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小説をおいております。 『いざ、出陣 恋戦』シリーズの二次創作、『神の盾レギオン 獅子の伝説』の二次創作、そして、高校生の時に書いた読まれることを前提にした日記と、オリジナル小説を二編のみおいております。
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プロフィール
HN:
天音 花香
性別:
女性
職業:
主婦業メイン
趣味:
いろいろ・・・
自己紹介:
小学生のときに、テレビの影響で、小説を書き始めました。高校の時に文芸部、新聞部で文芸活動をしました(主に、詩ですが)。大学時代、働いていた時期は小説を書く暇がなく、結婚後落ち着いてから活動を再開。

好きな小説家は、小野 不由美先生、恩田陸先生、加納朋子先生、乙一先生、浅田次郎先生、雪乃 紗衣先生、冴木忍先生、深沢美潮先生、前田珠子先生、市川拓司先生他。

クリックで救える命がある。
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こんにちは。天音です。


暑い日が続いておりますね。
夏はやはり私にとっては何だか懐かしさを感じる時期です。

高校生の私は、物凄く物知らずで、ある意味ピュアで、そして熱いですね。
なんだか自分で言うのも変ですが……。


というわけで、前回の続きをお送りいたします。
大体、1年間の日記になりますね。
毎日書いているわけではなかったので、そこまで量はありませんが、
前回までより、恋愛の日記の占める割合が物凄いことになってあり、
かなり恥ずかしくもあるんですが、
我慢我慢。
これが私だったので仕方ないですね。
失笑される場面、多々ありますが、よろしくお願いいたします。



最初から読む



ココから日記



 一九九五年 八月二十九日


 今、かっこいいなあとかがんばってほしいなと思う人がいる。星稜の投手の山本省吾君。マイフレンド・フォーエバーに出ていたブラッド・レンフロ君。ユニバーシアードバスケで活躍していた、イギリスの五番、マーティンさん。みんなに共通していることは一生懸命だということ。それぞれ、目的は違うけれど、それに対する情熱はきっと同じ。とても羨ましくなる。私は何がしたいんだろう。



 一九九五年 九月二日


可愛い女子になりたい。
誰にも負けない強い子になりたい。
勉強ができるようになりたい。
とりえのある子になりたい。
善い人でありたい。
皆から好かれる子でありたい。
肝心なときに実力が出せる、しっかりした子になりたい。
自分に自信が持てるような人になりたい。
素直に自分が見せれるようになりたい。
夢中になれるものが欲しい。
 こんなに欲がある。自分からは何もしないのに、願うばかりだ。行動を起こさないと手に入る訳がないのに。でも、これは正直な私の心だ。背伸びして、何も欲しくないふりして、大人のふりして、強がり。本当は臆病なのに。らしくない。私はまだ子供なんだ。これから、だ。さあ、先は長い。素敵なレディーになるために頑張ろう。




 一九九五年 九月十七日


 今日は運動会があった。うちの学校の運動会は県でも有名で、盛大にやる。今日は恥ずかしさなど忘れて、一生懸命やった。応援して騒ぎまくった。すっごく楽しかった。結果はそんなによくなかったけれど、よくがんばれたと思うとすがすがしい気分になれた。練習のときはむちゃくちゃきつくて、何度もめげそうになったけれど、それまでのことがこの一日で終わってしまうのは物悲しく思う。明日も練習があるような気がするのに、心のどこかでは終わったってちゃんと分かっていて、それがなおさら寂しい。久々に熱中できたのにな。超のめりこんだ。輝いている人の中で、自分も輝いていられたらいいなと思った。運動会よ、ありがとう!!

<感動>
衝動的に湧き上がるものがある
何かいいたいのに
なんて表現していいかわからない
ただただ
広がるのは微笑みだけで
それでいて切なくて
胸が熱くなる
これを人は
感動と呼ぶのかもしれない



 一九九五年 十二月三十一日


寒空の下
湯に手を突っ込んで
雑巾を洗う

木々の間から
お日様までもが
こんにちわ

HAPPYな気分になる
小沢健二の歌を
口ずさみながら
きれいになった雑巾を
いつまでも洗い続ける

今日は忙しい大晦日だけど
なんてやさしい時間なんだろう

こんな平和な日々が
いつまでも続くといい


 上は祖父母の家で大掃除をしているときの心境。
 来年こそはすべてにおいてがんばりませう。




 一九九六年 一月十七日(祖父の命日)


 私には、口うるさくて、でも心優しい母と、おっとりしていて、でも怒ると恐い父と、お調子者で、姉を姉とも思っていない弟がいます。今日は体の調子がよくなくて、元気がなかったのですが、そんな時、力になってくれる友達がたくさんいます。私って幸せだなと思います。今日は阪神大震災から、丁度一年の日。その日、父は、母の祖父の命日のために偶然福岡の実家に帰ってきていて、単身赴任していた先の地震に遇わずにすみました。本当に幸運でした。たった一日で今までの幸せを奪われた人。命までも落としてしまった人。本当に可哀想で、気の毒で、なんていったらいいか分かりません。それと同時に、「幸せ」というものが、どんなに些細なことか、どんなに大切かを実感します。この幸せがずっと続くといい。私は生きていて本当に幸せだと思います。
 さてさて、今、読んでくれているあなたは、何歳ですか? 何をしている人ですか?
 今よりも、ずっとずっと科学は進歩していることでしょう。そんなに変わらない? でも、私にとっては、十年違えば随分変わると思うのです。自然はありますか? 地球は大丈夫でしょうか? 私の少し前の年代の人たちが、随分地球を汚してしまいました。私も毎日の生活の中で、知らない間に汚していることでしょう。ごめんなさい。でも、いろいろ対策を考えている途中なの。
 あなたは幸せですか? もし、今、辛いときであっても、決して諦めないでください。いいように考えてください。周りを見て、頼っていいと思います。きっと幸せになれます。もちろん幸せであるならそれは本当によいことです。続くといいね。
 一方的な会話ですね。あなたの答えが聞きたいのに。私はそのとき何歳なのかな? いつか会えるといいですね。




 一九九六年 一月十七日


 やまざき貴子の「っポイ!」という漫画を読んだことがありますか? とっても面白いです。人間はとってもおろかなことをしてきてる。でも、これをよんでいると、人間って良いなあと思う。きっと世の中には一生懸命生きている人がいるんだなって思う。もちろん、私も一生懸命生きているつもりです。あなたはどうですか?




 一九九六年 一月十八日


 病気のときは健康の有り難さがよく分かるものです。たいした病気ではないのに、吐き気や胃痛、頭痛だけで、心までもがどんより。大変な病気をしている人たちは本当に可哀想だなと思います。でも、病は気からと言いますし、滅入っていては駄目ですね。今日はゆっくり寝て、明日こそは「快調!」といえるようにしよう。テストも近いし。




 一九九六年 二月十九日


 大切な人に会いに行こうと思います。
 もう二年近く会っていないけれど、ずっと心の支えになってくれていた人です。言葉が出てくるでしょうか? また心と反対のことを言ってしまうのではないでしょうか。とても不安です。でも私は言わなければいけないのです。今までずっと言えなかった、「ありがとうございます」を。
 大切な人に会いに行こうと思います。
 これから先、その人を思い出せなくなっても、いつまでも心に残って支えになってくれるような……そんな言葉をもらいにいきます。




 一九九六年 三月十五日
 

 会いに行きました。わざわざバスに長時間乗ってです。でも、いませんでした。
 これで五回目です。運命の神様は、もう一生会わせてくれないのでしょうか。
 友達と手紙をおいてきました。
 でも、実際、習ったことがないけれど面白そうな先生とたくさん話すことができました。本当に面白い人でした。ジュースまでおごってくれて、いい方だなあ。
 さてさて、家に帰って私は電話がかかってくるのを待っていました。以前、訪ねて、置手紙をしたときも、電話がかかってきたのです。必ずかけてくる。私は確信を持っていました。
 案の定、八時二十分ごろ、電話の音。ドクドクと心臓が鳴り出します。ご飯食べているのになあ。
 母の声の感じで相手が先生だというのはすぐ分かりました。
 「元気にやってるか?」「ハイ」ハイばっかりしか言えない私。
 「今日はあんまりしゃべらんなー」「口に入ってますから」
 それも一理ある。でも、久々に聞くT先生の声がじーんとしみて……。あー、心臓バクバクいってるよ。息があがるよ。でもあなたはいつも現実へ話を持っていくんだ。
 「がんばっていますか?」「うーん、ぼちぼち」「なんだそりゃ」「得意なのは極端にいいのですが」「何の教科かね」「地学です」「前からそーだったか?」「理科は好きでしたから。でも英語がとても悪いんです」「英語がとれんと、大学受からんやろが」厳しい口調に変化した。「はい、分かってます」「私は高三の夏休み、一日十時間ぐらい英語しましたよ。それで受かりました。君もそれくらいしなさい」「……はい……」言葉が途切れそうになって、私はあわてて言葉を紡ぐ。
 「先生、辛くて苦しいときも闘志がわくような、そんな言葉をください」「闘志……ですか? そう、急に言われてもな……。君には目標があるんかね?」「はい」私は答えた。「目標があるのなら、そんな状態、弱気にはなっていないと思うんだがね。それは目標のつもりじゃないんか」
 その言葉に私は胸にザクっと何かが入ったような感じと息苦しさを覚えた。私には実は迷いがある。教師にはなりたい。私はピアノに挫折して、すぐ国語、と思ったけれど……。確かに国語は面白い、そう思える。でも、私は地学のほうが興味がある。それを自分は知っている。でも、私はあえてそれを心の奥に抑えこみ、なれる確立の高い国語にしたのだ。私は見透かされたような気がして、しばらく声が出せなかった。
 「そんな……。音楽から最近変えたから、ちょっとまだ迷いがあるだけで、『つもり』なんかじゃないです……」自信なさげな声が自然と出てしまった。「だったら目標に少しでも近付けるように努力するしかないいんじゃないかね」「……はい……」当たっている。私は何もしてない。先生の言葉が直接胸に響いて痛くてたまらない。一番こたえるね。どうして分かるんだろう。弱気な声なんか出したつもりないのにな。
 「君の言うような言葉にはならんかもしれんが、私がいつも言っている言葉があります。『原因のない結果はない』です」
 !! 心が悲鳴を上げる。分かってる。私は今、とてもサボっているんだ。その結果が出てるんだ。分かってる!
 「原因は誰にあるか分かりますか」「私、です……」かすれた声が出た。「そういうことです。今日はわざわざ来てくれたのにすまなかったね。高校受験の合格発表のときは行きますから、そのときは学校あるんかね?」「終業式です」「そんときに顔見せなさい」「はい。友達と一緒に」「まあ、がんばりなさい。来年の今頃は大学も決まってますね。君ならがんばれるね?」そう言われると頷くしかないじゃないですか。「はい」
 君の電話番号を見つけ出すの大変でしたよ、とぼやきながらも電話をかけてくれたT先生。あなたがそういうなら、私はがんばらなきゃいけなくなる。きっと夢を実現させてみせます。
 やっぱりあなたは凄い。たかが一本の電話。されど一本の電話。嬉しくもあり、でもこたえる電話でした。ありがとう。お礼は手紙でしかいえなかったけど、心から本当にありがとう、先生。私、きっとがんばるね。





 一九九六年 三月十七日


 やっと、やっと会えました。
 いつもより二十分も早く登校して……。会うのは二年ぶり。一年前に、姿だけは見たのだけれど。
 両腕を胸の前で組んで、ゆっくり歩いてくる姿を見るだけで、胸が震える。ああ、先生だ。
 「わざわざきてくれたのに、すみませんでしたね」
 笑いながら、まず一言。ちょびっと勉強の話をして。友達も話しに加わります。みんなで先生を囲んでのたわいのないおしゃべり。塾では輪に入れなかったのに、私、ちゃんと今日は入ってる。
 ああ、本当に懐かしい。隣にいると思うと、どうしていいか分からなくて、なるべく平静を保とうと、先生をできるだけ見ないようにして。でも、よくこちらを向くので、目が合っちゃうんだな、これが。嬉し、はずかし、いやはや。肩をポンと叩かれたときなんて、心臓が止まるかと思ったよ。
 ちっとも変わらない先生。相変わらず素敵だ。それはきっと自身にあふれているから。謙遜してるけど、でもにじみ出るんだ。それが、先生なら何でもできちゃうって気にさせる。だから近くにいると安心するんだね。
 今日は本当に会えてよかった。いつもより素直になれたし。最後はやっぱり、「がんばりなさいよ」
 受験のときもそうだった。この言葉を言われるとがんばるしかないんだよね。がんばるぞって思うんだよね。
 さっと手を上げて立ち去る先生。あー、本当に凄い人だよな。でもね、私、前よりずっとずっと気持ちの整理がついているみたい。先生は私の敬愛する人となってしまったようだ。それでよかったのかもしれない。きっと先生は、これからも私の心の支えとなってくれるでしょう。
 先生、大好きだよ。体に気をつけて、がんばってね。私もがんばるからさ。




 一九九六年 三月二十四日


 私は方向音痴です。友達の家から帰るとき、新しい道路ができていて……。でもそんなことちっとも知らなかった私は、なんだ、この道路は! 一本道だから間違うはずはないけど、この道路はなんだ! とあせりまくり……。六時半。もう辺りは真っ暗。雨も降ってきました。自分だけ異世界に置いてけぼりをくらった感じです。このまま帰れなかったらどうしよう! 私は泣きたくなってきました。でもでも、とにかくどうにかしなきゃ。
 私は……。来た道を引き返し、友達の家まで戻ります。(そのときも途中で迷ってしまった。なんせ、暗いから距離がわからないし、回りがよく見えないんだもん)なんとかたどりつき、「ごめん、帰り道がわかんない。なんか大きな見たこともない道路に出ちゃって」
 K子は一瞬驚いて、その後、「ああ、新しい道路、できたもんね。言ってなかった私も悪かった」と、丁寧に私の分かる道まで、雨の中、案内してくれたの! なんてやさしいんだろう!!! 風邪の治りかけで、きついのに! 私は、ただただ、「ごめんね。ありがとう」を繰り返すのみ。あー、本当に助かった。やさしいなあ。友達ってありがたいなあ。感動しちゃった。それにしても、私ってなんて方向音痴で、迷惑なやつなんだろう。すみません。




 一九九六年 四月三日


 最近いろんな夢を見る。それはそれは現実的なものから、非現実的なものまでと様々だけれど。T先生の夢を見てしまった。夢の中でも私はいじっぱりで、向こうが気づくまで声をかけない。気づいて声をかけられたときは本当に嬉しくて。中学生のとき、恋心を抱いていた、その気持ちが夢の中の私にはあった。それにしても、あきれてしまう。夢の中の先生は、本当に実物そのものって感じで、実際とちっとも変わらないんだ。自分の観察力にあきれてしまうよ。でも、今はそこまで燃えられた自分が羨ましい。私は、今、ちっとも燃えるものがないのだ。受験生なのに。なんか、自分がちっぽけ過ぎる存在のような気がしてくる。自分に自信が持てるようになりたいな。



 一九九六年 四月四日


 未来人と電話で話している夢を見た。なんて幼稚な夢なの!! でもそんなことができたら面白いよね。あなたとも話せるかもしれないなんてさ。




 一九九六年 四月二十六日


 今日、偶然国語の先生に図書室に行って本を片付けてきてくれと頼まれて、私はそれをしぶしぶ引き受けました。一度、部室に行って、帰りに寄ろうと思い、部室に行くと、偶然部室を出るときに、O君も部室を出てきたんです。どこ行くんだろうと思いながら、図書室へ行くと、N子に会いました。「図書委員やけん、今、図書室にO君おるよ」
 うそー! って感じ。本返すように言われなかったら、図書室にも行かなかったわけで……。凄い偶然だな!


偶然は
いつか奇跡になり
そして、それもまた
重なる毎に
もう決まっていたことなのだと
必然に変わる
度々の必然は
運命だったとしか思えなくなる      なーんてね。大安だ。




 一九九六年 五月二十三日


 私は四歳の頃からピアノを習っていますが、今は高三ということで、休んでいます。しばらく弾かないと随分指がなまるもので、全く弾けなくなっていて悲しくなります。なんだかピアノに拒絶された気分。さらに、自分の心がピアノから離れていっているようで悲しい。凄く凄く好きなのに、最近ほとんど弾いていないという負い目があるのかもしれない。しかし、私の考えは発展し、このまま一つずつ好きなものを失くしていくのではと思ってしまう。そう思うと、心がなんともいえない焦燥感に襲われる。とりあえず、ピアノを弾いてみよう。



 一九九六年 六月二十五日


 私の中にはきっともう一人の自分がいる。いや、間違いなくいる。
普段の私は、ぬけてて、幼くて、でも素直な人間だと思っている。それで、よく、人にからかわれたり、世話してもらったりしているわけだが、それはそれで楽しい。しかし、それはふいに現れる。私は冷淡で、自己中心的な自分を見つけるたびに悲しく、恐ろしくなる。誰だ、これは、と……。でもそれは間違いなく自分なのだ。凄い人に会ったときも、私は胸が疼くのを覚える。「凄いな」という尊敬や憧れはもちろんある。しかし、それと同時に、苦しさや妬みが私の心に生まれるのだ。私は自分でそれに気がついて、口で褒めながら、そうやって妬んでいる自分が嫌で、それを思うと後ろめたくて、胸が苦しくなる。性格美人になりたい。




 一九九六年 六月二十五日


 ピアノの発表会のビデオを見た。自分を客観的に見ることができたと思う。一番ショックだったのは、私の尊敬する人と私とでは、音の響きがまったく違うということだ。同じピアノを弾いているのに! 私より、高い音に聞こえる。なんであんな音色が出るんだろう。私はまだまだだな、と痛烈に感じた。練習して一歩でも近づきたい! それより、まず勉強だけど。




 一九九六年 六月二十六日


 私には醜い心がある。それは弟に対するものだ。
 私と弟は一歳違い。よく比べられる。そう、私は弟にコンプレックスを持っている。
 私が彼に敵うのはピアノ、それとかろうじて勉強ぐらいだろう。しかも、私は今、自分の限界を見たような気がして、自信を失くしている……。
 私の弟はわがままの一言に尽きる。ものすごく気を使わなければならない。私はいつもむかむかしている。でも、心の奥では弟を可愛いと思っている自分がいる。私が友達に弟の話を浴するのは、多分そのせいだと思う。
 その一方、私は第三者が現れると、弟を嫌いになる。いや、憎むまでいっているかもしれない。
 弟は外面がいい。うちではめちゃくちゃなのに対して、外では、うーんとうなりたくなるほどの変わりようだ。もちろん皆、よくだまされる。私はそれがむかつくのだ。早い話が、ひがみというものである。しかし、いつも弟のせいで苦労している私にとって、これ以上屈辱的なことはない。弟には、「自分は好かれている」という自信から来る、傲慢さがある。でも、外ではそれを微塵にも出さない。彼は自分自身気づかずにすべてを計算しきって行動している。これは過言ではない。なんて要領のいいやつなんだろう。しかし、彼は深い友達がいないと見える。浅く広くが弟の友達のようだ。これは気の毒だ。今、最も弟を理解しているのは彼女であろう。しかし、同性にいないというのは後々寂しいものだと私は思う。
 このように、私はものすごく気になる存在が身近にいる。もし、弟がこの世から消えたら……。私はものすごく悲しむだろう。今、考えてみるだけでも泣きたくなるほどだ。だが、ほっとする自分がいるのではないか……? と思うと怖くなる。私はなんて嫌なやつなんだろう。

(現在は弟は大人になり、しっかりしています。わがままではありますが) 



 一九九六年 七月十六日


 私は中三から高一まで、塾のT先生が好きだった。
 区切りがついたのは、今年会ったとき。この人はこれからも心の中で私を支えてくれる人だという結論に至った。しかし、中三の頃は本当に好きで……。私は生徒で、先生は先生。それがものすごく悲しくて切なかった。でも、どこか安心していた。生徒の私は、少なくとも嫌われるはずはないと。だから思い切ってぶつかっていけた。
 でも今は違う。同学年の人。キラワレタクナイ。と思う。自分に自信がないから、目が合ってもすぐふせてしまうし、話しかけることもできない。ただ、気付かれないように見つめるだけ(ストーカー?)。時々、彼がものすごく綺麗で神聖なものに見えて、ドキドキすると同時に悲しくなる。届かない人だと。彼は私の存在すら気付かないのだと。一日会えないだけでも、名前を何度も呼んではため息をついてしまう。でも言えない。迷惑になりたくない。そして何より恐い。嫌われるのが。でも他の人と付き合っては欲しくない。だからといって、今以上に距離が縮まるのも恐い。私はわがままだ。 
 でも、このごろ気持ちが溢れそうになる。こっちを向いて! 話してみたい! っていいそうになる。凄く恐い。私、どうしちゃったのかな。




 一九九六年 七月十七日


 受験生というものは神経質になるからだろうか。様々なことが気になりだして、いろいろと考えてしまう。自分でも分かる。感覚が冴えるというのはこのことではないのか?
 思うに私は今の教育方針は間違っていると思う。大切なことはちっとも教えていないから、欠けた人間ばかりを生み出していく。私は、学生にはもっと考える時間が必要なのだと思う。いろいろなことを感じて、自分自身がどんな者であるかを考えなければならないのだ。そうしなければ、ただエリートになるだけが目的の、薄っぺらな人間になってしまう。そんなの生きている意味が無い。しかし私は今、後悔している。そう思うからこそ、高二のときに、遊ばず、いろいろ考えておけばよかった。今、私たちは大学に行くために勉強している。私は教師になるという夢を叶えるために、そのハードルを越えなければならないので、頑張らなければならないのだ。今は考える時期ではないのだ。だがしかし、その大学に行くことを考えると私はますます分からなくなる。なぜ大学に行くのに試験が必要なのだろう? 学びたい人が学べばいい。それだけのことだ。誰だって学ぶ権利はある。どうしてなのだ? 朝課外だってそうだ。受けなくては遅れる。それだけのことだ。強制することはないのではないか? 今頃こんなことを考えるのは勉強からの逃げだろうか。でも、これは考えれば誰でも思うことだと思う。




 一九九六年 七月十七日


 今日、クラスマッチでO君の勇姿を見た。あんなに運動のできる人だとは思わなかった。性格もいい(と思うんだけど……)、頭もいい、スポーツもできる。なんでそんな人が同じ人間なんだろう。自分がちっぽけなものに見えてくる。
 ああ、どうしてあの人はこんなにも私の気持ちをぐしゃぐしゃにしていくのだろう。魅了するのだろう。あの人は内面から光っているような気がする(当時、私は好きな人は光って見えた。T先生のときからだ)他の男子にない落ち着きがあって、自分が分かるまで物事を追求して、勇気があって、思いやりがあって、でも控えめで、押し付けがましくなくて、独立してて、そして、とても綺麗に見える。汚さがない。とても高潔に見える。私の彼に対する想いは、異性を好きになるという意味とは少しだけ違うような気がする。私の嫌いな『男』っていう感じが、彼からは漂わない。本当に透明で、いつまでも眺めていたい気がする。でもその透明の中に何が映っているのかが知りたくなる。とにかく話してみたい。お互いを最も理解しあえる関係になりたい。友達になりたい。でも、嫉妬という醜い女の心が私にはあるのも確かだ。私はO君にいったい何を望んでいるのだろう。



 

 一九九六年 七月十八日


 私は友人のことを照れずに心から「好き」と言えることが嬉しい。友人は私のその言葉にとても照れるけれど。でもこれは本心なのだ。それがまた嬉しい。その友人のことを解って、素直にその感情を持てる自分が好きだ。そんなとき、自分がとても成長していることを感じる。しかし、周りの人によく思われたいなどと、醜い心を持っている自分は嫌いだ。また、心で思っていても、言えない自分も嫌いだ。私は自分に自信が持てるような人間になりたい。


 一九九六年 七月二十三日


 運動会の作業があっている。性格がよく出る。黙って一生懸命やって、困っているときには無言で協力してくれる人。凄い。恩着せがましくなくて。うるさく言うばかりであまり実行しない人。凄くうっとおしい。男も女も無限実行型が好きだな。うるさいと、気が散るから。




 一九九六年 七月二十五日


 私の夢の中に、今、とっても好きなLUNA SEAのヴォーカルのRYUICHIが出てきてくれたのだ!
 いやはや。まったく持って自分勝手な夢だった。
 夢の中で、私とりゅーちゃんは同じクラスで、(ここからして無理があるけれど)友達か恋人か分からないような間柄になっていて……、うわー、恥ずかしい!! 本当に自分勝手な夢だなあ。でも、夢の中なのに、やっぱり心配は尽きなかったの。夢の中で、私はりゅーちゃんが、「好き」とはっきり言ってくれないからとても不安だった。本当は私のことなんとも思っていないんじゃないかって。やっぱ、両思いの人たちにも、そんな風に不安になることあるのかな? なったことのない私には分からないけれど……。
 でも、やっぱ、夢はHAPPY ENDってやつだね。りゅーちゃんが私のために曲を作ってプレゼントしてくれて終わった。ああー、なんて恥ずかしい夢! でも夢じゃなければよかったのになあ。目が覚めたとき、夢だとわかってとってもがっかりしてしまいました。現実はそんなに甘くないってね。うーん、私って、とても理想高くて、夢見がち。こんなんで、結婚できるのかなあ。




 一九九六年 七月二十五日


 何年か先の夢。眼鏡のよく似合う背の高い優しい人と、海の見える道をドライブする。そして、草原に立っている大きな木の木陰でお弁当を食べながら将来の夢とか、これからの二人のこととかを話す。真っ青な空。高いお日様。私がいろいろ話すと、その人は優しく笑いながら頷いてくれる。空気みたいな存在で、いつもそばで見守ってくれてるけれど、それを感じさせなくて、笑顔が多くて、口数は少ないけれど、自分の意見はしっかり持っていて、よきアドバイザーでもあるような人がいい。理想が高いかな。




 一九九六年 七月二十六日


 老後の夢。もし、旦那様がいるのなら、和風の家で、縁側に二人で座ってお茶を飲みながら昔話をする。季節が移り変わるのを見ながら、二人でひっそり暮らしたい。もし、一人身なら、洋風の白い家。庭には薄いピンクの薔薇がたくさん。そして、テラスで薔薇を眺めながら読書。片手には紅茶。一人回想しながら転寝をする。時々訪ねてくる近所の子供たちを楽しみに。そして、五月ごろ、満開の薔薇に囲まれて、転寝しながらそのまま死にたい。私の死体は森の大樹の下に埋めて欲しい。今頃からそんなことを考えている私って一体……。(友人に話すと笑われる)



 一九九六年 七月二十九日


 七月十七日、実は私はあの人に対して電話で気持ちを伝えようとした。自分でもよく分からない気持ちだが、O君は6組だから、東大か京大を狙っている。ということは、離れ離れになるってことなのだ。それを思うと、早く友達にならないと、とあせってしまい……。
 ところが、その日出たのは弟君だった。「花火いってます」
 私はどうしようか迷い、いつごろ帰ってきますか? と聞いて、電話があったことは内緒にしてくださいと告げた。そして帰ってきただろうころに電話をかけると、「寝てます」とまた弟君がでて言ったのだった。
 私はますますあせってしまった。電話は内緒にとは言ったものの、兄弟である。しゃべっちゃうんじゃないだろうか。そう思い、人の口から伝えられるのは嫌! と思った私は暴走し始めた。
 隣の隣のO君の部室。だいたいO君はそこにいるので、部室を訪ねることにした。だが、名前を言うのははばかられたので、「三年生いますか?」という聞き方をした。「いません」と返ってきた。
 ああ、私はなんだか変な行動をしている。自分でも分かっていたが、それ以上に焦りが私を掻き立てた。
 伝えたかったのは、「友達になってください」。(後で大学生になり、異性の友人と話していると、これは一番困るとのことだと知ったが、無論、当時の私にはわかりっこない)
 女は苦手そうだし、いろいろ迷惑になるのは嫌だし、とにかく、話せるようになればよかったから。そして、気持ちに区切りをつけたかったから。
 それで、今日。
 私は不吉な夢を見た。「友達になってください」と言ったら、無視される夢。しかし。
 最近いつも見られなかったあの人が、今日は居た。どうしよう。でも電話とかしちゃったし、このままにしておくわけにはいかない。
 ああ、帰ってしまう。
 そこで私はダッシュ。自転車の鍵をはずしているあの人の後ろに立ち、彼のリュックをぐいと下に引いたのだ。なんてことをしてしまったのだろう!! O君はのけぞるような形になり、驚いて、後ろを振り返った。背が高いからリュックが私のちょうど胸の辺りにあったのだ。不可抗力……などではやっぱりないよね。もう、本当に後に引けなくなった私。O君を見上げて、おずおずと、
「あの……頼みがあるのですけど……」「……はい?」「えーっと。……あの、私、あなたにとても興味があるんです」な、何を言ってしまったのだろう、私は!! 案の定、あの人はコーチョクした。
 ああ、ああ、神様、どうしたらいいのでしょう。私はこんなにも馬鹿です。
 失敗したと思った。先にそんなことを言うんじゃなかった。でも、もう、本当に後に引けない。
「私とトモダチになってください!」しばしの沈黙。「はい」小さな声が聞こえたような気がした。
「いいんですか?」「はい。さようなら」え? と思ったが、とにかく恥ずかしかった私は、「ありがとう!」といって、部室へダッシュ! これでいいの?! 自分でもよく分からなかった。トモダチになってくれるのかな。でも「さようなら」はどういう意味なんだろう。挨拶? それとも、お前となんかさよなら? もしかして、どーでもいいけど、早く帰りたいからとりあえず頷いて、さよならって言ったのかな? それが一番可能性が高い気がした。それにしても、私はなんてことをしてしまったんだろう。部室前の、人通りの激しいときに、あんなことを言われて、恥ずかしくないわけない。もちろん、私も思い出すと恥ずかしいけれど、あのときは暴走していたので、あまりよく分からなかった。ああ、私の言ったこと、どうとらえたのかな。迷惑じゃないのかな。うーん、不安。明日会ったらどうしよう。トモダチなら挨拶していいのかな。なんだか混乱。
 友達たちに笑いものにされたのは言うまでもないです。




 一九九六年 七月二十九日


 クラスが違うので、学校ではあまり話せない友達と九十分も電話で話した。音楽仲間の子で、いろいろあったのだけれど……。最近話していなかったけれど、すぐにテンポを取り戻せた。いろいろ、友達についてや、恋愛について、自分についてなどを語った。不思議だなあ。その子は一生懸命話を聞いてくれて、考えてくれているのが分かるから、自分が優しくなっていくような気がする。「Hちゃん(私のこと)、好きだよ」と言われて、ものすごく嬉しかった。私ももちろん好きだよと言った。「冷たく当たったこともあったのに、変わらず好きだよって言ってくれる、Hちゃんはすごいってずーっと思ってた」だって。うーん、私はあまり実感ないけどそうだったのかな。でも嬉しい。お互いに考えを話し合えるっていいね。とっても勉強になるしさ。最後には「お互いにこの夏をがんばって乗り切ろう!」ってことで終わった。うん、がんばろう!

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 ここまで読んでくださりありがとうございました。
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 それではまた近いうちに!               天音花香

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