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天音花香の小説をUPするブログです。個人サイトの小説はこちらに移しました。現在二時創作と短編を中心に書いています。
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天音花香
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女性
職業:
主婦
趣味:
いろいろ・・・
自己紹介:
小学生のときに、テレビの影響で、小説を書き始めました。高校の時に文芸部、新聞部で文芸活動をしました(主に、詩ですが)。一応文学部でです。ですが、大学時代、働いていた時期は小説を書く暇がなく、主婦になってから活動を再開。

好きな小説家は、小野 不由美先生、恩田陸先生、加納朋子先生、乙一先生、浅田次郎先生、雪乃 紗衣先生、冴木忍先生、深沢美潮先生、前田珠子先生、市川拓司先生他。
もう一つのブログでは香水についてレビューをしております。
http://yaplog.jp/inka_rose/
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        「治雪の場合」1


   登場人物紹介


         一


 カキーン。
 小気味よい音が秋の雲一つない青空に吸い込まれていく。
 グラウンドで、熱心に練習をする野球部員の姿が窓から見える。
 自分も熱くなれるものがあったら、少しは違うかもしれないと春日治雪はぼんやり思っていた。
「春日君?まだ残っていたの?」
 よく通る落ち着いた声に、治雪は振り返った。
「うん。佐々木を待ちながら勉強でもと思って」
 勉強の方はほとんど進んでいなかったが。
「そういえば佐々木君、書道部の部長だったわね。部長会終わったからもうすぐ戻ってくるんじゃないかしら」
 学級委員長であり、華道部の部長でもある堀内孝子が言った。
「そっか、ありがとう」
「どうかしたの?」
 どこか元気のない治雪に孝子は声をかけてきた。
 治雪は。今まで特に話すような機会もなかった孝子に言うのは躊躇われた。
「……」
 自分だけかもしれないし、こんなことを考えるのは。
 孝子はちょっと首をかしげて、
「なんでもないならいいんだけど?」
 と笑った。そんな孝子の笑顔に、治雪は一度短く息を吸うと、吐き出すように思いを口にした。
「中三のときさ、塾とかでさ、高校に入ったら楽しめるから、今は我慢して勉強しろって言われなかった?」
 孝子は笑った。
「言われたわね。
高校楽しくないの?」
「そういうわけじゃないけど」
 高校三年生の自分たちは中学のときと同様のことを言われ、受験勉強をしている。しかし、大学に入ればその後は就職がくるわけで。
「なんか、虚しくならない? ベルトコンベアーに乗せられてる感じでさ、俺たちみんな同じ道を歩んで、同じような人間になるんだ」
 それはとても奇妙に思えた。
「うーん」
 孝子は腕を組んで、また首をかしげた。
「そう思うのは、受身だからじゃない? 自分で選択したという実感があれば、そうは思わないんじゃないかしら? 嫌なら違う道を探せばいいのよ」
 やんわり諭すように孝子は言った。
 治雪はちょっと衝撃を受けた。
「そう、かも」
「佐々木君にでも相談してみたら? 
親は自分の子供のことを変に知りすぎてるでしょ? この子はこうって決めてかかっちゃうから、全然知らないわけではないけれど、全ては知らない友人のほうが、客観的にアドバイスをくれるかもしれないわよ?」
「……!
……そう、だな。そうしてみるよ」
 治雪は、自分の前にいる少女をまじまじと見た。背は自分より低いし、身体だって細い。
「何?」
「いや、堀内さんって大人だなあと思って」
「そうでもないわ。他人には言うくせに、自分のことになると、盲目になっちゃうんだから……」
 孝子はさらりと落ちてきた癖のない髪を耳にかけて、少し自嘲的に微笑んだ。
「人間、誰でもそうじゃない?」
「そうね」
「少なくとも俺は堀内さんに感謝だな。話してよかった」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。
あ、佐々木君よ、じゃあね」
 孝子が教室を出て行くとき、シャンプーのいい香りが一瞬した。女子はみんなこんなにいい香りがするのだろうか。
「春日?」
 入れ違いで教室に入ってきた、佐々木が治雪に声をかけたが、治雪にはその声は届いていないようだった。
「大丈夫かお前?」



 「堀内さん」
 一日に何度も孝子は名前を呼ばれる。
 治雪は、その度に自分が呼ばれたかのようにどきりとした。知らず知らず、呼ばれた孝子の姿を探す自分に気付いて不思議に思う。
「佐々木」
「おう?」
「堀内さんって忙しい人だな」
「そりゃ、学級委員長だし、なんか頼りになる人だからなあ」
 何を今更というように、佐々木は答えた。
「好きでやってんのかな?」
「さーな」
「前さ、俺、人生を虚しく感じるって言ったら、受身だからじゃないって言われた」
「ああ、部長会の日、それを話してたわけ?」
 佐々木はちょっと笑って、
「当たってんじゃねー? 要するにお前、頑張ってないんだよ」
「そ、そんなことねーよ!」
 親友の言葉に、かちんときて、治雪は言い返した。
 そんな治雪の様子に構わず、佐々木は、
「自分で考えて、納得するまで頑張ったら、満足感とか達成感って得られるもんじゃねえ?」
 と言った。
「……」
 治雪はちょっと考える。今までの自分を軽く振り返る。
「……。そういうもんなのかな。
でも、そうか……。確かに、そうかもしれない。
……堀内さんは悩みとかないのかな?」
 話題が孝子に変わったことに、佐々木は怪訝に思いながらも、
「ばーか、誰だって悩みの一つや二つは抱えてんだろ?」
 と返事をした。
「……ま、お前より複雑な悩みを抱えていることは間違いないだろうな」
 そう言った佐々木の声の調子が普段と違う気がして、治雪は佐々木をじっと見た。
「何か知ってんのか?」
 佐々木はちょっと困った顔をした。
「んー」
 佐々木は苦笑して、教室の入り口で先生に呼び止められている孝子のほうをちらりと見た。
「偶然さ、先生が堀内さんに『お母さんの具合はどうだ?』って尋ねているのを聞いてしまったんだな」
「そうなのか……。苦労してんだな、家でも」
「気になるなら、行動すれば?」
「え?」
「助けてやればいーじゃんよ?」
 佐々木はニヤニヤ笑っている。妙なことを考えているようだ。
「な、なんだよ。そ、そんなんじゃ、ねーよ。多分……」
 治雪は胸をぐっと押さえながら、ぼそぼそと言った。
 自分でもよくわからないというのが現状だった。ただ、女子と会話をして、こんなに強い印象を受けたのは初めてのことだった。



「羽柴君」
 一瞬教室のざわめきが遠のいた。
 孝子の声は、落ち着いたよく通る声だ。
 こんなに綺麗な声だったかと治雪は不思議に思う。そして。同じ学級委員長と言うだけで、多く名前を呼ばれる翔はいいな、と思った。

 自分の名前も呼ばれないかと。

 手短かに話しを終えた孝子が治雪の席の横を通りすぎる。
「堀内さん」
 無意識に治雪は孝子を呼び止めていた。
 孝子は足を止めて、治雪を見た。
「何? 春日君」
 用などなかった。でも、孝子が自分の名を口にしたとき、治雪はなぜか満足感を覚えた。
「えっと、なんだったかな?」
「ふふ、面白い人ね、春日君て。
そうだ、あれから佐々木君に相談した?」
「え? ああ……」
 治雪は思わず笑顔になった。孝子が自分のことを気にかけてくれていたのが嬉しかった。
「うん。俺が頑張ってないからだろうってさ」
「ふふ、なるほど。佐々木君が言うなら、そうなのかもよ?
人生一度きりだし、頑張って人生楽しくしなくちゃね。まずはできることから。
春日君は志望校は決めてあるの?」
 現実的な話になり、治雪はうーん、と唸った。
「……まだ」
「じゃあ、それから始めなきゃ。これからの人生を左右することだし、よく考えて決めなきゃね。頑張ろうね」
「うん」
 治雪は素直に頷いていた。孝子の声は耳に心地よく、まるで催眠術にかかってしまったかのようになるのだった。


 その日の午後、治雪は進路指導室にいた。教室には赤本や大学の資料を手にする人であふれている。
 工学部にもいろいろあるんだなあ、と九月になって思うことではないことを思いつつ、治雪は資料を見て、そう思った。
(俺は何がしたいんだろう)
 ざっと目を通すと、どれもそれなりに面白そうである。
「先生の言ってたとおりだな」
 大きな大学ほど学科が多い。当然といえば当然だが。地元で大きな大学と言えばK大学になってしまう。
 治雪はため息をついた。
(学力がちょっと足らねーよな。ワンランク落とすか……)
 しかし、K大学なら自転車で行ける距離であるのに対して、ワンランク落としたK工学大学は電車で一時間半かけて行くか、または寮ということになる。
(妹もいるし、家、金ねーしなあ)
 治雪はまたため息をついた。
「大きなため息ね、春日君」
 聞き覚えのある声に治雪は硬直した。
 心臓が急に早鐘を打つ。
 振り返ると予想通り孝子の姿があった。
「あ、えーっと、堀内さんも大学調べ?」
 治雪がどきどきしながら問うと、孝子は悪戯っぽくくすりと笑った。
「前の時間、春日君、先生に怒られてたじゃない?」
「あ。うん」
 治雪は苦笑した。孝子に言われたので、ぼんやりと大学のことを考えていて、当てられたことに気付かなかったのだ。
「先生に『授業外の時に進路指導室に行って考えろ』って言われてたから、ここに来ているんじゃないかと思って」
 春日君って素直よねえ、と言って孝子は笑った。
 堀内さんは優しいな。そう思って、治雪は思わず笑顔になった。
「ここに来て、今までもう少し勉強しとけばよかったと思ってるよ」
「過去を振り返ったって仕方ないことよ。まだセンターまで四ヶ月、入試まで五ヶ月あるのよ? それをどうするかでしょ?」
「え?」
 治雪の返事に、孝子は意外そうな顔をした。
「もう諦めるつもり? このまま何もしないままでいいの?」
 今度は治雪が驚いた。
「……よくない」
 三年間、ただなんとなく楽ならいい、で過ごしてきた。このままで終わっていいわけがない。間違いなくベルトコンベアー行きだ。
 何でもいいから、自分は頑張ったと言えることをしなければ。
「うん、よくない。何かしなきゃ」
 もう一度自分に言い聞かせるように治雪は繰り返した。孝子はそんな治雪を見てにっこり笑った。
「堀内さんは?」
「え?」
 そんなに仲がいいわけではないのに、こんなことを聞くのはどうかとも思われたが、治雪の口は勝手に続きを紡いでいた。
「大学、どこ目指してんの?」
「私はK大の理学部。物理したいの」
 それこそ意外だった。
「堀内さんならもっと上を狙えるんじゃ?」
 治雪の言葉に、孝子は複雑な笑顔を見せた。
「ちょっとね。家から出たくないんだ。出たら、きっと後悔することになる」
 独り言のように孝子は呟いただけだったが、それでも治雪はすぐに佐々木の言葉を思い出した。
(お母さん、か)
 治雪はそれ以上は聞くのをやめた。
 ただ、絶対にK大に行こうと思った。
「春日君は?」
「K工大にしようと思ってたんだけど、やっぱK大目指して頑張ってみることにするよ。知能機械工学科ってのが面白そうだし」
「じゃあ、同じ大学を目指すことになるのね。お互い頑張ろうね」
「うん!」
 孝子と同じ大学に行きたい。そう思うだけで、治雪は頑張れそうだった。
 ――とそのとき、孝子の顔から笑みが消えた。
「堀、内、さん?」
 孝子の視線をたどってみると、翔と、小さくて可愛らしい女子生徒が、談笑しながら進路指導室へ入ってくるところだった。
「?」
 孝子は治雪の視線に気付いて慌てて笑顔を作った。
「いーわよねえ」
「え?」
「私も彼氏が欲しかったな。あんな風に仲良く話せる……」
 本当に羨ましげに孝子は言った。
 まさか、孝子の口からそんな言葉を聞くとは思わなかった。
「作ればいいじゃん? まだ五ヶ月あるんだし」
 治雪は、笑いながら先ほどの孝子の言葉を使った。
 すると、孝子は儚い笑みを見せただけだった。
(!)
 どきりとした。こんな反応をするとは思わなかった。
 不安定で隙だらけの孝子は、今までになく美しく見えた。
 自然と視線が、真っ直ぐで細い黒髪や、長い睫、柔らかそうな唇や白い首筋をたどる。
 なんだか自分がとてもいやらしい人間のような気がしてきて、目をそらそうとするのだが、目が言うことをきいてくれない。
 どうして今まで気付かなかったのだろう。孝子は綺麗だ。
「ま、とにかくお互い頑張りましょうね」
 なんとか笑顔をとりもどし、誤魔化すように言って、孝子は教室を出て行った。あの日と同じシャンプーの香りが鼻をかすめていった。
(俺もしかして……)
 治雪は自分の想いを自覚した。


            「治雪の場合」2に続く


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     「治雪の場合」2


 十月も半ばに入った。
 朝は冷え込むようになってきた。晴れた空が随分高く見える。秋だ。
 が、空気までも張り詰めているように感じるのは寒さだけのせいではないだろう。受験を意識し始めたためか、三年生の表情には余裕がなくなってきていた。朝早くから教室で勉強する生徒の姿も見られる。
 ――あ。
 香りに誘われるように、治雪の手は横を通り過ぎた女子の肩をたたいていた。
「おはよう、堀内さん」
 無意識の行動だった。
 孝子は治雪の言葉に振り向き、微笑んだ。
「おはよう、春日君」
 いつもの笑顔。
 だが、その顔色は優れない。
「どこか具合が悪いんじゃない、堀内さん? なんだか顔色がよくないけど」
「そう? 疲れているのかな? でも大丈夫よ。
それより、春日君、頑張ってるみたいね。ミニテストの成績が上がってきた奴がいるって、先生が褒めてたわよ。春日君のこと」
 純粋に嬉しかった。評価されるのは嬉しい。
「ああ、堀内さんに言われてから頑張ってるんだ」
「そう。私も負けないように頑張らなくちゃ」
 孝子はにっこり笑った。
 孝子は誰に対しても優しい。だからそれを勝手に誤解しちゃいけない。
 解ってはいても、笑う孝子を見て、嬉しいと思う自分がいた。
「あ、佐々木だ」
 腕時計に目をやって、また前を向いた佐々木も二人に気付いて手をあげた。小走りになって治雪の所へやってくる。
「おはよう、堀内さん。
よお、治雪」
 先ににっこりと笑って孝子に挨拶をするところが佐々木らしい。
「おはよう、佐々木君」
 治雪はなんとなく面白くない。そんな治雪の顔を見て、
「何だよ、その顔は」
 と佐々木が言ってくる。
「別に。よお、佐々木」
 孝子はそんな二人を見てくすくす笑っている。
「堀内さん」
 教室から翔が孝子に声をかけてきた。
「今日のホームルームさ」
 孝子は二人に一度微笑んでから、教室へ入っていった。治雪はその孝子の後ろ姿を見送る。佐々木はその治雪の横顔を見た。
「おいおい、翔には彼女がいるし」
「いや、そうじゃなくて」
 佐々木の言葉を治雪は途中で遮る。
「やっぱり顔色が悪いと思って……」
「そーいえばそうだったな」
「ここのところずっとだな」
「心配してるだけじゃ、何もしてないのと同じだぜ? 力になってやらなきゃ」
 治雪は佐々木の顔をまじまじと見た。
「たまにはお前もいいこと言うな! そうだよな! 友達なんだから」
 佐々木はそんな治雪の頭を「たまにはは余計だ」とぽかりと叩いた。



 その日六限目のホームルームは、資格と特技、長所の調査だった。
「お前ら、何でもいいからいいこと書けよー。書き終えたら各自自習。静かにな。
羽柴、堀内。俺は職員室に戻るから、後は頼むな。時間になったら終わっていい。調査書は集めて持ってきてくれ」
 担任の川瀬満は相変わらずいい加減である。
(資格、か)
 書道一級。段に入る前にやめてしまった。水泳五級。選手コースになってきつくなってやめた。他にも珠算、剣道……いろいろやったが、中途半端なところで全てやめている。
(俺って……)
 長所となるとますます思い浮かばない。孝子に言われた言葉を思い出す。素直? うーん、書くにはなんだか恥ずかしい。男子に対する褒め言葉ではない気もした。
「書き終えたら前に回してください」
 孝子がよく通る声で言っている。なんだかどうでもよくなって、そのまま前に回した。どうせ先生が適当に書いてくれるだろうし、大学側だってろくに見るわけじゃないだろう。
「堀内さん、俺、持って行くよ」
 書類を手に教室を出ようとした孝子に、翔が声をかけている。
「いいの。教室のほう、お願いね」
 孝子はいつものようににっこり笑って言った。が、その顔は朝よりさらに青い。額には。
(汗? きついんだ!)
 治雪は立ち上がった。
「治雪?」
 後ろの席の佐々木が不審そうに声をかけてくる。
「トイレ」
 短く答えて、急いで孝子の後を追った。孝子は階段を下りようとしていた。その孝子に、
「手伝うよ」
 と治雪は声をかけた。驚いて孝子が振り返る。
「春日君? 優しいのね。でも大丈夫だから教室に戻っていいわよ?」
 言いながら孝子は階段を下りる。
(どうしてこの人はこんなに無理をするんだろう)
 少し苛立ちを覚えながら、治雪は無言で孝子の手から書類の束をとって歩き出した。
「ありが……」
「え?」
 途中で途切れた孝子の声に、不審に思って、治雪は後ろを振り返った。
「?! 堀内さん!」



 突然倒れた孝子を保健室まで運ぶと、治雪は書類の束を満に渡して、孝子が倒れたことを報告した。
「で、どうなんだ? 様子は?」
 青ざめる満に、
「今は保健室のベッドで寝ています。疲労だろうと保健医の先生は言っていました」
 と早口に治雪は答えた。
「あの、俺、心配だからついててもいいでしょうか?」
 走り出したい気持ちを抑えて治雪がそう言うと、満は少し考えて、
「ああ、お願いする。
堀内は……まあ、いろいろあって大変なんだ。力になってやってくれ」
 と言った。
「はいっ」
 言うが早いか、治雪は職員室の戸を閉めて駆け出した。
 保健室の戸をガラリと勢いよく開けると、保健教員に睨まれた。治雪は「すみません」と頭を下げて、今度は静かに戸を閉めた。
「どう、ですか?」
「寝ているわ。相当疲れているみたいね。ゆっくり寝かせておいてあげなさい」
 治雪は、ちょっと躊躇った後、ベッドを仕切るカーテンを開けて中に入り、横に静かに座った。孝子は悪い夢を見ているのか、苦しげに寝返りをうっている。
 治雪は少し窓を開けた。そして、ポケットから皺くちゃのハンカチを引っ張り出して、孝子の額に浮かぶ汗を拭く。
 高い空にはうろこ雲が浮かんでいる。
 治雪はため息をついた。
 なんだろう、この気持ちは……。
 悔しいような、悲しいような気持ちをどうしていいかわからず、ただ、孝子の汗を拭くことだけを繰り返していると、孝子の唇が小さく震えた。
「……」
 目が覚めたのだろうか。いや、そうではないようだ。
「泣か……ない、で」
「え?」
「お母さ……」
 孝子の目は瞑られたままだ。しかし、その目から音もなく涙があふれ、頬を伝い、枕をぬらした。
「!」
 一瞬息が止まった。
 苦しさに胸を押さえながら、治雪はよろよろと立ち、仕切りのカーテンを閉めると先生の前の席まで何とか来て、どかりと腰をおろした。
「? 起きたの? 堀内さん」
「……いいえ」
 治雪は力なく答えた。なぜか目頭が熱くなって上を向いた。
(孝子は眠っているときさえ苦しんでいる。
解った。なぜ悔しかったか)
 孝子は悪意のない笑顔で境界を作っていたのだ。
 これ以上は入るな、と。ほうっておいて、と。
 孝子の心には、きっと誰もいない。もちろん治雪も例外ではない。
 いや、お母さん。うわ言でさえ呼んだ人。
 そして。
 治雪は進路指導室での孝子を思い出した。
 誰か、他に一人だけ……。
 自分はこんなにも力になりたいと思っているのに、孝子は必要としていない。一人で全部抱えて、苦しんでいることさえ見せようとしなかった。
(俺は……)
 治雪が拳を握ったときだった。
「う……ん」
 ベッドのほうから声がした。
 治雪が動けずにいると、先生は何も言わずに立って、治雪の頭を乱暴になでてから、ベッドを覗いた。
「気がついた? 堀内さん。あなた疲れて倒れたのよ」
「……すみません。迷惑をおかけして」
 まだぼんやりとした表情でベッドを片付け、孝子は先生に頭を下げた。そして、治雪の姿を認めて絶句した。
「……大丈夫?」
 治雪は無理矢理笑顔を作ってそう口にした。
「春日君が運んでくれたのよ。今も心配してここに残っていたの」
 先生の説明に、
「あ、ありがとう、春日君」
 と言って、孝子は複雑な笑みを浮かべた。
「俺、鞄とってくる。ここで待ってて」
 空気が薄くなっていくような、そんな感覚を覚え、治雪は逃げるように保健室を出た。
 廊下を歩く足取りは自然と重くなった。
 普通を装わなければならない。今まで通りに接すればいいのだ。別に悩むことではない。
 孝子の心の中に、自分の存在が無きに等しくても。力になりたいと思うのは変わらないし、現に孝子は苦しんでいるのだ。
(考えても仕方ない。堀内さんが待ってる。急ごう)
 治雪はもう暗くなった廊下を二つの鞄を持って走り出した。



 「送るよ。また、倒れちゃったりしたら、俺が怒られちゃう」
 それは、嫌だから、と言って孝子の鞄を手に取る。
「……じゃあ、お願いしようかな」
 孝子はにっこり笑った。治雪は複雑な気分になる。本当は嫌なんじゃと。
(馬鹿馬鹿しい。堀内さんに失礼だ)
 自己嫌悪に陥りながら歩く。足取りは重い。
「春日君? どうかしたの?」
 表情に出ていたのだろう、孝子が心配そうに声をかけてくる。
(病人に心配させて、何やってんだよ、俺)
「なんでもない」
 しばらく二人は無言で夜道を歩いた。
 十月に中旬になると夜は冷える。空には少し欠けた月が冷たい光を放っていた。
「あのさ、堀内さん」
 沈黙に耐えかねて、治雪は声をかけた。
「疲れているのに無理することないと思うんだ。余計なお世話かもしれないけど、堀内さんの周りには俺も含めていっぱい人がいるんだから、何か悩みがあるなら、そういう人たちに頼っていいと思うんだ」
「私、そんなに疲れてなんか……。誰にだって悩みはあるものだし」
 治雪の言葉に、孝子にしては珍しく逃げるような答えが返ってきた。治雪は足を止めた。
「倒れたのに?」
 治雪の真剣な目に、孝子はちょっと動揺をした。
「そんなに、真剣にならなくても」
 と言って、孝子は何か思い当たったように口をつぐんだ。
「……私、さっき夢を見ていたわ」
 独り言のように呟いて、その後、じっと治雪の目を見た。
「うなされていたような気がする。
……私何か言っていた?」
 今度は治雪が動揺する番だった。
 まずい。どう答えればいいのだろう。正直に答えていいのだろうか。
「言ったのね?」
 そんな治雪の心を見抜くような孝子の視線。それに促されるように。
「『泣かないで、お母さん』」
 治雪が答えると一瞬孝子の瞳が大きく揺れた。
「そう……」
 呟いて、孝子は治雪を置いて歩き出した。
 慌てて、治雪は孝子の隣に歩み寄る。心まで引き離されそうで怖かったのだ。 孝子はしばらく無言だった。しかし、やがて覚悟を決めたかのように大きなため息をついた。
「私の父は浮気をしているの」
 その言葉にどう反応していいかわからず、治雪は孝子の次の言葉を待った。
「私が中学に入った頃からよ。いいえ、もっと前からだったのかも。
でも、その頃は今よりはましだった。父は家に帰って来てたから。
今は……帰っても来ない」
 孝子は他人事のように淡々と話した。治雪は余計に胸が痛んだ。
「母は……。
ノイローゼ気味なの。毎日泣きながら父を待ってる。
父は毎月お金を振り込んでくれるから、生活に不自由はないの。母が欲しいのはそんなものじゃないのにね」
 ふふ、と孝子は寂しげに笑った。何もかも諦めたような笑いだった。
 それを治雪は悲しく思った。『諦めるの?』と言って、やる気を出させてくれた孝子。
 こんなのは、こんなのは。
「お母さんも気の毒だとは思うよ。でも、泣いているのは堀内さんも同じだよ!」
 思わず治雪は叫んでいた。孝子はそんな治雪をきっと睨んだ。その目は潤んでいた。
「同情はやめて!」
「同情? そうかもしれない。でも、ほっとけって言うの? 学校でも家でも頑張って、堀内さんはいつ休むんだよ? こんなに細い肩で全てを支えられるわけない!」
「他人に迷惑はかけられないわ!」
「迷惑なんかじゃないよ! 
……違うだろ? 堀内さん。堀内さんは完璧になろうとしているように見える。そんな人間なんてどこにもいないのに」
 孝子の足が止まる。
「違ったらごめん。でも……。
本当は怖いんじゃないの? 人に弱みを見せるのが。
それは……、それは、人を信用していないってことだよ!」
 治雪の言葉に孝子は言葉を詰まらせ黙った。
 治雪はぐしゃぐしゃと頭をかいた。
「ごめん、違うんだ。堀内さんを苦しめたいわけじゃなくて……。
ただ、悔しいんだ! こんなに力になりたいと思っているのにそれがうまく伝えられない!」
 孝子は気がそられたように治雪を見た。
「俺、堀内さんには感謝してるんだ。堀内さんのおかげで頑張ろうって気になれたんだ。なのに、俺は。
俺は、もっと堀内さんに頼って欲しいんだ!」
 涙声になっていた。
 恥ずかしい。これじゃ駄々をこねる子供だ。
「ごめん。俺ちょっと今日はもう一緒に帰れない」
 孝子に鞄を押し付けるように返すと、治雪は駆け出した。
 空には下弦の月。呆然として治雪を見送る孝子を照らしていた。



 次の日、治雪は朝早くから教室へきて勉強をしていた。昨夜は手につかなかったのだ。
 また、手が止まっているのに気付いて無理矢理問題集に目を移す。どこまでやったかわからなくなり、もう一度始めからやり直す。
(あれ?おかしいな。違う公式なのか?)
 同じところを何度も繰り返し解いているうちに、治雪はいつのまにか眠ってしまっていた。
「春日君」
 孝子の声だ。とうとう幻聴が聞こえるまでになったらしい。重症だ。堀内さん病。
「あー、堀内さんごめんねー。こいつ寝てるみたい。まったく何のために早くから来たんだか」
 うるせーな。佐々木はいらねーってーの。
「おい」
 頭に軽い痛みが走った。
 一気に目が覚めて、後ろの席の佐々木を振り返る。教室の人が随分増えていた。かなり寝ていたらしい。
 佐々木はあきれた顔で治雪を見て、前を指差した。
「はあ?」
 治雪は不機嫌に前に向き直ったが次の瞬間、自然と視線が下がった。
「堀、内さん……」
「おはよう、春日君。目は覚めてる?」
 孝子はくすりと笑って言った。いつもの孝子だ。
「覚めた、今。
おはようございます」
 孝子があまり気にしていないことにほっとする反面、自分はそれだけの存在なのだと言うことを再認識してがっかりしながら治雪は言った。
「なーに不機嫌な声出してんだよ」
「うるせーな、寝てたのにてめーが起こしたからだろ!」
 八つ当たりだとしか思えないが、不機嫌の矛先を佐々木に向けて言うと、なぜか、孝子が「ごめんなさい」と謝った。
「え?」
「昨日、あれから考えたの。春日君の言うこと、当たっているかもって。私、とても失礼なことをみんなにしていたんじゃないかって。
だから、一言春日君に言いたくて」
 治雪は驚く。
「ありがとう。それが言いたかっただけなの。ごめんね、起こしちゃって」
 孝子はそう言って、自分の席に戻っていった。
 満面の笑顔になった治雪に、
「単純」
 と佐々木が呟き、今度は治雪が佐々木の頭を叩いた。


         「治雪の場合」3に続く

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        「治雪の場合」3

 十一月になった。
 最近は女子と談笑する孝子の姿をよく目にする。以前は一歩引いて話しているように感じられたその図だが、今はそれが感じられない。
 一方治雪の孝子にとっての位置づけはというと、「いい友人」のようで、段々と様々なことを話してくれるようになった。
 放課後には苦手な数学を見てもらってもいる。
 しかし、異性として見られていない気がするのは気のせいだろうか。
「人間は満足することはないってーのは本当だな」
 思わず口に出した治雪に佐々木は笑って言う。
「とーぜんだろ。好きなら」
 全てお見通しのようだ。
「そういえば、お前、さっき満ちゃんにプリント取りに来るように言われてなかったか?」
 授業終了時、丁度目が合ってしまい、満に頼まれたのを治雪は思い出した。
「そういうことは、早く言え。行って来る」



 小柄で「可愛らしい」という表現がぴったり合うあの娘が見える。
「ほら、えっと、りこちゃんだっけ?手をふってるわよ」
 自分の心に広がっていく暗い気持ちを隠して、孝子は笑顔を作りそう言った。
「あ、本当だ」
 笑顔になって、手を振り返す翔。孝子はそんな翔から目をそらす。
「可愛らしい人ね」
 自分でも驚くほど低い声が口から漏れた。
「だろ?」
 嬉しげに翔が頷く。孝子の声の調子にすら気付かずに。
 梨呼を見る孝子の目に暗い炎が宿る。
 自分が翔を好きなように、翔にも好きな誰かがいることは当然のことだ。
 私の気持ちは迷惑をかけてしまうだけ。
 だけど。
 自分の醜い心に孝子は苛立った。
「そーいえばさ、最近、堀内さん春日と仲いいみたいだな」
 突然出された名に孝子は驚く。
「春日君?」
 自分と治雪はそんな風に見えていたのか。
 ……治雪が嫌とかそういうのではない。
 ただ……。



 思っていたよりも随分量の多かったプリントを抱えて、足元に注意しながら治雪は階段を上っていた。
「春日、最近頑張ってるじゃないか。今後、特に冬休みも気を抜くんじゃないぞ」
と、プリントを渡す際に満にそう言われて、乱暴に頭をなでられたのを思い出す。
 治雪の口元に笑みが広がった。
 自分の努力を認められると、自分自身を認められたような気がして嬉しい。
 頑張ろう、心で呟いて階段を上りきり、廊下への角を曲がろうとしたときだった。

「春日君?」

 突然聞こえてきた自分の名に治雪は足を止めて辺りを見回す。
 治雪の耳はざわめきの中で孝子の声だけを確実に拾っていた。
 少ししてくすくすと笑う声がした。
 間違いない。孝子の声だ。
 治雪は壁から少し顔を出して廊下の方を盗み見た。
 やはり孝子がいた。翔と一緒だ。
 治雪は首を引っ込めて壁にぴたりと背をつけるようにして隠れた。なぜか、今、出て行ってはいけないような気がしたのだ。
「春日君とはいい友達同士よ」
 はっきりと言った孝子の言葉に、治雪は歪んだ笑みを浮かべた。
「ふーん」
 笑ってるだろう翔の顔が容易に想像できる。
「からかわないで」
 明らかにむっとしたように孝子が言っているのが聞こえた。
「いや、いいんじゃない? やっぱり、いくら男子より何でもできる堀内さんも女だもんな」
「いい加減にして! どうしてっ」
 そう言い返す孝子の声に違和感を覚えた。
 こんな声をしていただろうか。自分の前ではこんな声は……。
「どうして羽柴君は!」
 孝子はそこまで言って言葉を呑んだ。
 自分の心臓がうるさい。沈黙が自分のことのように重い。
 治雪は少し顔を覗かせてまたすぐ引っ込めた。
 予想通り孝子は熱っぽい女の目をしていた。そういえば、進路指導室で孝子が目で追っていたのも翔だったではないか。
 孝子のあの目が脳裏にちらつく。
 胸が苦しくなった。でも、きっと孝子はもっと苦しい。
「怒鳴ってごめんなさい。とにかく、そんなんじゃないのよ? 
ほら、りこちゃんが不安そうにこっちを見てる。行ってあげたら?」
 いつもの孝子の声がした。
 きっと笑っているんだろう。
「え? ああ、悪い。ふざけすぎたな。じゃ」
 鈍感な翔が走っていく音がする。
 治雪は困ってしまった。腕時計に目をやると、後五分で五限目が始まる時間になっていた。
 治雪は大きく息を吸った。

「ふう」

 息を切らしたように肩を上下させて、治雪は足を踏み出す。
 案の定驚いたように孝子が振り返った。
「おっ、堀内さんじゃん。いいところにいた」
 少し持たない? という目で孝子を見る。
 孝子はふっと笑うと半分ほど取って、治雪の隣に並んだ。
 孝子の探るような目を感じる。
 治雪は、自分は何も聞いていないと自分に言い聞かせる。ほぼ、自己暗示だ。
「何? どーかした?」
 とても自然に言葉が出た。
「え? ああ、さっき羽柴君に言われたのよ。最近春日君と仲がいいって。そんな風に見えるのかしらね? 春日君に失礼よね」
「なんで?」
 瞬時に言葉を出してしまった。
「え?」
 驚いたように孝子が治雪の目を見つめる。
「だって、実際そーじゃん? マブダチ!」
 苦しいと言ったら嘘になる。でも、自分をも騙すように元気に言った。
 孝子は一瞬目を大きくして、次の瞬間ちょっと自嘲的な笑みを浮かべた。
「そっか、そうだよね。
春日君は凄いな。誤解されたくない特別な人もいるでしょうに」
「え? ああ……」
 治雪は寂しげに微笑んだ。
「好きな人がいるみたいだから」
「そう……。こればかりは自分が好きなだけではどうしようもないものね。
うまくいってる人もいるみたいだけど、それって奇跡みたいなもんよねえ。自分が想っている人が自分を想っている。どんな気持ちなのかしら」
 治雪にというより独り言のように孝子は言った。
 教室が近づく。
「でもさ、気持ちってそう簡単に変えられるものじゃないじゃん? 
俺さ、想うだけなら構わないと思うんだ。迷惑かけるわけでもないし。そのうち時が解決するだろうから、それまでの間ぐらいはさ」
 治雪がそういうと、孝子は足を止めて、治雪を凝視した。
「じゃあ、春日君は諦めないの?」
 治雪は瞬時に孝子の心を読み取った。この人は翔と梨呼のために自分の気持ちを消してしまおうとしていたのだろう。
 治雪はふっと微笑んだ。
「とても諦められないよ」
 孝子もそんな治雪に笑顔になった。
「そうね、自分に嘘をつくのは難しい。
――ふふ、本当に好きなのね、その人のこと。」
「え? う、うん……」
 本人を目の前にして頷くのはさすがに恥ずかしく、治雪は孝子から少し目をそらして小さく頷いた。耳が熱い。
「あ、そうだ、堀内さんこそ誤解されたらまずいんじゃない? もうすぐだし、プリントかして。俺が先に入るからさ」
 治雪が話題を変えようと早口で言って、孝子に持っていてもらったプリントをもらおうとすると、孝子はひょいとその手をよけた。そして一言。
「実際マブダチだもの」
 治雪と孝子はお互い顔を見合わせて笑った。


         「治雪の場合」4に続く

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     「治雪の場合」4


 頬杖をつき、治雪は指でシャーペンをくるくると回していた。
 今は放課後。孝子に数学を教えてもらっているときだ。
(――また、だ)
 孝子の顔から笑みが消え、目が現実を離れるとき、治雪は意識的に孝子から目をそむけるようにしている。
 一見無表情にも見える、その顔。
 だが、治雪は思う。これが大人びた仮面が剥がれた、恐らく本来の孝子の顔なのだ。瞳だけが何かに憑かれたように切ない熱を帯びる孝子は本当に美しい。
 しかし。

 苦しい。

 孝子は翔を見つめるとき、同時に叶わぬ自分の恋を再認識してしまうのだろう。その孝子の心を思うと、治雪は胸が痛む。
 苦しい恋ならやめてしまいなよ、と思わず言ってしまいそうになるから、治雪は目をそらす。
 見てられない。
 本当に?
 それだけじゃない。
 見ていたくないのだ。
 孝子の心が翔にあるのを再認識して苦しいのは自分。
 孝子の力になれればそれでいいと思っていたはずなのに。
 ひどく喉が渇く。
 今も数学の説明は止まったままだ。 
 口がゆっくりと開いて、かすれた音が出る。
 孝子は気付かない。
 人のいない赤い教室。かすかに開いた戸から見える、談笑する翔と梨呼。もう限界だ。
「やめちゃいなよ」
 先ほどとは違って、言葉が声になった。
「え?」
 孝子が、今気がついたように治雪を見る。その瞳が揺れた。
「春日、君……?」
 目が求めている。きっと自分は今、先ほどの孝子と同じ目をしているのだろう。
 駄目だ。孝子の負担が増えるだけ。解っている。
 でも。
「苦しいよ。そんな顔している堀内さん、見たくないんだ……」
 また、声がかすれた。
 孝子の目が大きく開かれる。声を出したいのに、口が開かないと言う感じだ。逆に治雪の口は止まらない。
「俺じゃ、駄目、なの?」
「え?」
「好きなんだ、堀内さんが」
「……」
 孝子は声が出せない。
 治雪にとっては長い長い一瞬。
「……私、だった、の?」
 信じられない、といった顔で孝子はそう一言言った。
 沈黙は肯定。
 珍しく困惑した顔をして、孝子は髪を耳にかけた。落ちて頬にかかった髪をさらにかける。
 視線が自然と下がり、孝子の心のようにその黒目が揺れていた。
「……じゃあ、春日君にも、つらい思いを、させていたのね……」
 つらそうに孝子はそう言った。
 そして、ちょっとの間、考え込んでいた。
「そうね」
 その孝子の口から独り言のように言葉が漏れた。
「春日君となら、うまくやっていけるかもしれないわね」
「え?」
 治雪は眩暈を覚えた。
 これはどうなっているのだろう。
「つきあいましょうか、私たち」
 今度は決意を秘めたようにしっかりと治雪の目を見て孝子は言った。
 治雪はその意味をやっと完全に理解して――。

 心が悲鳴をあげた。
 違う!
 こんなことを望んだわけではない。孝子はまた自分だけ我慢しようとしている。負担にだけはなりたくないと思っていたのに。
 では、なぜ言ったのか。結果は判っていたことではないのか?
 本当は解っている。
 自分の存在に気付いて欲しかった。少しでも心に置いて欲しかった。
 なんて幼稚な自分。なんて勝手な希望。
「違うんだ……」
 吐き出すように治雪は言った。
 孝子からは、その治雪の表情は影となって見えなかった。
「春日、君?」
 治雪は乾いた笑いを浮かべた。
「俺まで、苦しめちゃ、しょうがねーよ、なあ」
 そして一瞬だけ真顔になり、それをかき消すように孝子に微笑んでみせた。
 孝子は訳が解らない。
「堀内さん、自分の気持ちを偽るのは、よくないと思うんだ。
だから、俺も言ってしまったのかもしれないけど……。それ以上に、堀内さんに嘘をついてもらいたくないんだ」
「春日君……」
 孝子がまた、困ったような泣きそうな顔になった。
「俺は大丈夫だから。今のままでも十分幸せだから」
 半分は本当だった。
 好きな人と同じクラスで、友達にもなって、二人で勉強もできる。退屈だった学校がこんなにも楽しいものになるなんて、想像もできなかったことだ。
 ――こんなに苦しい思いをするなんてことも。
「本当に、大丈夫。だから、自分だけ我慢しなくていいから」
「でも、そしたら春日君が!」
 泣き出す前の子供のような孝子の顔。
 ガタンと椅子が倒れる音が静かな教室に響き渡った。
「春日、君?」
 治雪は何も言わずに孝子を抱く力を強めた。
「……ごめんね、堀内さん。堀内さんを苦しめようと思ったんじゃないんだ。俺は堀内さんのそばにいれればいいんだ。
――だから、これからもこれまでと同じように接してくれるかな?」
「え? ええ、もちろん」
 治雪は、孝子の返事に勢いよく孝子を自分から離すと、呆然とする孝子の前で勉強道具を急ぎ片付け、教室を出ようとした。
 そして、戸の前で一度立ち止まって、孝子を振り返った。
 治雪は、
「本当にごめん。また、明日ね、堀内さん」
 とだけいうと走って教室を後にした。
「春日君……」
 残された孝子は。
 戸の前での治雪の泣き笑いが、孝子の脳裏に焼きついている。孝子にとって、治雪は同学年でもどこか幼くて、正直で、可愛い弟のような存在で。そして何でも話せる友人で。
 まだ少し痛みの残る腕。
 自分と同じ、叶わぬ恋の痛みを思うと苦しい。
 でも。
「私、馬鹿なことを」
 孝子は腕をさすりながら、嘘で応えようとした自分を恥じた。
 一人の男性として気持ちをぶつけてきた治雪。
 それなのに。
「ごめんなさい」
 今はもう見えなくなった治雪に孝子は呟いた。


             「治雪の場合」5に続く

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    「治雪の場合」5


「それ、癖?」
 突然後ろから声をかけられ、孝子は自分が腕を無意識にさすっていたことに気付き、首をかしげる。木々はすっかり葉を落とし、重い曇り空が多くなった十一月だが、まだ寒さに凍えるほどではない。
「んー? そうかしら?」
「よくさすってるよ? 痛いの?」
 声の主、佐々木は無邪気な笑顔を浮かべて聞いてくる。
「痛いわけじゃ」
 その笑顔に孝子は自然と治雪を思い出した。 
 あの出来事の翌日、いつもと変わらず笑顔で声をかけてきた治雪。自分で思っていたよりも、ずっと緊張していた孝子は、そんな治雪に心底ほっとしたのを覚えている。
 それ以後も、治雪は変わらず、いい友人でいてくれている。
 週に何回かは放課後の教室で一緒に勉強をしたり、お互いに愚痴をこぼしては励ましあったりする日々が続いていて、ともすれば告白されたことなど夢だったかのような気さえする。
 ただ一つ、変わったことがある。孝子は母親のことを治雪に話すようになった。少しずつ。
 長年一人で抱えてきた母への思い。母の面倒を見るのが苦痛と言うわけではない。
 ただ。
「安心したよ。堀内さんもお母さんの前では子供でいたかったんだね」
 孝子のとぎれとぎれの思いを聞いて、治雪はそう笑った。
 図星だった。
 もっと自分を見てかまって欲しいという願いは、叶うものではないと孝子は解ってはいた。ただ、心の底ではそれを悲しむ自分がいたのだ。
 治雪は、孝子が同情を嫌うのを知っていて、そう言って笑ったのだ。
「……いい人よね。名前の通りだわ」
 思わずくすりと笑った孝子に、佐々木は怪訝そうな顔をした。
「堀内さん?」
「あ、ごめんなさい。痛いわけじゃないから大丈夫。
それより……春日君は?」
 治雪からのいつもの明るい挨拶を今日は聞いていない。そう、あの挨拶を聞かなかったから、なんとなく寂しく思っていたのだ。自分でも変な感じだ。
「あー、あいつ、風邪ひいたみたいよ?」
「え? 風邪?」



 「ここだよ」
 佐々木はブラウン系に統一してある家の前で立ち止まった。表札には「春日」
と書いてある。
「佐々木君は寄らないの?」
「俺がいないほうが、あいつも喜ぶと思う」
 佐々木は悪戯っぽい光を目に宿して笑った。
「わざわざありがとう、佐々木君」
 佐々木は返事の代わりに手を振って歩き出した。
 孝子は男子の家を訪ねるのは初めてだ。自分でも何で来ようと思ったか分からない。でも、とにかく。
 孝子は制服の襟を正すとチャイムを押した。



 案内された二階の治雪の部屋へ入ると、治雪は寝ていた。大分落ち着いたらしく安らかな寝息をたてている。
 しかし。なんと散らかった部屋なのだろう。
 孝子は窓を開けると、散乱していた教科書やその他もろもろを片付け始めた。男子の部屋って、みんなこうなんだろうか。片付けながら、孝子は新鮮な気分を味わっていた。



 寒い。それに妙な音がする。

「母さん、寒いよ。窓、勝手に開けんなよ」
 寝返りを打ち、毛布を上に引っ張り上げながら、治雪は面倒くさげに口を動かす。
 窓を閉める音とくすくすと言う声がした。
(誰? 堀内さんの声に似ている)
「起こしてしまったみたいね。ごめんなさい。でも換気をしようと思って……」
 聞きなれた落ち着いた声。
 !? 間違いない。
 治雪はガバリと身を起こした。
「堀内さん、どうして?!」
「風邪だって聞いて。林檎を買ってきたの。食べない?」
「あ、う、うん」
 辺りを見回すと、随分片付いている。自分の汚い部屋を、そして寝顔を見られたかと思うと恥ずかしくて、自然と顔が赤くなる。
「どうしたの? 大丈夫? 顔が赤いわ。私のことは気にしないで、ちゃんと毛布をかぶって」
「う、うん。ありがとう」
 しゃりしゃりと孝子が林檎の皮をむく、耳に心地よい音とともに、甘酸っぱい香りが部屋中に漂う。孝子は慣れた手つきで皮をむくと、治雪に差し出した。
「ありがとう」
 治雪はおずおずと手を出し、受け取った。なんとも不思議な感じだ。孝子が自分の家でわざわざ林檎までむいてくれるなんて。
 今後一生食べられないかもしれないと思うと、この一切れが貴重なものに思えてくる。
 なかなか食べようとしない治雪を見て、孝子は林檎をむく手を止めた。
「どうかしたの? 林檎が嫌いだとは聞かなかったけれど?」
「ち、違うんだ」
 治雪はますます赤くなって否定する。
「ただ、もったいなくて……」
 孝子は一瞬不思議そうな顔をして、次に笑い出した。治雪はうつむいて遠慮がちに林檎をかじっている。
 孝子は不思議な感動を覚えていた。
 自分の行動がこんなにも相手に影響を与えるなんて! この男子は、本当に自分のことが好きなのだ。
 なんだかくすぐったかった。
 孝子がいつまでも笑っているので、治雪はふてくされて、林檎一切れを食べ終えると毛布を頭までかぶってしまった。風邪のせいか、自宅のせいか、治雪はいつもにも増して子供っぽい。
「まだ、むいてるのに」
 孝子が言うと治雪は顔を出して、手を差し出した。むいた林檎をのせてやると、やはり大切そうに食べている。なんとも可愛い。
「まだ、食べれる?」
 孝子が聞くと、治雪はコクコクと頷いた。
 孝子が剥く林檎は味まで違う感じがする。食べられるときに食べておかなければ。
 林檎を一つ剥き終えると孝子は鞄からルーズリーフとプリントを取り出した。
「これ、今日の授業の分、はい」
「わざわざ持ってきてくれたの? ありがとう」
 見ると、孝子らしい癖のない、丁寧な字が並んでいる。孝子の優しさが嬉しかった。
「長居して、身体にさわると悪いし、そろそろ帰るわね」
 孝子がそう言って立ちあがると、ふわりとあのシャンプーの香りがした。
「っ」
「……何? どうしたの?」
 突然治雪に手を掴まれて、孝子は怪訝そうな顔をする。熱がまた上がってきたのか、治雪の手はひどく熱い。
 治雪は言われて、はっとしたように、とっさに掴んだ手を離す。
「あ、いや。わざわざ来てくれてありがとう。部屋まで片付けてくれて……。
気をつけて帰って。それから、帰ったらうがいをしなよ? うつるといけないから」
 孝子はその言葉ににっこり微笑んだ。そして、治雪の額に手を当てる。
「自分を心配しなさいよ。ほら、ちゃんと寝てないから、熱が上がってきたみたいよ」
 そう言って治雪をベッドに寝かして、毛布をかける。
「受験生なんだから早く治さないとね。
じゃあ、お大事に」
 孝子はドアを閉めるときにそう言って部屋を出て行った。孝子が階段を下りる音と、母親が何かを言う声が小さく聞こえてくる。治雪は自分の額に手を当てた。
 冷たくて気持ちよかった孝子の手。
 たまには風邪もいいかもな、なんて思いながら、治雪は目を閉じた。
 林檎の優しい香りと、孝子の髪の爽やかな香りに包まれ、治雪はほどなく眠りへ落ちていった。


 十二月に入り、寒さも身にしみるようになってきた。
 受験ムードも佳境に入りつつあるわけだが、そんなときに風邪をひいていた治雪は、孝子のお見舞いが効いたのか、二日後元気になって教室に戻ってきた。
「馬鹿でも風邪はひくんだな」
 佐々木に軽口を叩かれ、
「うるせーな」
と拳で応えつつも、治雪の表情は明るかった。
「佐々木、お前は馬鹿だから風邪ひかねーんだろ。お前もたまには風邪をひくんだな。いい思いができるかもしれないぞ?」
「ほー、そうか。いい思いができたんだな」
 にやにやと笑う佐々木に、何も後ろめたいことなどないのに、真っ赤になりながら、
「ばっ、馬鹿いうなよ! 何にもねーよ!」
 と怒鳴っていると、
「ふふ、元気そうな声。全快? 春日君」
 後ろから、最も聞きたい声が聞こえてきた。
「おかげさまで。堀内さんの林檎が効いたのかな?」
 笑顔で治雪が答えると、
「本当にそうなら嬉しいわ」
 と言って孝子はにっこり笑った。そして、こほんと咳き込んだ。
「堀内さん?」
 治雪はそれを見逃さなかった。心配して声をかける。
「大丈夫、ちょっと喉の調子がよくないだけだから」
 また、にっこり笑って席に戻っていく彼女を止めることはできなかった。
 しかし、その二日後、孝子は学校に来なかった。
(俺の、風邪だよな、多分)
 そう考えて、申し訳ない気持ちになっていると、
「誰かさんは、堀内さんの受験勉強を邪魔しちゃったみたいだな」
 と佐々木が追い討ちをかけてきた。
「だよなー、大事な時期なのに」
 佐々木の言葉にしょんぼりしながら、頷く治雪。
「ま、インフルエンザじゃないだけましさ。いーじゃんよ、これで、お見舞い返しができるぜ。いってらっしゃい」
「そうか! その手があったか! さんきゅ、佐々木」
 授業の終わりを告げるチャイムと同時に、治雪は職員室の満のところに向かい、孝子の家の住所を聞きだした。
「お前が見舞いに行ってくれるのは有難いな。実は、先日堀内の母親は入院してな。堀内もさすがに病気のときに一人はつらいだろう。
ただ……、分っているな? 俺はお前を信用している。変なことは考えるなよ?」
 満の言葉に、
「当たり前じゃないですか!!」
と、返し、治雪は必要になる可能性のものを全部薬局で調達すると、孝子の家へ走るようにして向かった。


                「治雪の場合」6に続く

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