてあったであろうか。
 セーフォウスは言いようのない不安に襲われた。
「イーデリア! イーデリア! イーデリアー!」
 狂ったように叫びながら、妻、イーデリアを探すセーフォウス。戦争になったら、神族のイーデリアは魔族に一番に狙われるに違いない。救わなければ。セーフォウスにはイーデリアしか見えていなかった。それを追う側近。
「セーフォウス様! イーデリア殿を探している場合ではありませぬ! もう、神族軍はこの城のすぐそこまで来ているのでありますぞ!」
「神族? なぜ?」
「わからぬのですか? これは裏切りにございます!」
「裏切り・・・・・・。
まさかイーデリアが。そのようなこと。考えられない。まさか」
 視点さえ定まらないセーフォウス。側近はどうしようもない、というようにセーフォウスの頬を叩いた。
「しっかりなさいませ! お父上なき後、セーフォウス様が魔王なのですぞ? 魔族の運命はあなた様にかかっているのでございます。その目でごらんなされ!」
 側近に言われ、ふらふらと窓まで近づくセーフォウス。
 そこで見たものは。
「な、な、ああ!」
 痛手を負い、苦しみながらも戦う同族の姿。しかし、目に見えてその勢いは神族にあった。遠くまで続く赤く染まった土地。黒い羽が、いたるところに散っていた。
「ああ! こんな! ああ! ああ!
 剣を! 剣を持て! 出陣する!」
 もはや、イーデリアのことを考えている暇はなかった。とにかく、同族を救わなくては! と思ったセーフォウスは、剣を持って城を出た。そして、魔族を救うためにその剣を振るった。
「離れよ! 我が同族に何をする!」
 そんな戦いが何年か続いた。
だが、もう結果は見えていた。
「降参せよ。もう、同族の血は見たくあるまい?」
 イムハムの言葉にセーフォウスは、うなだれ、頷くしかなかった。
 それでも気がかりなことはイーデリアのことだった。
「イ、 イーデリアは・・・・・・」
「安心せよ。我が城の奥に無事イーリスと一緒におる」
 その意味を理解するのにセーフォウスは時間がかかった。どうしても、あの、イーデリアが自分を裏切ったとは思えなかったのだ。お互い同族の長の反対を押し切ってまで結婚をした二人。熱烈な恋愛結婚であった。そして、一人息子イーリスが生まれて約百年ほど。ずっと一緒に暮らしてきた。こんなに簡単にその絆が切れるとは思うはずもない。

 「母上。魔族が負けました」
 イーリスが遠くを見るような目をしてポツリと言った。
「そなたには、判るのか?」
「・・・・・・ええ、母上・・・・・・。父上が泣いておりますゆえ。世界が震えておりまする。父の慟哭で。ああ、僕の胸もこんなに痛む」
 イーリスの言葉に、イーデリアははらはらと涙をこぼした。
「ああ、私の最愛のセーフォウス。そなたを悲しませることなど、考えてもいなかったというのに。なぜこんな・・・・・・!」
 イーデリアはイムハムに選択を迫られた。二択だった。どちらにしても、イーデリアには悲しい選択。しかし、選ばなければならなかった。イムハムが、やると言ったことはやるのは解っていたから・・・・・・。
「セーフォウス・・・・・・! なぜこのように運命はひどい仕打ちを! ああ、そなたは私を恨むであろうな。うう・・・・・・。許してたもれ。ああ」
 気丈な母がただただ涙を流すのを、悲しげにイーリスは見た。しかし、このとき、イーリスもまた、決意をしていたのだ。
「母上。
 ごめんなさい。僕はここにいられない。母上にはイムハム様がいらっしゃる。でも父上は一人です。父上を一人にしてはおけません。僕は、母上も大好きだけど、父上も大好きなんです。解ってください」
 イーデリアと同じ目の色をしたイーリスの目には、強い決意が宿っていた。百歳と言えばまだまだ幼子である。そんな我が子にこんな苦渋をなめさせなければならない、自分のふがいなさをイーデリアは呪った。
「・・・・・・それがよかろう。
 私もセーフォウスが心配じゃ。下界は住むに厳しいところと聞く。そなたが私の代わりにセーフォウスを支えておくれ」
「はい。母上もお元気で」
 母子は抱き合い絆を確かめ合った。それは一瞬で。
「イーリス」
 次の瞬間イーリスは消えていた。
 そして、赤く染まった大地で、「我は愚かであった! みなの者許せ」と嗚咽をもらす父のそばに立った。
「イ、 イーリス?」
イーリスは小さな手足でセーフォウスの体を支えた。
「僕は父上と共に、下界に行きます」

力のない人間は、神族の側につきはしたものの、戦いを見守るしかなかった。神族に敗れた魔族は、下界へと押しやられた。そして、神族は天界に、神族側に属していた人間は地上を神族から授かった。

遠い遠い昔のことだ。

いつの頃か人間はそれを忘れてしまった。そして、自分たちの世界は自分たちのものと勘違いをして、目覚しい発展を遂げていった。
 下界に落とされた魔族は。そこで暮らすうちに、暗く陰険で、残虐な性格に変わっていった。そう、変わっていったのだ。しかし、神族も、人間もそれに気付かなかった。自分たちのことで精一杯。最も劣悪な環境に置かれた魔族の存在など気にしてはいなかったのだ。
魔族は思うようになった。いつか復讐してやる。天界を奪ってやる、と。心まで闇に染まって行ったのである。



第一章



 「イーリス、イーリス! 全くあの子はどこへ行ったのやら。まさか地上になど行っておるまいな。イーリス!」
 父が自分を呼ぶ声を聞いて、こそこそと当のイーリスは地上へ続く扉から離れる。扉から出たとたん、目が闇に支配されたため、視界がぼやけていた。
毎回のことだ。
目が慣れてくると、漆黒のつややかな長い髪と、夜より暗い瞳をした大人の男性が見えてきた。
「イーリス!」
「父上、ここにおりまする」
 とイーリスは返事をした。その少年の髪も父と同じように黒かった。瞳は深い海のような色である。
イーリスは父の声のする方へ慌てて駆け寄った。
「イーリス、まったくお前は……。地上で見つかったら、お前のような子供など、すぐに排除されるぞ? 今はまだ時が早い。行くなと言うておるのに」
 呆れた顔の父に、イーリスは肩をすくめて、
「だって、地上はとっても綺麗なのです」
 と弁解する。
「地上が綺麗、か……。そなたは天界を忘れたのか?」
「・・・・・・いいえ。忘れようにも、忘れることなどできませぬ。すべてが平和で、穏やかで、母上もいた遠い日々」
 イーリスは遠い目をして呟いた。
セーフォウスの瞳に、イーリスと同じような静かで穏やかな、光が宿ったのは一瞬で、次の瞬間その瞳に暗い暗い炎が宿った。
「許せぬ。天界に神どもが暮らしていると思うと……! 我は愚かであった。イーデリアの愛を信じるなど!」
「父上! 母上は自分で望んで神族領に戻られたのではございません! 母上は! っ」
 イーデリアに、イムハムとの約束を言ってはならないとイーリスは言われていた。母がどんな思いで選択をしたか。それを知っているイーリスは、イーデリアを恨むばかりの父を見るたびに胸が痛む。
「ふん。理由なぞ言い訳にしかならぬ。
そなたも解っておろうに。だから地上に行くのであろう? 結局は神族に負けたせいでこのような下界に落とされたのだ。この屈辱! いや、イーデリアだけを攻めるわけにはいかぬな。イーデリアに現を抜かしおった我こそが憎い! 同族よりも、他族の姫君に現を抜かすなど!我が一生の恥じよ!」
イーリスにとってこの言葉は辛い。自分の存在を否定される気がするからだ。
イーリスが地上に行く理由は他にあったのだが、それはあえて語らなかった。
イーリスは黙っているだけである。
「見ておれ! もう我は騙されぬぞ。今度こそ、天界も、そして地上も、我々のものにしてやる! それまでお前は待つがよい。まだ、時が早い」
 我々のもの、という言葉にイーリスは少し不安を覚えた。父はまた戦争をする気なのであろうか。あの苦しみを最も味わったと言うのに!
「イーリス。そなた、なんと言う目をして我を見ている。悪いのは神族であったのは明白であろう。なぜ我を責めるような目をするのだ。そなた、もしや、神族に正義があったなど思ってはおるまいな? 勝者は正義、敗者は悪、世の常はそのようなふざけたものではあるが、神族の攻め方。あの戦いに正義など微塵もないわ!」
 セーフォウスの胸は、死んでいった同族のことでいっぱいで、その激情は渦巻くばかりに空気を支配していた。
 イーリスは思う。
 セーフォウスは気丈なイーデリアより穏やかな性格であった。だが、あの戦いから、その性格は変わった。憎しみというものはこんなにも強い。性格を変えるほどに。それが恐ろしかった。
「よく覚えておくがよい、イーリス。神族と我々のしたことは全く同じこと。殺し合いにしかならない。それなのに、どうしてこんなにも境遇が変わったのか」
 セーフォウスの目は陰湿な怒りに燃えていた。あの戦いの日以来、父の瞳にはこの暗い炎が宿っている。
「時が来れば世はまた変わる。いや、変えてみせる。このままでおくべきか。我々にした仕打ち、倍にして返してみせよう。
だが、とにかくまだ早い。イーリス、お前は何もするな。我に任せておけばよい」
セーフォウスは冷たい後姿をして去った。
イーリスは考える。
イムハムのしたことは憎むべきだと感じている。自分の子であるイーデリアさえ、悲しませ、不意打ちとしか言いようのない戦争をし、数々の大切な命を奪った。そして、穏やかなセーフォウスの性格までもここまで変えてしまった。
 しかし。それに対し、同じ戦争という手段が果たして妥当であるか。それはイーリスにはまだ解らなかった。それに。
 人間。彼らは力がなさ過ぎる。イーリスは地上に行って人間を理解しようと努力していた。神族でも魔族でもない者たち――人間。彼らはどのようなものなのか。
それで解ったことは、人間には神族や魔族のような力がないということである。無力で、寿命も短い。しかし、その文化は神族、魔族を凌ぐものである。地上に行くたびに驚かされるのはその文化の発展の早さである。見たことのないようなものが、多く存在する。イーリスが思うに、人間とは何か特別な存在なのではないだろうか。力、生命力、それらがなくとも、人間は優れている面が多いとイーリスは思いだしていた。そのような人間の地上さえ父はとろうというのか。戦うことで。
 確かに、人間は神側につき、おこぼれをもらって今がある。しかし。
イーリスは何かが違うと思った。
 イムハム。彼さえいなければ。
いや、だが、争いは起こっただろう。住む土地を求めて。
イーリスは聡いがゆえに考える・・・・・・。



第二章



 現在、四限目、倫理の授業中。
草瀬 神司(くさせ しんじ)、高校二年生は、いつものように机に突っ伏して居眠りをしていた。
春には満たない二月末。暖かくなっては寒くなる、の繰り返しの今日この頃。程なく春が来る証だ。ちなみに今日は暖かな日差しのほうで、居眠りには最適だった。
神司の黒く癖のない髪が窓から入ってくる微かな風にふわふわと揺れていた。切れ長の目は閉じられていて、長めの睫がきれいに縁取っているのが見えるだけだ。実に幸せそうに眠っている。
だが、神司の席は一番前のため、そろそろキレた教師がチョークを投げてくるころだ。
くるころなのだが。
「……?」
神司は、まどろみから覚め、あくびをした。神司が自主的に目を覚ますのは珍しい。伸びをし、肩を左右交互ににあげてコキコキならしたところで、神司は異変に気がついた。何かがおかしい。
何だ? そうだ、人。人がいない。教壇の先生も、神司以外の生徒も。
新手のいじめか、なんて冗談を思っている場合ではない。さあて。
(まあいいや。寝よう)
主人公であるはずの神司が、再び寝ようとすると、大きな声と足音が聞こえてきた。
「誰かー、誰かいないのか? おーい、誰か!」
 人間がいる。その事実に少し安堵しながら、
「ここにいる」
 と神司は返事をしてみた。
「よかったあ、自分以外にも人がいて。
俺、花田頼」
「俺は草瀬神司」
 神司はやる気なさげな声で答えた。神司は頼を見て、一瞬で、苦手な熱血タイプだと判断する。童顔で、やや背の低い、少年、頼は神司の名を知ってる、と頷いた。 
「眠りの神司、ね。
なあ、なんで人いねんだろうな? でも俺たちだけいるって変な感じ。選ばれし勇者とか?」
 頼は、人が消えたことをまだ受け入れられていないのか、あっけらかんとして言った。ゲーマーだなこいつ。と神司は思う。自分もゲームは嫌いではない。だが、ゲームと現実は違う。どうも嫌な予感がすると神司は思った。
「俺、そういうの見るのは嫌いじゃないけど、巻き込まれるのは嫌だから。頑張れよ、頼とやら」
 そう言った瞬間だった。
「それは、困る。あなたは役割を背負っているのだから」
 それは、いきなり空間に舞い降りるかのように現れた。
短い金髪と、白いローブ。そして、背中にある眩いばかりに白い翼。どう見ても人間ではなかった。
「な、誰だよ、あんた!」
 頼が、動揺を隠せずに口にすると、その少女は少しだけ目を細めて頼を見た。
「私は神族のアリサという。
神族の天界に何か起きたときに、地上に派遣される役割を持つもの」
「天界? 何だそれは。それは地球にあるのか?」
 神司は冷静に尋ねる。
「あなた方が地球と考えているのは地上のこと。全く違う概念の世界として、天界が、そして、地上の遥か深くに暗い下界が存在する」
「で、それが俺たちに何の関係があるんだ? さらに、他の人間はどこへ消えた?」
 神司は本当に冷静に言葉を口にした。面倒なことには巻き込まれたくない、というのが本音だった。
「関係? 大有りですね。人間たちが消えたのも、恐らく、魔族の仕業でしょう。私たちは遠い昔、魔族と呼ばれるものたちと、天界をかけて争った。そのときに、神族側について地上を得たのが人間だ。私が地上に強制送還されたのは、魔族によって天界が襲われ、次に人間がターゲットにされているのを知らせるためだ。しばし遅かったようだが」
 アリサのそっけない回答に、頼はぐるぐるとその場を歩き回っている。
「遅かったなら、もう無駄ということだろう。なぜ、まだここにいる?」
 そんな、頼を無視して、神司はアリサに尋ねた。頭では警報が鳴っていた。
「それは、あなたも私と同じように役割を背負っているから。神司」
 嫌な予感は的中しそうだ。
「もしものときの、駒。魔族に天界を渡すわけにはいかない。
昔の魔族なら、まだよかっただろう。でも、今の残虐な魔族たちに天界、地上は渡せない。彼らは、長年下界で暮らしてきたせいで、性格が曲がっている。それは、もちろん神族のせいだから、自業自得といえばそうだろう。
でも、あれは、ひどすぎる」
 思い出したのか、アリサは顔を背け、目を伏せた。
「とにかく、地上を救えるのはあなたたちだけ。どうにか抵抗しないと、地上はめちゃくちゃにされるぞ」
 神司は考える。では、なぜ、自分たち二人は残って、魔族はここにいないのかと。
「そう、そこが私にも判らぬこと。神司と私だけでは無理がある。予定では、勇義軍なるものを募って、魔族に対抗しようと考えていた。それなのに、だ。おつきが一人で、他に人間がいないとは! 
魔族は神族を惨いやり方で殺していった。他の人間たちは、もうすでに殺されたのか、そうでないのか……そこが判らない」
「おつき……」
 アリサの言葉に、頼は内容よりも、そちらを気にしてへこんでいる。
「とにかく、武器を探しに行かなくては」
「武器? そうだ、なぞなんだが、魔族や神族は死ぬのか?」
「当たり前だ。そうでなくては、戦争はいつまでも終わらぬ。確かに私たちは人間より寿命が長い。しかし、死なないわけではない。だが、神族と魔族は殺し合いができても、人間に簡単に魔族を殺すことはできない。だから、武器を探すのだ。払魔の剣を」
「へーえ。まあ、そこまでは解ったわ」
 神司はどこまでも他人事のようだった。
「神司?」
頼が不安そうに神司を見た。
「で、俺が嫌だといったらどうなるんだ?」
「さあ、このままか、魔族が来て殺されるかではないか?」
 アリサも無関心に答える。
「人間のことは私には分からぬし、正直関心もない。
ただ、私は役目を負ってきた。お前がどうしようが一人でも果たさなければならない。死んだ同族のためにも」
「なるほど。じゃあ、自分の身の振り方は自分で考えていいってことか」
 神司は意地悪そうに言った。頼ははらはらしながら二人を見ている。
「そういうことだな。強制は誰にもできぬことゆえ・・・・・・。
 おい、そこのおつきも自分の思うようにしていいのだぞ」
 アリサは神司の反応に、やけっぱち気味になってそう言った。頼は困ってしまった。
「そ、そんな。急にそんなこと言われても」
 と答えて、頼は考え込んでしまった。
「その武器はどこにあるんだい? 言い伝えとかはないわけ?」
いつの間にこの教室に来たのか、コンコンと教室のドアを叩いて、ドアに寄りかかっている人物がそう言った。その姿を見て、神司は絶句した。
神司のよく知っている人物だった。十歳までは大の親友だった。渡辺亮也。
 しかし、ここにいるはずはなかった。彼は十歳のとき、突然死をしたのだから。
「どうしたの、えーっと、草瀬神司? 神司でいいかな? 立ち聞きしたのは悪かったと思ってるよ。でもさ、人はいつのまにかいなくなってるし、なんだろうと思って、声のするほうに来ちゃったってわけさ。まあ、仲間は多いほうがいいんじゃない? もっとも誰か魔族退治とやらをが引きうけりゃだけど」
「……」
「神司? どうしたの? 僕のこと知らない? ま、当然か。クラスも違うし、居眠りで有名なお前じゃないからな。僕は、田辺聖也。みなさん、よろしく」
 その場に似つかわしくない顔、笑顔で、聖也は挨拶をした。
「もう一人おったか」 
 アリサは別に気にする様子もない。ただ、神司は、亮也を思い出して、言葉が出なかった。それほど、彼の容姿は亮也に酷似していた。
まだ、忘れてなどいなかった。亮也。あれほど優しい、おっとりした、いい人間はいないだろう。亮也はいい人過ぎて早く神に召されたのだろうと勝手に思っていた。そうでなければ納得がいかなかったから。


――どこかから、虫の音が聞こえてくる。
 「神司、見て。線香花火、綺麗だよ」
 愛しいものを見つめるように花火を見ながら亮也は言った。亮也の優しい顔を花火の光が柔らかく照らし出している。
「ねぇ、今度、会わせたい友達がいるんだ。寂しがりやで優しい子なんだよ。イーリスって言うんだ。イーリスは凄いんだ! もっと、面白いものを見せてもらえるんだよ。今度神司も連れてきていいか、聞いてみるよ」
満開の笑顔で亮也はそう言った。
夏の夜、二人で花火をしていたときだ。
病弱な亮也。線香花火みたいに、すぐに消えて欲しくない。花火を見ながらそう願った。
まだ暑さの残る夜。ただ、虫の声が夏の終わりを告げるように聞こえていた。 
 そして、その後亮也を見ることはなかった――


「亮也……」
 神司は呆然として聖也の顔を見つめた。
「何? 僕の顔に何かついてる? なんだか幽霊でも見たような顔だよ、神司? 大丈夫かい?」
 聖也の言葉に神司はっと我に返った。そうだ。亮也がここにいるはずはないのだ。
「あ、ああ。まさに聖也の言うとおりで……。お前の顔、俺の死んだ友達にそっくりなんだ」
 一瞬その場が静寂に包まれた。
「えーっと、悪いな、その友達じゃなくて」
 聖也が困ったように言った。
「別に。お前は亮也じゃないし、謝る必要もないだろ」
 神司はそう言って、頼と同様に考え込んでしまった。
「そう。ならいいんだけど・・・・・・。
頼、君はどうするの?」
 聖也は神司を少し気にしながらも、頼に視線を移した。
「え? 俺? 俺は・・・・・・。
 あのさ、アリサ。この場合、神司が引き受けないというなら・・・・・・お、俺が引き受けても大丈夫なのか? その役割とやらを。
俺でよければ、引き受けたいんだけど・・・・・・」
 頼はおずおずとアリサに言った。アリサは渋い顔になった。
「うむ、それができれば可能性も少しは多くなるだろうに、残念ながら無理だ。封魔の剣は人を選ぶ。選ばれたのは神司なのだ」
 アリサの言葉に、頼はなんとも言えない表情になった。泣いているようにも見えた。聖也はそんな頼を気遣うように少し見て、
「それは、どういうことか詳しく教えてもらえないかな?」
「どこから、話せばいいやら・・・・・・。
私のように、地上に派遣される役割を持つ神族は一人だ。だが、地上には、神司のような役割を持つ候補が少数散らばっている」
 まあ、それはそうだろう。地上のことを日本人一人に任せていいはずがない。
「しかし、最終的に選ばれるのは、一人なのだ。それは、先ほど言った封魔の剣に地理的に近い人間が選ばれる」
 神司は眉間にしわを寄せた。
「なんだよ、それ。神族は、人間が魔族と対抗できないのを知っていながら、その人間一人だけを選び、少ない友と、一人の神族で、魔族をどうにかしろと言うのか?」
「そ、それは……。まさか、他の人間が消えているとは考えられなかったからで……」
 これには頼も聖也も、唸った。魔族の数は知れない。しかも、その魔族と渡り合える神族の危機に選ばれるのが、無力な人間一人。どう考えても勝機はない。四人は黙った。
「……なんだってこんな中途半端な対策を神族は用意したんだろうね?」
 呆れた声で口火を切ったのは聖也だった。
「そ、それは……」
 アリサは気まずそうに下を向く。
「正直、もしも、を考えていなかったのだろう。私もその役割を授かったものの、本当に地上に派遣される日が来るとは……」
「でもさ、一番悪条件の下に置かれた魔族が、大人しくしてるとは普通思わないんじゃないの?」
 聖也は続けた。
「そうだな。私たちはうかつだった。天界を手に入れたことで、浮かれて、幸せすぎて、かつて一緒に暮らしていた魔族のことなど考えもしなかった。もう今更遅いが……」
 アリサは悲痛な声で言った。

 亮也の命は戻らない。でも、今消えてしまっているみんなの命は、まだ救える希望がある。少しでも希望があるのだから、諦めたくはない。後悔はしたくないから、立ち向かうしかない。
のだが。
「はあ、なんかドラ○エみたいだよな」
 頼が小さくため息をついた。
「俺たちはたまねぎ剣士ってとこか」
「それはF○Ⅲだろ? それじゃ、アリサは……、白魔導師? 賢者?
アリサ以外はみんなレベル一ってのが笑えないよな」
頼はそう言って、念のためとか言って、アリサに尋ねる。
「ねえ、アリサさん。弱い魔族から順に出てくるシステムとかじゃないんですよね?」
 アリサは鋭いまなざしで頼を見た。
「意味が分からぬな。私をからかっているのか?」
 そんなアリサに、頼は今度は大きなため息をつく。
「やっぱ、違うよな。ってことは、レベル一のまま、魔族の方々と戦うわけで……」
「頼。これはゲームじゃないからな」
 神司の一言に、「だからなおさら笑えないんだ」と俯く頼。
 をんな頼に聖也は、「まあまあ落ち着いて」と言い、アリサの方を向いた。
「アリサ、もっと具体的なことは解らないの?」
「そう、だな……。何から話せばいいのやら」
 と、アリサは嘆息する。
「それは人間も一緒だな。自分たちは戦いもせず、地上を得たというのに。今の人間は誰一人そんなことを知らずにのうのうと生きてきた」
 神司は言って、
「これはある意味仕方ないことなのだろう。文句を言っても仕方ないし、言えない立場なんだな。
この人数は確かに痛いが」 
 吹っ切れたように顔を上げた。
「それで? たまたま封魔の剣の近くにいた俺が選ばれたのは解ったが、肝心な封魔の剣については何か情報はないのか?」
「封魔の剣。これは人間にでも魔族を殺せる剣だ。しかし、剣の形をしてはいない」
 アリサの言葉に頼は首をかしげた。
「剣じゃないのに剣なのか?」
 アリサは頷く。
「私も実際見たことがあるわけではないゆえ、それがどのような形をしているかは正直判らないのだ。しかし、先ほど言った、選ばれし者候補の人間は、生まれるときに、羊水の中に封魔の剣が入っていると聞く」
 アリサの言葉に三人は目を見開き、
「羊水?!」
 と同時に叫んだ。アリサは頷く。
「だから、出産と同時に候補者は解るようになっている。問題は、それが封魔の剣の形をしていない上に、母体に入るほどの小さいもの故、気付かれないことが多いということだ。だから、封魔の剣は知らないうちに捨てられたり、どこかに紛れたりなどして、本人のそばに無いことが多い」
 なるほど、と三人は頷く。
「でも、生まれたときに一緒に出てくるなら、そんなに遠くにあるって訳じゃなさそうだなっ」
 頼が楽観的に言うと、
「ま、本人が生まれた場所から引っ越ししていなかったら、だよね」
 と聖也が冷静に繋いだ。
「俺は引っ越したことがあるが、市内だから、そんなに広い範囲を探す必要はないだろう」
 聖也に答えるように神司は言った。
「じゃあ、市内を探せばいいわけだ!」
 とほっとした様子の頼。
「頼、お前単純すぎだな。形も判らないものをどうやって探すっていうんだ?」
 呆れ顔の神司。確かにその通りである。
「アリサ、ヒントとかないわけ?」
 聖也が降参と言うように聞く。アリサは困った顔になった。
「そう、だな……。共鳴すると聞いたことはあるな。漠然と大切なものと言う感じがある、と……」
 神司はそれを聞いてますます渋った顔になった。ものに頓着しないほうなのである。大切なものと言われても、自分にそんなものがあったかどうか。
「それから。
魔族に反応して、剣となると聞いている。が、魔族もいないこの状態じゃ……」
 頼がアリサをじと目で見た。
「な、なんだ?」
「アリサが魔族を一人連れてきたらよかったんだよー」
 頼の言葉に残る二人が頼の頭を叩いた。
しかし、なんなのだろう。緊張感にかけるような。人間の命がかかっているというのに。そして、手がかりは絶望的なのに。もちろん悲観的になっても事態は悪化するだけだが。四人はいっせいにため息をついた。
「あのさ、もう一つ問題があるんじゃないの?」
 再度聖也が口を開いた。残る三人はあまり聞きたくない顔をして聖也を見た。聖也は困った笑みを浮かべた。
「そんな顔されても。
剣が見つかったとしても、人間を消している魔族を倒さなきゃいけないんだよね? その魔族はどこにいるのさ?」
「推測でしかないが、まだ、神族と天界で戦っているのだろう。問題は、戦っているのに、人間まで消えているということだが……」
 アリサは少し考え込む仕草をして、独り言のように言った。
「ここまでの力を持っているのは、神族の長のイーデリア様と、魔族の長のセーフォウスの間に生まれたご子息としか考えられない」
「へえ、魔族と神族の混血がいるんだ? なぜそいつは魔族の方にいるんだ?」
 頼がまた、能天気に聞いた。するとアリサは顔を曇らせ、
「それはどうでもよいことだ。とにかく、天界が滅ぼされたら、魔族は地上に現れるだろう。その前にせめて剣を探し出さねば」
 頼の問いには答えず、そう言った。確かに今できることはそれしかない。三人は頷き、方針だけは決まった。

 「まずは」
「どう考えてみても」
「俺の持ち物を調べるしかないな」
 解ったよ、と手を上げて神司は頷いた。そして、自分のポケット中の物、カバン中の物を無造作に放り出した。
「携帯」
「しかもストラップなし。筆箱にも消しゴム、シャーペン、その芯、定規のみ。財布。ノート、教科書類」
「なんてシンプルな……。教科書使ってるのか? 綺麗過ぎるぞ」
 頼と聖也が言いたい放題に言う中、アリサは初めて見るものに興味深々のようだ。
「あのなあ、お前ら。人のものにいちいちけちつけんじゃねーよ」
 神司は少々切れ気味である。
「でも、これじゃあ」
「どう考えてもなさそうだな、この中には」
 見るだけ見といて、頼と聖也は深々とため息をついていた。
「あ、もう夕日が沈む」
 頼の言葉に窓のほうを見ると、空が橙に滲んでいた。
「……こんなことになっているのに、時間は止まることなく進んでいるんだね」
 聖也が言った言葉に、神司も頼も神妙に頷いた。
「綺麗なものだな」
 アリサがポツリともらした。
「天界には夕日はないのか?」
 神司の問いに、
「ああ、常に地上で言う昼の状態だ」
「眠らないの?」
 頼の言葉に、アリサは首をかしげた。
「必要性がない。眠りたい者は眠る。それだけだ」
「なんか、天界って楽園とか言うけど、退屈で、趣き無いとこみたいだな」
 頼がストレートに言うと、アリサはなんとも言えない顔をした。
「なあ、神司。もう暗くなるし、今日はこのくらいにしない?」
 聖也が神司を振り返って言った。
 橙の空。
振り返る一人の人間。
表情はは影になって見えない。
 神司はこの光景を知っていると思った。振り返った人。そのときは誰だったのか。
「神司?」
 聖也の声に、神司ははっと我に返った。
「いや、なんでもない。正直疲れた。普段は授業中は睡眠の時間だからな」
 神司が少しおどけて言うと、頼も聖也も笑った。
「確かに。これで成績がいいからむかつくんだよな、こいつ」
「睡眠学習って言うだろ?」
「ほう」
「殴られたいようだな」
 頼と聖也が神司を羽交い絞めにしていると、アリサが冷たく言った。
「人間という生物は緊張感に欠けるようだな。いつだってそうだ。神族に任せっきり。今回は私たちは人間を守れない状況なのだぞ? それが分かっているのか?」
 三人は瞬間、動きを止めた。そして、罰が悪そうに、
「そうだ、な……」
「こんなことしてる場合じゃないよな」
 と言った。アリサと違って、実際殺されるところを見ていないためか、三人には現況の実感が欠けていた。確かに人は消えているが、その他は何も変わっていない。しかし、見えないだけで、どこかで酷たらしく殺されようとしているとしたら。
「……神司、ロッカー見たっけ?」
 頼が神司に尋ねた。
「まだ。どーぞ」
 綺麗なものである。カバン以外は何も入っていなかった。
「学校でよく行く場所は?」
「屋上。体育館裏」
 神司は飄々と言った。頼と聖也は顔を見合わせる。
「とにかく行ってみよう」
 風の強い屋上へと四人は移動した。
 太陽は地平線に沈み、淡い光を空に残すのみである。太陽が沈んだ後の風は冷たく、まだ春ではないことを痛感させられる。
「ここで、何をしているんだ?」
 聖也の問いに、
「食事、または昼寝」
 といたってシンプルに神司は答えた。そして、
「ここら辺によくいる」
 と案内する。頼と聖也はそこをよく調べたがやはり何も見つからなかった。
「次に行こう。体育館裏だっけ?」
「神司は何のために行くわけ?」
 二人の問いに、神司は、スパスパとタバコを吸う仕草をした。二人はため息をつき、アリサはまた首をかしげた。
「なるほど。タバコを持ってなかったのは、ここに置いてるからか」
 体育館裏。神司が隠していたタバコ箱を無意味に振りながら、頼が言った。中身はタバコが三本入っているだけであった。
「学校には何もなさそうだな」
 頼が疲れた顔で言うと、
「学校は好きでも嫌いでもないからな。何も愛着はないね。ま、俺の場合、愛着のあるものなんて皆無か」
 神司は答え、その言葉に、頼も聖也も顔をげんなりさせた。
「神族は、なんで神司を選んだんだろうね?」
「ほんと、手がかり皆無なんて、どうやって地上を救えってんだ?」
 恨めしげな視線が自然とアリサに向く。アリサはあさっての方向を向き、
「私の人選ではない」
 とだけ言った。

「さてと、今日の宿だが」
「誰もいないから、どこで寝てもいいような気がするが」
「それは犯罪だろう」
 相変わらず三人は、自分の使命以外関心の全く無いアリサを放って話を進めている。神司は母と二人で暮らしているアパートに、自分を含める四人が寝れるかを考え、
「俺のうちはパスだな。狭すぎる」
 といち早く言った。続いて聖也が何か口を開きかけたときだ。
「俺んちでいいと思う。俺んとこ四人家族だし」
 と頼が下を向いて言った。
「聖也は?」
 神司の問いに、聖也は、
「そっちのほうが有り難いな。僕のうちもこの人数は無理だ」
 と微笑んだ。
「決まりだな」
 アリサはどうでもいいらしかった。

 頼のうちはまだ築三年ということで、新しかった。そして、四LDKという十分な間取りをしていた。
「自由に使っていいよ。ベッドも四つあるから、それぞれ好きなので寝てくれ」
 頼は家に三人を案内してそう言った。
「まず、飯じゃねー?」
 神司の言葉に、
「そうか、そうだな。冷蔵庫のものを適当に食べよう」
 と頼が相槌を打つ。しかし、その声はどこか投げやりだった。聖也はそんな頼の様子を気にしていたが、神司は、
「じゃあ、拝見」
 と冷蔵庫を開け、
「これ使って適当に俺が料理するわ」
 と言った。
「神司、料理できるのか?」
 聖也が驚いて聞くと、
「うちはお袋と二人暮しだから、高校入ってからは晩飯は俺の当番なんだ」
 と材料を取り出しながら、神司は答えた。聖也が複雑そうな顔をする。
「ああ、気にすんなよ。親父はどっかの女とよろしくやってるさ。俺が生まれてすぐだったらしい。顔も覚えちゃいねーから、別に何の感情もない。まあ、お袋は大変だっただろうけどな」
 とさして気にする様子もなく、神司は言った。聖也と頼は思わず顔を見合わせた。アリサは相変わらずのポーカーフェイスである。神司は、材料を慣れた手つきで刻みながら、三人のほうを振り返った。
「何でもいいんだよな?」
「あ、ああ。もちろん」
「うん」
「私は食べない」
 アリサの答えに、神司は、
「神族は、ものも食わねーわけ? もしかしたら、卵から生まれてくるとか?」
 なんて、笑えない冗談を言った。頼と聖也が恐る恐るアリサを見ると、アリサはさして気分を害したようでもなく、
「食べ物を食す必要がない。ちなみに、神族も卵からではなく、母体から生まれる。だが、私の場合、役目を担ったゆえ、生まれてからすぐに神殿のほうに移された。だから、両親とはほとんど会えなかった」
 と答えただけだった。
「へー、案外俺たちは似てんのかもな。物事に無関心だし」
 神司の言葉に、
「いや、私は使命には関心がある」
 とアリサが真面目に言い返した。頼と聖也は次元の違う会話を聞いているようで、目を白黒させていた。
「やっぱり、神司はなんか違うわ」
 頼がどこか悲しげに呟くのを聖也は聞いた。

 ありあわせの、名も無い料理は案外美味しくできていた。三人は、その日、運命が大きく変わったものの、食欲は衰えていなかったとみえて、神司が作った料理をほおばった。有り難かったのは後片付けをせずに済んだことだ。アリサが人間には無い力で、片付けたからである。食事後、四人は疲れていたせいもあり、それぞれの部屋で休むこととなった。

 聖也が物音を聞いて目を覚ましたのは、夜中の一時頃であった。自分たちの他にも誰かいるのだろうか、という期待と、四人のうちの誰かだろうという現実的な思考とともに階段を下りる。すると、その階段の一番下の段に人影があった。そっと肩を叩いてみると、
その人影は心底驚いた顔で振り向いた。
頼だった。
「どうしたの? 頼。眠れないのかい?」
「聖也! お前こそどうしたんだよ?」
「いや、物音がしたから」
「そうか」
 頼の表情は暗い。
「どうしたんだよ? なんか悩みでもあるのか? 聞くよ?」
 聖也はあえて明るく微笑んだ。頼はそんな聖也に、ちょっと笑顔を見せた。
「そうだな。話せば少しすっきりするかも」
 頼は語りだした。頼の話によると、頼には二つ年上の兄がいるらしい。その兄は成績もよく、いわゆる「できる人間」だそうだ。そこで、頼の両親の期待は兄にばかり向き、頼は家で居場所をなくしていたらしい。頼は家での窮屈な毎日を発散するように、学校でふざけた盛り上げ役に徹したところ、それがはまり、学校では居場所を得ることになった。しかし、家に帰るとまた、居場所をなくす。頼は、自分が常に一番にはなれないことを悟っていた。そして、その通り、今回の件にしても、主役は神司で、頼は「そのおつき」となった。
「俺はやっぱ、みんなの前で道化をするしか能がない、二番目なんだ」
 頼は力なく言った。
「そうかな? 僕は自分も選ばれたと思ったけれど?」
 聖也は言った。
「え?」
「神司と僕らの役目は違う。でも、どちらも選ばれたには違わないと僕は思っているよ。僕らは神司の役目は果たせない。でも、神司も僕らの役目は果たせない。なぜなら、彼が死んだら地上はゲームオーバーだから。でも、僕らは彼の代わりに死ねる。それは他の消えた人間にはできないことだし、神司にもできないことじゃないか? 消えた人間にしろ、何か役目を背負って生まれてきたんだよ、きっと。ただ、僕たち人間は他人と比べたがるから、自分の役目に気付かず、他人の役目ばかりが見えるんだ。人間に番号なんてつけられないのにさ」
「だな」
 突然の後ろからの声に、頼と聖也は同時に振り返った。
「神司!」
 聖也が呆れて、
「いつからいたんだい?」
 と問うた。
「さあね」
 神司は相変わらず飄々として答えた。
「ま、二人がいないと俺はかなり困るってことには変わりない。期待してるぜ、聖也。そして、頼!
明日もアリサに早く起こされそうだ。早く寝るんだな。お休み」
 そう言って、何事もなかったように階段を上がっていく神司を見て、二人は顔を見合わせた。
「だそうだよ。とりあえず、自分の役目を頑張るとしよう?」
 聖也の笑顔に、
「そうだな。なんか、少しすっきりしたかも。俺の役目、探しながら頑張るよ」
 と頼も笑顔になった。





                        続く


 字数が多すぎたので2に続きます。
 


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                           天音花香

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こんにちは、天音です。


イーリスの夢の続きです。
この後続けて最後までアップします。

ココから小説


最初から読む
         
        イーリスの夢









 第三章

 

 ――イーリスは明るさに慣れていなかった。だから、地上に行く時間はたいてい決まっていた。この土地では「逢魔ヶ時」と言われている時間らしい。全てが青く染まる時間、イーリスは一人地上に足を運び、人目につかないように地上を堪能するのだった。変わった形の住居、食物らしき匂い、綺麗に手入れされた庭。どれもが珍しいものだった。なかでもイーリスが気に入っていたのは公園だった。誰もいなくなった公園に一人たたずむ。それは、傍から見たら寂しい光景であるかもしれない。でも、イーリスは楽しんでいた。ジャングルジムと呼ばれるものの頂上に上って、空を見上げる。地上の空には、月があって、天をうっすらと白く染める。そしてその傍らには控えめに光を放つ星たち。空の下には人工的な街灯。地上は夜でさえ下界よりずっと明るい。それは、イーリスにとって不思議な不思議な光景。下界と比べて少し悲しくなる。闇を闇たらしめない、白い月。それは言いようのないぐらい美しく、それだけでも持って帰れたらいいのになんてイーリスは思う。結局、住む世界が違うことを痛感して地上を後にする。それなのに、懲りずにイーリスは地上に行くのであった。

 そして、イーリスはその日も公園で一人、ブランコと呼ばれるものを揺らしていた。キイキイという音が寂しく響く。でも、こうして揺られているのは気持ちいいな、と思っていたときだった。
「誰かいるの?」
 突然かけられた声。
イーリスは驚きのため声も出せずにいた。ブランコが止まり、イーリスはその両の鎖を強く握りしめた。声の主はそんなイーリスの反応を無視して近づいてくる。その足がブランコの前で止まった。イーリスは視線を上げ、声の主の顔を見た。十歳くらいの子供だった。
「君、一人なの?」
 その子は優しい声で話しかけてきた。
イーリスは黙って頷いた。翼は背中にしまってある。でもとがった耳は隠せない。怖かった。なんて思われるのだろう。
イーリスはこの地上に住む者たちに好意を持っているから、嫌われるのは嫌だなと思った。
「じゃあ、一緒にあそぼ。僕、亮也。君の名前は?」
 亮也と名乗ったその子供はイーリスの容姿は気にしていないのか、気づいていないのか、無邪気にそう聞いてきた。
「……イーリス」
「イーリス君、そっかあ、外国人なんだね」
 亮也は勝手に納得すると、にっこーっと周りが明るくなるような笑顔を見せた。
驚きだった。イーリスはこんな表情を向けられたことがなかった。何だろう、この、心が温かくなるような不思議な気持ちは。
「僕のお母さんは働いているから、僕は一人なんだ。体に障るから家にいなさいって言われるけど、家は退屈なんだ。だから公園に来てみたんだよ。イーリス君がいてよかった!」
 亮也は体が弱いようだった。人間からは神族や魔族のような特別な力が感じられず、どことなく頼りなさを感じてはいたものの、亮也はその中でも特に生命力が弱い気がした。
「イーリス君はよくここにいるの?」
「う、うん」
「そっか、じゃ、ここにくれば会えるんだね。ここで、一人で遊んでるの? 寂しくない?」
「寂しい……?」
 考えたこともなかったことだった。イーリスは下界でもほとんど一人だった。大量に積まれた魔道書をいつも読まされていた。毎日はその繰り返しで、そんなものなんだろうとイーリスは思っていた。
寂しい……。
それは、感じたことがなかった。否、感じないようにしていた? 
本当はもっと父にかまって欲しかった。同じ年ぐらいの子供たちと遊んでみたかった。
 気がつくとイーリスは泣いていた。
「寂しかったんだね。でも、大丈夫。もう、僕がいるから。って、実は僕も寂しかったんだ。だからイーリス君に会えて嬉しい! ね、元気出して。
わあ、見てよ、イーリス君。今日は月がとても綺麗だよ」
 亮也に言われて、見上げた月は本当に綺麗で。今まで見た月の中でもっとも綺麗で。
イーリスは涙を止めることができなかった。自分はこんなにも孤独だったのだと、そのとき初めてイーリスは悟った。隣で月を一緒に見てくれる誰かがいることがこんなにも嬉しいなんて。声もなく、イーリスは泣き続けた。
 そのとき、ざあっと風が吹いて、白い小さなものが二人にふり注がれた。いや、白ではなくて、ほんのりと色付いた……。
「うわあっ」
 亮也はそう楽しげに声をあげた。
「凄いな。イーリス君は見るの、初めて? 桜だよ。ほら、この公園、たくさんの桜が植えられてるから」
 亮也の言葉に公園を見渡すと、月の光に照らされて、桜と呼ばれたその植物は、妖艶なまでに光を放っていた。それでいて、その花びらの色は淡く、儚く、夢のようで。イーリスは、隣にいる亮也の手をなぜか握った。そんなイーリスに亮也は笑いかけた。
「僕は桜、好きなんだけど、イーリス君は、気に入らなかった?」
 イーリスは頭をぶんぶんと横にふった。
大丈夫。亮也はここにいる。これは夢でない。そう思い直して、イーリスは桜をもう一度見た。桜は月にも劣らず、美しかった。
 その日、イーリスは亮也とまた会う約束をして下界へ戻った。満たされた気持ちだった。だが、このことは父には言わないほうがいいと直感的に思った。だからイーリスは父に内緒で亮也と会うことを続けた。今までになく、幸せな日々が続いた。イーリスにとって亮也は、暗い下界で抱けなかった、希望そのものだった。

 亮也は小学校のことや、自分の家族のことなどをよく話した。イーリスは聞いているだけで楽しかった。ただ、イーリスは自分のことで話せることがほとんどないことが悲しかった。亮也も無理には聞いてこなかった。亮也は本当に無邪気で素直で優しい、いい子だった。こんな子に会ったことなど今までなかったので、人間の子はみんなこうなのだろうかとイーリスは思った。
亮也の瞳には暗い炎など宿ることなく、いつも希望の光を灯していた――



 ……イーリスはぼんやりと目を覚ました。亮也の綺麗な瞳が残像として脳裏に残っている。(ああ、綺麗な目だ)
「……僕も夢なんて見るんだ……。
亮也……。君に出会えたことは、僕の人生で唯一の幸運だった。君にとってはそうだったかは分からないけれど」
 イーリスの頬を一筋の涙が伝った。
「きらきらしていた。本当に美しい日々だったよ。亮也、もう一度君に会えたら」
 イーリスは声もなく涙を流し続けた。




 「おはよう、神司。早いね」
 聖也はキッチンにいる神司を見つけて声をかけた。聖也の目はしっかり覚めているらしく、声は爽やかだ。
「ああ。朝飯作んねーといけねーからな」
 神司の答えに、聖也は、思い出したように頷き、
「そっか、何か手伝おうか?」
 と尋ねる。
「いや、こっちはいい。まだ起きてないの頼だけだから、奴を起こしてきてくれねーか?」
 アリサは、と問いかけようとして、隣にいる女性に聖也は思わず飛びのいた。
「あ、いらしたのですね、ははは。気配がなかったのでびっくりしたよ。驚かさないでくれ」
「別に驚かせようなんて思ってはいない」
 憮然とアリサ。それはそうだ、と聖也は反応に困った顔をし、それを見ていた神司は、可笑しそうに笑った。
「笑うなよー、神司。
僕、頼を起こしてくるよ」
 その場を逃げるように、聖也は再び二階への階段を上がっていった。そして、聖也は頼の寝ている部屋をノックした。
「頼? 起きてるかい?」
 返事がない。ただの屍のようだ、ではなくて。再び、さらに力を入れてドアを叩く。
「頼! 入るよ!」
 返事がやはりないので、少し不安を覚えながらドアを開けると、当の頼は、未だ夢の中だった。安堵と同時に、少し怒りを覚えて、聖也は頼の耳を引っ張り、
「朝、だよ! 頼!」
 と声を吹き込んだ。瞬間、何事か、とでも言うように、頼は上半身を起こし、耳を押さえながら、声の主を恨めしげに見た。耳の中で聖也の声がまだ反響しているような痛みを感じ、頼は顔をしかめている。が。昨夜のこともあり、少し、照れくさそうに頼は聖也を見た。
「目、覚めた? 起きてないの君だけだったんだよ?」
 そんな頼を可笑しそうに見ながら、聖也が言った。
「え? みんなもう起きてんの?」
「自分の家だから安心したのか? 顔を洗ってきなよ」
 くすくす笑いながら言う聖也に、
「おう」
 と頼は頭をかきながら答えた。この家で、こんなにぐっすり寝たのは何年ぶりだろう。昨夜、神司や聖也に話して、胸の中につっかえていたものが、軽くなったのを実感した頼だった。へへっと思わず笑った頼に、聖也は気味悪そうな顔をした。
「なんだよ、先に行ってるよ?」


 その日は晴れていた。
「空が眩しいね」
 聖也がポツリと呟いた。
「ああ。いつものようにな」
 三人は同じように空を見上げた。不思議だった。こうして空を見ると何も変わっていない気がする。
「だが、明らかに違う。
 気がついていたか? 消えているのは人間だけじゃないってこと」
「生命体? それで風の音しかしないんだね」
 神司の言葉に聖也が答えた。無音に程なく近い世界はやはり奇妙だった。
「急がないとな」
 頼が真面目に言い、それに神司と聖也が静かに、だが強く頷いた。アリサも同感というように頼を見ている。
 四人は出来るだけ早く剣を見つけようと、一番ありそうな神司の家に行くことにしたのだった。今はその道中である。
「もし、神司の家になかったら、どこを探す?」
 聖也が歩く時間さえも惜しむように言った。
「そうだな。中学校、小学校、幼稚園ってところか」
 神司が答えた。
「他に好きだった場所、もしくは好きな場所は?」
 頼が神司に訊く。
「そう、だな……。川原。幼いときは公園にも行ってたかな」
「じゃあ、そこを回っていけばいいんだね」
 聖也がまとめ、アリサも、
「反論はない」
 と答えた。

 神司の家は、二階建てのアパートの二階の右端だった。一Kで、お世辞にも広いとは言えなかった。頼は絶句している。
「な? 狭いだろ? ま、頼んちが広すぎるってのもあるけどな。
 うちはお袋の稼ぎと、俺のバイト代で暮らしてるからさ。
 とにかく入れよ」
神司に続いて三人は部屋に入った。それだけで六畳の部屋は窮屈になった。部屋には机と本棚があった。いつもここに神司と母は布団を二つしいて寝ていた。
小さなシンク。一つのガスコンロ。昔風のトイレと風呂、洗面所。
三人は悪いなと思いつつも、神司の家を見て回っていた。
「さて、何から探すかな」
 神司自身困ったように呟く。
「アリサが言うには、共鳴するんだよね? 手にとってみたら?」
 聖也が冷静な判断を下す。
「そうしてみるしかないな。
 まず、調理道具……」
「それは毎日使っていたんだろう? でも何も感じたことなかったんだよね? 省いていいんじゃないかな」
 聖也は驚くほど頭が冴えていた。
「そうか! じゃあ最近触ってないようなものがいいんだな!」
 頼がなるほどというように叫ぶ。
 神司は少し考えた。そして、ふすまを開けだした。そこから一つの大きなダンボール箱を引っ張り出す。
「よっと」
 神司はそのダンボール箱を一気にひっくり返した。バラバラと転がり落ちてきたのは、ブロックのおもちゃやら、ロボットやら、機関車の模型……と幼い頃に遊んでいたとうかがえるおもちゃだった。
「これらは最近触っていないからな」
「うっわー! 懐かしい! これ、ロゴじゃねーの?」
 頼が目を輝かせた。その顔に神司は苦笑する。
「よし、片っ端から触ってやる」
 神司は一つ一つ手にとっていく。神司が触った後、そのおもちゃを今度は頼が楽しげに手に取り、何だか言っている。
 神司は、その頼よりかは冷静であったが、それらで遊んでいた頃を思い出さずにはいられなかった。
 神司には兄弟がいなかったので、独りでこの部屋でそれらのおもちゃを手に遊んでいたのだ。
 神司は覚えていないが、母から、神司が生まれてすぐに離婚して、このアパートに住みだしたと聞いていた。幼い頃の神司にとって、この六畳の部屋は十分すぎるほど広かった。遊びながら見ていたのは、シンクの前で料理する母の後姿。神司は、時々確認でもするように見ていたのだ。まるで、父が神司を捨てたのを幼心ながら悟っていて、母までもがそうするんじゃないかと怯えるように。
(そう、ここから……)
 神司はおもちゃお手にシンクの方を見た。
 いつもシンクの上の透かし窓から夕日が入り込んでいて、母の後姿は黒く影になっていた。その後姿の母は振り返らない。
(振り返らない?)
「神司? 大丈夫かい? 何か感じたの?」
 神司の意識は、聖也の声で現実に戻された。
「い、いや……。今のところはまだ」
 結局は感じるものは何もなかった。
「少し休憩したほうがいーんじゃねーか? 神経使うのって疲れるだろ?」
 頼の提案に三人は頷いた。太陽もいつの間にか真上に来ている。
「お腹もすいたしな」
「結局作るのは俺じゃねーかよ」
 頼の言葉に神司は不機嫌な声になりながらも、冷蔵庫やシンクの下の扉を開けて見ている。
「んー、めぼしいものがねーな。
 そばとかでいいか?」
 結局三人でそばをすすることになった。アリサはそれを不思議そうに見ているだけだ。
 この部屋にこんなに人がいるのは初めてではないだろうか。
 神司はどちらかというと一匹狼派であった。
 不思議だった。一昨日まで確かに存在していた母の気配がないことが。そして、まったく知らなかった、この四人のメンバーで行動していることが。
 それはここだけが切り取られたような異世界。神司は思った。天界も下界も存在していてもおかしくはないと。
 ふとアリサの方を見ると、目があった。アリサの瞳は明るい空色だ。そして、輝くような金髪と白き翼を持っている。天界の存在を証明する者。
(!)
 突然神司はアリサの瞳から目がそらせなくなった。瞳の中に落ちていくような奇妙な感覚。
(ア、アリサ……?)
 その瞬間だった。パチンと目前がはじけるような感覚に、神司は我に返った。
「どうしたの、神司?」
 聖也が神司の目をしっかり見つめて訊いてきた。
「い、いや、なんでも」
(今日はおかしい。
昨日もおかしかったか)
「なんか、俺、神司の感じ、分かるわ。なーんか妙な空気だよな。このままこんな状態が続いたら気が変になりそ」
 頼が内容にそぐわない、明るい声で言った。アリサはどこか落ち着きなく視線を泳がせ、聖也は、
「そう、だね」
 と小さく頷いた。

 午後、神司は机の中や、本棚をあさり始めた。
 神司は読書家であるようで、本棚は様々な本でぎっしりとつまっていた。
 神司は本を触るのではなく、何か挟まっていないかを確かめているようだった。聖也他二名はそれを見守るしかなかった。が、そのとき、あっと聖也が声を上げた。
「神司。うっかりしていたんだけど、僕が思うに、この世で買えるものは剣ではないんじゃないかな?」
「ああ、俺もそう思って、今はしおりのようなものとか、変わった形のものを探してるんだ。そうだろ?」
 聖也の言葉に神司は頷き、確認するようにアリサを見た。アリサは困った顔をした。
「私にはこの世にある形をしているかどうかまでは分からない。だが、小さいものだとは言える。母体に入るぐらいの」
「ふう、気が遠くなるような作業だな」
 アリサの返答に神司は天井を仰いだ。そして、時間だけが過ぎ、収穫はなしで終わった。
 ただ。
(夕陽とお袋……)
 神司の頭にそれだけがもう一度よぎった。その場面が、母を除いて現実になるとき、四人は神司の家を後にした。


 「どうする? 他にどこか寄るか?」
 頼が神司に問う。その目は疲れている神司を気遣う目だ。もうやめるか? とでも言うように。
「ここから近く……」
 神司は少し考える仕草をして、
「――公園に寄っていくか。
 確か歩いてすぐのところにあったはずだ。――幼いときに遊んでいた公園だ。
 ……亮也と」

公園はあの頃と少しも変わっていなかった。
入って右に、高さがまちまちのブランコが二つ。その隣にシーソー。ギーガッタンと音がする古いものだ。その隣は鉄棒。その前に砂場があって、そこから少し離れたところにジャングルジム。横に滑り台があった。何の変哲もない公園だ。だが、桜の木が遊具を囲むように植えてあって、花の開く時期には、かすかにピンクに色付いた花びらが風に舞って、霞がかかったようになり綺麗だった。
亮也はその桜が好きだった。
神司は一つ一つの遊具に何とはなしに触れていった。どの遊具にも亮也との思い出が宿っていて、神司の目からは自然と涙が溢れた。そんな神司を三人は公園の入り口で、ただ見ていた。
「……ここにもないよ」
(あるのは亮也との思い出だけだ。剣なんて物騒なものはない)
 四人は頼の家へ無言で戻った。
 それでも神司はしっかり夕食を作った。
「大変な作業だよな……」
 頼が呟いた。その箸は昨日より進んでいない。
「そうだね。僕らは神司を見ていることしかできないのがつらいよ。何かできたらいいのに」
 聖也も小さく言った。
「可哀想だが仕方あるまい。それが選ばれし者の定めだ」
 アリサも珍しく感傷的な声を出した。
「そうなんだよ、な。仕方ないさ。これが俺の役目なんだから」
 神司は明るく言ってみせたものの、その顔には疲労の色が濃く出ていた。
 何日続くか分からないこの作業。
 神司の心身が壊れなければいい、と三人は心で願った。 



 ……
 「ふう、どうして僕は眠りが浅いんだろうね」
 一人、呟いて、とりあえず聖也は階段を静かに下りた。ふとリビングの方を見ると、窓を開けて、そこに腰かけ、月をぼんやりと見ているアリサの後姿が目に入った。
「アリサ?」
 聖也の声に、アリサが無愛想に振り返った。
「月を見ているの?」
「ああ。なかなか綺麗なものだな」
「隣いいかな?」
 聖也は断って、アリサの隣に座る。そして同じように月を眺めた。今夜は満月から少し欠けた月だ。月は近くの雲までもを明るく照らしていた。聖也は一瞬既視感に襲われ、頭を振った。
「どうした?」
「いや、月に酔ったみたいだ。本当に綺麗だね」
 二人はしばらく無言で座っていた。それは何の違和感も生まず、むしろ自然でさえあった。
 だが、あえてその沈黙を破ったのは聖也だった。
「アリサは毎晩こうやって起きているのかい?」
「ああ」
「一日が長いと感じたことは?」
「わからないな」
「そう……」
 聖也は目を伏せた。そして、そのまま尋ねた。
「アリサ。君は毎日、一人のとき何を思うの?」
 アリサはしばらく黙っていた。そして、遠くを見つめて言った。
「……。天界にいたときは、両親を思った。会いたいといつも思っていた。会えるのは決まった日だけだったから。なぜ自分だけが特別な任務を担ったのか。そればかりを考えた。普通になりたかった」
 聖也は地面を見つめたまま、
「……特別って、つらいんだね」
 と返した。すると、アリサは悲しげに目を閉じた。
「天界にいたときはまだよかった。
私はあの日を忘れないだろう。たくさんの仲間たちが無惨に殺されていった。あの日から、こうやって目を閉じても、あの光景が脳裏から離れない。私は特別で、地上に派遣された。私は助かった。そのことが私を責める。
結局思うことは同じだ。なぜ、私だけ?」
 聖也は返す言葉が見つからなかった。いつも無感情なアリサの声に、珍しく感情が伴っているのが、いかにアリサが苦しんでいるかを明白にさせた。
「なのに、私は、役割を果たせずにいる。これでは死んだ仲間たちがうかばれない。私は何のためにここにいるのだ? 果たせないのなら、私は何のために生まれたのだ? 役割を背負ったのだ? 分からなくなる」
 アリサは助けを求めるように、月を仰いだ。その端正な横顔が月光で浮かび上がる。アリサは泣いていた。本人は気付いていないようだったが。聖也はそのアリサを見つめ、言った。
「役割は確かに果たすためにあるかもしれない。でも結果は誰にも分からない。結果も大事だけれど、背負った役割を果たそうとすることが大事なんじゃないかな。もし、仮に、役割を果たせなかったとしても、君の仲間は君を責めたりなんかしないよ。ある意味、死んだ方が楽だったかもしれない。君は、仲間が殺される光景を、毎日毎日思いながら、役割を果たそうと躍起にならなくてはならないのだから」
 それは誰より苦しいはずだ。
「役割の重さは、一人ひとり違うけれど、背負っているのは皆同じ。苦しさは違うかもしれないけれど、皆、きっと感じているものだよね。
あ、勘違いしないで。君の役割は他の人より重いと思うよ。客観的に見ても。でも、果たそうと頑張ってるのはみんな同じ。……僕も、いろいろ思うところはある。でも、これが自分の役割なのだから仕方ないし、やるしかないんだと思っているよ」
 まるで自分に言い聞かせるように、聖也は言った。そんな聖也をアリサは見た。
「聖也は、今まで、何かあったのか?」
 漠然とした質問に、聖也は苦笑した。
「そりゃあ、何年か生きていれば、いろいろ経験することもあるでしょう。でも、それはみんな同じ。みんな、同じ。そう思わなくては、時々闇に飲まれそうな気がするんだ。
アリサ。君に会って僕の運命は大きく変わった。よかったのか悪かったのか、結果はまだ分からないけれど」
 アリサは聖也の目に、複雑な光が宿っているのを見た。
「……聖也?」
「ま、あんまり考えすぎると禿げちゃうかも。アリサはずっと起きているのに、ずっと考えてちゃ疲れるだけだよ? アリサも眠ることを覚えればいいのに」
「禿げる? 眠る?」
「ま、禿げるは冗談として、眠る。うーんと、横になって目を瞑って、何も考えない」
 無理かな、と苦笑しながら聖也。
「考慮する」
 生真面目に答えたアリサに、聖也は微笑むと、
「おやすみ」
 と言って、階段を上っていった。
(僕は……。いや、もう考えまい)





第四章



――「今日は花火を持ってきたんだよ」
 言って亮也はさまざまな色をした棒が入った袋を持ってきた。
「はい。こうやって持って。いい? 火をつけるよ?」
 亮也が火をつけた瞬間だった。光、光、光。赤や、青や、緑の光のシャワーだった。こんな量の光を目にしたことなどなかった。
「わあ……」
 イーリスはその光の洪水に魅入った。終わったときはもの悲しく感じた。だから、また違う花火をした。イーリスは憑かれたように花火をすることを繰り返した。
「僕はね、この線香花火が好きなんだ」
 そういって渡された花火はやわらかく、細いものだった。火をつけてみると、ぱちぱちと控えめな音をたてて、光の模様が先端の玉から出された。それは儚く、でも綺麗で、亮也を連想させた。
「落とさないようにするのが難しいんだ。玉が落ちちゃたら終わっちゃうから」
 イーリスは一生懸命落とさないように頑張った。
静かに線香花火を見つめる亮也の命が、少しでも永らえるように、そんなことを考えていた。イーリスには判っていた。亮也は長生きできない。命の気配が小さすぎる。
「あ、落ちちゃった」
 できるだけ長く亮也といたい。イーリスは思っていた。自分の力が役に立てないものかと思った。しかし、自分の読んでいる魔道書には延命の呪文は載っていなかった。
「僕はね、命は短くても長くても、価値は同じだと思うんだ。与えられた時間をどれだけ輝かせるかだと思うんだよ。僕は線香花火のように地味でもいいから、静かで、でも綺麗な光を灯したいんだ」
 亮也は次の線香花火をしながら、そう言った。
亮也は聡い子供だった。だから、亮也は自分の命が長くはないことを悟っているようだった。それはイーリスをひどく悲しくさせた。
「亮也、僕の前から消えたりしないで」
「ふふっ、何を言い出すの、イーリス。僕はずっと君と一緒だよ」
 そう言って亮也はいつもの笑顔を見せた。イーリスは決心した。亮也に秘密を明かそうと。そして、自分のできることで、亮也を喜ばせようと。
「僕が人間じゃないといっても?」
 亮也はイーリスを見た。その目は優しかった。
「最初から判っていたよ。なんとなく、僕らは違うって」
「怖くないの?」
「怖くないよ。イーリスはイーリスだから」
 亮也は初めて会ったときと同じ笑顔を見せた。その言葉に、イーリスは最初に出会った日のように涙をこぼした。それは嬉しさからの涙だった。



「凄いや、イーリス!」
 自分が人間ではないことを明かしてから、イーリスは自分が学んだ魔道を亮也の前で見せるようになった。それは、手から炎を出して見せることだったり、物を宙に浮かせて回したりするような単純なものだったが、亮也は毎回楽しげにそれを見つめていた。それがイーリスには嬉しかった。
「ねえ、イーリス。小学校で仲のいい友達ができたんだ。神司って言うんだ。今度、神司もつれてきてもいいかな?」
 亮也の友達だ。悪い人ではないに違いない。イーリスはそう思って、
「いいよ。一緒に遊ぼう」
 と返事をした。
「よかったあ」
 亮也はそういってにっこり笑った後、苦しげに胸を押さえた。
「亮也?!」
「大丈夫。いつものことだから」
 最近わかってきたことだが、亮也は心臓が悪いようだ。時々こうして胸を押さえる。その度にイーリスは不安になった。
「亮也、今日習ったとっておきの呪文を見せてあげるよ。ほら」
 そんな亮也を元気付けたいという一身から、イーリスは習いたての呪文を唱えた。その瞬間イーリスの手には無が宿った。
「どう?」
 いつもの歓声が聞こえないのを不審に思いながら亮也の方を振り返ると。亮也は倒れていた。
「り、亮也?」
 あわてて亮也の肩を揺さぶったが、亮也は何も反応しなかった。亮也の目は開くことはなく、そして、体は段々冷たくなっていった。
(え?)
「亮也! 目を開けて! 亮也ー!」
 イーリスは何が起こったか、理解できなかった。ただ、亮也はもう二度と動かないのだということはわかった。そう、亮也は死んだのだ。
(なぜ? なぜ?)
 頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚。胸を引き裂かれるような痛み。もう、二度とあの笑顔を見られないと言う喪失感。
「亮也!! 嫌だよ! 置いていかないで、亮也!」
 イーリスの悲痛な叫び声が公園にこだまする。
亮也は動かない。

 その日、下界に戻っても、イーリスは亮也の死にただ呆然とするだけで、何もする気が起こらなかった。
なぜ亮也は死んでしまったのか。まだ、命の灯火は微かだが燃えていたのに。
「イーリス、最近地上に生き過ぎじゃぞ。地上は天界に管理されているゆえ、控えなさい」
 父の声が遠く聞こえる。
「イーリス? どうした、顔色が悪いぞ?」
「父上、人間が死んでしまったのです」
 イーリスは虚ろに答えた。
「は、何を悲しんでおる。所詮人間ではないか。そなたが殺したのか?」
(殺す……?)
「そんな! 僕は、今日覚えた無の呪文を使って見せただけです。その子を喜ばせようと」
「ふむ、無は人間には強すぎるゆえ、死んでしまっても仕方がなかろう。しかし、幼くしてもう人を殺すとは、将来が楽しみじゃな」
 父は嬉しげに笑いながら去っていった。残されたイーリスは。
(僕の呪文のせいなの?)
 イーリスは衝撃的な事実に気が狂いそうになった。自分が亮也を殺した? 殺した。
 亮也を、こ、ろ、し、た……。
(亮也! 僕はなんてことを!)
 吐き気がこみ上げてきた。自分が、生きている命を奪って、あの肉塊にしたのだ。自分にとって最も大切な親友、亮也の命を……! 
眩暈と頭痛。認めたくない事実。魔道を軽視してしまった後悔。でも、いくら後悔しても亮也の命は戻らない。自分が殺した。あの、無垢で優しくて素直で誰より特別な亮也を。時間が戻せるなら今すぐにでも戻したい。でもそれはできないことだ。自分に会わなければもう少し長生きできただろうに。
自分がいなかったら……!
(亮也! 亮也! ああ!)
 思い出すのは血の気のなくなった亮也の顔。もう、二度とあの笑顔は見られない。亮也のいない世界に何の意味があるのだろう。亮也を殺した自分がぬくぬくと生きていくというのか。
(亮也……。ごめんなさい、亮也……)
 イーリスはとうとう意識を手放した。

 亮也が死んだというのに、世界は回っている。
翌日、目を覚ましてしまった自分にイーリスは嫌気がさした。
(亮也を殺したのに僕は生きている。なぜ? こんなこと、あっていいはずない)
 イーリスは無の呪文を何度も自分に向かってぶつけた。しかし、自分は死ななかった。ナイフで手首を切ったこともあった。だが、すぐに発見され、しまいには自殺できないように監禁された。
実際には大きな部屋と魔道書を与えられ、出られなくされたというだけで、前とほとんど変わらなかったのだが。
とにかく、危険なものは排除されたというわけだ。
「イーリス、そなたがなぜ死のうとしてるかは判らぬが、我ら魔族は、光の呪文や、光が宿った武器でしか傷つかぬ。天命をまっとうするまで、死ねぬということだ。諦めよ」
 父がドア越しに言った言葉で、イーリスは奈落の底に落とされた。
(僕は死ねないの?
 亮也が死んだ今、生きている価値などないのに。絶望しかないのに!
 ああ、死んで亮也に会いたい。
 これは亮也を殺した罰なのかな。何の希望もなく生きることで、その罪をあがなえとでもいうのかな)
 イーリスは生きながらも死んでいた。
(僕の命を亮也にあげられたらよかったのに)
 しかし、全ては過ぎたことであって、どうしようもないことだ。
(わかってる。もう、過ぎたことなんだ。僕が殺してしまったんだ。亮也は生き返らない! ごめん、ごめんね、亮也!)
 イーリスは泣き暮らし続けた。





 ……イーリスは深い底から急に引っ張りあげられるように目を覚ました。額にも背中にも、ぐっしょり汗をかいていた。
「また夢……か。亮也……。僕が殺してしまった小さい子供……。ごめんね。本当にごめんね。謝っても謝り足りないけど、本当は僕は君に長生きしてもらいたいと思っていたんだよ。それがあんなことになるなんて。
運命は皮肉だね。あの時、君が会わせようとしていた子供、神司が、地上の選ばれしものなんだよ。亮也、君は僕を恨んでるの?」
 そんなわけないか、とイーリスは苦笑する。亮也は人を恨むような子ではなかった。それは誰よりもイーリスが知っていることだ。
「でも、本当に運命はよくできているよ。もうすぐ君のところに行くことになるよ。計画通り運べばだけど。僕は君に早く会いたいよ。
君は僕を許してくれるかな」
 ふう、とため息をつく。
「寝よう。明日も早いから。お休み、亮也」





 三日目は雨だった。
 こうして、雨と晴れを繰り返して春になる。
 その日の雨は少し冷たい小雨だった。
 頼の家から傘を借りて、四人は神司の母校、西中に向かっていた。
 アリサは雨が珍しいのか、傘が珍しいのか(そのどちらもであろう)、傘をくるくると回してみたり、傘を下げて雨の降ってくる空を仰いだりしていた。まるで子供のようだな、と内心、三人は笑っていた。
「しっかし、世間は狭いんだなー! 神司が俺と同じ中学だったなんてさ。もしかしたら、すれ違ったこともあったかもしんねーんだぜ? でも、今回のことがなかったら、お互い知らないままだったんだ。すげー不思議」
 頼もアリサを真似るように、傘を回しながら、相変わらずの大きな声で言っている。
「会わなかったほうがよかったかもな」
 神司が真顔で冗談を言うと、頼は、
「なにいー」
 と神司の傘に自分の傘をぶつけてきた。
「まるで小学生」
 神司はわざとらしくため息をついた。
「ちぇ。
 なあー、聖也はどこ中だったんだよー?」
 頼の興味は神司から聖也に移った。
「あー、えーっと、僕は私立だったから……」
 控えめに聖也が答えると、頼は、
「まじでー? じゃあ、西北付属かよ? あったまいー!」
 と純粋に賛美を送った。
「そんなんじゃ。たまたま、まぐれだよ」
「たまたまでもすげーよ。
 俺はおっこっちまったもんな。
 兄貴は受かったのに」
 頼は鼻の下をこすって、悲しげな目で笑った。
「人間の価値は頭じゃない」
 神司が頼の傘に手を突っ込んで、わしゃわしゃと頼の頭をなでた。
「そうそう」
 と聖也も笑う。そのとき、アリサがポツリと呟いた。
「楽しそうだな」
 三人は慌ててアリサのほうを見た。
「もちろん、目的は忘れてないっすよ」
 頼があせった声で弁解する。するとアリサは、
「いや」
 と言ってかぶりを振った。
「それは分かっている。
 ただ、よく話が尽きないものだなと思ったのだ」
 不思議そうにアリサは言った。三人は顔を見合わせる。
「まー、暇だしな。ただ歩いてると」
 頼の言葉に、
「いいや、お前はただ単にしゃべるのが好きなんだろう。
 俺と聖也は頼の言葉に相槌を打っているだけだ」
 と神司。
「僕は明るいほうが楽しいよ」
 さわやかな笑顔でフォローを入れる聖也。
「私は……。話す相手が、今までいなかった。だから、だろうか。
 何を言えばいいのか分からないのだ」
 アリサが真面目腐った声で言った。
 三人はもう一度顔を見合わせた。そして次の瞬間、頼はぐしゃぐしゃと、神司はポンポンとアリサの頭をなで、聖也は、
「アリサが話したいときに、アリサが話したいことを話せばいいよ」
 と、にっこり笑って言った。
 アリサは下を向いて、少しだけ笑った。


 久しぶりに踏む校舎の床。まだ二年しか経っていないのに、神司にはとても懐かしいもののように感じられた。ここで生活していた自分が、随分幼かった気がした。
「うっわー! なっつかしぃー! 俺たちここで一日のほとんどを過ごしてたんだよな! なんだかとても遠い日々って感じ!」
 頼は廊下を一人で走り回っている。神司は、
(頼は中学んときから成長してないのか)
 なんて心中で思って苦笑した。そんな神司の心など知らずに、頼は無邪気に笑って神司の方を振り返る。
「おい、神司はどこの教室だったんだよー? 早速探そうぜ!」
 頼の言葉に、そうだったと思い出したあたり、自分も感傷的になっているのかなと神司は思った。
 聖也とアリサは、面白そうにきょろきょろ辺りを見回している。確かに西中は、二回に体育館、屋上にプール、と少し変わった造りをしている。
「えーっと、一年のときは三階の、おい! 頼! 少しは落ち着けよ!」
 神司は頼の背中に叫んで、自分はこんなキャラじゃなかったのに、と再び苦笑する。世界の生命体がかかっていると言うのに、どこか、みんなでキャンプか何かをしている気分に襲われる。
 神司は人とつるむのは苦手だ。だが、このメンバーは悪くないと思っている神司がいた。
「だって、俺の教室もちょっとは見たいんだよおー」
 頼の姿はもう見えない。
「私には理解できない性格だな」
 アリサが聖也の隣で真面目な顔をして呟いた。
 そんな二人をおいて、神司も一段飛ばしで頼の後を追う。
 中学生の時から、遅刻魔だった神司。だが、その時は一段飛ばしなどせず、自分のペースで、まさに飄々と教室に入って、先生に怒られてばかりいた。
 自分ではそんなつもりではないのに、目を開けていれば、「目つきが悪い」と怒られ、寝ていればやはり「起きろ」と怒られ……。しかし、いくら怒られても神司にとっては馬耳東風であった。
(なんだか怒られてばっかりだったんだな、俺。あ、今もか)
 神司の口は自然と緩んだ。
 神司が三階に上がると、すでに頼は自分の教室を堪能したようで、神司が来るのを待っていた。
「どこ?」
「ここだ」
「って、隣じゃん!
 ――ん? も、もしかして、神司って……」
 頼は探るように神司を見た。
「し、神司って、『フリョーのクサセ』?」
「そう、呼ばれてたかもな。何もした覚えはないが」
「じゃあ何で……」
「さあ?」
 神司は、よく外国人がするように、ひょいと肩をすくめた。
「毎日のように遅刻して、毎日のように居眠りして、んでタバコ吸ってただけだ」
「び、微妙だな、それ」
 と頼。
「たばこ……。中学からだったのか」
 と聖也は呆れ顔をしていた。
「まあまあ、とにかく探そうぜ」
 念のため、全ての机と、使っていたロッカーを見て見たが、何も見つからなかった。当然と言えば当然かもしれない。掃除だって毎日されていたはずだし。
 ただ、自分の座っていた席に、見慣れない落書きがされているのを神司は発見して、思わず微笑んだ。自分が卒業した後、確かにここで毎日を送っていた中学生がいた証だ。
 しかし。
 その生徒も今はいない……。
 早く解決しないと。神司は、その落書きを指でなぞりながら思った。
「念のため、二年のときと三年のときの教室ものぞいてみるか」
 西中は一年生が三階、二年生が二階、三年生が一階だった。受験生は早く教室に着けるようにとの配慮からだった。
 二年のときの教室に入って、神司は一人の人間を思い出した。
 担任だった女性だ。名前は忘れた。いつもニコニコ笑っている、二十五、六の女性だった。クラスの中には「ちょっとどこかおかしい」と囁く者もいた。神司も実際そう思うこともあった。
 そんな担任に、初めてタバコを吸っているのを見られた。
 神司は、この担任がどう行動するか、内心面白く思っていた。
 その女性はにっこり笑って、「あら、素敵なものをくわえているわね」と言って、そっとタバコを手に取った。
「タバコが体に与える害の大きさは、知ってる?」
 怒る様子はなく、静かに彼女は聞いてきた。
「は?」「丁度体の作られる中学生に、タバコが与える害は大きいのよ。どこか、未発達になってしまうことも。それから、吸っている期間が長いほど、体に及ぼす害が大きいの」
 口元は笑っていたが、彼女の目は笑っていなかった。「それから、吸っている本人よりも、副流煙を吸う周りの人に与える害のほうが、大きいの」
 神司は何も言えずに黙っていた。「まずは、その害について、自分で調べてみなさい。
 その上で、吸うかどうかは七瀬君の判断になるわ。私にはそれ以上は言えない。
 でも、法律がある以上は、それを守らなければ。
社会に出ると、様々な法を身近に感じるときが来るでしょう。学生であるあなたたちは、守られているだけで、二十歳を過ぎれば自分で責任を負わなければいけなくなるわ。
今日は見なかったことにするけど、次はないわよ。七瀬君もこれからは、自分で判断して、責任をとることを覚えていってね」
この、相手を尊重しつつ、諭すような口調には覚えがあった。
亮也と初めて言葉をかわしたとき、一人で神司は蛙をつぶして遊んでいた。そのとき、同い年の亮也は、生命の大切さについてを説いたのだ。
神司は、基本的に人に従うのは嫌いだ。それは幼いときも同じだった。だが、不思議と亮也に腹は立たなかった。
そして、この中二のときもそうだった。神司はネットなどを駆使して、タバコの害について学んだ。そして、その日からタバコを吸うのをやめた。高校二年まで。再び吸うようになっても、一日に三本と決めている。人に迷惑をかけないように、屋上か体育館裏で。そして、大学を卒業したら、タバコはやめようと神司は考えている。
(じゃあ、なんで期限限定で吸うんだろうな)
 神司はふと当たり前のように自分の中で決めていたことに疑問を覚えて、そして、また口許を緩ませた。
 吸っているときに、思い出していたのは、彼女を飛びぬかして、そう、亮也との日々だったのだ。吸っていると、亮也が諭しに表れる気がして。
(俺は本当に……)
「何だよ、何か見つけたのか、神司?」
頼が怪訝そうな顔をして、神司を見ていた。
「いや、ちょっと思い出したことがあって」
「何? 見つかるヒントになりそうなことかい?」
 聖也が聞いてくる。
「いや、――亮也のことを」
 聖也と頼は、ふーっと息を吐いた。
「お前、亮也亮也って、まるで恋人みたいに……」
 頼のあきれた声に、
「本当だよな」
 神司は言って、寂しげに笑った。
 亮也との思い出は綺麗なまま神司の心に残っているのだ。それは消えることなく、時々瞬くように輝き、神司の心を当時へと呼び戻す。
 聖也は、
「――それだけ大切な人だったんだね」
 と神妙に呟いた。
「ああ。お袋の次に。
 この教室にも何もないよ。多分、一階にも……」
 神司の言葉に二人は顔を見合わせ、
「じゃあ、小学校も、幼稚園も結果は一緒なんじゃないか?」
「さあ、どうだろうな。少なくとも、幼いときの方が『宝物』って多いんじゃないか?」
 神司は他人事の様に言って、残る二人はまたげんなりした顔になった。アリサはやはり無表情であった。だが、そんなアリサが、時々じっと自分を見つめているのに神司は気づいている。そんなとき、神司はアリサの目に捕らえられそうになる。しかし、そうなると決まって、目の前が弾ける様な現象が起こり、神司は意識を取り戻すのだ。
(なんなんだろうな。いったい。
 ま、考えて判ることじゃないし、ほっとくしかないんだろうな)
 三人は次は小学校に向かうことにした。

 小学校は中学校から少し離れたところにあって、着いたころには雨は上がっていた。
小学校は建物の一部分が改築されていた。
 神司と頼は小学校は別だった。神司の小学校は生徒が多かったため、校区を分けてもう一つ小学校が造られたのだが、頼はそちらのほうに通っていたという。
「なんか、古いところと新しいところが入り乱れて、不思議な感じだな」
 頼が正直に感想をもらしている。神司は、もっと違和感を覚えていた。自分の母校でありながら、ないような、妙な感じだ。
 アリサは中学校を見て回った時と同様にきょろきょろ物珍しげに校舎内を見ている。中学校とは違い、小学校の教室には、絵や習字、クラス共同制作作品やらがたくさん飾ってある。それらの作品を見て、可愛らしいという印象を受けた神司は、小学生と高校生との違いを改めて感じさせられた。
(小学生のときは中学生に、中学生のときは高校生に憧れたよな。でも、実際なってみるとぜんぜん変わっていない気がしていたけれど……。やっぱり、俺たちは高校生なんだな……)
「おーい、そこ、放心するなー」
 頼が叫んでいる。
「すまんすまん」
 神司は、この数日で、自分は意外に感傷的な人間だったのだなと驚いている。
 昔から、どこか冷めていた子供だったのに。どこにも属さず、何にも関心を持たず、執着もない。
「おい、いい加減に目を覚ませ!」
 また頼が怒鳴っている。窓から空を見ると、もう日が沈もうとしていた。それに慌てる神司。
「悪い。急ごう。
……だが、教室を回っても中学と同じで何も出てこない気がする。改築もされているみたいだからな」
「なんだ、結局また徒労かよ」
「まあまあ、改築されていたのは神司も知らなかったわけだし、しょうがないよ」
 ぶつくさ言う頼を聖也が諭す。
「でも、せっかく来たんだしさ。考えてみようぜ。小学校ねえ……。なんかねえかな」
 神司も考える。そして、考えるまでもないことを思い出した。亮也と初めて会ったのが、この小学校ではないか。
(俺はどこで蛙をつぶしてたんだっけ?)
 神司は、何かにつかれたように校舎を出て、校庭を歩き出した。
「神司? ちょっ、ちょっとどうしたんだよ?」
「何か思い出したのか?」
 二人が慌てて神司を追いかけてくる。アリサは相変わらず自分のペースで歩いて三人を追うだけだ。
「どうしたっていうんだい?」
 神司は答えない。校庭を取り囲むように野草が生えている一角で、神司は地面を凝視していた。
「おい、神司!」
「……」
「神司?」
 ――何をしてるの?――
 当時のままの亮也の声が、神司の頭に響いてくる。そして、生きていたらこんな風に成長しただろう姿の聖也が、今、神司を気遣うように見ている。
 ――僕たちが生きているように、蛙も生きているんだよ。生命があるってことは、同じなんだ――
(その生命あるものたちが、今、どこかへ消されているんだ、亮也。お前は知っているのだろうか)
「神司」
 珍しく、アリサが神司の名を呼んだ。
「あなたはまだ生きている。ここに戻ってきなさい」
「……。はじめっから、どこにも行ってやしねーよ。ただ、昔を思い出していただけだ。
――ここは亮也と初めて会った所なんだわ」
頼はふうと嘆息した。
「また、亮也、ね。
神司にとってどれだけ大切な奴だったかしんねーけど、今は生きてる奴を優先しようぜ?
お前だけが頼りなんだからよ」
頼が言うと、聖也が頼を見た。
「大切なものに理由はないと思うよ。
 でも、今は僕も頼に賛成かな。それとも、ここに何かあると神司は感じるの?」
「感じる?」
「そうだ。剣との共鳴」
 アリサが答えた。
「……そういう感じはしない、気が、する。よくわからねーけど」
 神司は少し自信なさ気に答えた。すると、頼が思いついたように、明るい声を出した。
「なあ、神司の小学校は、タイムカプセルとかしなかったのか? 俺んとこはあったぜ。当時一番大切なものを埋めた」
「あっ!」
 頼の言葉に、珍しく三人とも強く反応をした。神司は考えるしぐさをした。
「確かにあったな。
ああ。あった。何を埋めたんだったっけ。
 そうだ、十年後の夢を書いたもの。
残念。大切なものではなかったな」
「うー、残念!」
 頼も唸る。聖也は、
「ちなみになんて書いたの?」
 と神司に聞いた。
「……医者」
 心臓を患っていた亮也。その亮也を助けたいと神司は思っていた。
「通りで頭いい訳だよなあ」
 頼が感心したように言った。聖也はなんとなく、その理由を察して、黙っていた。
「今日はここら辺でお開きだな」
 疲れた声で頼が言い、神司のほうを振り返った。
――既視感。
 背後には夕日の色。暗くて見えない頼の表情。
「……思い出さなきゃなんねー気が……」
「え?」
 聖也が隣で神司を見た。
(誰だった? そう、普段は振り返らなくて……)
 母が台所で食事の準備をしている姿が、神司の脳裏にちらついた。振り返らない母。でも。
 一度だけ。一度だけ振り返ったじゃな・い・か。
「う……」
 耳鳴りがして、現在が遠のいていく感じを神司は覚えた。
――神司……
「お袋……」
 表情が見えない母の顔。声はどこまでも穏やかだ。
――これはあなたと共に生まれてきたもの。大事にしてちょうだいね――
それは小学生になった日の夕方。母が、神司が小学生になった祝いもかねて、くれたもの。形は。
 ――神司はこれから成長して満月になっていくのよ――
「三日月」
 熱にうかされたような声が神司の口からもれた。
「神司! どうしたんだい? 大丈夫?」
 現実に戻ってくる感覚。聖也の声がはっきりと隣から聞こえた。
「思い、出した」
「え?」
 三人が神司に注目する。
「それは三日月の形をしていた。
 お袋からもらったんだ。大事にしろって。これは俺と共に生まれてきたもの、と……」
 三人は顔を見合わせた。
「間違いないな。今、それはどこにある?」
 アリサが聞いた。
「毎日失くさないように持っていた。持っていたんだが……」
 三人は息をつめて神司の次の言葉を待っている。
「今は、手元に、ない。
 どうしてだったか……。俺は今、持っていないんだ」
(あんなに大事にしていたのに)
 神司の表情には苦悩が満ちていた。
「悪い。せっかく思い出したのに」
 落胆を隠せない三人に、神司はそう言うしかない。
「何言ってるんだよ、十分進歩だよ、なあ? だって形がわかったんだからそれを見つければいいんだぜ?」
 頼が聖也とアリサに同意を求めるように言った。二人は慌てて頼の言葉に頷いた。
「そうだよ。進歩だよ。
今日はもう暗くなるし、神司も疲れているだろうから、家に戻ろう」
聖也が言って、四人は頼の家に戻った。

(いつもポッケに入れていたはずなのに。なぜ俺は失くしたんだろう。……いや、本当に失くしたのか? なぜ、手元にないんだ?)
 頼の家のベッドで神司は天井を睨みながら考える。しかし、いくらたっても答えは出てこなかった。
 そして、地上の選ばれし者と、混血という選ばれし者は眠りについた。





                        続く


 字数が多すぎたので3に続きます。
 


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                           天音花香

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こんにちは、天音です。


イーリスの夢の続きです。
この後続けて最後までアップします。

ココから小説


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        イーリスの夢




 第五章




――「時は来た!我々が耐え忍んできた恨みを十分に返してやれ!」
 そうセーフォウスは声高らかに言った。
 天界への行き方などイーリスは知らなかったが、セーフォウスたちはそれを長く研究していたようだ。そして、天界の長が亡くなり、その娘に世代交代がなされた時を見計らって、その混乱に乗じて父は天界を攻めた。
 天界。父の言っていた天界。溢れんばかりの光。それは上空から大量の花火がふり注いでいるようだった。色とりどりの花。楽しげに囀る鳥の声と、幸せに満ちた笑い声。下界とは全く違う世界にイーリスは目を奪われ、呆然とした。ここが天界。なんと美しい楽園なのか。
誰もが幸せに……。父上の言葉が蘇る。きっとそうなのだろう。それが見てとれた。
 しかし。次の瞬間、そこに響き渡った悲鳴。その後は目を覆わんばかりの地獄図が展開された。武器を使って戦うなんていう上品なものなどではなかった。神族の真っ白な翼はもぎ取られ、手足は引きちぎられ、心臓は抉り出され……。魔道により、殺される者もいた。魔族が下界に落とされてから、執拗に魔道を研究していたのはこのためだったのだ。
「た、すけて」
「痛い、よ」
 辺りに充ちるのはむせ返るような血の匂いと、痛みに耐えかねて吐き出される苦しげな声。これはどうしたことだろう。
「ち、父上……! こ、これは……!」
 そんな中で見上げた父は笑っていた。
「ははは! はははははは! なんと無様なものよ。これが我々を下界に落とした神族か。我々も弱い輩に負けたものよの! はははははは!」
 目にはやはり暗い炎を宿したまま、さらに狂気の光まで宿して、父は狂ったように笑っていた。
「イーリス、そなたも殺すがいい! 今のそなたの力なら造作ないことよ」
 父は言った。
イーリスは悟った。自分が必死で学んできた魔道はこのため……。こんな酷いことのためだったのか。イーリスの胸は悲しみにつぶれそうだった。殺すなんてとてもできない。与えられた命を奪える権利なんて誰にもないはずだ。
「どうした? あの人間を殺したように殺せばいいのだよ?」
 父の言葉に全身が悲鳴をあげた。
亮也……!そうだ、僕はもう殺している! 吐き気がこみ上げてくる。あの日から毎日は無益で地獄だった。最も大切な人を自分の手で殺したのだ。だからこそ思う。もう、あんな思いは二度と嫌だ。あんな行為は絶対しない!
「イーリス?」
 怪訝そうな父の声。
「嫌、です! 父上! 僕は殺すなどもう嫌です! こんな酷いことはやめてください父上!」
 イーリスの必死な言葉に、父は片眉をつりあげた。
「何を言うのだ、イーリス? 我々が下界に落とされたのはこやつらのせいなのだぞ? 復讐をするのだ! さあ、イーリス!」
「嫌だと申しているのが解らないのですか!
父上、父上には見えないのですか? この死体の山が! むせるような血の匂い、恨みにみちた悲鳴!! 
ここのどこが楽園だというのです。先ほどまで鳴いていた鳥は怯えて飛び立ち、咲き乱れていた花は血でどす黒く汚され、楽しげに響いていた笑い声は悲鳴と泣き声に変わっています! ここのどこが楽園だというのです! 
こんな、こんな楽園なら僕は要りません!」
「イーリス!」
 父が怒りにみちた目でイーリスを睨んだときだった。
「お待ちなさい。そなたの狙いは私でしょう、セーフォウス」
 白い白い羽がイーリスの目前を落ちていった。
神族! イーリスはその者を見ようと視線を上げた。そこには輝く金の長い髪をなびかせ、海のような深い青い瞳に冷たい光を宿した絶世の美女がいた。
 父はイーリスから目を離して、その女性を見た。そして、嬉しげに、残酷に笑った。
「イーデリア、そちのほうから出向いてくれるとはな。嬉しいぞ。手間が省けた。死ににきたのであろう?」
「……。
私はそなたの恨みの対象となっても仕方がないでしょう。でも、子供にまであたるのはおよしなさい。みっともなくてよ」
 嫌悪感を隠しもせず、その女性は言った。その言葉に父は鼻で笑う。
「そちから、そのようなことを言われるとはな。笑わせてくれる。
その美貌。容姿。変わらぬな。てっきりそなたのことだ、どこぞらの子をはらんでおるかと思うたが」
 女性に対するあまりの言葉にイーリスが父を振り返る。すると、どこまでも暗い瞳に落ちそうになった。
(父上……?)
「イーリス、見るがよい。この女こそ我をたぶらかし、そなたを産んだくせに、我を裏切り、魔族を下界に落とした張本人よ」
(父上……)
 イーリスの心は千切れそうになった。母は父を裏切ったのではない。母はイムハムが父をも殺そうとするのを止め、下界に生かすことを選んだのだ。自分が神族側に戻るのを引き換えに。
(あんなに母上を愛していたのに……。父上は変わられた。歪んでしまわれたのだ)
 下界に下ってから何度か感じたこと。だが、ここまでとは思っていなかった。 
「……そなたの言うことはある意味真実故、弁解はせぬ。しかし、私はセーフォウスを確かに愛していたよ。だから反対したのだ。だが、結局は父上に逆らえなかった……。そなたの生命だけは救うため、仕方なく裏切る形になってしまったのだ。その日から後悔ばかりだった」
「は! 後悔? ではそちは我のために何をした? 結局、今の神族が殺されているのと同様に、当時は魔族が殺されたではないか。そして、あの、暗くて、寒くて、惨めで、住む所とはお世辞にも言えない下界に我々は追いやられた。あのときの我の気持ちは、そちには分かるまい!」
 セーフォウスは当時を思い出したのか、少し苦しげに、しかし、たっぷりと皮肉を込めてイーデリアに言葉を吐いた。
「……」
イーデリアは、しばらく言葉を出せずに、苦渋に満ちた顔でセーフォウスを見つめていた。しかし、否、とでもいうように頭を振った。
「しかし、しかし……このやりよう、何たることか! そなたは下界に下って心まで闇に染まってしまったのか? あのときの戦いはこのように、酷いものではなかった……! こんな、獣じみた、凶悪さはなかった!」
「何とでも言うがよい、イーデリア。そちが、我よりも神族を選んだのは事実。そして、同族よりもそちに現を抜かしておった我は、同族の命を多く犠牲にし、下界に落ちたのだ。我が馬鹿であった。愛を信じるなど!
そちが女王となった今、そちにも我のあのときの屈辱と怒りと悲しみが解るであろう。どうだ、同族のあげる悲鳴は、嘆きは!」
 イーデリアは表情を変えぬまま一筋の涙を流した。
「もう何も言うまいよ。私のしたことに対する報いがこれなら受けるしかあるまい。天界は渡すゆえ、殺めるのをやめてたもれ」
 それは哀願に近かった。
(母上……)
 その母の姿は、あのときの父を思い起こさせた。母は全身を悲しみで染めていた。イーリスの心はざわついた。何かが違う気がした。
「は、無様よの。命乞いか」
 そんな母に父は冷たく笑った。
「私の命ではない。同族の者どもの命よ」
「ほう、ではそちは死んでもよいと?」
 セーフォウスは嬉しげに目を細めた。やはり、この状況は違う。おかしい。
「父上! 母上を殺すというのですか?!」
 イーリスは混乱していた。こんなことがあっていいのか。父と母が殺し合いをするなど!
「イーリスよ。先ほどから申しているであろう。この女こそが我々を下界に落とした張本人であると。許せるわけがあろうか」
(父上……! 父上はそこまで母上を恨んでいるのですか……!)
「しかし、父上、母上は天界を渡すと申しているではありませぬか。父上は天界を手に入れれば満足でしょう? もう無駄な殺生は……」
 一刻も早くこの残酷な一方的な殺し合いを終わらせて欲しかった。しかし、父は陰湿な笑いを浮かべただけだった。
「イーリス。神族は、皆、生かしてはおけぬ。殺しておかねば、我々のように復讐をするであろう。だから、一人とて見逃しはせぬ。イーリス、そなたは、魔族と神族の間に生まれた貴重な子よ。魔族側についていて本当によかった。そなたの力は計り知れぬ。さあ、今こそ見せるがよい。皆殺しにするのだ」
 イーリスは絶望した。父が本気であることがわかった。魔族は積年の恨みを込めて、神族を皆殺しにするであろう。
「さあ、まずはそちからだ。覚悟はできておろうな」
 セーフォウスの目がイーデリアを捕らえた。右手には大きな闇が現れていた。
「そなたがそこまで落ちたとは! では、戦うしかあるまいよ」
 母の両の手のひらには光が集まりだした。それが合図で、二人は闇と光をぶつけ合いだした。
(父上と母上が戦っている……)
 母の手から放たれる光はどこまでも神々しく、父の手から放たれる闇はどこまでも暗かった。しかし、父の闇のほうが勝っているようで、母は次第に勢いをなくし、深い傷を負いだした。光を放つほど白かった翼は血にまみれ、美しかった金髪は無残にも切られ、白い透けるような肌からは大量の血が流れていた。見ているだけで痛々しい。
 こうしている間にも、白かった羽が赤く染まったものが次から次に落ちてくる。
 あのときは。あのとき散らばっていたのは黒い羽だった。血でぬれた黒い羽。それが、今回は白い羽。白と朱。白と朱……。
(違う。こんなのは違う。父上は間違っている!)
「やめてください、父上! 僕があなたについていったのは、あなたがあまりにも悲しげで苦しげで見ていられなかったからです! このようなことになることを望んでではありませぬ!」
 父は一瞬イーリスを見た。その目はこの上なく冷たかった。
「何を申す。世界最高の兵器が。その役目を果たさぬか」
「へ、兵器?!」
 イーリスは動揺した。
「そうだ、そなたを何のためにこれまで育ててきたと思っておる。憎い憎いイーデリアの子ぞ。そなたが成長してこの女に似てくるのを、どんな思いで見てきたと思っておるのか! そなたは他の神族を殺してまいれ! それが育てた我に対するせめてもの恩返しというものよ」
「ち、父上!」
 今までかまってくれなかったのは、そういうわけだったのか。父は自分を愛していたのではなく、兵器としてしか見ていなかったのだ。
兵器。世界最高の兵器。人を殺すためだけの存在。なんと悲しい存在なのだろう。
 イーリスの双眸からは、いつしか涙が溢れていた。
「なんと酷いことを我が子に申すのか!! そなたは救いようがないほど闇に染まっておる!」
 母が叫び、一際大きな光を放つ。が、それは父の手の闇によって消された。
「なんとでも言うがよい。そろそろ興ざめじゃ。死ぬがよい」
 父の手に闇とも無ともつかぬような巨大な玉が宿った。イーリスは判った。あれを受けては、母は生きてはおられまいと。とめなければいけない。もうこんなことはお終いにしなくてはならない。
「ち・ち・う・えー!」
 腹の底からのイーリスの叫びに、父はイーリスを見ようともしなかった。その目は母だけを捕らえていて、そこには憎悪だけがあった。
 イーリスは悟った。戦いは憎悪を生む。そして、それは繰り返される。ただそれだけなのだ。
(父上……! 僕に力があるというのなら)
「父上はいつかおっしゃった。勝ったものが正義、負けたものが悪と。それは間違っております! 戦うことこそが悪だ! 戦いは、殺すということは、憎しみしか生まない、最低な行為だ!! 僕が兵器だというのなら、その力を振るいましょう。戦いたいというのなら、夢の中で戦うがいい!
……おやすみなさい、父上」
 イーリスは悲しみのままに、自分の中に眠る全ての力を解放した。それは光となって天界を包んだ。全ては白く白く染まり、その後には静寂が訪れた。
 ドサリと父の体が地に落ちた。母の体も。そして、戦っていた全ての者が「死」ではなく、「眠り」についた。血を含み、黒くなった天界の大地で、神族も魔族も眠りにつき、一人残ったイーリスはただ涙を流しながら、どこまでも眩しい空を見つめていた。 



「父、上……!
また、夢・・・・・・」
 イーリスは額にうっすらと汗をかいていた。まだ、胸が痛む。じくじくと。
 自分の選んだ道だ。後悔はない。あれが最善だったと思う。
「そうだよね、亮也。
ねえ、亮也。人間はなぜ同族なのに殺し合いをするのかな。僕らの世界にはなかった、残酷で圧倒的な力を持つ武器で。そんなに相手が憎いのかな。悲しくないのかな。僕は人間はみんな亮也みたいにいい人ばかりだと思っていたよ。
・・・・・・僕がしていることは間違っているのかな。僕は時々解らなくなるんだよ、亮也」
 空の月は何も言わない。ただ、イーリスを照らしていた。




「聖也、聖也!」
 遠くで呼ぶ声が聞こえる。聖也? 誰? そうか、自分だ。
「ごめん、何? 頼」
 振り向くと、心配そうな頼の顔があった。
「いや、用ってほどじゃないんだけど。最近、聖也ぼーっとしてないか?顔色も悪いし・・・・・・」
 頼は優しい。自然と聖也は笑顔になった。
「いや、体調が悪いわけじゃなくて、夢見が最近悪いんだ」
「夢、か。それじゃあ、どうしようもねーな」
「ああ。
夢ってさ、罪悪感とか、自分の心が反映されるんだよね」
 聖也は地面に視線を落として、ぽつりと言った。
「何、聖也、何か悪いことしたの?」
「そんな問いはないんじゃないか。悪いことをしていない人間なんていないだろう。程度の問題であって」
 神司が聖也の代わりに答えた。
「そうだね」
 聖也は頷く。頼も納得顔になった。しかし。
「アリサも罪悪感とか感じるの?」
 頼がアリサに尋ねた。聖也が一瞬、アリサを気遣う目で見、神司は天を仰いだ。
「……。感じるな」
 当のアリサは気分を害した様子はなく、ただ遠い目をして答えた。
「天界に残してきた仲間を思うと、役目とは言え、助かった自分に罪悪感を感じる」
 その言葉に三人は言葉を失う。アリサがどんな思いで地上にいるかを思うと、胸が痛んだ。
「まあ、私は仲間のためにも使命を果たすだけだ。神司、早く何とかしよう」
 アリサはわざと明るく言った。言葉をふられた神司は、
「……そう、だな。何とかしないとな」
 自分に言い聞かせるように言った。
「まあ、あまり無理はしなくていいけどな」
 頼がうなだれた神司の肩を叩く。
「そうそう、神司が鍵を握ってるんだから、神司がまいっちゃしょうがないさ。ぼちぼちな」
 聖也もあのくったくない笑顔で神司を励ます。
「ああ」
 仲間の存在をありがたいと思うのは事実だが、自分に課せられた使命が重いことには変わりない。神司は少し運命を呪った。でも。
 いくら面倒でも、責任が重くても、人間を救えるのは自分だけなのだ。頑張るしかない。いまさらもがいても変わらぬ運命なら受け入れるしかないじゃないか。やってやるさ。
 やってやるのだが。現実はなかなかどうしてうまくいかないものだ。歩いているとまた気分が沈んできてしまう。
「次の川原に行って何も感じなかったら、どうすりゃいいんだってーの」
 三日月という形は判明しても、その他は全く手がかりがないのが事実だ。ただ、小学生になってから渡されたもの、ということで、幼稚園に行く手間は省けた。
しかし。神司はそろそろ焦りだしていた。
いつ現れてもおかしくない魔族。こうしている間にも殺されているかもしれない人間。
神司の川原への足取りは重くなる。
川原の次は? ない。そう思うと恐くなる。自分は次はどうすればいいのか。
「神司?」
 聖也が優しい声で声をかけてくる。
「おいおい、今度は神司かよ。大丈夫かあ?」
 本当に心配をしているかわからない声で頼もそう言う。
「頼の能天気さが時々羨ましいな」
 神司と聖也が言おうとした言葉をアリサが言った。
 三人は顔を見合わせる。
「アリサ、それ冗談? 本気?」
 アリサはちょっと瞳を泳がせて、
「ほ、本気だが……。な、何かおかしいか?」
 三人は再び顔を見合わせ、
「いいや」
 と言って笑った。
(あのアリサが……)
 神司は少し肩の荷が下りた気がした。焦っても状況は変わらないのだ。そうなら、やれることからやっていくしかない。

 川原には案の定手がかりがなかった。
「よくさ、こうやって石を投げて飛ばしてたんだけどな」
 神司は平べったい石を選ぶと体勢を低くして、その石を川に向かってスライドさせるように投げた。石が、水面を二度ほど蹴って、ちゃぽんと水底に着地した音が聞こえた。
「一人で?」
「ああ。一人が好きだから」
「亮也君は?」
 聖也が真剣な目で神司を見て聞いた。
「ああ。亮也は、特別だったからな」
「お前ホモなんじゃねーの? 神司がもてるの知ってるぜ? でも断ってるって話もな」
 頼が茶化す。すると意外にも神司は笑って、
「その域かもしれない。女だったら付き合ってただろうし、だが、男だったからこんなに印象に残っているのかもしれない。理由は本当にわかんねえんだよ。ただ、水のように透明で、綺麗で、危なっかしくて、それでいて隣にいるのは居心地がよかったんだ」
「は~、ぜんっぜんわかんねえ」
 頼は空を仰ぎ、アリサは考え込み、聖也は静かに川を見ていた。
「亮也はともかく、だ。ここには何もない。俺はもう一度、自分の家行きたいんだが。何か思い出すかもしれないからな」
 神司の言葉に三人とも異論はなかった。
 
 神司は、もう一度、六畳の部屋から母を見ていた所に腰を下ろした。ここで見ていた光景。
 そして。渡されたときの光景。今でははっきりと思い出せる。
 神司は、本当に大事にそれを身に着けていたのを思い出した。なぜ今まで思い出さなかったのだろう、と思うほどに、大事にしていたのだ。
(なぜ今ないんだ?)
 結局はその問いになる。自分から捨てるはずは絶対にない。物に執着しない神司が、唯一執着したものだ。
(捨てたんじゃないから、失くした?)
 どこかで落とした可能性も考えてみる。
「うー」
 神司が唸って、百面相をしているのを三人は黙って見ているしかない。
頼は意外にそれを楽しんでいた。写真にでも撮りたい気持ちさえしていた。学校での草瀬神司のイメージが壊れていく。頼はようやく神司が自分と同じ高校生である実感ができて、嬉しかったのだ。だが、神司は真剣に考えているのだ。こんな不謹慎な事を考えてはいけない、と頼は慌てて頭を振る。
その頼の隣で、聖也は頼の百面相を見ていた。そして、神司と見比べ、首をかしげる。
アリサもわけが解らない、といった感じで黙っていた。
「うー」
 また、神司が唸った。
失くしたなら、罪悪感や、喪失感を覚えるものではないだろうか。大事にしていたものなのである。
(それを感じた記憶はないな。喪失感なら、亮也が死んだときが一番だ。
……また亮也、か。なんで俺はこうも。今は生きてる人間優先だ)
 自分の意思でどこかにやったとしたら? それがもっともな気がした。
(大事なものを手放すって、どんなときだ?)
 神司は自問自答を繰り返すが、謎は深まるばかりだ。幼いときの自分が考えていたことは、本当に解らないと神司は思った。いや、単純なんだろう。だが、単純すぎて、今の神司には理解できないのかもしれない。
「無理、だな。すまんが今日はここまで。帰ろう」
 深みにはまっていっている自分の頭をリセットするように神司は言った。もちろん三人は従った。



                        続く


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                           天音花香

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こんにちは、天音です。


イーリスの夢の続きです。
この後続けて最後までアップします。

ココから小説


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        イーリスの夢




第六章



 (今日もか)
 神司は、音を立てないように気遣いながら階段を下りる音に、敏感に反応した。
誰かは判っている。聖也だ。
 昼、言っていたように聖也は寝つきが悪いようだ。聖也が一緒に行動するようになってから、毎晩こうやって目を覚ましては、階段を下りていくのに神司は気がついていた。
(……)
 神司はどうしようか迷ったが、自分も一階に下りることにした。
 静かに、ゆっくりゆっくり、一段ずつ下りていく。リビングにいるのだろうか、と覗いてみたが、ソファーに横たわっているアリサがいるだけだった。
(眠ってんのか? アリサのやつ)
 アリサが瞑想しているのか、眠っているのかどちらかは判らなかったが、リビングに聖也がいないことは判った。どこにいるんだ、と廊下の方に戻ると、奥の洗面所から明かりがもれていた。
(?)
 神司は極力音を立てないように洗面所へ近づいた。そして。
(!)
 聖也は、鏡に映る自分の顔を、悲痛な面持ちで見つめていた。神司は、なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして、声をかけられなかった。すると、聖也は後ろ――神司がいる方を振り返った。二人の視線が交差する。めずらしく、聖也は動揺していた。が、それも柄の間で、
「なんだ、神司か。声ぐらいかけてくれよ。びっくりしたじゃないか」
 と小さな声で言って笑った。
「あ、ああ。すまない」
「謝るほどのことでもないけど。それより、どうしたの? 君も眠れないのかい?」
「眠ってはいるけれど、浅いんだ」
 神司がそう言うと、聖也はすまなそうな顔をした。
「僕のせいかい? そりゃ悪いことをしたね」
「いや、いいんだ」
 そこで会話が途切れた。しばらくお互い黙っていた。
階段の二段目に二人並んで座る。
先に口を開いたのは神司だった。
「なあ、俺、本当にみんなを救えるんだろうか」
 アリサが現れてから、地球上の生命が自分の肩にかかってきたことによって、神司はプレッシャーを感じ続けてきた。
 聖也は神司を見つめた。
「神司。君は僕になんて言って欲しい?」
 聖也の言葉に、神司は聖也の方を見た。再び視線が交差する。神司は前に向き直って、ちょと力なく笑った。
「そうだよな、俺。何を聖也に求めたんだろう」
「いや、僕こそごめん。神司が僕なんかよりもきつい立場にあることをわかっているくせに。
……。変なこと聞くけど、君は頑張ってないの?」
 神司はちょっと目を細めて、不機嫌そうに聖也を見た。
「なんで、そんなこと。頑張ってるに決まってんだろ。命がかかってるんだぜ?」
「うん。ならそれでいいんじゃないか? 自分ができるところまでしか人はできない。それ以上は求める方がおかしいんだ。現に神司はこうして悩むまで頑張っているのだから。
結果はあくまでついてくるものだよ。どちらかなんて、神、アリサにだって分からないんだから」
聖也は足先を見ながらそう言った。
「そして、一度出た結果はもう戻せない」
 聖也はそう独りごちるとまた黙った。
また沈黙が訪れた。
 次に沈黙を破ったのは聖也のほうだった。
「ねえ、神司。君は僕の顔を見たとき、普段は見せないくらい、動揺していたよね? これが僕の一方的な考えだったら申し訳ないんだけど、僕と君には共通点があると思うんだ。
……僕にも、君のように死んだ友達がいる」
 神司は息を呑んだ。
「短い間だったけれど、とてもいい奴で、僕はその子といるときはとても満たされた気分になった。初めてだった。そんな気持になったのは。神司にとって、亮也君はそんな存在じゃなかったかい?」
 神司は。
「ああ。亮也はそんな存在だった。
俺は人に気を許さないタイプだった。けど亮也にだけは違った。許せたんだ。初めて」
「でも、死んでしまった。
彼は戻らない」
 神司は、亮也を思い出すように、聖也の顔を見て、
「ああ」
 と頷いた。
「だから、余計に大切な思い出として残っているんじゃないか? 僕はそうだ。片時も忘れた
ことはない」
 聖也はそんな神司にそう言った。懐かしむと言うより、悲しむと言う表現の似合う顔で。
「ああ。だから全てのことが亮也に繋がっちまううんだ」
「神司。多くのことに無頓着な君が、関心を寄せる、亮也君という少年。僕はそこに何かがあるように思えてならないんだよ。君も今、全てのことが亮也に繋がると言ったね?
もう一度考え直してみてくれ。亮也君に関することを」
 神司は、はっとして、聖也を見た。神司が最も執着したのは、三日月の形の剣より、亮也のほうだ。
「なるほど。そう言われると、そうかもしれねえ。もう一度思い出してみる」
「うん。そうしてみて」
 相変わらず、苦しそうな聖也の表情に、疑問を覚えた神司は、思わず聞いてしまった。
「なぜ、お前は、さっきからそんなに苦しそうなんだ? いいヒントを思いついてくれたのに」
「……」
 聖也は黙っていた。しばらくして、下を向いたまま、小さい声で何か言った。だが、神司には内容が聞き取れない。
「おい?」
「……君との相違点。僕はその友人を殺してしまった」
「え?」
「僕がいなければ彼は死ななかったんだ」
 神司はこれ以上聞けなくなってしまった。
「すまなかったな。触れられたくねえこと聞いちまって。
 でもよ、お前が殺すわけなんかねえよ。思い込みだよ。
 罪意識ってそれだったのか?
 ・・・・・・なんていったらいいか分からねえけど、でも、もう自分を解放してやれよ。そいつとの思い出は優しいものだったんだろ? だったらそっちのほう優先して、その先はもう忘れちまえよ」
 神司はわざと軽くそういい、俯く聖也の肩を叩いた。
「ヒントサンキューな。
 お前ももう寝ろや。さ、上行くぞ」
「……ああ」
 そう頷いた聖也の瞳からは一筋の涙が頬に線を描いていた。神司はそれに気付かぬふりをした。そして、お互いの部屋に戻った。
 


そして、神司は夢に落ちていく……。
「聖也……? いや、亮也?」
 この日、二人――神司もイーリスも同じような夢を見た。
――いつもの公園で線香花火を優しく見つめる亮也。そのとき二人が願ったことは同じだった。
――死なないで――



 「久しぶりに、見た、な。あれが最後だったもんな。
 なんだろう。何かひっかかる」
 神司はちょっと考えたが分からなかった。まだ朝までは早い。もう一度神司は寝ることにした。


 「僕の願いを僕自身が壊してしまうなんて、あの時は思わなかったよ。ほんとだよ、亮也」
 イーリスは震える自分の右手を左手で押さえ込んだ。
「きっと、神司は気付く。そんな気がする。だから、僕の役割もきっと今日で終わりだね。そしたら君と会えるかな?」
 イーリスの呟き声は、彼にとっては随分狭い部屋に響いた。



 「おはよう。あの後よく眠れたか?」
 階段を下りたところで鉢合わせした聖也に、神司は声をかけた。
「うーん。神司は?」
 聖也は困った顔をし、逆に神司に尋ねてきた。
「こっちもあんまり」
「うっす。なんだ、朝から冴えない顔して」
 神司が答えていると、頼が珍しく自分で起きてきた。
「なんだ、頼。珍しいじゃないか。眠れなかったわけでもなさそうだし」
「失礼だな。俺だって子供じゃないんだから自分で起きる日もあるさ」
 頼はなんだかよく解らない理由を答えている。
「いや、お前はまだ子供だろ」
「なら、未成年は神司もだろ?」
 発展のない会話をしながら三人でリビングに入ると、アリサが神妙な顔をしていた。三人は顔を見合す。そして、神司と頼の視線は聖也に注がれた。聖也は、仕方ないというように、
「えーと、アリサ? どうしたの?」
 とおずおずと聞いた。その声にアリサはちょっと動揺した顔をして、
「お、おはよう。えーっとだな、これは、ちょっとした好奇心で……」
 となにやらいい訳じみたことを言っている。なんだなんだとそばに近寄ると、缶詰があけてあった。
「……」
 三人は沈黙した。
「神族は、食べる必要がないんじゃなかったのか?」
「うむ。そうではあるのだが。どんな感じであろうかと」
「で、どうだった?」
「うむ。不思議な感じだ。悪くはない」
「しっかし、缶詰開けるぐらいなら、俺の作った飯を食えよ。じゃ、今日はアリサも一緒に食べる。いいな、アリサ」
「うむ。興味深い」
 神司は、いつものようにぱぱっと調理を終え、四人で食卓を囲むことになった。三人はアリサの反応に興味津々である。
「どうだ、俺の料理の味は?」
 神司の問いに、
「先ほどのものより、いい。食べるということは非常に興味深く、また幸福にさせられるものなのだな」 
 アリサはしみじみと言った。三人は爆笑した。
 何か今朝は違う。
 四人は感じ取っていた。何が違うかは判らない。でも。
「あ、そうそう。俺は俺なりに考えてみたんだけど・・・・・・」
 頼が口を開いた。
「へえ、またも珍しい」
 神司の言葉に、頼が怒ろうとするのを慌てて聖也が止めに入る。
「まあまあ。
 どんなこと考えたんだい? 興味あるな」
「あのな、小学生のときにタイムカプセルをやったっていっただろ? あれで考えたんだけど、大切なものを埋めたり、逆に埋めたものを探したりっていう犬みたいなことを人間もよくやるよなって思って」
「なるほど、じゃあ、頼は神司が三日月の形をしたものをどこかに埋めたんじゃないか、と思ったんだね?」
 聖也が確認するように頼に聞いた。
「ああ。いや、真面目な話、小学生とかだったらやりそうだと思うんだよ」
 神司は黙って聞いて、思案していた。そんなことを自分がするとは思えなかった。埋めるより、自分なら持っておくだろうと。ただ、無視はできない意見だと神司は思った。
「神司? 頼はこう言ってるけど、それも踏まえて、今日はどうする?」
 聖也が聞いてきた。神司は考えていたことを口にした。
「今日は、籠もって考えようと思うんだ。悪いが、とりあえず俺は一人になる。何をしていても、あまり気にしないでくれ。それから邪魔もしないでくれ」
 三人は神司に従うしかなかった。


 神司は自分が寝ていた部屋に戻ってとにかく考えることにした。
 小学生になったときに渡されたそれ。
 今思い出すとあの日から何かが変わった気がする。何だったか。
 母の態度だった気がする。
 どんな風に?
 神司を一人の人間として、言わば一人前として接するようになった・・・・・・。
 それは当時の神司にとって、嬉しいことではなかった。まだ甘えたい歳だった。父がいない分余計に。だが、母はそれを許さなくなった。自分でできることは全部自分でするように言われ、手伝いが増えた。そして、
「まず、自分で考えなさい」
 と言われるのが常になった。自分で選択すると言うのは、意外に難しいことだった。自由と責任は隣り合わせにある。自分が選んだことには常に責任が付きまとった。
 そう、あの女担任に言われる前から、自分は責任を負うように教育されていたのだ。だが、神司はそれが始め嫌で嫌でたまらなかった。
 父親と遊んでいる子供や、母親と手をつないでいる子供を見ると、心が痛んだ。痛みは苛立ちに変わり、常に満たされぬ苛立ちを抱えて過ごしていたあの頃。三日月のそれを見て、泣きたくなるときもあった。だが、それは母がくれた大切なもの。その矛盾に悩まされ、小学校で神司は、いわゆる尖った扱いづらい子供と見られていた。その頃から先生とうまくいっていなかったのだ。友人も作ろうとしなかった。比べて惨めになるのは嫌だったし、もし、何かあったときに責任を取らないといけないと思うと、関わりたくないと思ったのだ。だから、一人で遊んでいた。
 そんなころ、亮也に出会った。
 思えば亮也も他人とは違っていた。亮也は体が弱く、学校を休むことが多かったため、親友と言う友人がいなかったのだ。ただ、亮也は性格がよかったので、学校に来た日は、人に囲まれているときが多かった。
 そんな亮也が神司に声をかけてきたのだ。
第一印象は「変な奴」だった。突然やってきて、生命の尊さを説いた小学生。腹が立たなかったのは、亮也には邪気が全くなく、真剣にそれを訴えかけてき、それでいて、押し付けがましくなかったからだ。
そして。
そばに亮也がやってくると、満たされている自分に神司は気づいた。亮也は同い年なのに、どこか大人びていて、それなのに嫌味でなく、やさしく包まれている気がした。
(! 俺は亮也に母親を求めていたのか?)
 しかし、包まれているのに、守らなくてはという気もしていた。やはり亮也は変わっていた。
 神司の中で亮也の存在は大きくなるばかりだったが、神司は亮也と学校では遊ばないようにしていた。亮也は体が悪いだけで、いわゆる優等生である。そんな子と自分は不釣合いな気がした。自分のせいで亮也のイメージが悪くなるのは避けたかった。そんな神司に亮也は提案した。
「じゃあ、学校が終わった後、公園で遊ぼうよ」
 それは魅力的な提案だった。
 それから神司と亮也は公園で遊ぶようになった。遊ぶと言っても、ただ一緒にいるだけとか、ブランコや砂場で城作りなど、なるべく亮也の体の負担にならない遊びだ。
 神司の寂しさは亮也の存在で満たされるようになった。
(三日月は置いといて、亮也との思い出を考えると、公園が一番強いな)
 ここまで思い出して、神司はそう思ったが、何か重要なことを忘れているような気がした。
 そのときだ。
 コンコン
 ドアをノックする音が聞こえた。
「なんだ?」
「いや、お茶を持ってきたんだけれど、邪魔だったかな?」
 気遣うような聖也の声だった。
「入れよ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただいて」
 丁度煮つまってきたときだ。ありがたかった。聖也はお茶を置くと戻ろうとする。
「まあ、待てよ。お前はほんと、他人のことばっかり考えてるよな。そんなところも亮也と似てる。あ、わりい。それが聖也で、亮也とは違う人間なのにな」
 神司の言葉に聖也は困った笑顔を見せた。
「でもさ、今まで、亮也とのことを思い出してたから、こうやって聖也といると、昔に戻った気がしちまうんだな」
「僕は気にしてないから大丈夫だよ。それより、どう?」
「うーん。結構思い出したんだけど。辛いもんだな」
「神司の過去は辛いものだったの?」
 神司の言葉に聖也が気遣うように聞いてくる。
「まあ、うちのお袋厳しかったし。それに幼いときは、父がいない状況を受け入れるのって難しかったからな。常に隙間風が体を通っていくような感じで、何かが欠けていることに苛立っていたんだ」
「それを埋めてくれたのが亮也君だったんだね」
「そう、だな」
 聖也の言葉に神司は頷いた。
(そう、亮也の存在は俺の人生を変えた。のに)
「なんで、お前、死んじゃったんだよ?」
 神司は思わず聖也にそう聞いた。聖也は動揺している。
「え? 僕に聞いても・・・・・・。
 どうしたの? 神司? もしかして混乱してる?」
「ああ。しているようだな」
 そうだ。聖也は亮也じゃない。亮也は死んだんだ。突然。神司を置いて。
「なんで、一人で逝っちまったんだよ……」
 神司の目からはいつの間にか涙が溢れていて、聖也はそれを見ないように目を伏せて、部屋を出ようとした。
「待てよ。また、俺を置いていくのか?」
「神司! 僕は亮也じゃないんだ。神司!」
 突然、亮也の死を聞かされたとき、嘘じゃなく目の前が暗くなるのを感じた。満たされていた小さな穴は、以前よりも大きいものとなって、そこを通り抜ける風は冷たく、心身を震わせた。
 神司は穴が開くほどに聖也を見た。最後に亮也の顔を見たのは。
 遺影。この、目前にいる聖也と本当にそっくりで。
 黒い人がたくさんい、た。
 呪文のような読経。そんなことをしても亮也は生き返らないのに。
(――)
 神司は聖也の袖を捕まえて離さない。
「神司! しっかりして! 神司!」
 聖也の声が遠い。遠い。耳鳴りが――。
 ――。
「思い、出した!」
「神司?」
「行くぞ!」
 神司はバタバタと階段を降り、リビングの二人に声をかける。
「公園…・・・!公園だ。確か亮也とよく遊んだ公園・・・・・・。
行くぞ!」
 神司は自分の言葉を反芻するように呟いて、駆け出した。
 三人も慌てて後を追う。
そう、亮也が死んだとき、お葬式に出て・・・・・・。
真っ黒の服を着た人たちがいっぱいそこにはいて。読経が不気味に聞こえて。それは亮也のいない世界そのもののようだった。神司はそこでは亮也にさよならできないと思った。
だから神司は、次の日、学松が終わったあと、亮也とよく遊んだ公園に行って、亮也に別れを告げた。 
一人で。
亮也が好きだといっていた桜の木の下に、自分の最も大事にしていたものを埋めたのだ。
亮也を埋葬するように。それが。
「確か、それが母さんからもらったものだったはず・・・・・・」
「確かこの木だ」
 神司は大きな桜の木の根元を掘り出した。頼もそれを手伝う。聖也とアリサは見ているだけだった。
 泣きながら亮也を想い、掘った日が思い出される。世の中は不平等で不条理なのだとつくづく思い知った日だった。
「あった」
 手ごたえを感じた神司はそれを取り出した。その瞬間だった。
 ジャキン!
 大きな金属音をたてて、神司が手にしたものはその姿を変えていた。逢魔ヶ時にぬらりと光る薄い三日月。それは以前の小さな三日月ではなく、冴え冴えと輝き、獲物を向いて静かに唸っている剣だった。
「せ、聖也?なんで」
 獲物・・・・・・聖也は楽しげに笑った。
「なるほど、本当に性能がいいんだね」
 神司も頼も、聖也が何を言っているのか意味が解らなかった。その中で一人、アリサだけは険しい目つきで聖也を睨んでいた。握った拳が震えている。
「まさか、まさか聖也、お主が魔族だったとは! 灯台下暗しとはよく言ったものよ」
 そんなアリサに、聖也は初めて姿を現したときのような場違いな笑顔を浮かべた。その顔はもはや亮也のものではなく、象牙のように白い肌と海のように青い瞳、つややかな漆黒の長髪ととがった耳を持った美少年のものだった。
「今まで隠すのに苦労したよ。本当にその剣に見破られるとは思ってもみなかったけどね」
 その容姿と言葉にようやく意味を理解した神司と頼は愕然とした。今まで一緒に行動をしてきた聖也が魔族だったなんて。そんな二人を無視して聖也は言葉を紡ぐ。
「魔族は下界に落とされ、本当に腐った輩になったけど、神族もなかなかだね。君を地上に送るなど。生き汚いとでもいうか」
「なっ」
「僕が気づいていなかったとでも? 君は僕たちににチャームを使っていたね。効かないのを不審に思わなかったかい?」
 アリサは怒りと恥ずかしさに顔を赤く染めた。
「まさか」
「そう、妨害していたのは僕だよ。
アリサ、君は地上に忠告をしに来ただけではないね? 人間と子をなし、神族の根を絶やさぬことも目的だったはず」
「?!」
 神司と頼は驚きアリサを見た。図星をつかれたせいか、アリサは黙っている。
「僕が地上に来た理由は、君、だよ、アリサ。地上には地上の世界がある。神族も魔族も立ち入ってはいけないんだ」
 聖也はアリサを真っすぐ見て言った。
「お主、その魔力何者だ?! まさか……」
 アリサは微かに声を震わせて問う。
「僕? 僕はそうだね。先代の魔王を眠りにつかせたから、息子の僕が魔王といってもおかしくはないかな。君たちが殺さねばならない相手になってしまうね」
 聖也は静かにそう告げた。それは何の感情もない声だった。いや、自分を蔑むような響きが宿っていたかもしれない。
「でっ、ではお主はイーデリア様のご子息イーリスか?!」
 アリサが驚愕の声をあげる。そんなアリサに聖也はふっと笑って肯定した。しかし、次の瞬間悲しい表情になった。
「アリサ。
君の役割を邪魔する結果になってしまうことを許してほしい。ただ、定かではないけれど、これが僕の役割だと思うんだ。信じてもらえないだろうけれど、僕は、神族に個人的な恨みなど、持っていなかったよ。
父上のした行為には謝罪をするしかない。あんな酷いことは許されるべきではない。でも、だからこそもう終わりにしよう。人間さえまきこむのは。
君も人間のことがこの数日間で少しは解ったんじゃないかい? 僕がそうだったように」
聖也の言葉に、アリサは無言で地面を見つめていた。
「君のことも知れてよかったよ。神族のことが少し解った気がするから。
……アリサ。ごめんね」
 怒りに燃えた目をしていたアリサは、聖也の言葉を聞くにつれて、静かな目になった。その目で聖也を見る。そして、小さく頷いたように見えた。
 聖也がそんなアリサの額に手をかけようとしたそのとき。
「待ってほしい」
 覚悟にみちた声でアリサは言った。
「そ、そうだよ!! 聖也、いきなりこんなこと! アリサを殺すのかよ!!
 ……っ聖也らしくないよ! お前は優しいやつじゃないか!」
 アリサの声に反応するように頼が叫ぶ。その頼を制したのはアリサだった。
「いいんだ。もう、いいんだ。どこかで、罪悪感をもっていた。生き残った自分に。
 だから……。ただ……」
 アリサは一度下を向いて、そして、もう一度顔を上げた。
「頼。
 私は、お前にかばってもらう資格なんかないんだ。私は、使命を抱えていたのに、いつのまにか、違う感情が……。今まで味わったことのない、不思議な感覚だった。
 頼、お前の素直さに私は惹かれた。私が今まで出会ったことのないような、無邪気なお前に。お前の表情が私の心を支配して、チャームを他の二人にかけるのが苦痛だった。
 お前に会えてよかったと思う。ありがとう」
アリサは笑顔で頼に手を差し出した。その目からは涙が溢れていた。
「アリサ……! 俺は、鈍感で、わかんなくて……! ごめん!」
 頼はそう言ってアリサの手をとった。頼も泣いていた。解らなかった自分が悔しいと思っていた。
「聖也、アリサを殺すのか?」
 神司が聖也に声をかけた。
「殺すのではないよ。眠らせるんだ。いい夢が見られる」
「永遠に覚めない夢かよ!? それじゃ、死んだと一緒じゃないか!」
 頼が叫ぶ。アリサはそんな頼の頭に手をおく。
「いいんだ。
 イーリス。お前は他の魔族、神族も……?」
 聖也は肯定するように苦笑した。アリサは一度目を瞑り、先を促すようにイーリスを見た。  
聖也はそんなアリサの額に今度こそ手をかけた。一瞬の出来事だった。
「おやすみ。天界でみんなが待っているよ。もう君も苦しまなくていい。……争いも、ないんだ」
 聖也の手に光が灯る。
「あ」
 アリサは一声あげると、ドサリと倒れ、次の瞬間消えた。あっという間の出来事だった。聖也はしばらくアリサのいた場所を見つめていた。消える瞬間、アリサは「お前はどうするのだ?」という、同情の目をしていた。
「アリサ……」
 聖也は悲し気にその名を呼んだ。そして、ゆっくりと神司たちの方を向いた。
「……」
頼は、じりじりと聖也と神司の間に入った。少し前までは考えられない行動だ。
「お前が教えてくれたのに。一人一人の役割。だから、こうして勇気が出せるのに、なんでだよ!? お前がいい奴だって事、俺も神司も解ってるのに!」
「聖也……どういうことなんだ……?」
 聖也は、目的はアリサだといった。では目的を果たした今いったいどうするというのか。
「ごめん、頼。
でもこれからのことは決まってるんだ。
……。もう一人地上にとって邪魔な存在がいるね。僕だ」
 聖也はにっこり笑って言った。神司は対応に困っていた。こいつはどうしたいのか。
「神司。君が持っている剣で僕の心臓を刺せば僕は死ぬ。僕がかけていた人間への魔術も解けるよ。そして、僕の死とともに、神族も魔族も二度と目覚めなくなる。もう、人間に干渉するものはいなくなるということだよ」
 こいつは殺せと言っているのか? 神司は汗ばんだ手を握り締めた。頼は隣で固唾を飲んでいる。
「選択権はないんだ。僕を殺さなければ、天界と地上の狭間で世界中の人間は眠りについたままだ。君たちの親も、友達も、皆」
 聖也はあくまで静かに言った。
「それに、神司、君は僕に個人的な恨みがあるんだ。 なぜ僕がこの姿をしていると思う? なぜ亮也は突然死んだんだと思う?」
 神司はぎりっと奥歯をかみしめた。
「お前が、お前が亮也を殺したのかっ?!」
 聖也は黙って悲しげに微笑むと頷いた。
「聖也……」
 頼が戸惑うような声を上げた。
 神司は昨夜の聖也との会話を思い出す。苦い思いが心を支配した。聖也の大切な友人。死なせた友人。それは亮也だったのだか。聖也のことだ、殺すつもりなどなかったに違いない。事故だったのだろう。
「いいぜ、望みどおり殺してやる。
聖也、お前は初めからこの結末を望んでやってきたんだろう? 地上を人間のものだけにするために。
正直、俺はお前を殺したいなんて露ほども思わねえよ。でも、ここで、俺が拒否できないように仕向けるほど、お前は強い決意を持って地上にアリサを追ってきたんだろ? いいさ、俺が後始末をつけてやる。それが俺の役割なんだろう」
 本当はやりたくなどなかった。なんて損な役割だと思った。でも、これが自分の役割だということを神司は理解していた。そうしないと、聖也のしてきたことは本当に無駄になる。
(聖也に比べればまだましな役だ)
「神司……」
 頼が心配そうに神司を見つめている。
「察しがよくて助かるよ。
神司、君に殺す役目なんかを与えてしまったことは謝まるよ。でも、僕は魔族だから、気に病むことはないよ。君は人殺しなんかじゃなく英雄だ。
ただ、僕は一つ気がかりなことがあってね。人間はどうして、同族同士で殺し合いをするのかな。こんなに文明を発達させて、しかも、いろんな感情を持ってる優れた生物なのに。僕はそれを悲しく思うんだよ。僕は目前で神族と魔族が戦うのを見てきた。そして、戦い自体が悪だとわかった。戦いからは憎しみしか生まれない。人間には殺し合って欲しくないと思うんだよ」
 聖也の言うことはもっともだった。こいつは争いを見てきたから、だからそれを悲しく思うのだろう。でも、人間は人間で複雑で、国際関係や宗教問題で争いが絶えないのだ。それは、同族といえども、同族ではないから、といっても聖也には解らないだろう。当然通り魔事件などが起こる事実も理解できまい。でも。
「ああ、俺もそう思うよ。殺し合いがない世界ができたらどんなにいいだろうって。俺一人が頑張ったところで無理だろうけど、世界がそうなればと願うよ」
 聖也は神司の答えに笑顔になった。そしてなんでもないことのように、
「じゃあ、お願いできるかな」
 と言った。
「待て! 他に方法はないのか? 聖也が死ななきゃ魔術は解けないのか? 解けるんだったら、今まで見たいに人間の格好をして暮らせば誰も気づきはしないよ!」
 頼は必死に言葉を紡いだ。そんな頼に聖也は優しい視線を向けた。
「ありがとう。頼。でも、他に方法はないんだ。人間でいるのにも限界があるしね。
さあ、神司、頼む」
「……解った」
 神司は汗ばむ手で柄を握ると、一度強く握りしめ、
「聖也。お前はよくやったよ。お前も俺の大切な友人だ。お疲れ。ゆっくり休め」
 そういうと、迷わずずぶりと心臓へ剣を差し入れた。
「ありが、とう、やっと、亮也のところへ、行ける」
 聖也は笑いながら涙を流していた。柄を握る指に、聖也の温かい血が伝ってきて、神司はぐっと奥歯をかみしめた。
 突然、神司の脳裏に亮也の言葉が蘇った。
「今度、会わせたい友達がいるんだ。寂しがりやで優しい子なんだよ。イーリスって言うんだ」
 亮也がよく口にしていた、外国人の名前。そして先程アリサのロから出た名前。聖也は魔族なのに、なぜ亮也を知っていたんだ? 答えは明白だ。
「……お前が、あの、イーリスだったのか?」
 ぽたりぽたりと、聖也の血が地面を朱に染めていく。
「ふふ、当た、り。僕も、神司、の名前、聞いてた、よ。だか、ら思ったんだ。これは運命、なんだってね。亮也が……引き合わせてくれた……。ごふっ」
「イーリス……!」
「聖也ー!」
「さよ、なら。君たちといれて、楽しかった……よ」
 イーリスは儚く笑うと、姿を消滅させた。あっけない最後だった。後には生暖かい血だけが残った。神司も頼もそれを呆然として見ていた。
 違う運命で会いたかったよ、神司は心でつぶやいた。
亮也も聖也も。なんでいい奴は短命なんだろう。
うなだれ、今はもう小さな三日月に戻った剣を握り締めた神司の肩を、頼がやさしく叩いた。
「お疲れ様だったな。見ろよ。家に明かりが灯っている。みんな戻ってきたんだ。明日からはまた同じ毎日がやってくる。俺たちも帰ろう。
本当に辛かっただろうけど、神司、お前がみんなを救ったんだ」」
「ああ……」
(すまない、イーリス。お前は救ってやれなかった……。
でも、お前は、命をかけて、この地上の尊さを教えてくれたんだ。何気ない、みんなのいる日常が、どんなにすばらしいか、そして仲間という存在がどれほど心強いかも……!
イーリス、アリサ。どうか俺たちを見守ってくれ。俺もお前たちに恥じない生き方をしてみるよ)



終章



 キーンコーンカーンコーン コーンカーンキーンコーン
 授業終了を告げる鐘が鳴り響く。とたんに教室が騒がしくなる。
「映画見に行こうぜ」
「あそこのケーキやさんさあ」
 人がいる。これが日常。まるであんなことがあったのなんて嘘みたいな。
(いいや、俺は覚えている。イーリスを刺したときの重みを)
 命を奪う重み。
 神司は手を見る。もう、血などついていないけれど。
「神司!」
 振り向かなくてもわかる。頼だ。
「今日部活休みなんだ。一緒帰らねえ?」
「……おお」
 しばらく無言で道を歩く。
桜の花びらが、静かに、静かに舞い落ちる。それは儚い夢のようで。
「なんか、嘘みたいだよな、あんなことがあったなんて」
 頼が淡い春の空を見上げながら言う。神族と魔族の眠る天界は空の上にあんのかな、なんて言いながら。
淡い空に淡い桜。霞とはよく言ったものだ。桜は空に溶けて靄のようで。秋の空に桜は似合わないだろう。
「……」
 神司は無言だった。
花びら、ひらり、ひらり。それは、儚くて重い命のよう。亮也、イーリス……。二人は会えたのだろうか。今ならわかる。二人が惹かれあったわけが。二人とも生命の大切さをよく知っていた。そして、これは神司にも当てはまるが、二人とも寂しい子供だったのだ。再会していて欲しい。
今でも世界は争いにみちている。必死でそれをなくそうとした少年の意志を無視して。儚く散った、少年の夢。
 神司はもう一度手を見る。その手のひらに落ちてきた花びらを神司はぐっと握りしめた。あんな重みを知ってもなぜ人は殺すことをやめないのか。
「神司。イーリスは今頃、天国で亮也と仲良くやってるさ。天国ってあるかわかんないけどな」
「それから……アリサも、いい夢を見ていてほしい」
 頼は最後に握ったアリサの手を思い出して、つぶやいた。
「そうだな」
 頼は後ろを振り返り、神司を見て、悲しげに笑った。
「ごめんな。お前にイーリスを殺す役を押し付けちまって。俺は最後までできそこないだよなあ……。お前の感じていること、全部はわからないけど、半分背負わせてくれよ。イーリスを殺したのは、お前だけじゃない」
 頼は神司の目をじっと見て言った。
 イーリスは頼をなぜ神司と一緒に残したのか。それが今ではわかる。一人では重過ぎるという配慮だったのだろう。だから、このまっすぐな少年に半分担うことを託した。
「……ああ。頼がいてくれて助かってるよ」
 神司は正直に言った。あの数日間を共有してくれる友ができたのが唯一の救いだ。亮也が死んだとき、もう二度と友人は、大切な人は作らない、と心で誓った。でも、それを亮也が望むわけはないのだ。頼。きっとこいつとはこれからも続いていくのだろう。
「争いが、世界からなくなればいいな」
 ポツリと頼が言った。
「本当に」
 でないと、イーリスは救われない。
 今はこんなことを思っているのは自分たちだけかもしれない。いや、それは奢りか。でも、いつか世界中の人がそれを望むようになったら……。それは限りなく不可能に近いこと。
だが。
 神司はもう一度空を仰いだ。そして最後の日に見たイーリスの瞳は海の色だったなと思った。それまでの彼は、亮也の容姿を真似ていたから、なんだか、亮也と再び過ごしているような気がした数日間だった。
(これまで俺は毎日適当に過ごしてきた。なんて愚かだったんだろう。
……この数日を決して無駄にしてはならない。残された自分たちはできることをしなくては。アリサ、イーリス。見ていてくれ。
一人の少年が切に願ったことがいつか叶うように。
これは始まりなんだ)
決意を新たにした、神司の肩を、頼はぽんと叩いて、
「一緒に頑張ろうな」
 と言った。
「ああ。ああ……」
 神司は力強く頷いた……。                     了




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