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天音花香の小説をUPするブログです。個人サイトの小説はこちらに移しました。現在二時創作と短編を中心に書いています。
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天音花香
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性別:
女性
職業:
主婦
趣味:
いろいろ・・・
自己紹介:
小学生のときに、テレビの影響で、小説を書き始めました。高校の時に文芸部、新聞部で文芸活動をしました(主に、詩ですが)。一応文学部でです。ですが、大学時代、働いていた時期は小説を書く暇がなく、主婦になってから活動を再開。

好きな小説家は、小野 不由美先生、恩田陸先生、加納朋子先生、乙一先生、浅田次郎先生、雪乃 紗衣先生、冴木忍先生、深沢美潮先生、前田珠子先生、市川拓司先生他。
もう一つのブログでは香水についてレビューをしております。
http://yaplog.jp/inka_rose/
こんな私ですが、宜しくお願いします。





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こんにちは、天音です。


イーリスの夢の続きです。
この後続けて最後までアップします。

ココから小説


最初から読む
         
        イーリスの夢









 第三章

 

 ――イーリスは明るさに慣れていなかった。だから、地上に行く時間はたいてい決まっていた。この土地では「逢魔ヶ時」と言われている時間らしい。全てが青く染まる時間、イーリスは一人地上に足を運び、人目につかないように地上を堪能するのだった。変わった形の住居、食物らしき匂い、綺麗に手入れされた庭。どれもが珍しいものだった。なかでもイーリスが気に入っていたのは公園だった。誰もいなくなった公園に一人たたずむ。それは、傍から見たら寂しい光景であるかもしれない。でも、イーリスは楽しんでいた。ジャングルジムと呼ばれるものの頂上に上って、空を見上げる。地上の空には、月があって、天をうっすらと白く染める。そしてその傍らには控えめに光を放つ星たち。空の下には人工的な街灯。地上は夜でさえ下界よりずっと明るい。それは、イーリスにとって不思議な不思議な光景。下界と比べて少し悲しくなる。闇を闇たらしめない、白い月。それは言いようのないぐらい美しく、それだけでも持って帰れたらいいのになんてイーリスは思う。結局、住む世界が違うことを痛感して地上を後にする。それなのに、懲りずにイーリスは地上に行くのであった。

 そして、イーリスはその日も公園で一人、ブランコと呼ばれるものを揺らしていた。キイキイという音が寂しく響く。でも、こうして揺られているのは気持ちいいな、と思っていたときだった。
「誰かいるの?」
 突然かけられた声。
イーリスは驚きのため声も出せずにいた。ブランコが止まり、イーリスはその両の鎖を強く握りしめた。声の主はそんなイーリスの反応を無視して近づいてくる。その足がブランコの前で止まった。イーリスは視線を上げ、声の主の顔を見た。十歳くらいの子供だった。
「君、一人なの?」
 その子は優しい声で話しかけてきた。
イーリスは黙って頷いた。翼は背中にしまってある。でもとがった耳は隠せない。怖かった。なんて思われるのだろう。
イーリスはこの地上に住む者たちに好意を持っているから、嫌われるのは嫌だなと思った。
「じゃあ、一緒にあそぼ。僕、亮也。君の名前は?」
 亮也と名乗ったその子供はイーリスの容姿は気にしていないのか、気づいていないのか、無邪気にそう聞いてきた。
「……イーリス」
「イーリス君、そっかあ、外国人なんだね」
 亮也は勝手に納得すると、にっこーっと周りが明るくなるような笑顔を見せた。
驚きだった。イーリスはこんな表情を向けられたことがなかった。何だろう、この、心が温かくなるような不思議な気持ちは。
「僕のお母さんは働いているから、僕は一人なんだ。体に障るから家にいなさいって言われるけど、家は退屈なんだ。だから公園に来てみたんだよ。イーリス君がいてよかった!」
 亮也は体が弱いようだった。人間からは神族や魔族のような特別な力が感じられず、どことなく頼りなさを感じてはいたものの、亮也はその中でも特に生命力が弱い気がした。
「イーリス君はよくここにいるの?」
「う、うん」
「そっか、じゃ、ここにくれば会えるんだね。ここで、一人で遊んでるの? 寂しくない?」
「寂しい……?」
 考えたこともなかったことだった。イーリスは下界でもほとんど一人だった。大量に積まれた魔道書をいつも読まされていた。毎日はその繰り返しで、そんなものなんだろうとイーリスは思っていた。
寂しい……。
それは、感じたことがなかった。否、感じないようにしていた? 
本当はもっと父にかまって欲しかった。同じ年ぐらいの子供たちと遊んでみたかった。
 気がつくとイーリスは泣いていた。
「寂しかったんだね。でも、大丈夫。もう、僕がいるから。って、実は僕も寂しかったんだ。だからイーリス君に会えて嬉しい! ね、元気出して。
わあ、見てよ、イーリス君。今日は月がとても綺麗だよ」
 亮也に言われて、見上げた月は本当に綺麗で。今まで見た月の中でもっとも綺麗で。
イーリスは涙を止めることができなかった。自分はこんなにも孤独だったのだと、そのとき初めてイーリスは悟った。隣で月を一緒に見てくれる誰かがいることがこんなにも嬉しいなんて。声もなく、イーリスは泣き続けた。
 そのとき、ざあっと風が吹いて、白い小さなものが二人にふり注がれた。いや、白ではなくて、ほんのりと色付いた……。
「うわあっ」
 亮也はそう楽しげに声をあげた。
「凄いな。イーリス君は見るの、初めて? 桜だよ。ほら、この公園、たくさんの桜が植えられてるから」
 亮也の言葉に公園を見渡すと、月の光に照らされて、桜と呼ばれたその植物は、妖艶なまでに光を放っていた。それでいて、その花びらの色は淡く、儚く、夢のようで。イーリスは、隣にいる亮也の手をなぜか握った。そんなイーリスに亮也は笑いかけた。
「僕は桜、好きなんだけど、イーリス君は、気に入らなかった?」
 イーリスは頭をぶんぶんと横にふった。
大丈夫。亮也はここにいる。これは夢でない。そう思い直して、イーリスは桜をもう一度見た。桜は月にも劣らず、美しかった。
 その日、イーリスは亮也とまた会う約束をして下界へ戻った。満たされた気持ちだった。だが、このことは父には言わないほうがいいと直感的に思った。だからイーリスは父に内緒で亮也と会うことを続けた。今までになく、幸せな日々が続いた。イーリスにとって亮也は、暗い下界で抱けなかった、希望そのものだった。

 亮也は小学校のことや、自分の家族のことなどをよく話した。イーリスは聞いているだけで楽しかった。ただ、イーリスは自分のことで話せることがほとんどないことが悲しかった。亮也も無理には聞いてこなかった。亮也は本当に無邪気で素直で優しい、いい子だった。こんな子に会ったことなど今までなかったので、人間の子はみんなこうなのだろうかとイーリスは思った。
亮也の瞳には暗い炎など宿ることなく、いつも希望の光を灯していた――



 ……イーリスはぼんやりと目を覚ました。亮也の綺麗な瞳が残像として脳裏に残っている。(ああ、綺麗な目だ)
「……僕も夢なんて見るんだ……。
亮也……。君に出会えたことは、僕の人生で唯一の幸運だった。君にとってはそうだったかは分からないけれど」
 イーリスの頬を一筋の涙が伝った。
「きらきらしていた。本当に美しい日々だったよ。亮也、もう一度君に会えたら」
 イーリスは声もなく涙を流し続けた。




 「おはよう、神司。早いね」
 聖也はキッチンにいる神司を見つけて声をかけた。聖也の目はしっかり覚めているらしく、声は爽やかだ。
「ああ。朝飯作んねーといけねーからな」
 神司の答えに、聖也は、思い出したように頷き、
「そっか、何か手伝おうか?」
 と尋ねる。
「いや、こっちはいい。まだ起きてないの頼だけだから、奴を起こしてきてくれねーか?」
 アリサは、と問いかけようとして、隣にいる女性に聖也は思わず飛びのいた。
「あ、いらしたのですね、ははは。気配がなかったのでびっくりしたよ。驚かさないでくれ」
「別に驚かせようなんて思ってはいない」
 憮然とアリサ。それはそうだ、と聖也は反応に困った顔をし、それを見ていた神司は、可笑しそうに笑った。
「笑うなよー、神司。
僕、頼を起こしてくるよ」
 その場を逃げるように、聖也は再び二階への階段を上がっていった。そして、聖也は頼の寝ている部屋をノックした。
「頼? 起きてるかい?」
 返事がない。ただの屍のようだ、ではなくて。再び、さらに力を入れてドアを叩く。
「頼! 入るよ!」
 返事がやはりないので、少し不安を覚えながらドアを開けると、当の頼は、未だ夢の中だった。安堵と同時に、少し怒りを覚えて、聖也は頼の耳を引っ張り、
「朝、だよ! 頼!」
 と声を吹き込んだ。瞬間、何事か、とでも言うように、頼は上半身を起こし、耳を押さえながら、声の主を恨めしげに見た。耳の中で聖也の声がまだ反響しているような痛みを感じ、頼は顔をしかめている。が。昨夜のこともあり、少し、照れくさそうに頼は聖也を見た。
「目、覚めた? 起きてないの君だけだったんだよ?」
 そんな頼を可笑しそうに見ながら、聖也が言った。
「え? みんなもう起きてんの?」
「自分の家だから安心したのか? 顔を洗ってきなよ」
 くすくす笑いながら言う聖也に、
「おう」
 と頼は頭をかきながら答えた。この家で、こんなにぐっすり寝たのは何年ぶりだろう。昨夜、神司や聖也に話して、胸の中につっかえていたものが、軽くなったのを実感した頼だった。へへっと思わず笑った頼に、聖也は気味悪そうな顔をした。
「なんだよ、先に行ってるよ?」


 その日は晴れていた。
「空が眩しいね」
 聖也がポツリと呟いた。
「ああ。いつものようにな」
 三人は同じように空を見上げた。不思議だった。こうして空を見ると何も変わっていない気がする。
「だが、明らかに違う。
 気がついていたか? 消えているのは人間だけじゃないってこと」
「生命体? それで風の音しかしないんだね」
 神司の言葉に聖也が答えた。無音に程なく近い世界はやはり奇妙だった。
「急がないとな」
 頼が真面目に言い、それに神司と聖也が静かに、だが強く頷いた。アリサも同感というように頼を見ている。
 四人は出来るだけ早く剣を見つけようと、一番ありそうな神司の家に行くことにしたのだった。今はその道中である。
「もし、神司の家になかったら、どこを探す?」
 聖也が歩く時間さえも惜しむように言った。
「そうだな。中学校、小学校、幼稚園ってところか」
 神司が答えた。
「他に好きだった場所、もしくは好きな場所は?」
 頼が神司に訊く。
「そう、だな……。川原。幼いときは公園にも行ってたかな」
「じゃあ、そこを回っていけばいいんだね」
 聖也がまとめ、アリサも、
「反論はない」
 と答えた。

 神司の家は、二階建てのアパートの二階の右端だった。一Kで、お世辞にも広いとは言えなかった。頼は絶句している。
「な? 狭いだろ? ま、頼んちが広すぎるってのもあるけどな。
 うちはお袋の稼ぎと、俺のバイト代で暮らしてるからさ。
 とにかく入れよ」
神司に続いて三人は部屋に入った。それだけで六畳の部屋は窮屈になった。部屋には机と本棚があった。いつもここに神司と母は布団を二つしいて寝ていた。
小さなシンク。一つのガスコンロ。昔風のトイレと風呂、洗面所。
三人は悪いなと思いつつも、神司の家を見て回っていた。
「さて、何から探すかな」
 神司自身困ったように呟く。
「アリサが言うには、共鳴するんだよね? 手にとってみたら?」
 聖也が冷静な判断を下す。
「そうしてみるしかないな。
 まず、調理道具……」
「それは毎日使っていたんだろう? でも何も感じたことなかったんだよね? 省いていいんじゃないかな」
 聖也は驚くほど頭が冴えていた。
「そうか! じゃあ最近触ってないようなものがいいんだな!」
 頼がなるほどというように叫ぶ。
 神司は少し考えた。そして、ふすまを開けだした。そこから一つの大きなダンボール箱を引っ張り出す。
「よっと」
 神司はそのダンボール箱を一気にひっくり返した。バラバラと転がり落ちてきたのは、ブロックのおもちゃやら、ロボットやら、機関車の模型……と幼い頃に遊んでいたとうかがえるおもちゃだった。
「これらは最近触っていないからな」
「うっわー! 懐かしい! これ、ロゴじゃねーの?」
 頼が目を輝かせた。その顔に神司は苦笑する。
「よし、片っ端から触ってやる」
 神司は一つ一つ手にとっていく。神司が触った後、そのおもちゃを今度は頼が楽しげに手に取り、何だか言っている。
 神司は、その頼よりかは冷静であったが、それらで遊んでいた頃を思い出さずにはいられなかった。
 神司には兄弟がいなかったので、独りでこの部屋でそれらのおもちゃを手に遊んでいたのだ。
 神司は覚えていないが、母から、神司が生まれてすぐに離婚して、このアパートに住みだしたと聞いていた。幼い頃の神司にとって、この六畳の部屋は十分すぎるほど広かった。遊びながら見ていたのは、シンクの前で料理する母の後姿。神司は、時々確認でもするように見ていたのだ。まるで、父が神司を捨てたのを幼心ながら悟っていて、母までもがそうするんじゃないかと怯えるように。
(そう、ここから……)
 神司はおもちゃお手にシンクの方を見た。
 いつもシンクの上の透かし窓から夕日が入り込んでいて、母の後姿は黒く影になっていた。その後姿の母は振り返らない。
(振り返らない?)
「神司? 大丈夫かい? 何か感じたの?」
 神司の意識は、聖也の声で現実に戻された。
「い、いや……。今のところはまだ」
 結局は感じるものは何もなかった。
「少し休憩したほうがいーんじゃねーか? 神経使うのって疲れるだろ?」
 頼の提案に三人は頷いた。太陽もいつの間にか真上に来ている。
「お腹もすいたしな」
「結局作るのは俺じゃねーかよ」
 頼の言葉に神司は不機嫌な声になりながらも、冷蔵庫やシンクの下の扉を開けて見ている。
「んー、めぼしいものがねーな。
 そばとかでいいか?」
 結局三人でそばをすすることになった。アリサはそれを不思議そうに見ているだけだ。
 この部屋にこんなに人がいるのは初めてではないだろうか。
 神司はどちらかというと一匹狼派であった。
 不思議だった。一昨日まで確かに存在していた母の気配がないことが。そして、まったく知らなかった、この四人のメンバーで行動していることが。
 それはここだけが切り取られたような異世界。神司は思った。天界も下界も存在していてもおかしくはないと。
 ふとアリサの方を見ると、目があった。アリサの瞳は明るい空色だ。そして、輝くような金髪と白き翼を持っている。天界の存在を証明する者。
(!)
 突然神司はアリサの瞳から目がそらせなくなった。瞳の中に落ちていくような奇妙な感覚。
(ア、アリサ……?)
 その瞬間だった。パチンと目前がはじけるような感覚に、神司は我に返った。
「どうしたの、神司?」
 聖也が神司の目をしっかり見つめて訊いてきた。
「い、いや、なんでも」
(今日はおかしい。
昨日もおかしかったか)
「なんか、俺、神司の感じ、分かるわ。なーんか妙な空気だよな。このままこんな状態が続いたら気が変になりそ」
 頼が内容にそぐわない、明るい声で言った。アリサはどこか落ち着きなく視線を泳がせ、聖也は、
「そう、だね」
 と小さく頷いた。

 午後、神司は机の中や、本棚をあさり始めた。
 神司は読書家であるようで、本棚は様々な本でぎっしりとつまっていた。
 神司は本を触るのではなく、何か挟まっていないかを確かめているようだった。聖也他二名はそれを見守るしかなかった。が、そのとき、あっと聖也が声を上げた。
「神司。うっかりしていたんだけど、僕が思うに、この世で買えるものは剣ではないんじゃないかな?」
「ああ、俺もそう思って、今はしおりのようなものとか、変わった形のものを探してるんだ。そうだろ?」
 聖也の言葉に神司は頷き、確認するようにアリサを見た。アリサは困った顔をした。
「私にはこの世にある形をしているかどうかまでは分からない。だが、小さいものだとは言える。母体に入るぐらいの」
「ふう、気が遠くなるような作業だな」
 アリサの返答に神司は天井を仰いだ。そして、時間だけが過ぎ、収穫はなしで終わった。
 ただ。
(夕陽とお袋……)
 神司の頭にそれだけがもう一度よぎった。その場面が、母を除いて現実になるとき、四人は神司の家を後にした。


 「どうする? 他にどこか寄るか?」
 頼が神司に問う。その目は疲れている神司を気遣う目だ。もうやめるか? とでも言うように。
「ここから近く……」
 神司は少し考える仕草をして、
「――公園に寄っていくか。
 確か歩いてすぐのところにあったはずだ。――幼いときに遊んでいた公園だ。
 ……亮也と」

公園はあの頃と少しも変わっていなかった。
入って右に、高さがまちまちのブランコが二つ。その隣にシーソー。ギーガッタンと音がする古いものだ。その隣は鉄棒。その前に砂場があって、そこから少し離れたところにジャングルジム。横に滑り台があった。何の変哲もない公園だ。だが、桜の木が遊具を囲むように植えてあって、花の開く時期には、かすかにピンクに色付いた花びらが風に舞って、霞がかかったようになり綺麗だった。
亮也はその桜が好きだった。
神司は一つ一つの遊具に何とはなしに触れていった。どの遊具にも亮也との思い出が宿っていて、神司の目からは自然と涙が溢れた。そんな神司を三人は公園の入り口で、ただ見ていた。
「……ここにもないよ」
(あるのは亮也との思い出だけだ。剣なんて物騒なものはない)
 四人は頼の家へ無言で戻った。
 それでも神司はしっかり夕食を作った。
「大変な作業だよな……」
 頼が呟いた。その箸は昨日より進んでいない。
「そうだね。僕らは神司を見ていることしかできないのがつらいよ。何かできたらいいのに」
 聖也も小さく言った。
「可哀想だが仕方あるまい。それが選ばれし者の定めだ」
 アリサも珍しく感傷的な声を出した。
「そうなんだよ、な。仕方ないさ。これが俺の役目なんだから」
 神司は明るく言ってみせたものの、その顔には疲労の色が濃く出ていた。
 何日続くか分からないこの作業。
 神司の心身が壊れなければいい、と三人は心で願った。 



 ……
 「ふう、どうして僕は眠りが浅いんだろうね」
 一人、呟いて、とりあえず聖也は階段を静かに下りた。ふとリビングの方を見ると、窓を開けて、そこに腰かけ、月をぼんやりと見ているアリサの後姿が目に入った。
「アリサ?」
 聖也の声に、アリサが無愛想に振り返った。
「月を見ているの?」
「ああ。なかなか綺麗なものだな」
「隣いいかな?」
 聖也は断って、アリサの隣に座る。そして同じように月を眺めた。今夜は満月から少し欠けた月だ。月は近くの雲までもを明るく照らしていた。聖也は一瞬既視感に襲われ、頭を振った。
「どうした?」
「いや、月に酔ったみたいだ。本当に綺麗だね」
 二人はしばらく無言で座っていた。それは何の違和感も生まず、むしろ自然でさえあった。
 だが、あえてその沈黙を破ったのは聖也だった。
「アリサは毎晩こうやって起きているのかい?」
「ああ」
「一日が長いと感じたことは?」
「わからないな」
「そう……」
 聖也は目を伏せた。そして、そのまま尋ねた。
「アリサ。君は毎日、一人のとき何を思うの?」
 アリサはしばらく黙っていた。そして、遠くを見つめて言った。
「……。天界にいたときは、両親を思った。会いたいといつも思っていた。会えるのは決まった日だけだったから。なぜ自分だけが特別な任務を担ったのか。そればかりを考えた。普通になりたかった」
 聖也は地面を見つめたまま、
「……特別って、つらいんだね」
 と返した。すると、アリサは悲しげに目を閉じた。
「天界にいたときはまだよかった。
私はあの日を忘れないだろう。たくさんの仲間たちが無惨に殺されていった。あの日から、こうやって目を閉じても、あの光景が脳裏から離れない。私は特別で、地上に派遣された。私は助かった。そのことが私を責める。
結局思うことは同じだ。なぜ、私だけ?」
 聖也は返す言葉が見つからなかった。いつも無感情なアリサの声に、珍しく感情が伴っているのが、いかにアリサが苦しんでいるかを明白にさせた。
「なのに、私は、役割を果たせずにいる。これでは死んだ仲間たちがうかばれない。私は何のためにここにいるのだ? 果たせないのなら、私は何のために生まれたのだ? 役割を背負ったのだ? 分からなくなる」
 アリサは助けを求めるように、月を仰いだ。その端正な横顔が月光で浮かび上がる。アリサは泣いていた。本人は気付いていないようだったが。聖也はそのアリサを見つめ、言った。
「役割は確かに果たすためにあるかもしれない。でも結果は誰にも分からない。結果も大事だけれど、背負った役割を果たそうとすることが大事なんじゃないかな。もし、仮に、役割を果たせなかったとしても、君の仲間は君を責めたりなんかしないよ。ある意味、死んだ方が楽だったかもしれない。君は、仲間が殺される光景を、毎日毎日思いながら、役割を果たそうと躍起にならなくてはならないのだから」
 それは誰より苦しいはずだ。
「役割の重さは、一人ひとり違うけれど、背負っているのは皆同じ。苦しさは違うかもしれないけれど、皆、きっと感じているものだよね。
あ、勘違いしないで。君の役割は他の人より重いと思うよ。客観的に見ても。でも、果たそうと頑張ってるのはみんな同じ。……僕も、いろいろ思うところはある。でも、これが自分の役割なのだから仕方ないし、やるしかないんだと思っているよ」
 まるで自分に言い聞かせるように、聖也は言った。そんな聖也をアリサは見た。
「聖也は、今まで、何かあったのか?」
 漠然とした質問に、聖也は苦笑した。
「そりゃあ、何年か生きていれば、いろいろ経験することもあるでしょう。でも、それはみんな同じ。みんな、同じ。そう思わなくては、時々闇に飲まれそうな気がするんだ。
アリサ。君に会って僕の運命は大きく変わった。よかったのか悪かったのか、結果はまだ分からないけれど」
 アリサは聖也の目に、複雑な光が宿っているのを見た。
「……聖也?」
「ま、あんまり考えすぎると禿げちゃうかも。アリサはずっと起きているのに、ずっと考えてちゃ疲れるだけだよ? アリサも眠ることを覚えればいいのに」
「禿げる? 眠る?」
「ま、禿げるは冗談として、眠る。うーんと、横になって目を瞑って、何も考えない」
 無理かな、と苦笑しながら聖也。
「考慮する」
 生真面目に答えたアリサに、聖也は微笑むと、
「おやすみ」
 と言って、階段を上っていった。
(僕は……。いや、もう考えまい)





第四章



――「今日は花火を持ってきたんだよ」
 言って亮也はさまざまな色をした棒が入った袋を持ってきた。
「はい。こうやって持って。いい? 火をつけるよ?」
 亮也が火をつけた瞬間だった。光、光、光。赤や、青や、緑の光のシャワーだった。こんな量の光を目にしたことなどなかった。
「わあ……」
 イーリスはその光の洪水に魅入った。終わったときはもの悲しく感じた。だから、また違う花火をした。イーリスは憑かれたように花火をすることを繰り返した。
「僕はね、この線香花火が好きなんだ」
 そういって渡された花火はやわらかく、細いものだった。火をつけてみると、ぱちぱちと控えめな音をたてて、光の模様が先端の玉から出された。それは儚く、でも綺麗で、亮也を連想させた。
「落とさないようにするのが難しいんだ。玉が落ちちゃたら終わっちゃうから」
 イーリスは一生懸命落とさないように頑張った。
静かに線香花火を見つめる亮也の命が、少しでも永らえるように、そんなことを考えていた。イーリスには判っていた。亮也は長生きできない。命の気配が小さすぎる。
「あ、落ちちゃった」
 できるだけ長く亮也といたい。イーリスは思っていた。自分の力が役に立てないものかと思った。しかし、自分の読んでいる魔道書には延命の呪文は載っていなかった。
「僕はね、命は短くても長くても、価値は同じだと思うんだ。与えられた時間をどれだけ輝かせるかだと思うんだよ。僕は線香花火のように地味でもいいから、静かで、でも綺麗な光を灯したいんだ」
 亮也は次の線香花火をしながら、そう言った。
亮也は聡い子供だった。だから、亮也は自分の命が長くはないことを悟っているようだった。それはイーリスをひどく悲しくさせた。
「亮也、僕の前から消えたりしないで」
「ふふっ、何を言い出すの、イーリス。僕はずっと君と一緒だよ」
 そう言って亮也はいつもの笑顔を見せた。イーリスは決心した。亮也に秘密を明かそうと。そして、自分のできることで、亮也を喜ばせようと。
「僕が人間じゃないといっても?」
 亮也はイーリスを見た。その目は優しかった。
「最初から判っていたよ。なんとなく、僕らは違うって」
「怖くないの?」
「怖くないよ。イーリスはイーリスだから」
 亮也は初めて会ったときと同じ笑顔を見せた。その言葉に、イーリスは最初に出会った日のように涙をこぼした。それは嬉しさからの涙だった。



「凄いや、イーリス!」
 自分が人間ではないことを明かしてから、イーリスは自分が学んだ魔道を亮也の前で見せるようになった。それは、手から炎を出して見せることだったり、物を宙に浮かせて回したりするような単純なものだったが、亮也は毎回楽しげにそれを見つめていた。それがイーリスには嬉しかった。
「ねえ、イーリス。小学校で仲のいい友達ができたんだ。神司って言うんだ。今度、神司もつれてきてもいいかな?」
 亮也の友達だ。悪い人ではないに違いない。イーリスはそう思って、
「いいよ。一緒に遊ぼう」
 と返事をした。
「よかったあ」
 亮也はそういってにっこり笑った後、苦しげに胸を押さえた。
「亮也?!」
「大丈夫。いつものことだから」
 最近わかってきたことだが、亮也は心臓が悪いようだ。時々こうして胸を押さえる。その度にイーリスは不安になった。
「亮也、今日習ったとっておきの呪文を見せてあげるよ。ほら」
 そんな亮也を元気付けたいという一身から、イーリスは習いたての呪文を唱えた。その瞬間イーリスの手には無が宿った。
「どう?」
 いつもの歓声が聞こえないのを不審に思いながら亮也の方を振り返ると。亮也は倒れていた。
「り、亮也?」
 あわてて亮也の肩を揺さぶったが、亮也は何も反応しなかった。亮也の目は開くことはなく、そして、体は段々冷たくなっていった。
(え?)
「亮也! 目を開けて! 亮也ー!」
 イーリスは何が起こったか、理解できなかった。ただ、亮也はもう二度と動かないのだということはわかった。そう、亮也は死んだのだ。
(なぜ? なぜ?)
 頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚。胸を引き裂かれるような痛み。もう、二度とあの笑顔を見られないと言う喪失感。
「亮也!! 嫌だよ! 置いていかないで、亮也!」
 イーリスの悲痛な叫び声が公園にこだまする。
亮也は動かない。

 その日、下界に戻っても、イーリスは亮也の死にただ呆然とするだけで、何もする気が起こらなかった。
なぜ亮也は死んでしまったのか。まだ、命の灯火は微かだが燃えていたのに。
「イーリス、最近地上に生き過ぎじゃぞ。地上は天界に管理されているゆえ、控えなさい」
 父の声が遠く聞こえる。
「イーリス? どうした、顔色が悪いぞ?」
「父上、人間が死んでしまったのです」
 イーリスは虚ろに答えた。
「は、何を悲しんでおる。所詮人間ではないか。そなたが殺したのか?」
(殺す……?)
「そんな! 僕は、今日覚えた無の呪文を使って見せただけです。その子を喜ばせようと」
「ふむ、無は人間には強すぎるゆえ、死んでしまっても仕方がなかろう。しかし、幼くしてもう人を殺すとは、将来が楽しみじゃな」
 父は嬉しげに笑いながら去っていった。残されたイーリスは。
(僕の呪文のせいなの?)
 イーリスは衝撃的な事実に気が狂いそうになった。自分が亮也を殺した? 殺した。
 亮也を、こ、ろ、し、た……。
(亮也! 僕はなんてことを!)
 吐き気がこみ上げてきた。自分が、生きている命を奪って、あの肉塊にしたのだ。自分にとって最も大切な親友、亮也の命を……! 
眩暈と頭痛。認めたくない事実。魔道を軽視してしまった後悔。でも、いくら後悔しても亮也の命は戻らない。自分が殺した。あの、無垢で優しくて素直で誰より特別な亮也を。時間が戻せるなら今すぐにでも戻したい。でもそれはできないことだ。自分に会わなければもう少し長生きできただろうに。
自分がいなかったら……!
(亮也! 亮也! ああ!)
 思い出すのは血の気のなくなった亮也の顔。もう、二度とあの笑顔は見られない。亮也のいない世界に何の意味があるのだろう。亮也を殺した自分がぬくぬくと生きていくというのか。
(亮也……。ごめんなさい、亮也……)
 イーリスはとうとう意識を手放した。

 亮也が死んだというのに、世界は回っている。
翌日、目を覚ましてしまった自分にイーリスは嫌気がさした。
(亮也を殺したのに僕は生きている。なぜ? こんなこと、あっていいはずない)
 イーリスは無の呪文を何度も自分に向かってぶつけた。しかし、自分は死ななかった。ナイフで手首を切ったこともあった。だが、すぐに発見され、しまいには自殺できないように監禁された。
実際には大きな部屋と魔道書を与えられ、出られなくされたというだけで、前とほとんど変わらなかったのだが。
とにかく、危険なものは排除されたというわけだ。
「イーリス、そなたがなぜ死のうとしてるかは判らぬが、我ら魔族は、光の呪文や、光が宿った武器でしか傷つかぬ。天命をまっとうするまで、死ねぬということだ。諦めよ」
 父がドア越しに言った言葉で、イーリスは奈落の底に落とされた。
(僕は死ねないの?
 亮也が死んだ今、生きている価値などないのに。絶望しかないのに!
 ああ、死んで亮也に会いたい。
 これは亮也を殺した罰なのかな。何の希望もなく生きることで、その罪をあがなえとでもいうのかな)
 イーリスは生きながらも死んでいた。
(僕の命を亮也にあげられたらよかったのに)
 しかし、全ては過ぎたことであって、どうしようもないことだ。
(わかってる。もう、過ぎたことなんだ。僕が殺してしまったんだ。亮也は生き返らない! ごめん、ごめんね、亮也!)
 イーリスは泣き暮らし続けた。





 ……イーリスは深い底から急に引っ張りあげられるように目を覚ました。額にも背中にも、ぐっしょり汗をかいていた。
「また夢……か。亮也……。僕が殺してしまった小さい子供……。ごめんね。本当にごめんね。謝っても謝り足りないけど、本当は僕は君に長生きしてもらいたいと思っていたんだよ。それがあんなことになるなんて。
運命は皮肉だね。あの時、君が会わせようとしていた子供、神司が、地上の選ばれしものなんだよ。亮也、君は僕を恨んでるの?」
 そんなわけないか、とイーリスは苦笑する。亮也は人を恨むような子ではなかった。それは誰よりもイーリスが知っていることだ。
「でも、本当に運命はよくできているよ。もうすぐ君のところに行くことになるよ。計画通り運べばだけど。僕は君に早く会いたいよ。
君は僕を許してくれるかな」
 ふう、とため息をつく。
「寝よう。明日も早いから。お休み、亮也」





 三日目は雨だった。
 こうして、雨と晴れを繰り返して春になる。
 その日の雨は少し冷たい小雨だった。
 頼の家から傘を借りて、四人は神司の母校、西中に向かっていた。
 アリサは雨が珍しいのか、傘が珍しいのか(そのどちらもであろう)、傘をくるくると回してみたり、傘を下げて雨の降ってくる空を仰いだりしていた。まるで子供のようだな、と内心、三人は笑っていた。
「しっかし、世間は狭いんだなー! 神司が俺と同じ中学だったなんてさ。もしかしたら、すれ違ったこともあったかもしんねーんだぜ? でも、今回のことがなかったら、お互い知らないままだったんだ。すげー不思議」
 頼もアリサを真似るように、傘を回しながら、相変わらずの大きな声で言っている。
「会わなかったほうがよかったかもな」
 神司が真顔で冗談を言うと、頼は、
「なにいー」
 と神司の傘に自分の傘をぶつけてきた。
「まるで小学生」
 神司はわざとらしくため息をついた。
「ちぇ。
 なあー、聖也はどこ中だったんだよー?」
 頼の興味は神司から聖也に移った。
「あー、えーっと、僕は私立だったから……」
 控えめに聖也が答えると、頼は、
「まじでー? じゃあ、西北付属かよ? あったまいー!」
 と純粋に賛美を送った。
「そんなんじゃ。たまたま、まぐれだよ」
「たまたまでもすげーよ。
 俺はおっこっちまったもんな。
 兄貴は受かったのに」
 頼は鼻の下をこすって、悲しげな目で笑った。
「人間の価値は頭じゃない」
 神司が頼の傘に手を突っ込んで、わしゃわしゃと頼の頭をなでた。
「そうそう」
 と聖也も笑う。そのとき、アリサがポツリと呟いた。
「楽しそうだな」
 三人は慌ててアリサのほうを見た。
「もちろん、目的は忘れてないっすよ」
 頼があせった声で弁解する。するとアリサは、
「いや」
 と言ってかぶりを振った。
「それは分かっている。
 ただ、よく話が尽きないものだなと思ったのだ」
 不思議そうにアリサは言った。三人は顔を見合わせる。
「まー、暇だしな。ただ歩いてると」
 頼の言葉に、
「いいや、お前はただ単にしゃべるのが好きなんだろう。
 俺と聖也は頼の言葉に相槌を打っているだけだ」
 と神司。
「僕は明るいほうが楽しいよ」
 さわやかな笑顔でフォローを入れる聖也。
「私は……。話す相手が、今までいなかった。だから、だろうか。
 何を言えばいいのか分からないのだ」
 アリサが真面目腐った声で言った。
 三人はもう一度顔を見合わせた。そして次の瞬間、頼はぐしゃぐしゃと、神司はポンポンとアリサの頭をなで、聖也は、
「アリサが話したいときに、アリサが話したいことを話せばいいよ」
 と、にっこり笑って言った。
 アリサは下を向いて、少しだけ笑った。


 久しぶりに踏む校舎の床。まだ二年しか経っていないのに、神司にはとても懐かしいもののように感じられた。ここで生活していた自分が、随分幼かった気がした。
「うっわー! なっつかしぃー! 俺たちここで一日のほとんどを過ごしてたんだよな! なんだかとても遠い日々って感じ!」
 頼は廊下を一人で走り回っている。神司は、
(頼は中学んときから成長してないのか)
 なんて心中で思って苦笑した。そんな神司の心など知らずに、頼は無邪気に笑って神司の方を振り返る。
「おい、神司はどこの教室だったんだよー? 早速探そうぜ!」
 頼の言葉に、そうだったと思い出したあたり、自分も感傷的になっているのかなと神司は思った。
 聖也とアリサは、面白そうにきょろきょろ辺りを見回している。確かに西中は、二回に体育館、屋上にプール、と少し変わった造りをしている。
「えーっと、一年のときは三階の、おい! 頼! 少しは落ち着けよ!」
 神司は頼の背中に叫んで、自分はこんなキャラじゃなかったのに、と再び苦笑する。世界の生命体がかかっていると言うのに、どこか、みんなでキャンプか何かをしている気分に襲われる。
 神司は人とつるむのは苦手だ。だが、このメンバーは悪くないと思っている神司がいた。
「だって、俺の教室もちょっとは見たいんだよおー」
 頼の姿はもう見えない。
「私には理解できない性格だな」
 アリサが聖也の隣で真面目な顔をして呟いた。
 そんな二人をおいて、神司も一段飛ばしで頼の後を追う。
 中学生の時から、遅刻魔だった神司。だが、その時は一段飛ばしなどせず、自分のペースで、まさに飄々と教室に入って、先生に怒られてばかりいた。
 自分ではそんなつもりではないのに、目を開けていれば、「目つきが悪い」と怒られ、寝ていればやはり「起きろ」と怒られ……。しかし、いくら怒られても神司にとっては馬耳東風であった。
(なんだか怒られてばっかりだったんだな、俺。あ、今もか)
 神司の口は自然と緩んだ。
 神司が三階に上がると、すでに頼は自分の教室を堪能したようで、神司が来るのを待っていた。
「どこ?」
「ここだ」
「って、隣じゃん!
 ――ん? も、もしかして、神司って……」
 頼は探るように神司を見た。
「し、神司って、『フリョーのクサセ』?」
「そう、呼ばれてたかもな。何もした覚えはないが」
「じゃあ何で……」
「さあ?」
 神司は、よく外国人がするように、ひょいと肩をすくめた。
「毎日のように遅刻して、毎日のように居眠りして、んでタバコ吸ってただけだ」
「び、微妙だな、それ」
 と頼。
「たばこ……。中学からだったのか」
 と聖也は呆れ顔をしていた。
「まあまあ、とにかく探そうぜ」
 念のため、全ての机と、使っていたロッカーを見て見たが、何も見つからなかった。当然と言えば当然かもしれない。掃除だって毎日されていたはずだし。
 ただ、自分の座っていた席に、見慣れない落書きがされているのを神司は発見して、思わず微笑んだ。自分が卒業した後、確かにここで毎日を送っていた中学生がいた証だ。
 しかし。
 その生徒も今はいない……。
 早く解決しないと。神司は、その落書きを指でなぞりながら思った。
「念のため、二年のときと三年のときの教室ものぞいてみるか」
 西中は一年生が三階、二年生が二階、三年生が一階だった。受験生は早く教室に着けるようにとの配慮からだった。
 二年のときの教室に入って、神司は一人の人間を思い出した。
 担任だった女性だ。名前は忘れた。いつもニコニコ笑っている、二十五、六の女性だった。クラスの中には「ちょっとどこかおかしい」と囁く者もいた。神司も実際そう思うこともあった。
 そんな担任に、初めてタバコを吸っているのを見られた。
 神司は、この担任がどう行動するか、内心面白く思っていた。
 その女性はにっこり笑って、「あら、素敵なものをくわえているわね」と言って、そっとタバコを手に取った。
「タバコが体に与える害の大きさは、知ってる?」
 怒る様子はなく、静かに彼女は聞いてきた。
「は?」「丁度体の作られる中学生に、タバコが与える害は大きいのよ。どこか、未発達になってしまうことも。それから、吸っている期間が長いほど、体に及ぼす害が大きいの」
 口元は笑っていたが、彼女の目は笑っていなかった。「それから、吸っている本人よりも、副流煙を吸う周りの人に与える害のほうが、大きいの」
 神司は何も言えずに黙っていた。「まずは、その害について、自分で調べてみなさい。
 その上で、吸うかどうかは七瀬君の判断になるわ。私にはそれ以上は言えない。
 でも、法律がある以上は、それを守らなければ。
社会に出ると、様々な法を身近に感じるときが来るでしょう。学生であるあなたたちは、守られているだけで、二十歳を過ぎれば自分で責任を負わなければいけなくなるわ。
今日は見なかったことにするけど、次はないわよ。七瀬君もこれからは、自分で判断して、責任をとることを覚えていってね」
この、相手を尊重しつつ、諭すような口調には覚えがあった。
亮也と初めて言葉をかわしたとき、一人で神司は蛙をつぶして遊んでいた。そのとき、同い年の亮也は、生命の大切さについてを説いたのだ。
神司は、基本的に人に従うのは嫌いだ。それは幼いときも同じだった。だが、不思議と亮也に腹は立たなかった。
そして、この中二のときもそうだった。神司はネットなどを駆使して、タバコの害について学んだ。そして、その日からタバコを吸うのをやめた。高校二年まで。再び吸うようになっても、一日に三本と決めている。人に迷惑をかけないように、屋上か体育館裏で。そして、大学を卒業したら、タバコはやめようと神司は考えている。
(じゃあ、なんで期限限定で吸うんだろうな)
 神司はふと当たり前のように自分の中で決めていたことに疑問を覚えて、そして、また口許を緩ませた。
 吸っているときに、思い出していたのは、彼女を飛びぬかして、そう、亮也との日々だったのだ。吸っていると、亮也が諭しに表れる気がして。
(俺は本当に……)
「何だよ、何か見つけたのか、神司?」
頼が怪訝そうな顔をして、神司を見ていた。
「いや、ちょっと思い出したことがあって」
「何? 見つかるヒントになりそうなことかい?」
 聖也が聞いてくる。
「いや、――亮也のことを」
 聖也と頼は、ふーっと息を吐いた。
「お前、亮也亮也って、まるで恋人みたいに……」
 頼のあきれた声に、
「本当だよな」
 神司は言って、寂しげに笑った。
 亮也との思い出は綺麗なまま神司の心に残っているのだ。それは消えることなく、時々瞬くように輝き、神司の心を当時へと呼び戻す。
 聖也は、
「――それだけ大切な人だったんだね」
 と神妙に呟いた。
「ああ。お袋の次に。
 この教室にも何もないよ。多分、一階にも……」
 神司の言葉に二人は顔を見合わせ、
「じゃあ、小学校も、幼稚園も結果は一緒なんじゃないか?」
「さあ、どうだろうな。少なくとも、幼いときの方が『宝物』って多いんじゃないか?」
 神司は他人事の様に言って、残る二人はまたげんなりした顔になった。アリサはやはり無表情であった。だが、そんなアリサが、時々じっと自分を見つめているのに神司は気づいている。そんなとき、神司はアリサの目に捕らえられそうになる。しかし、そうなると決まって、目の前が弾ける様な現象が起こり、神司は意識を取り戻すのだ。
(なんなんだろうな。いったい。
 ま、考えて判ることじゃないし、ほっとくしかないんだろうな)
 三人は次は小学校に向かうことにした。

 小学校は中学校から少し離れたところにあって、着いたころには雨は上がっていた。
小学校は建物の一部分が改築されていた。
 神司と頼は小学校は別だった。神司の小学校は生徒が多かったため、校区を分けてもう一つ小学校が造られたのだが、頼はそちらのほうに通っていたという。
「なんか、古いところと新しいところが入り乱れて、不思議な感じだな」
 頼が正直に感想をもらしている。神司は、もっと違和感を覚えていた。自分の母校でありながら、ないような、妙な感じだ。
 アリサは中学校を見て回った時と同様にきょろきょろ物珍しげに校舎内を見ている。中学校とは違い、小学校の教室には、絵や習字、クラス共同制作作品やらがたくさん飾ってある。それらの作品を見て、可愛らしいという印象を受けた神司は、小学生と高校生との違いを改めて感じさせられた。
(小学生のときは中学生に、中学生のときは高校生に憧れたよな。でも、実際なってみるとぜんぜん変わっていない気がしていたけれど……。やっぱり、俺たちは高校生なんだな……)
「おーい、そこ、放心するなー」
 頼が叫んでいる。
「すまんすまん」
 神司は、この数日で、自分は意外に感傷的な人間だったのだなと驚いている。
 昔から、どこか冷めていた子供だったのに。どこにも属さず、何にも関心を持たず、執着もない。
「おい、いい加減に目を覚ませ!」
 また頼が怒鳴っている。窓から空を見ると、もう日が沈もうとしていた。それに慌てる神司。
「悪い。急ごう。
……だが、教室を回っても中学と同じで何も出てこない気がする。改築もされているみたいだからな」
「なんだ、結局また徒労かよ」
「まあまあ、改築されていたのは神司も知らなかったわけだし、しょうがないよ」
 ぶつくさ言う頼を聖也が諭す。
「でも、せっかく来たんだしさ。考えてみようぜ。小学校ねえ……。なんかねえかな」
 神司も考える。そして、考えるまでもないことを思い出した。亮也と初めて会ったのが、この小学校ではないか。
(俺はどこで蛙をつぶしてたんだっけ?)
 神司は、何かにつかれたように校舎を出て、校庭を歩き出した。
「神司? ちょっ、ちょっとどうしたんだよ?」
「何か思い出したのか?」
 二人が慌てて神司を追いかけてくる。アリサは相変わらず自分のペースで歩いて三人を追うだけだ。
「どうしたっていうんだい?」
 神司は答えない。校庭を取り囲むように野草が生えている一角で、神司は地面を凝視していた。
「おい、神司!」
「……」
「神司?」
 ――何をしてるの?――
 当時のままの亮也の声が、神司の頭に響いてくる。そして、生きていたらこんな風に成長しただろう姿の聖也が、今、神司を気遣うように見ている。
 ――僕たちが生きているように、蛙も生きているんだよ。生命があるってことは、同じなんだ――
(その生命あるものたちが、今、どこかへ消されているんだ、亮也。お前は知っているのだろうか)
「神司」
 珍しく、アリサが神司の名を呼んだ。
「あなたはまだ生きている。ここに戻ってきなさい」
「……。はじめっから、どこにも行ってやしねーよ。ただ、昔を思い出していただけだ。
――ここは亮也と初めて会った所なんだわ」
頼はふうと嘆息した。
「また、亮也、ね。
神司にとってどれだけ大切な奴だったかしんねーけど、今は生きてる奴を優先しようぜ?
お前だけが頼りなんだからよ」
頼が言うと、聖也が頼を見た。
「大切なものに理由はないと思うよ。
 でも、今は僕も頼に賛成かな。それとも、ここに何かあると神司は感じるの?」
「感じる?」
「そうだ。剣との共鳴」
 アリサが答えた。
「……そういう感じはしない、気が、する。よくわからねーけど」
 神司は少し自信なさ気に答えた。すると、頼が思いついたように、明るい声を出した。
「なあ、神司の小学校は、タイムカプセルとかしなかったのか? 俺んとこはあったぜ。当時一番大切なものを埋めた」
「あっ!」
 頼の言葉に、珍しく三人とも強く反応をした。神司は考えるしぐさをした。
「確かにあったな。
ああ。あった。何を埋めたんだったっけ。
 そうだ、十年後の夢を書いたもの。
残念。大切なものではなかったな」
「うー、残念!」
 頼も唸る。聖也は、
「ちなみになんて書いたの?」
 と神司に聞いた。
「……医者」
 心臓を患っていた亮也。その亮也を助けたいと神司は思っていた。
「通りで頭いい訳だよなあ」
 頼が感心したように言った。聖也はなんとなく、その理由を察して、黙っていた。
「今日はここら辺でお開きだな」
 疲れた声で頼が言い、神司のほうを振り返った。
――既視感。
 背後には夕日の色。暗くて見えない頼の表情。
「……思い出さなきゃなんねー気が……」
「え?」
 聖也が隣で神司を見た。
(誰だった? そう、普段は振り返らなくて……)
 母が台所で食事の準備をしている姿が、神司の脳裏にちらついた。振り返らない母。でも。
 一度だけ。一度だけ振り返ったじゃな・い・か。
「う……」
 耳鳴りがして、現在が遠のいていく感じを神司は覚えた。
――神司……
「お袋……」
 表情が見えない母の顔。声はどこまでも穏やかだ。
――これはあなたと共に生まれてきたもの。大事にしてちょうだいね――
それは小学生になった日の夕方。母が、神司が小学生になった祝いもかねて、くれたもの。形は。
 ――神司はこれから成長して満月になっていくのよ――
「三日月」
 熱にうかされたような声が神司の口からもれた。
「神司! どうしたんだい? 大丈夫?」
 現実に戻ってくる感覚。聖也の声がはっきりと隣から聞こえた。
「思い、出した」
「え?」
 三人が神司に注目する。
「それは三日月の形をしていた。
 お袋からもらったんだ。大事にしろって。これは俺と共に生まれてきたもの、と……」
 三人は顔を見合わせた。
「間違いないな。今、それはどこにある?」
 アリサが聞いた。
「毎日失くさないように持っていた。持っていたんだが……」
 三人は息をつめて神司の次の言葉を待っている。
「今は、手元に、ない。
 どうしてだったか……。俺は今、持っていないんだ」
(あんなに大事にしていたのに)
 神司の表情には苦悩が満ちていた。
「悪い。せっかく思い出したのに」
 落胆を隠せない三人に、神司はそう言うしかない。
「何言ってるんだよ、十分進歩だよ、なあ? だって形がわかったんだからそれを見つければいいんだぜ?」
 頼が聖也とアリサに同意を求めるように言った。二人は慌てて頼の言葉に頷いた。
「そうだよ。進歩だよ。
今日はもう暗くなるし、神司も疲れているだろうから、家に戻ろう」
聖也が言って、四人は頼の家に戻った。

(いつもポッケに入れていたはずなのに。なぜ俺は失くしたんだろう。……いや、本当に失くしたのか? なぜ、手元にないんだ?)
 頼の家のベッドで神司は天井を睨みながら考える。しかし、いくらたっても答えは出てこなかった。
 そして、地上の選ばれし者と、混血という選ばれし者は眠りについた。





                        続く


 字数が多すぎたので3に続きます。
 


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