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天音花香の小説をUPするブログです。個人サイトの小説はこちらに移しました。現在二時創作と短編を中心に書いています。
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天音花香
HP:
性別:
女性
職業:
主婦
趣味:
いろいろ・・・
自己紹介:
小学生のときに、テレビの影響で、小説を書き始めました。高校の時に文芸部、新聞部で文芸活動をしました(主に、詩ですが)。一応文学部でです。ですが、大学時代、働いていた時期は小説を書く暇がなく、主婦になってから活動を再開。

好きな小説家は、小野 不由美先生、恩田陸先生、加納朋子先生、乙一先生、浅田次郎先生、雪乃 紗衣先生、冴木忍先生、深沢美潮先生、前田珠子先生、市川拓司先生他。
もう一つのブログでは香水についてレビューをしております。
http://yaplog.jp/inka_rose/
こんな私ですが、宜しくお願いします。





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*こんばんは、天音です。
こちらのサイトは小説を扱っております。
こちらは「空(そら)の時間」の後編となっております。
できれば、前編からご覧ください。




     六


 (空! 今日はうろこ雲が見えるな)
 トスッ。
 隣を見ると、気持ちよさそうに口元をほころばせる立野の顔。その額には球のような汗。前髪も、短い襟足も汗でぬれている。
 こうしている間にも、思っていたよりも随分細い立野の首筋を汗がつたっていく。
 細い首。小さな肩。しなやかな肢体。
 はっとして、俺は視線をそらした。
(何を見ているんだ、自分は?)
 近くにいると立野の汗の匂いや、熱い呼吸を感じる。
 でも、男同士でいるときに感じたような、暑苦しいような、不快な匂いではなくて。ほんのり甘いような感じの匂いなのだ。
(なんか、俺おかしいぞ)
 ぶんぶんと頭を振っていると、不思議そうな立野の顔。
「空に酔った?」
 爽やかに笑うと、すくっと立って助走の位置に戻っていく。その姿は颯爽としていて、格好いいという表現が相応しい。
 そう、まるで男子のようなのに。
「疲れたなら、見学してなよ」
 霊体に疲れるも何もないのだが、もう一度一緒に跳ぶのは躊躇われた。何だか変な感じに俺は戸惑っていた。


 十一月になった。
 相変わらず俺は成仏できないでいた。何が問題なのだろう。
 黒板を見つめる立野の横顔を見つめる。どうして自分は立野の家に現れたのか。未だに判らない。
 ふと立野の眉間にしわがよった。
「ここ、ちょっとおかしくないか?」
 指摘をしてみる。
 ふむふむという目で、指された個所を見つめ、考え直している立野。
 一方、授業中に手紙などを回している女子が多いことに最近は気がついた。わけのわからない記号などが使われている。それはそれで楽しそうだが、授業中にこんなことが行われてたんだな、と不思議な気がする。
 そう、自分が前、属していたクラスだからこそ不思議なのだ。
 俺は思う。場にいても、場にいるから見えないことが多いのだと。
 ――しかし。
(もう、ここには俺の居場所はないんだな)
 改めて俺は感じた。
 休み時間に集まってきていた連中も、今ではそれぞれ違う人とつるんでいる。俺がいなくても、教室は何も変わらず、そして完全な状態なのだ。俺が死んだ今、転校先のクラスもこのような感じなのだろう。自分はすでに居場所を失っている。自分の意思はここに存在るのに、それとは関係なく時は流れていく。
 ふと窓に目をやると、木々がもう紅葉していた。空も晩秋へと移り変わっていっている。
 居場所のない自分はなぜここに存在なければならないのだろう。
 以前より冷たくなった風を感じながら、感じるからこそ俺は余計に思う。
 ふう。思わずため息がもれた。
「……?」
 立野が俺を見上げている。
 そう、この少女だけが俺の存在する事実を証明しているのだ。
「秋も終わるなと思って」
 そう答えると、立野も窓のほうへ視線をやって、少し寂しげな顔をした。
「冬は曇りが多くなるよね。曇りも好きだけど、跳ぶ時は晴れがいいな」
とノートに書いてくる。
「同感」
 俺は頷いた。立野はまた、視線を黒板に戻した。
 立野のショートの髪は見た目よりさらさらなようで、風が吹く度にふわふわと揺れる。姿勢も視線も凛としていて、漂わせる空気は柔らかさとはほど遠いのに、時折見せる憂いに満ちた表情などが妙に女っぽかったりする。

 立野は不思議だ。

(花のような香りより、俺は立野の汗の臭いのほうが好ましいな)
 最近、立野と一緒にハイジャンをしていると、俺は気が散ってしょうがない。自分はこんなにいやらしい男だったかと嫌になるのだが、立野の日に焼けた細くしなやかな四肢や、小さな双丘や、くびれた腰などに目がどうしてもいってしまうのだ。
 以前見かけは男子に近いなんて思ってしまったが、とんでもない。やっぱり自分とは完全に違う。
 立野は女だ。当たり前のことなはずなのに、今さら気付くなんて。今まで、女子を女だ、と感じたことは正直なかった。俺は幼かったのかもしれない。こんなに近くにてやっと気付いた。女は男とは違うということに。
(とにかく心頭滅却)
 そう思いはするものの、一緒に跳ぶ度にますます立野を女として意識してしまう、いやらしい自分がいるのだった。


 今日は曇りだ。なんとなく一雨降りそうな空。
 その空の下でも、立野は必死で跳んでいる。
 バーを見つめる立野の眼はどこまでも澄んでいて、ときどき目が合うと、吸い込まれそうになる。何で気づかなかったのだろう。立野は中性的な顔をしているが、綺麗だ。
 駄目だ、今はないはずの心臓が早鐘を打っているのを感じた。
 そんな俺の熱を冷ますかのように、雨が降ってきた。大粒の雫があっという間に全てを濡らしていく。
 立野は先輩に言われ、マットやバーを片付けている。
 そんな立野を見て、俺は自分の頬が熱くなるのを感じた。
 あわてて目をそらす。
 何も解っていない立野は、俺を見つめて、
「どうしたの?」
と訊いてきた。
「……風邪、ひくよっ。
それにっ」
 俺の口から出た言葉はこんな言葉で……。
 でも、違う、本当に言いたいのは。
 俺以外に、こんな立野を見られたくない。俺だけが立野のよさを解っていたい。
 自分の中の感情に少し驚いた。独占欲の塊ではないか。もしこれが立野じゃなかったらどう思っただろう。
 とにかく、その姿は目のやり場に困る。
 俺は、立野のほうに向き直って、
「あ、雨でぬれて、下着が透けて見えてる! ジャージかなんか、着ろよっ」
と、不機嫌に言ってしまった。
 立野は俺の声に従って、ジャージを羽織った。
 それでも、なんだか形容しがたい空気が流れた気がした。


 立野は愛しむような目で空を見上げる。空を見上げていると思えば、ふと気づくと眩しいかのように、目を細めて俺を見上げているときもある。そんなとき、俺はくすぐったいような、嬉しいような変な気持ちになる。でも、悪い気はしない。むしろ、最近思う。

 もっと俺を見て欲しい。
 俺だけを見て欲しい。
 空よりも、俺を見ろ!

 そう思っている自分に気づき、戸惑う。俺はいつからこんなにわがままになったのだろう。
 でも、仕方ないといえばそうなのかもしれない。今の俺の世界は立野が中心で、立野の周りしか物理的にもよく見えないのだ。だから、立野が自分と違う世界にいる、と感じるとき、耐え難い寂しさに襲われる。
 だから、立野にもそれを願う……?
 それは間違っている。解ってはいるのだが、どうにもならないこの気持ちはなんだろう。他の人間のところに幽霊として現れていたとしても、このような気持ちになったのだろうか……?
 立野はすれ違う女子達に目を向け何かを思っているようだが、立野は立野だ。立野の中性的なところでさえ、彼女の魅力としか思えなくなっている俺がいる。
なんでこんなに立野が気になるのか。一緒に過ごしているからなのか。それとも他に何か理由があるのだろうか? 少なくとも、他の女子にこんな気持ちをもったことはなかった。
 でも、俺は最近思う。
 ――立野を独り占めしたい。
 この感情をなんと呼ぶのだろうか。
 初めてのことばかりの俺は戸惑っていた。


 トスッ。
 マットに背を預けて立野は笑顔になっている。昨日のことがなかったかのようないつもと変わらない部活の時間。
 ――ああ、こんなにも立野の笑顔が眩しい――
「なんか、安心する。空に支配されているときは、時間に支配されてない気がするから」
 ふと出された立野の言葉に、俺は違和感を覚えた。
「時の流れは速すぎて私にはついていけない。変わらなくていいものまで変わっていくのだもの。あたしはどうすればいいか解らなくなる」
「……」
 俺が跳ぶときに感じていることと、立野が感じていることには微妙な差があることを俺はこのとき感じた。
 それは何か重要なことのような気がした。
 立野は時間を留めるために跳んでいる?
 それはあってはならないあり方だと俺は感じた。時間を止める。それは生きていることを否定することではないのだろうか。
 生きている立野と死んでいる俺。時間が進んでいる立野と止まっている俺。
 もう少し。もう少しで何かが解りそうだ。


    七


 空に――
「――堕ちる」
 ふと隣からこぼれた言葉にあたしは青木のほうを向いた。あたしの頭にも浮かんだ言葉だ。
 空に堕ちる。それは不思議な感覚だ。でも、マットに落ちた衝撃を感じながら、でも視界には空だけが映っているこの感覚は、まさに、空に堕ちるという表現がぴったりだと思った。
 青木の笑顔が眩しい。先程みた空より勝るかもしれない。つられるようにあたしも笑顔になってしまう。
 ――ああ、やっぱり青木の笑顔は綺麗だ――


 空と書いて、「から」なんて読み仮名をふったやつは誰だろう。
 空は空っぽなんかじゃない。こんなにもいろんな表情をみせるのに。
 あたしの一番好きな空は、快晴の空で、それは青木の笑顔を思い起こさせるからでもあり、そして、跳んでいて、一番気持ちいい空だからだ。一日の変化が一番わかる空だからでもある。
 だが、あたしは雨や曇りが嫌いというわけではない。垂れてきそうな曇り空の雲、雨が降る前の独特の匂いや、音もなく降る小雨、ざあざあ振りの雨。他にも挙げると限のない表情をもつ空。そんな空に地球の営みを感じる。
(営み……)
 ふと思考が止まった。
 何だか心がちくんと痛んだ。
 それを振り払うように空を見上げる。今日のような曇りなのにどこか明るい空のときは、空が鳴くのを知っている。
 予想通り、ほどなく神鳴りとともに、スコールのような雨が降り出した。竜神が空を這っている。ああ、綺麗だ。
 あたしは、一瞬、全てを忘れたように空を見上げて、その大粒の雫を体いっぱいに浴びた。気持ちよかった。
「ほら、立野! 早く片付けないと!」
 先輩の声に我に返って、バーやらマットの片づけを手伝う。そのとき気づいた。
(あれ?)
 青木がさっきから黙ってる。そっとその表情を伺うと、青木はあたしから目をそらすようにしていた。
「どうしたの?」
 小声で話しかける。
「……風邪、ひくよ。
それにっ」
 顔を赤くした青木があたしの方を向いた。
「あ、雨でぬれて、下着が透けて見えてる! ジャージかなんか、着ろよっ」
 青木に言われて、自分の体操服を見ると、確かにブラの線がかすかだが見えた。 いつもは目立たない双丘が、ちょっぴり高く感じられた。
 ジャージの上を羽織って、青木を見る。青木はやっぱりそっぽを向いたままだった。
 あたしは、そんな青木を見て、なんだか急に恥ずかしくなった。
 どうしてだろう。
 あたしは女子で、青木は男子だから?
 思いついた理由を頭から払う。でもやっぱり恥ずかしさは消えなかった。
 他の男子に見られても平気な自信がある。でも、こんなに恥ずかしいのは、青木に見られたからなのだろうか。
 解らない。

 この感情をなんというのだろう。

 あたしはこの感情を本当に知らないのだろうか? 知らないふりをしているだけなのではないか?
 眩しい笑顔を見せる青木。
 一人ひとりを意外によく見ている青木。
 何事も楽しみに変える青木。
 近くにいると青木のいろいろな面が見えてくる。
 でもなぜだろう。今までは純粋に、青木と一緒にいれることが嬉しかった。
 でも今は。
 自分の知らなかった青木を見つけると辛いと思うときがある。これまでに他人とこんなに深く関わったことがなかったからだろうか。
 ――違う。
 青木に対する感情が変化するから? どのように?
 もし、青木があたしでない女子と、一日中一緒にいるとしたら? あたしは平然としていられるだろうか? あたしは……。
 あたしは大きく頭を振った。
(別に、なんともっ!)
 否、そんなはずはない。この感情は。好……。
 ――思考停止。そんな感情、知らないし、恥ずかしくなんかない。別に青木に見られても、他の男子に見られても平気だ。

 ――駄目だ、思考が停止できない。何もかも、どうして進んでいくのだろう。あたしだけ、あたしだけ取り残されている。
 そう感じるのは気のせいでは、ない。
(跳んでいるとき……そのときだけは、時間に支配されない。あたしは取り残されたのではなく、自由だ。跳んでいるときだけは!)
 あたしががむしゃらに跳ぶ理由は、そこにあるのかもしれない、とふと思った。


「立野!」 
 その日も部活を終え、あたしが先輩とバーやマットを片付けているときだった。同じように、部活が終わったのだろう。野球ボールの入った箱を抱えながら、後ろから声をかけてきた人物にあたしは足を止めた。
「?」
 誰だっただろうか。なんとなく見覚えがあるような。
「おい、つめてーな。高倉だよ。高倉 久(たかくら ひさし)。小学校のときよく一緒に遊んだじゃねーか。ドッジや、キックベースで」
「!」
 高倉の背が以前より伸びていたので、あたしは彼が高倉だと気づかなかったのだ。
「久しぶり。随分背が伸びたな、久。あたしなんか中学に入ってからめっきりだよ」
「はは。小学生のときは、立野に負けてたからな。
……中学生になってからはしゃべる機会もほんと減ったよな」
「……」 
(それは違うだろう?)
 あたしは眉間にしわを寄せ、黙った。
 中学生になってから「俺」と言わせなくしたのは、男子だったのに。集団に入れてくれなくなったのは男子だったのに。
 溝ができたように感じた。その溝は埋まるどころか深くなるばかりだ。
 高倉もその一人だったじゃないか。
「久しぶりに一緒帰らねえ? 家、近かったよな?」
 意外な展開にあたしは驚いた。そんなあたしを青木はじっと見ている。
「……いいけど……。なんか変な感じだな。制服着て一緒に帰るのって」
「はは。確かに。じゃ、着替えたら校門な!」
 高倉は爽やかに言って、走っていった。


 最近は日が短くなってきていて、帰るころにはもう、日が沈んでいた。風も冷たい。秋が終わろうとしている。
「……」
 日が沈んだ直後の空は、南国の海を思わせるような、碧色をしている。もう一番星が輝いていた。次に空を見上げる頃にはきっと、群青の空に、金星は今以上に光を増しているに違いない。夜が足早に辺りを包んでいく。
「まーた空見てんのか?」
 声に振り返ると高倉がいた。
「わりい、遅くなって」
「いや、そんなに待ってない」
「そっか、じゃ、よかった。最近寒くなってきたからな」
 言いながら歩き出す。
 しばらく無言が続いた。
 小学生のころはこんなに息苦しくなかったのに。今では、何を話せばいいのかさえわからない。
「……最近どうよ?」
 高倉が不器用に声をかけてきた。
「変わんないよ。朝錬、授業、部活の毎日」
「ははっ、そうみたいだな。いつも遅くまで跳んでるの見えてるよ」
「野球部も厳しそうだな」
「ま、好きで入ったからな。立野もそうだろ?」
「うん」
 そしてまた沈黙。
 破ったのはまた高倉だった。
「今は空に何見てんだ?」
 高倉はあたしを見ずにそう言った。真剣な声だった。
 どういう意味だろう。
「小学生のころから、立野は空が好きだったよな。
でも、中学生になって少し経ってから、空を見る立野はどこか変わった」
「え?」
 ますます意味が解らなかった。
「野球部の部室、陸上部の隣って知ってた? 空を見る立野、よく見えてたよ」
「……」
「ついでに、ハンドボール部の練習をよく見てる立野も」
「?!」
 あたしはかなり動揺した。
 ハンドボール部のコートは、ハイジャンをするスペースのすぐ隣だった。青木のことを見たいとは思っていた。でも、なるべく見ないようにしていたはずだ。
 これ以上高倉と会話をしてはいけない。
 あたしの頭で警告が響いた。
 逃げないと。逃げないと。
 一方、青木はというと、あたしたちの会話に一心に耳を傾けているようだった。
「色真っ黒けで、ショートカットで。ちっとも、ガキのころと変わんねえなあと、思ってたんだけどな。やっぱり立野も女だったんだなと思ったよ。好きな人ができるなんて……」
(……女? 好きな人? 久までそんなことを! 人の心を自分のものさしで勝手に解釈するな。あたしは、違う!)
 あたしは全身が熱くなるのを感じた。
 青木は複雑な顔をしてあたしを見ていた。
 あたしは無言だ。
「立野?」
 悪びれもなく、高倉があたしに声をかける。
「……それ以上言うな」
 低い低いあたしの声。青木が驚いたようにあたしを見た。
「? どうしたんだよ。別に、冷やかしてるわけじゃないぜ? 好きな人ができるって、ガキのころより大人になったんだなと思っ」
「好きな人とかじゃない!」
 あたしは高倉の言葉を遮るように叫んでいた。
「違う。あたしの想いはそんなんじゃない! そんなちゃらちゃらしたものなんかじゃない!!
 女? あんな女子たちと一緒にするな! あたしはあのころと変わってなんかいない! 変わったのはお前たちじゃないか!」
 怒りに足を踏ん張り、あたしは叫んだ。
 あたしがここまで怒る理由は、青木にはもちろん解らない。
 でも、青木はじっと考えているように黙っていた。
 高倉はあたしを静かに見ていた。そして続けた。
「つらいんだろ? 空、まさにあいつの名前だよな。重ねて見てたんだろ? でも、もう奴は……」
「やめて!!」
 悲鳴に近いあたしの声。
 判ってしまう。
(青木はすぐ隣にいるのに! 違うのに。そういう感情じゃないのに!) 
 高倉がなぜそこまで解っているのか判らなかった。でも、とにかく止めさせなければ。
「二度と言うな! あたしに好きな人などいない。なぜ、昔のように扱ってくれない? 久。昔は一緒に遊んだのに。昔は女扱いしなかったのに。急にやめろよ。気持ち悪い。
不愉快だ。あたしは帰る。じゃあな」
「立野!」
 高倉の声を背に、あたしは駆け出した。
(違う、違う、違う! 好き? そんな軽い感情じゃない! 自分は男子の目を気にして、態度を変えるような女子と一緒じゃない! 
嫌だ! どうして、みんな変わっていくの? 昔のままでいられないの?)
 あたしは泣いていた。泣きながら走っていた。



      八


「立野!」
 部活も終わり、立野が片づけをしているときに、その男子は声をかけてきた。立野は誰か判らないようだった。
 そんな彼女に彼は、「高倉 久」だと名乗った。次の瞬間、立野の口調が変わった。まるで、男言葉のようだ。
 俺はそんな二人のやり取りをただ黙って見ていたのだが、立野の表情が変わっていくのに気付いた。
「空に何をみているのか?」という、高倉の言葉あたりからだ。
 それが何を意味するのか、俺にはさっぱり分からない。だが。
(立野の好きな人?)
 どきりとした。知りたいような、知りたくないような……。
 とにかく、気になり、動揺した。が。
 立野を見ると、俺以上に動揺しているようだった。何だろう。殺気のようなものが立野からゆらめいているのが感じられた。

「……それ以上言うな」

 立野が発したその言葉は、今まで聞いたことのないような低い声だった。
 どうしたというのだろう。何が立野を怒らせたのだろう。
 俺には解らない。
「好きな人じゃない!!
違う。あたしの想いはそんなんじゃない! そんなちゃらちゃらしたものなんかじゃない!!
女? あんな女子たちと一緒にするな! あたしはあのころと変わってなんかいない! 変わったのはお前たちじゃないか!」
(え……?
 ――あたしの想い――とはナンダロウ? 
どうして、立野はこんなにも怒っているのだろう?)
 そんな立野を無視して、高倉は言葉を紡ぐ。そのとき。
「やめて!!」
 今度はヒステリックな立野の高い声。
 そして見ている俺までもがつらくなるような立野の表情。
 俺が幽霊じゃなかったら、高倉を制していたところだ。
 立野は言った。
「二度と言うな! あたしに好きな人などいない。なぜ、昔のように扱ってくれない? 久。昔は一緒に遊んだのに。昔は女扱いしなかったのに。急にやめろよ。気持ち悪い。
不愉快だ。あたしは帰る。じゃあな」
 そして、立野を呼ぶ高倉の声を無視して、立野は走り出した。
(いや、あれは女の顔だ)
 瞳に怒りを孕ませてさせて叫んでいた立野を見て、俺はそう感じていた。
「……」
 ふと、横で走っている立野を見て、俺ははっとした。
 立野は泣いていた。そんな立野に声をかけられるはずもなかった。
 自分は無力だと俺はこのとき思った。
 そして、立野の力になりたい、立野を助けるのは俺でありたい、と心底思った。


    九


 高倉との件以来、立野は普段どおりを装っている。しかし、あの夜から部活時、バーを落とすことが多くなった。
 立野はあのとき、確かに怒っていた。でもなぜあんなに怒る必要があったのだろう。
 ――あたしはあのころと変わってなんかいない! 変わったのはお前たちじゃないか!
 立野の言葉が甦る。
(変化……)
 そう、立野は変化を恐れているように思える。時間を留めようとするのも、女性扱いをされるのを嫌がるのも、全てはそこから来ている様に思えてならなかった。
 立野は不安定だ。
(不安定……)
 どこにも属していない。今の立野は見ていて危なっかしい。立野を助けたい。
 自分に何ができるかは判らなかったけれど、それが自分にとっても大きな意味を持つように思えた。
 そう、俺は自分が立野の前に現れた意味がそこにあるような気がするのだ。


「っ痛っ! 」
 今日も立野はバーを落としている。
「大丈夫か?」
「……平気よ。こんなことでめげていたらハイジャンなんかやってられない」
 苛立たしげに顔を上げると、また助走の場所へ駆けていく。見ていて痛々しかった。
「立野、今の立野は、ハイジャンを楽しんでないよ。何かを振り払おうとしているみたいだ」
 俺の言葉に、立野は唇を噛んだ。
「そうかもしれない。
でも、あたしは違う! 違うんだ!」
 立野が助走に入る。
 跳ぶ。
 そして、またバーが落ちた。
「っ」
 立野は両腕で顔を隠すようにして、落としたバーの上で泣いていた。
「立野!」
「見ないで! こんなあたし、見ないで!」
 空が紅く滲んでいた。立野の目のよう。もう耐えられなかった。
「立野、今日はもうやめたら? 跳ぶのは気持ちいいものでないと」
 立野はうつむき、頷いた。
「そうだね。空にまで見放されたら、あたしはどこへ行けばいいのか」
 立野は途方にくれたように大きな空の下で泣いていた。
「大丈夫。見放したりなんかしないよ」
 「俺は」、とつけたかったが、それはやめた。
 立野は自分の小麦色の腕を一度見て、ふうとため息をついた。そんな立野はいくら小麦色の肌をしていても、いくら髪が短くても、頼りない、一人のか弱い少女でしかなかった。
 俺は立野の後ろからそっと抱きしめるように手を伸ばした。もちろんその手は立野を抱くことは出来なかった。すり抜けてしまうだけだ。立野はそんな俺に気付いていないようで、泣き続けている。
 立野はこんなにも不安定で……。
 ――どこにも属していない。
 立野の言葉がよみがえる。俺が自分のいない教室を見たときに感じた、悲しさや、居心地の悪さ、そして疎外感に似たものを立野も感じているのではないか。居場所がないとはなんと寂しいことだろう。

 でも。
 俺たちはとても似ていて、でも決定的な違いがある。

 立野は男女どちらにも属していないと思っているが、俺の目から見ればちゃんと女に属しているし、俺の時間は止まらなくてはならないが、立野の時間はこれから進ませないといけないということだ。
 生きている人間と死んでいる人間のどちらにも属さない、幽霊の俺だからこそ、きっと立野を理解できる。
 だが……。
(立野……。泣かないで……)
 自分が幽霊であることをこんなにも切なく思ったことは初めてだ。
 立野を抱きしめて安心させたい。 
 ――いや、思いっきり抱き締めて、抱き締めることで思いを伝えたい。
 今まで女子に特別な感情を持ったことなどなかったが、今のこの少女に対する想いは特別なものであると俺は確信した。

 俺は立野が好きだ。

(泣かないで……)
 泣いている人の体温はこんなに熱いと初めて気付かされた。
 立野の吐息が熱い。
 こんなにも近くにいて、立野を感じることができるのに、触ることが出来ないなんて……!
 神様は残酷で、優しい。
 恋を知らずに死んだ俺と、恋を拒む立野に、神様は切ないプレゼントをくれた。
 絶対に結ばれぬ恋。
 それでも、それでも恋することが出来てよかったと思えた。
 俺はこの感情を知らずに死ななくてよかった。立野と過ごせたひと時は、本当にかけがえのない時間だ。

 ――それは眩しい空のような時間――。

(今夜、立野を救いに行こう)



   十



「立野、部屋、入っていい?」
 俺は立野の部屋の外から声をかけてみた。
 夜に部屋に入るのは、幽霊になった日以来だ。
「……いいよ」
 風呂上りなのか、立野の上気した顔と、濡れっぱなしの髪から漂うシャンプーの香りは、俺を動揺させた。  
 しかし、今日は。
 立野を救うんだ。
 気を取り直して言葉をかける。
「あのさ、最近、調子悪いよな。高倉って奴と話してから。
高倉とはどんな関係なわけ?」
「……。
小学生のとき、あたし、女子のグループ戦争とかが嫌で、男子の仲間に入ってたんだ。男子もあたしのことを女と思ってなかったし、あたしは男子の考えや、遊びのほうが理解できたから。
久もそのとき遊んでた男子の一人」
「ふーん。男子の仲間か。
じゃあ、女子のことを立野が嫌ってるのは、小学生のときからってことか?」
 立野は、は? という顔をした。
「……別に、嫌ってるわけじゃない。ただ、理解ができない。
 グループを作ることもその一つだけど、同じ女子なのにあたしは彼女たちの気持ちが解らない。
 あたしは香水や、口紅や、短いスカート、華やぐような声、そういうのが、男子に媚びているような、そんな気がして、自分は絶対にしない、と思っているだけ。だから同じと思われたくないの。
 中学生になって、男子も女子もお互いを意識しすぎているっていうか。なんかそういうの気持ち悪い。
 あたしはセーラー服を着せられてから、男子は仲間に入れてくれなくなって、でも女子の仲間にも入れないあたしははみだしちゃった。
 どっちにも属せず本当は戸惑っているのかもしれない。自分だけ取り残されたような。
どうしてみんな変わっていくんだろう」
 途方にくれたような立野の声。
「そっか……。
媚びてる、か……。それはどうなんだろうな」
 居場所がない辛さは分かる。でも。
「立野の偏見もあるんじゃないか? 好きな人に好きになってもらいたい。きっとそういう気持ちが行動にでているのかもしれないよ?」
「その、好きっていうのも理解できない。
男子も女子も、簡単に誰々が好きだのなんだのって言ってるけど、好きって何? その人のどこが好きなの? 全部を知り得るわけないのに好きなんてどうして簡単に言えるの?」
 確かに立野の理論は正しい。
 でも、好き、というのは感情であって、理論で説明できるものじゃないのではないか。
 俺も異性を好きになるという感情は、よくわからなかったのは事実だ。でも、好きな人の話をする友人の顔を思い出すと、あれが嘘の感情だとは思えない。

 それに。今は判る。

 自然と視線が行ってしまうこと。その人を知りたくて、理解したくて、その人で頭がいっぱいになること。独り占めしたいとまで思うこと。
「……じゃあ、立野は好きな人がいないんだな? 高倉にもそう言ってたもんな」
「いない。あたしの想いをその一言で片付けるなんて、嫌だ」
 なぜか、立野は泣きそうな顔で言った。
 俺はどきりとした。
「『あたしの想い』? それは……」
 高倉が言ってたハンドボール部の奴なのか。
 俺は胸にちりちりと焦げるような痛みを感じた。
 立野の想う人。いるのは事実なのではないか。それだけでこんなにも胸が苦しい。
「……もう、判ってるんじゃない?」
 そんな俺に、立野はいつもとは違う、か細い声でそう言ってきた。
「全然判らないよ」
 俺が、訳がわからずにそう言うと、立野はぬれた瞳で俺を見た。
「――嘘!
とにかく、あたしは笑顔が眩しいと思ったのよ。快晴の空みたいって。その笑顔を見れば幸せになれた。
好き? わからないよ!
異性だからとかを超えた、眩しい光のような存在だった。だから、「好き」という簡単な言葉で片付けたくなかった。
届かないからこそ神々しく、綺麗な……。そんな想いなんだから。他の女子とは違うの。違う想い。そう思いたい。
――だから青木、あたしを気持ち悪いと思わないで!」
「……え?」
 最後の一言はいったいどういう意味なのか。
 聞いていて、恥ずかしくなるような、純粋な賛美。それは誰に向けられたものなのか……。
 高倉の言葉が蘇る。
 ――「空、まさにあいつの名前だよな」――。
 空の好きな親父がつけた空を表す名前。ハンドボール部。
 もしかして。それは……。
 それは?
「俺、だったのか?」
 呆然と呟く。立野は耳まで真っ赤にして、俯いている。それは肯定。
 こんなときなのに、そんな立野が可愛いくて、抱きしめたくなりそうだ。
 だが。同時に覚えた違和感を、俺は放って置くわけにはいかない気がした。
「立野。立野は空を見るとき、俺を想ってくれていたんだな?」
「……そう」
 嬉しさに胸が震えた。立野が自分を……。
 でも。
「それがどうして気持ち悪いとか思うという結論になるんだ?」
「え?」
 立野は捨てられた子犬のような瞳で俺を見上げた。
「だ、だって。青木はあたしのことを、知らないし、あたしに対して特別な感情も持っていないんだよ? それなのに、あたしは毎日青木の笑顔を思い出して、幸せに思ってたんだよ? 気持ち悪くないの?」
 立野は自分の想いは崇高だと思う一方で、その想いを否定しているのか?
「想うことは自由だろ? そんな風に考えなくていいよ。現に、俺は立野の想いがとても嬉しいよ?」
 立野は、珍しいものを見るように俺を見た。完全に予想外の言葉だったようだ。
「ただ。ひとつ聞きたい。立野の想いは、俺の笑顔だけに対する想いなのか?」
 もし、そうであるのなら、それは、好きという感情ではないような気がした。好きというより、憧れとかのほうが近いのかもしれない。立野はそれに気づいているのだろうか。それが疑問だった。
「……」
 立野は混乱していた。
「ああ!」
 立野は小さく声をあげ、俺をまっすぐに見た。そして、涙を流した。
「立野?」
「笑顔だけでよかったのに。それで満足しなければいけなかったのに。
 青木が近くにいるから。青木がいろいろ見えてきてしまったから。青木は予想以上に優しいし、予想以上に可愛いし、だから」
 息をするのも忘れたように立野は早口にそう言った。
「だから?」
「幽霊の青木はあたしだけの人のようで」
 涙でぐしゃぐしゃの立野の顔。
「それをどう思ったんだ? 立野!」
「嬉しくて、誰にもあげたくない! 独り占めしたいと、恐れ多いことを!」
 俺の誘導のままに、震えながら叫ぶように立野は言葉を放った。
 ふう、と俺は力を抜いた。俺が霊体でさえなければ、立野の頭をぐしゃぐしゃになでて、ぎゅっと抱きしめていたところだ。
「恐れ多くなんかないよ。
好きになったら誰だって思うことなんじゃないかな。俺も今まではよく分からなかったけれど。
好きというのは、さっき立野が言ってたような難しいことじゃなくて、もっと単純な感情なんだと思うよ。独り占めしたい。ずっと一緒にいたい。抱きしめたい、とかね?」
「これが、好き? なの? じゃあ、あたしもあの女子たちと一緒?」
「そんなに女子と自分を区別しなくてもいいんじゃないかな? 立野は自分で女子に属さないように思っているだけだよ。俺から見たら立野はちゃんと女性だよ。立野は男子になりたいの?」
「え? わからない。男子に属していたころが楽だったから……」
 立野は困ったように呟いた。
「うん。楽だったんだな。でも、今は男子とも分かり合えなくなった……」
「そう……。
あたしは変わらないでいたいのに、周りがどんどん変わっていく。あたしだけ置いてけぼりのような気がして。どうしていいかわからなくなる」
 俺はずっと考えていたことを言うことにした。
「本当は羨ましいんじゃないか? 変わっていく、女性らしくなっていく女子たちが」
「?!」
 同じセーラー服の少女たち。でも立野とは変わってきた。それを立野は見ていた。自分は変わっていないと思いながら。 
「そんな。分からないよ。
でも……変わっていく彼女たちを確かに羨ましく思っていたのかもしれない。ただ、あたしはあんな風には変わりたいとは思わなかった」
「うん。そうだったんだな。変化に戸惑い、さらに変化の仕方も受け入れられなかった。もともと女子と分かり合えなかったのに、さらに変化されちゃ、ますます分かんないよな」
 俺の言葉に、自分の考えていたことが、今やっと判ったかのように、立野は素直に頷いた。
「でも、西月先輩は素敵だと思う。
あの方は、かっこいいけど女性だと感じる。あんな風にならなりたいと思ったことはある。
でも、あたしはいつまでたっても男子みたいなままで……。
なのに男子にも属せなくなってあたしはどうすればいいかわからない」
 でも、この少女は自分も既に変化し出していることが判っていないんだな。
「立野。男子に属せなくなった立野は、それを悲しく思うかもしれない。でもそれは仕方ないことなんだ。
立野。立野は間違いなく女性として変化しているよ」
「え?」
「判ってないのは自分だけ。ショートカットが、なんだ。日焼けがなんだ。立野の考え事をしてるときの横顔。凄く綺麗だぞ?」
 俺の言葉に、かあっと立野は頬を染めた。
「うん。そんな顔も可愛い。それに、正直俺は、ハイジャンで一緒に跳んでるとき立野の体に目が行くのを止められなかった」
 立野はさらに赤くなり、俯いた。
「空を見上げている立野も好きだ。
そして、今日、話してますます思ったよ。立野は純粋なんだって」
 俺も言ってて恥ずかしいのだが、立野に判らせるためには仕方ない。もう、この際だから全部白状してしまおう。
「もっと立野が知りたいし、俺が生身の人間なら触りたいとか、抱きしめたいとか、思ってたよ。どうだ、気持ち悪いか?」
 立野は真っ赤な顔をふるふると左右に振った。
 俺は思わず笑顔になった。
「あー、残念。幽霊で。
でも、立野が空のように仰いでた人間は実はこんなごく普通の人間だったんだよ?」
 その俺の笑顔をやはり眩しいものを見るように、立野はただじっと見た。
「普通? でも、やっぱり青木は特別。あたしの中は青木でいっぱいだ」
 立野は両手をきゅっと胸のあたりで組みながらぼそぼそとそう言った。
 やっぱり、立野はこんなにも可愛い。
 心残りなんてなかったはずなのに。
 生きているときに立野と仲良くなりたかった。 死んでから初めて恋をするなんて。
 立野の魅力に気づいてるのは自分だけではない。
 高倉久。あいつは立野が好きだから、あんなに立野のことを知っていたのに違いない。立野のそばにこれからいる男が、自分でないことがかなり癪だが、こればかりは仕方ない。

 ……青木、青木、死んじゃったの?……

 もう俺は思い出していた。自分が立野の部屋に現れた理由。
 自分を強く呼ぶ声が聞こえたんだ。だから来てしまった。
 そして、今、自分の役割はもう終わろうとしているのにも気づいた。
 自分がどこにも属せないことに戸惑いと苛立ちを感じていた、細い少女。
 女性でありながら、そのことを受け入れられず、自分の感情さえ否定し続けてきた幼い少女。
 だから、時を留めたいと、一心に跳び続けていた少女。
 そんな彼女をもう解放してあげてもいいのではないか。
「立野、俺は立野を好きになったよ。だから、そばにいられなくなるのはとても哀しい」
「え?」
 立野の黒い瞳が戸惑うように揺れる。
「立野。もう、気づいたよな? 
変化は悪いことではない。生きているからこそ起こることなんだよ。
もう、俺には起こらないけど、立野は日々、女として、人間として変化していってるんだ。それは恐れることじゃないんだよ。
そして。好きという感情は、決して汚いものではなく、むしろ尊く美しいものなんだよ。恥ずかしいものなんかではないんだ。もう、自分を許してあげなよ」
「許す? 
青木?」
 立野は何かを予感したのか、不安な顔で俺を見つめてきた。
「俺はもともと現世にいてはならない人間なんだ。そんな顔をしないでくれよ。心が痛む」
 立野は再び泣きそうな顔になった。そしてぶんぶんと頭を振る。すがるような目で俺を見た。
「青木、まだ、そばにいてくれるよね? 
まだよく解らないけれど、自分が凄い偏見を持っていたことが分かった。この自分の感情が「好き」ってことなんだと……。
そう。あたしは青木が好き! だから一緒にいてほしい。まだまだ、たくさん話をして……。
現世にいてはならないって何? 青木はここにいるじゃない! あたしは青木なしじゃ生きていけない!」
「立野……。そんなこといわないでくれ。俺もそうしたいのは山々なんだけど、体が言うことをきかない。
もう、俺の役目は終わったんだ。こんな、損な役目なら……。
……いや、でもやっぱり立野のもとで一緒に過ごせてよかったと思えるよ。
立野。もう俺はすでに死んだ人間なんだ。幽霊という状態は自然の摂理に反している。
でも、不安定な存在だからこそ、不安定な立野を救えた。そして、生まれて初めて、恋することができた。
俺は満足だよ」
 俺は笑顔で言った。
「こんなに短い人生で満足なんて! そんなはずない! こんなに短い一生があるというのなら、なぜそんな短い時間のために人は生きるの? まるで人は死ぬために生きてるみたいじゃん! おかしいよ! なぜ人は生きなきゃいけないの!?」
「立野、人はいつかは死ぬ。でも、だからこそ人の生き様は美しいんじゃないか? 
俺はたまたま人生が短かった。でも、悔いなど微塵もないよ。
ハイジャンは短い時間に全てをかけるだろ? 俺の人生もそんなものだった。でも、いい景色が見られたと思っているよ。だから悲しまないでくれ。
立野はまだ生きていて、これから未来が広がっているのだから。時間を留めるために跳ぶのではなく、未来のために跳んでおくれよ」
「そんな……!」
 涙でぐしゃぐしゃの立野の顔。
(そんな顔するなよ。
神様。いるというなら一度だけ)
 俺は立野の体を抱き寄せた。軽い重みが確かに腕にかかった。
(神様、感謝します)
「じゃあな」


      十一


 一瞬、青木の体が光の煙のようになり、次の瞬間、その光がぱあっとはじけて温かい光が、あたしの部屋を満たした。
 そして、あたしの他には誰もいなくなった。
 軽く唇に触れた感触はなんだったのか。
 あたしは呆然として、消えてしまった青木を探した。
「青木? 青木?
青木……逝っちゃったの?」
 青木は取り残されたようなあたしの存在を救ってくれた。
「青木……。
あたし、青木のこと大好きだよ。自分が女であることも少しずつ受け入れていくよ。それから、これからも毎日空を見るよ。だって青木は天国にいるんだからね」
 ポタポタと零れ落ちる涙は、終わりを知らないようで。
 あたしは一晩中そうしてベットの上で泣いていた。泣いて、青木が死んでしまっていたことを受け入れたのだった。



 いつもと変わらぬ朝がきた。
 変わったのは青木がそばにいないということと、今までとは少し違う自分がいるということ。
 やはり黙々と朝ご飯を食べて、あたしは家を出た。
「いってきまーす」
 今日は十二月にしては珍しく、雲のない快晴だ。きっと青木の機嫌がいいのだろう。
(青木、見てる? あたしはまたいつもの毎日を繰り返すよ。でも、昨日のあたしと今日のあたしは、ちょっと違う。青木が変えてくれたから)
 校門をくぐろうとすると後ろから声をかけられた。
「立野!」
 高倉だった。
「おう、おはよう、久」
「お、おう。あの……、こないだはごめんな。あんなに怒るとは思わなくて……」
 本当にすまなそうに高倉が謝ってくる。
「いや、こっちこそ、取り乱して悪かった」
 なんだか、あのときの自分が妙に子供じみていた気がして、あたしは素直に謝罪した。
「そんな……。俺こそ、触れられたくない領域に踏み込んじまって悪かったと思ってるよ」
 高倉は優しい。
 あたしはにっと笑って、
「じゃあ、こないだのことは忘れよう」
と言った。
「そう、だな」
 高倉は戸惑いながらも頷く。まだ何か言いたげだった。
「ん? どうかしたの、久?」
 あたしが不審に思って問いかけると、高倉は明らかに動揺した様子を見せた。そして、何度か息を吸い、決心したように口を開いた。
「あ、あのさ。実はほんとはあのとき言いたいことがあって」
 高倉の様子に、不思議に思いながら、あたしは、
「うん?」
と先を促す。
 すると、高倉は困ったようにもじもじと坊主頭を掻いた。そして、もう一度大きく息を吸い込んだ。
「お、俺、立野が好きなんだわ。
でも、立野が好きだった奴、知ってるし、気長に待つつもりだから」
 叫ぶように言って、高倉は口を閉ざした。
「?!」
 あたしは、真っ赤になっている高倉をまじまじと見た。
 ――私を好き? 
 確かに高倉を見ていると、自分がいかに「好き」ということに対して偏見を抱いていたかが解る気がした。どうやら、高倉は本気らしい。
 純粋にその好意を嬉しいと思える自分が今はいた。
「久、変わった趣味だな」
「っ! なんなんだよ、立野。いーだろ個人の趣味の問題なんだからよ」
 あたしの言葉にちょっとむっとした高倉に、あたしはにやりと笑いかける。
「……、なんか企んでるだろ。立野?」
「あたしの好きな人を知っているなら話は早い。
あたしが青木を思い出にできるか、久がそれまであたしを想い続けられるか。根競べだ、久。どう?」
 むうと高倉は顔をしかめた。
「亡き人がライバルってーのは、ちと辛いな。奴はかっこいいまま立野の心に残ってるんだろ?」
「まあね。でもそんなんで、びびるぐらいなら、告白なんかしないことね」
 あたしは意地悪く笑ってみせた。すると高倉はあからさまに怒った顔をした。
「なにおう? 誰がびびってるって? こっちはガキのころからの付き合いなんだぜ? 負けてたまるかってーの!
のってやるぜ、その根競べ!」
 勢いよく高倉は言葉にした。そんな高倉に、あたしはくすりと笑う。
「青木と過ごした時間より、これからは久と過ごす時間が長くなるんだ。逆に有利かもしれないよ? ま、せいぜい頑張ることね」
 事実、いろんな面が見えれば見えるほど好きになる場合だってある。青木がそうだった。
 でも、その青木はもういない。あたしはあたしの世界を生きていかなければならない。
(そうだよね、青木)
 晴れた朝の空を仰ぎ、あたしは心でつぶやく。
 青木が悔いを残さず生きたように、自分も自分らしく精一杯生きなければならない。
 それが残された者にできることだ。
「なるほど、ようし、今日から早速実行だ。帰りは俺が送るからな!」
 高倉は納得したように笑って言ってきた。
「張り切ってるね、久。
いつ終わるかわからない部活の間、待つ根気があるなら頑張りな! っと、朝錬に遅れるよ! 走れ走れ!」
 あたしは部室に駆け出した。
 そして、今日も居眠りをしながら授業を受け、その後、部活に行くのだ。
 それがあたしの生き方だ。


「立野、フォームよくなってきたぞ、その調子! 」
 西月の言葉。
「はい!」
 嬉しくなって返事をした。
「バー上げてみようか。百四十一センチ。大丈夫二センチぐらいどうってことないよ」
 からからと笑う西月に、あたしは、
「それは先輩だからですよ」
とぼそりと呟く。
「何か言った?」
「いいえ、何でもありません!」
 新しい未来があたしにはある。
 まずはこのバーから。
「立野、跳びます」
 一言自分に告げるように言った。
 助走にも力が入る。バーが近づいてくる。大丈夫。きっと跳べる。
 トッ、地面を蹴る。背中を反らす。
(ああ、綺麗な空だ)
 最後に足がバーに引っかからないように上げて……。
 トスッ。
 かすかに揺れるバーが上に見えた。
 ひんやりしたマットの感覚。
(ああ、青木、初めて百四十一センチ跳べた! 見てる? 青木!)
 喜びが沸き起こってくる。しばらくマットに背を預けたまま、あたしは空を見た。
 どこまでも広がる青い空と白い雲。でも。
 空は止まってなどいない。雲は流れ、日々は移ろい、未来へと続いているのだ。
「跳べたじゃん! 立野お!!」
 西月の嬉しげな叫び声。
 こうやって、日々、空に段々近づいていく。やっぱり、この感覚はやめられないな。
「感覚残ってるうちに、もう一度跳びます!」
 あたしは笑顔になって西月に叫ぶ。
「おう! 頑張れ!」
 西月の声を背に、助走に入る。
 ……「空」……
 初めてのハイジャンの感想を述べた青木の言葉が蘇る。
 そして。
 あたしは跳躍した。視界には青木の全開の笑顔のような……。
 ――空!――


                          おしまい


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アルファポリス「第2回青春小説大賞」(期間は2009年11月1日~2009年11月末日に)エントリーしています。
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こんばんは、天音花香です。

若干時期はずれになってしまいましたが、
こちらも、青春恋愛小説です。
楽しんでいただければ幸いです。

<登場人物>

木崎 りり(きざき りり)
・・・主人公。中学生のときの恋愛をひきずっている少女。ちょっとぼんやりしているかもしれない。

坂口 悠香(さかぐち ゆうか)
・・・りりの中学生のときからの親友。しっかりもの。

市野 健二(いちの けんじ)
・・・りりの小学生のときの好きな人。今は親友。悠香とも仲がよい。

徳山 誠人(とくやま まさと)
・・・陸上部に属する一年生。中距離ランナー。純粋な少年。その走る姿が、りりの癒しになっている。


<ストーリー>

 りりの学校の体育祭は恋愛イベントとして有名であった。
 
 体育祭のときに男子がキスをすると恋愛が成就する。
 長距離走で上位に入ったら、キスを拒まれない。

 そんな他愛のないジンクス。

 だけど。

 一生懸命になる彼らがいるのです。


    「体育祭(こいまつり)」



「りり、また見てるの? 徳山君」


 中学の時からの親友の坂口悠香が声をかけてきた。
「うん」
 私、木崎りりはまだ徳山君を見ながら、ぼんやりと頷いた。

 徳山君は陸上部の一年生。中距離ランナーだ。
 私は彼の走り方が好きだ。本当はきついだろうに、それを面に出さずに、一心に走る。走り終えた後だけ、呼吸を整えるため手を膝につき、肩を上下にゆらす。荒い呼吸にも関わらず、顔は爽やかで、額の汗を拭う姿が様になる。
 一つ年下の可愛い男の子。


 私が陸上部の練習を見るようになったのはいつからだっただろう。

 高校二年に進級するとき、別の学校の彼と別れた。

 彼は陸上部の短距離選手だった。

 彼は走るのが好きだったようだが、走っている時の彼は苦しい表情だったのを覚えている。

 中三のときから付き合いだして、一緒にいれる時間がとても嬉しかった。勉強をしているときでさえも。

 彼は陸上の有名な高校に入り、私たちは別々の学校に通うことになった。
 最初のうちは待ち合わせをして途中まで一緒に帰ったり、彼の部活を見に行ったりするのが楽しかった。好きだからお互い時間を割く。

 でも。

 好きだけど、時間を割くのが苦しくなっていった。

 きっとまだお互い好きだったと思う。だけど。

「まだりりが好きだよ。だけど、もう会う時間を作るのがきついんだ。りりもそうじゃないかな? もう、俺のために無理する事はないから」

 私たちは別れた。
 桜の花びらがさらさらと舞い落ちる季節。
 涙みたいだ。ああ、泣いているのは私か。



 それからの私は不安定で、ぼうっとする日が続いた。周りの景色さえ虚ろに映った。何もかもにもやがかかったような。生きながらに死んでるような。

 事情を分かっている悠香は私を酷く心配してくれたけれど、なんて声を掛けたらいいのか分からない様子だった。
 でもずっとそばにいてくれた。


 ゴールデンウィークを過ぎた頃、何気なく、帰りにグラウンドを見た。
 たくさんの部活の中で、練習する陸上部員だけが目に入った。
 私は自覚なしに、座り込んだ。そして陸上部の練習を久しぶりに見た。その視界がぼやける。頬を熱いものがいく筋も伝った。

 なんでこうなっちゃったんだろう。彼が走るのを見るのが好きだった。時間? 本当に好きなら、きっと割けたはず。
 お互いの想いが薄れた結果だ。


 ――私はもう、好きな人なんかいらない。

 私はそれからと言うもの、陸上部の練習を見るようになった。最初は泣きながら。
 夕日を受けて走る部員たちは輝いて見えた。元彼がそうだったように。

「おい。思い出すぐらいなら、見るのやめれよ」

 声を掛けて来たのは市野健二だった。小学生の時に好きだった人で、告った時には、
「他に好きな奴いるから」
と断られた。今は親友のように仲がいい。
「いいんだ。見るの好きなの」
「だったらいいけど、現実に戻ってこいよ?」
 それは嫌だった。


 徳山君が目に入ったのは偶然だとしかいいようがない。
 徳山君は元彼とは走る距離が違う。必然的に走り方も変わってくる。全力疾走の短距離、力の配分の難しい長距離。そのどちらにも属していて属さない中距離。徳山君のフォームは綺麗で無駄がなかった。

 私は次第に徳山君を見るようになった。徳山君をというより、徳山君の走る姿を。見ているときはすべてがスローモーションのように見え、時間がゆっくり流れているかのように感じられた。それは今の私にとっては心地よいことだった。


 ある日、部活が終わったようなので帰ろうとすると、
「ずっと練習を見ていますよね?」
と、徳山君に声を掛けられた。
「……」
「陸上好きなんですか?」
 徳山君の声は高めで、スポーツ刈りをした髪は日にすけて茶色に光っていた。そして、色素の薄い優しい瞳をしていた。
「すみません。以前、泣きながら見学されてたので、気になって……」
「うん。でももう大丈夫。大丈夫なの。
あなたはとても綺麗な走り方をするのね」
「え? 恥ずかしいなあ」
 徳山君は照れたように視線をうろうろさせた。

 可愛いな。

「あの、先輩? ですか?」
「そう。二年」
「お名前は?」
「木崎 りり」
「僕は徳山 誠人といいます」
「よろしく。今日も練習お疲れ様。じゃあね、徳山君」

 ーーもう人を好きにはならない。だからこの距離ぐらいが傷つかなくていい。なんて都合のいい、名前のない想い。

「……」
「でもこのままじゃ徳山君、勘違いしちゃうかもよ? いや、もうしてるのかも」
 悠香がそう言った。
「大丈夫だよ。多分……」
 私はそう答えながら、正直、微妙なところかもと思う。

 最近徳山君は、部活中こっちをよく向くし、部活中じゃなくても、校内で会ったときは笑いかけてくる。そんな純粋な笑顔を痛く感じることもある。
「りり、……徳山って奴が好きになったのか?」
 健二が話に加わって来た。
「だから、違うんだよ。そういうのじゃなくて、目の保養」
「……って、好きなんじゃん」
「違う。もう人は好きにならない。あんな思いはしたくないから」
「……ふーん。でも、それ、寂しくないか?」
「だよね! 私もそう思う。世界中にはいろんな人がいるんだよ? 元彼と同じ結末になるとは限らないよ?」
 悠香も健二の言葉に頷いた。
「……まだいいや」
 私の返事に、悠香と健二は顔を見合わせ、溜め息をついた。
「でも、りりにはりりの事情があるけど、徳山君を勘違いさせてるんだったら、やっぱり可哀相だよ。それは考えてあげなよ?」
 悠香の言葉に、
「……うん……」
と私は頷いた。苦い思いが広がる。
 私は徳山君が「好き」ではないのだ。でも、彼の走りを見ることで、癒されている自分がいる。この感情をどう表現すればいいのだろう。
「でも、そんな簡単に誤解するものかな?」
 私は自己弁護の言葉を口にする。
「視線って意外に気付くものだよ?」
 健二が私の目をまっすぐ見て言った。その言葉には力があって、私は自分のしていることに罪悪感を覚えた。

「分かった。やめる」
 私は徳山君をこれからも好きになるとは思えなかったし、見ることで一方的に迷惑をかけることになるのであれば、やめることは仕方ない結論なんだろう。

 私はその日からグラウンドに座り込むのをやめた。時々、廊下の窓から徳山君を見ることはあったけれど。


「先輩、最近部活見に来ませんね」
 廊下で偶然徳山君とすれ違ったときだった。悲しげで、それでいて責めるような瞳が私を捕らえていた。
「……」
「ま、体育祭も近いし、走りこみしてる男子が多いからな。いづらいよな」
 横にいた健二がさりげなくそう言った。
「う、うん。そう。創作ダンスの練習もあるし……」
「創作ダンスね。いまいちよくわかんないんだよな、あれ、抽象的過ぎて。男子はタンブも長距離走もあるから大変なんだぜ」
 健二が私の言葉の後を引き継ぐ。


 うちの高校の体育祭は変わっている。

 ビル街にある学校のグラウンドは小さくて、体育祭のときだけ、少し遠くにあるグラウンドを借りる。
 泊まり込みで二日に渡る体育祭。恋愛イベントとしても有名だ。
 その二日のうちに男性からキスをされると恋人同士になれるという言い伝えがあるからだ。
 また、体育祭の目玉は他校が応援コンテストや男子のタンブリング、女子の創作ダンスなのに対し、うちの学校の目玉は、それらにもう一つ、全学年男性長距離走というものが加わる。
 グラウンドを五周、外周を三周。約八キロに渡る長距離走。
 そして、この競技で上位になった男子はキスを拒まれないというジンクスもあって、男子は体育祭が近付くと、みんな走りこみをするのだった。

「でさあ……」
 健二は他の話をふるようにして、そのまま通り過ぎようとした。だが。
「その人と付き合っているんですか?」
 徳山君は私たちを逃がしてくれなかった。
 私と健二は一瞬目を合わせた。健二は私から目をそらして、徳山君を見た。

「そうだって言ったら?」

 え? 私は驚いて健二を見る。健二は挑戦的な視線を徳山君に送っていた。
 ?!
「……」
 徳山君は一瞬黙って、健二の目をじっと見つめた。
「そう……ですか……」
「……すみませんでした」
 と目伏せ、言うと、徳山君は歩いて去った。その背中は少し寂しく見えた。私は自分が傷つけてしまったことを後悔した。
 
 ごめんね、徳山君。

 それにしても。

「……健二」
 私は戸惑って、健二を見つめた。
「ばーか。ああ言えば、ひくと思ったんだよ。ま、あれでひくようじゃ、それぐらいの気持ちってことだな」
 健二は私から目をそらすようにして、歩きながらそう言った……。


「え? 気づいてなかったの? 健二はたぶんりりが好きだよ」
 一連の出来事を悠香に話すと、悠香は逆に驚いて言った。
「……!」
 だって、健二とはずっと友達で。親友で。
「りりのことずっと心配して、見守ってたけど、ライバルが現れちゃ、黙ってはいられないよね」
 私は混乱した。健二が? これからどう接したらいいんだろう。
「ああ、気づいてないふりしときなよ。これまでそうだったんだし、健二はりりが鈍感だと分かってるからさ」


 私は、その後健二をまともに見ることができず、当たり障りのない会話をするという関係が続いた。
「りり? なんか最近俺のこと避けてね?」
「うううん、避けてない」
「……ふうん。まあ、いいけど。
それともなんだ、何か悩んでるのか? 徳山のこと?」
 言われて、はっとした。あの後、健二にどう接すればいいかばかり考えて、徳山君のことは頭の隅に追いやられていたからだ。なんて薄情なんだろう。
「……違う。なんでもないよ」
 あくまで、悠香の予測……。
 そう思いたくなってきた。だって、近くにいる健二を意識するのは結構辛い。
 それより。
 最近、元彼のことを思い出す回数が減っていることに驚いた。
 会えない人より、会える人の方が印象が増すのは仕方がないのかもしれない。

 私が薄情なのかな……。
「いいんじゃない? 最近りり、元気になってきたから、私も嬉しいよ」
「そっか……」
「徳山君は、もう、いいわけ?」
「え? どういう意味?」
「もう何も思わないの?」
 難しい質問だった。
「うーん、もともと恋愛対象ではなくて、走る姿を見てどきどきするのが至福のときだったの……。だから、今でも廊下の窓から見ることあるよ。やっぱり綺麗なフォームだと思うし……」
「はた迷惑な感情だねえ、それは」
「だね」
「体育祭、もうすぐだね。今年はりりの周りは荒れそうだ」
「ちょっと、そんなこと言わないでよ! 何も起こらないよ」
「私にも恋来ないかなあ」
「悠香。おばちゃんみたいなこと言わないでよ」
 そう言った私に、悠香は真剣な瞳を向けてきた。
「?」
「……りり。
……もし、健二が何かアクションを起こしてきたら、真剣に考えてあげてね」
「え……?」
「別に、付き合えとは言わない。ただ、茶化さずちゃんと考えてあげて。でないと私が救われないから」
 私の胸がどくんと鳴った。悠香、もしかして……。
「悠香……!」
「いいの。私のことは。好きな人が自分を好きになるなんて奇跡はそうないってことぐらい分かってるから。それから、りりは自分を責めないでいいから! りりが悪いわけじゃないから。仕方ないことなんだから」
「……ごめんね」
「何に対して?」
「……わからない。でも、ごめん、悠香」
 悠香はじっと我慢していたんだ。自分の好きな人が、自分の親友を追う姿を見るのはどんなに辛いだろう。
 私は泣いていた。
「なんでりりが泣くのよ。もう、本当に仕方ない子だねえ」
 いつも強気な悠香の声が震えていた。
「うまくいかないね。心って」
「そうだね」
 私も傷ついた。でも、私はいろんな人を傷つけているのも事実なのだ。
「みんな両想いの世界があればいいのに」
「そうだね」
 私たちはしんみりとしながら、七月になった空を眺めた。
「眩しいね」
 そう言って二人で泣いた。


 体育祭一日目。

 その日はよく晴れていた。九月になって始めてのの土曜日。保護者や、近辺の人々が見学に来ていた。
 始まってすぐに行われたのは男子のタンブリングだった。
 集中力とスタミナを要する競技だから始めに行われるのだ。男子たちは長距離走の練習とともに、このタンブリングの練習を懸命にしていたのを思い出した。
 小学生のときには組み体操をしたのを覚えているが、それとは迫力が全然違う。鍛え抜かれた上半身は彼らの勲章だ。

 男子たちの太い掛け声がグラウンドに響く。
 少人数から、段々と組む人数が増えていく。一つ一つが決まるごとに拍手が贈られた。
 一番の見所は七ピラと呼ばれる七段のピラミット。支える腕が振るえ、苦痛に顔をゆがめ、それでも彼らは七段のピラミットを成功させるために耐える。
 そして、四ブロックのうち、成功したと同時に崩れるブロックが三組だった。残った一組も、何秒かで崩れた。だが、青空に聳え立つ七ピラは本当に見事だった。
「息をするのを忘れちゃうよね」
「うん。健二一番下だったね」
「きつかっただろうね。本当にがんばったよ」
 私は悠香と同じブロックの応援席で隣同士に座りながら、彼らを見ていた。


 それからは、百メートル走や女子の棒引きなどが行われた。七、八月、補習の後に、毎日練習があったが、今日が本番だ。
 二年目の私は一年生だったときの用にがむしゃらに練習はしていなかったけれど、でも、今日はやっぱり必死になっていた。
 棒がどちらに引かれるかなんて、本当にどうでもいいことなんだけれど。それでも裸足の足を棒と垂直にして、頭をからっぽにして引き合っている自分がいた。
 男女が一緒に行う綱引きも白熱した。
 点数が得点版に書かれていく。だが、競技をしているときは点数のためというより、なんだか何もかもを忘れて、没頭していた。

 そして、初日最後の競技が始まろうとしていた。
 男子長距離走だ。

 傾き始めた太陽が、男子たちを照らしている。男子たちはストレッチなどをしてスタート地点に立っていた。

 パン! と乾いた音が響いた。

 いっせいに走り出す男子たち。
 徳山君はやっぱり綺麗な走り方をして、先頭グループの中にいた。そして、意外なことに健二もその中にいた。
「健二、ずっと走りこんでたんだよ」
「……そうなんだ」
 彼らの瞳はとても澄んでいて、まっすぐ前に向けられていた。何が見えているんだろう。
 規則的な息遣いが聞こえてきそう、こんなに遠いのに。
 多くの声援が飛び交っているのに、私には聞こえなかった。時間が止まっているような気がした。その中で長距離走をする男子たちだけが動いているように思えた。
 グラウンド五周の間に、段々差がついていく。
 私の目は徳山君を見ていた。彼の走りに乱れはなかった。
 陸上部と競争は他の男子はきついよね、と思う。ふと健二を見ると、先ほどより口が開いていた。
 ジンクスなんて、もうどうでもよかった。
 がんばれ! がんばれ!
 その言葉しか頭に浮かばなかった。

 先頭集団がグラウンドを出て行った。
「どうなるかな」
「わかんないね」
 自然と口の前で指を組んで祈っていた。心臓がうるさい。
 がんばれ!
 外周三周の時間が酷く長く感じられた。太陽が段々と沈んでいく。
「……ねえ、りり、どうするの? キスされそうになったら」
 悠香が遠慮がちに聞いてきた。
「今はわかんない。そのときになってからじゃないと」
「どっちに勝ってほしいの?」
「それもわかんない。二人ともがんばってほしい」
「……そっか……」
 悠香が自分の足の指先を見つめながらそう呟いた。
「酷い女だと思う?」
「うううん、そういうんじゃない。ただ、どんな気持ちなのかなと思って……」
「考えないようにしてるだけかもしれない。それに、本当にキスされるかなんてわかんないよ。徳山君はあれから何も言ってこないし、健二だって本当は私のこと思ってないかもしれないじゃん。」
「それは、違うと思うけどな。だって、でなきゃあんなに必死にならないよ」
「……悠香……」

 悠香が寂しく微笑んだので、何か言おうとしたときだった。
 大きな歓声が上がった。
 先頭集団が戻ってきたのだ。
 健二は? さっき苦しそうだったけど……。
 ――いた!
 徳山君はやはり先頭集団にいて、健二もその中に残っていた。
 ラストスパート。みんなのペースが上がる。二人とも苦しい顔だ。
 走る。走る。走る。
 がんばれ!!
「あ……!」
 終わりはあっけなかった。先頭集団はそれほど差がなくゴールした。ゴールした男子たちは、きつそうにグラウンドに倒れこみ、呼吸を整えていた。
「!」
 強い視線を感じた。
 熱い息を吐いている健二だった。
「どうしよう。健二が見てる」
「……。前、私が言ったこと覚えてるよね?」
 健二に負けずと真剣な悠香の瞳が私を映していた。
「……うん。考える。考えてみるよ」

 結局、健二は八番だった。
「健二ってバスケ部だよね?」
「うん。がんばったね。あいつ」
 凄い健闘だった。
 徳山君はというと、なんと三番だった。
「徳山君も執念だね。一年なのに、三番って……」
 少し呆れたように悠香が言った。
「さて、期限は明日の解散まで、か……。どうなることやら……」
「……」
 先ほどまで、がんばれ! としか思えなかった頭がようやく回転しだした。
「どうしよう……」
「こればかりは、私が変わってあげられないからね。自分の気持ちとちゃんと向きあいなよ」
「そう、だね……」

 その日解散になり、近くの宿泊先の寺院に向かうころには自分の影が長く伸びていた。
「見てた? 俺、八番! すごくない?」
 健二が声をかけてきた。
「すごかった、すごかった」
 悠香が笑顔で健二を褒めた。
「……。頑張ったね」
 私もそう口にした。
「誰のため? ぐらいつっこめよ」
 健二は笑ったけど、目は笑っていなかった。鋭いとさえいえるような視線を私に送っていた。
「聞けないよー、ねえ、りり」
「う、うん」
「……まあ、うまくいくように祈ってて」
 そう言って去っていった健二の表情は分からなかった。

 健二、本当に私にキスしようとするのかな……。
 男子の真剣な視線があんなに怖いなんて思わなかった。視線って、凄い力なんだ……。
 私は今更、自分が徳山君にしていた行為を思い出して、申し訳ない気持ちで一杯になった。信じられないことだが、もう、元彼を思い出すスペースが私の頭にはなかった。
 どうしよう……。 
 私は悠香と食堂とされる場所に向かった。すると、ちょうど食事をする学生たちで賑わっていた。
 徳山君もその中にいた。一瞬目が合う。けれど、徳山君はすぐに目を伏せてしまった。 
「……」
 そんなとき、また刺すような視線を感じ、私は振り返った。
 そこには健二がいた。目を逸らしたいのだが、健二の瞳がそれを許さない。
「……」
 息ができない。
 ……。

 ……はあ!
 私は息苦しさに目を逸らして、息を吐いた。
「りり?」
「健二が、健二が見てるの。どうしていいかわからない」
 私の言葉に悠香はちらりと健二の方を見た。
「気にしなくていいよ。健二は何も言ってこないんでしょ? そしたら、りりだってどうしようもないじゃん」
「そ、そっか……」
 私はため息をついた。好きという感情はなんて強いのか。そして、怖いのか。付き合っていた彼がいたにも関わらず、私は今更そう思った。
「それにしても、断るのも辛いよね。実は私もさっき告白された」
「!」
 驚いて悠香を見ると、悠香は照れたように一度笑い、そして真顔になった。
「でも、まあ、私は健二が好きだからさ。こればかりは仕方ないもんね。相手を傷つけてしまったけれど、でも、自分に嘘ついて付き合うのはどうかと思うし……。そっちのほうが相手に失礼じゃない?」
「うん……」
「って、りりは落ち込まなくていいのよ? 私が健二が好きだからって、別にりりは気にしなくていいんだから。そのうち私にも他に好きな人ができるって!」
 悠香は強い。笑いながら背中をたたいた悠香に私は適わないなあと思った。
 それなのに、健二の視線は私に向いている。現実ってうまくいかないな。


 二日目、この日は、男子の騎馬戦から始まった。
 ドン、ドンという太鼓の音がよく晴れた空にこだまする。
 朝日を浴びた騎馬たちがゆっくりと所定の場所に移動していく。
 健二は馬の先頭だった。身長百七十七センチ、体格もそれなりにがっしりしているからだろう。まっすぐ相手の騎馬を見つめていた。私を見つめる目とはまた違った目で。
 ドドドドドドド!
 太鼓の音と同時に相手に向かって歩みを進める。
 上に乗っている男子同士が懸命に鉢巻を取り合いする中、健二は苦しい顔をして、耐えていた。

 男子の競技は苦しそうなのが多くて、可哀相だ。でも、そんな彼らの姿はこんなにも心を打つ。知らず知らず両拳をにぎり、応援している自分がいた。
「さて、次は私たちだね」
「うん……」
 男子の競技と比べると、地味かもしれない創作ダンスは、練習は結構大変なものだった。
 時間はたった四分。でも中身は濃い。
 三年生の選曲、振り付けを夏休みの間、ずっと練習した。健二が抽象的といったように、確かに見ていても分からない細かい動きなどが実は重要な意味をもっていたりする。時に一人ひとりで。ときにグループで。そして、全体で。
 四分の間に三年生の作った思いが表現される。動きをや配置を覚えるのは結構大変だし、踊り終わった後は疲れがどっと出る。でも、その達成感はすがすがしく、自然と顔に笑みが広がった。
 退場してから一時は女子同士で、声を掛け合った。よかったね! とか、やったー! とか。とにかく興奮していた。

「やっぱりわからんな、何を表現しているのか」
 ブロック席に戻ってきた私たちに健二が声をかけてきた。
「失礼ね、がんばったのに」
「うん。それは伝わった。みんなすっげー真剣。そして、華があった」
 にっと笑って言った、健二の言葉に悠香と私は同じようににっと笑った。
「そうそう、男子は怖い競技ばかりだからね。女子が華を添えないと」
 悠香が言うと、
「ブルマだったら、なおいいかもしれん」
 と遠い目をして健二は言い、悠香が、
「すけべ!」
 と健二を小突いた。
 私は、ふと気づいた。二人はこんなに仲がよかったんだ。
「……」
 小学校からずっと一緒の健二。中学から仲良しになった悠香。そっか。自然と一緒にいる時間があったからだよね。
「りり?」
 健二が怪訝そうな顔をして私を見た。
「お昼だね。お弁当食べよう!」
 私は悠香の手を引っ張った。
「りり?」
「お昼の後は応援コンテストだよ! しっかり食べないとね」
 私たちは弁当を配っている場所に歩く。
 途中で徳山君の姿が見えた。
 私の視線に気付いてか、こちらを向いた。
 目が合う。徳山君は何か言いたそうな顔をしたけれど、でも、思い直すように視線をそらしてしまった。
 どうしていいかわからない。でも、徳山君の視線には健二のような力はなかった。
「ちょっと待ってて」
 悠香は私を置いて、二人分の弁当を手に戻ってきた。
「一緒に食べようって」
 そして、後ろを指差して言った。同じブロックの女子三人が手を振っていた。
「これ、男子と同じサイズだよね。こんなに入るかな」
「だね。多すぎ」
「次、応コンだねー」
「緊張する~」
 応援コンテストは、パネル操作と応援歌の音量で審査が決まる。
 男子も女子も、この応援コンテストのためにかなり時間を割いてきた。大人数いるとはいえ、一人でもパネル操作を間違えば、結構目立つことを、一年生の体育祭後、ビデオを見たときに学んでいた。
「結構恥ずかしいよね、失敗したら」
「ね」
 練習のときに間違わなくても、本番で間違ったら終わりなのが結構プレッシャーになる。
 タンブリングもダンスもだが、応援コンテストも、やっているとき自分たちがどうなっているか分からないというのは緊張する。
 タンブリングは女子は見れる。ダンスは男子は見れる。でも、応援コンテストは誰も見れない。どんな字や絵が出されているのか、教えられないまま競技が終わる。後で、体育祭のビデオを見せてもらえるのだが、男子は自分たちのタンブリングの出来に、女子は自分たちのダンスの出来に、そして、みんな応援コンテストのパネルの出来を楽しみに見る。競技中の緊張感の消えた顔で。

 それにしても、こんなに大人数で弁当を食べるのは、体育祭シーズンだけだな、と私は思った。
「今日で、このブロックも終わりだね」
「うん。ダンスもさっき終わったし、なんだかあっけないよね。体育祭」
「練習のときはさ、すっごくきついのに、終わるとなんだか……」
「寂しいんだよね~」
 最後の言葉は見事に五人重なった。私も含んで。
「男子の七ピラ」
「騎馬戦」
「かっこよかったよね~」
「でも、うちらのダンスも今日の出来は上々じゃなかった?」
「うん」
「でも、どのブロックも同じこと思ってるよね」
「だね~」
 だから得点版にあがる数字に、不満があがったりする。それはきっと一生懸命やったからなのだろう。
「……」
 幽霊が通った。と、小学生のときはこんなときに言ったな、と思う。
 みんなが無言になる一瞬。
「悠香さ、あの後キスされたの?」
「な、なんで知ってるの? されてないよ!」
「えー、だって見えちゃったんだもん」
「もう、馬に蹴られてしんじゃうよ?」
「木崎さんは何かあった?」
「……」
 何かあったかというと何もない。けれど。
 徳山君の態度。健二の視線。
 私は、返答に困ってしまった。
「もう、いいじゃん、そんなことより、この後の競技、がんばらないと!!」
 悠香が私をかばうように早口に言った。
「だってさあ」
「キスされたいもん」
 二人の言葉に、
「好きじゃない人からされても意味ないじゃん。それとも、その場の雰囲気でキスしちゃうの?」
 悠香が冷めた声で言った。
「そっか……それは」
「微妙だよね……」
「でも、言い伝えもあるし、その人が運命の人かも、なんて……」
「は、あほらし~」
 悠香がまた冷めた声で言った。
「ま」
「ごめん。そういうのが気になるお年頃なんです」
「それは分かるけど、好きって感情はデリケートなものでしょ? 興味本位で聞かれたらいい気しないよ。はい、この話題はおしまい。後は、自分の心の中で思ってなさい」
 悠香がお姉さんのように言い切った。それがあまりにも悠香らしくて、私はちょっとだけ笑うことができた。
 なぜか少し心が軽くなって。
「こら、りり、何笑ってるの?」
「あ、木崎さんも思った? 今」
「悠香って……」
「お母さん」
「お姉さん」
「みたいだって」
 あれ、少し言葉が違った。でも。
 四人は一緒に笑う。悠香だけは、
「お母さんって、何よそれ! 酷いじゃない!」
 とわざと怒るように言った。

 悠香って、本当にいい子だな。私は今度は寂しくなってまた笑った。
 寂しい? なぜかは分からなかった。

 ブロック席に戻るとき、
「ごめんね。二人で食べればよかったね」
 と言ってきた悠香に私は頭を振った。
「うううん。いい。ブロック違ってたら話せなかった人たちだし……。
悠香は凄いね。誰とでもすぐ友達になっちゃう」
「そう? お母さんだけどね」
「私はお姉さんって言ったよ?」
「よしよし、愛いやつめ」
 悠香は私の頭をなでた。
「さて、応コンだよ」
「うん。がんばらなきゃね!」
 うちの学校の応援コンテストの練習が聞こえてくると、周囲の住民たちは、夏を感じるという。それだけ声が響いているらしい。
 去年は声ががらがらになるまで歌った記憶がある。
 なんでそんなに熱くなれるのか、二年目の私はそんなことを思う余裕があるけれど、でも、だからと言って、負けたくはない。
「うん。がんばろう。今日のために練習してきたんだもんね」
「だね~。何でこんなにがんばるのかわからないけど。がんばったもんね」
「悠香、私も同じこと考えてた」
 私はくすりと笑った。
「お、何笑ってんだ?」 
 健二だ。
「なぜ、体育祭に熱くなれるのかなって」
 悠香の答えに、
「それは愛のためだ!」
 片手を胸にもう一つの手を天にかざして、わざとらしく叫んだ健二を、ばしっと悠香が叩いた。
「あんた、暑苦しい」
「酷いよなあ、りり。
この、俺の熱い愛を受け止めるがいい、愚民ども」
「は? 何が愚民よ! 頭おかしいんじゃないの?」
 まだ言う健二に突っ込む悠香。
 夫婦漫才みたいだ。と思って、私は寂しく笑った。
 また、だ。
「とにかく、がんばろーな、応コン」
「うん」
「あんたに言われなくてもがんばるわよ」
 そして、応援コンテストは始まった。

 他のブロックの声は聞こえ、パネルは見える。
 凄い音量。そして、面白いパネル。
 競技の中に入ってはいるけれど、応援コンテストは他のブロックがどんなパネル技術を使ってくるか、つい楽しんで見てしまう。
 秋の高い空に、応援歌が響き渡っていた。私たちも負けられない。
「次だね」
「うん」
 私は結局、今年も声が出なくなるほど歌ってしまった。パネルもがんばったと思う。ミスは……考えるのはよそう。15分ぐらいはあるのに、あっという間だった。
「?」
 ふと視線を感じて、振り向くと、健二の目があった。私の目と合った瞬間、健二は一瞬目を伏せて、その後、にかっと笑った。よくわからなくて、私はとりあえず、笑い返した。

 応援コンテストの後は騎馬戦の決勝が行われた。
 うちのブロックは残念ながら午前の試合で負けたので、三位決定戦に望んだ。
 順位がなんだ。がんばっている男子はかっこいい、それでいいじゃないか、と思えた。
「意外に点数の差、ついていくよね」
 得点版を見やり、悠香は言った。
「ほんとだあ。うちのブロック三位か……。あ、でも二位とはまだ次の男女混合リレーで勝てばなんとか、ならない、かな?」
「うーん、そうだね。でも、もう、一位は無理だねー」
「……そうだね、残念だけれど」
「でも、得点がすべてじゃないって思える」
「私もそう思う。がんばることが大切なんだよね」
 社会に出れば、がんばっても報われないこともあるということを、得点版は示しているようではあったが、まだ高校生の私たちは、逆に得点が全てじゃないと思うのだった。
「次、男女混合リレーだね。八百と四百」
「……徳山君、たぶん八百に出るんだ。練習してたもん。違うブロックだけど、応援してもいいよね。それとも応援しないほうがいいのかな」
 私は自分の手の指先を見つめながら言った。
「馬鹿ね、応援されたほうが嬉しいに決まってるじゃない!」
 悠香が微笑む。
「うん」
 あ。
 また視線だ。もう、何度目だろう。また健二だ。
「……」
 少しの間、見つめ返す。健二の視線は昨日とは違って、鋭さはなかった。ただ、真剣さは変わらなかった。
 私は手で、グラウンドを指し、リレーが始まるよ! というジェスチャーをした。健二は少しの間、まだ私を見つめていたけど、分かった、と言うように頷いて、視線をグラウンドに戻した。
「健二?」
「……うん」
「っもう、あいつも女々しいね。何が愛よ。自分はちっとも行動しないじゃない」
 悠香が苛立たしげに言う。私は複雑だった。行動されても困るし、このままでも困るし、正直どうしていいか分からなかった。
 ただ、悠香にこんな言葉を言わせるのは悲しかった。
「あ、始まった。八百からだね。徳山君は?」
「えーっと、どこかな、あ、三番走者みたい」
 陸上競技はあっという間に終わってしまう。しっかり見なきゃ。
 バトンが、徳山君に、わ・た・る!
 早い!! そして、やっぱり綺麗なフォーム。
 私は知らず知らず泣いていた。
 一生懸命走る徳山君。
 久しぶりに思い出した元彼が徳山君と重なる。
 ……誰でもよかった。失恋を癒してくれるのであれば。そして、それが徳山君だった。
 私は徳山君のおかげで、現実に戻ってきた。なのに、徳山君を傷つけてしまった。徳山君に対する気持ちは恋ではなかったから……。
 ごめんなさい。
 徳山君は一人抜いて、一位になって、次の走者にバトンを渡した。
 バサッ。
 タオルが上から降ってきた。
 もう、分かる。健二だね。当の健二はタオルをかけてどこかへ行ってしまった。
 私はありがたく、そのタオルで涙をぬぐった。
 少しして、
「あれ? りり、あれ健二じゃない? って、だよ!! あいつ、四百に出るんだ!」
 興奮気味の悠香の声に、私はグラウンドに目を凝らす。
 本当だ。健二が一番走者のところに並んでいた。

 パンッ!
 スタートを告げる空砲。
 健二が走り出した。私は瞬きも忘れて見た。健二の走る姿を。
 それは徳山君のフォームとは比べものにならないほど、乱れたフォーム。
 でも、早い! 早いよ!
 がんばれ! がんばれ!! 健二、がんばれ!
 一位の走者に後もう一歩というところでバトンを第二走者に渡し、健二は肩で荒く息をして、トラックから出た。その顔は悔しそうで。
 でも、すごくかっこよかったよ、健二。
 私は再びあふれ出した涙を健二のタオルでぬぐった。
 息を整えた健二は遠くを見ていた。それは、いつもの健二とは違って見えた。その健二が、こちらを、向いた。
「……」
 なんて目をするんだろう。
 健二は眩しいものを見つめるかのように私を見ていた。まっすぐすぎる視線。
 息が、できない。
「りり?」
「健二が……」
 見てるの。
 どうしよう。音がする。もしかしたら、もっと前から……?
「あ、手を振ってるね」
「うん」
 私たちに手を振る健二を見つめながら、私はなぜかまた泣いた。健二のタオルに顔を埋めて……。

「四百出るなんて知らなかったよ」
 戻ってきた健二に悠香が声をかけた。
「ああ、俺も出るとは思ってなかったよ」
「え?」
 悠香と私の声が重なる。
「俺、補欠だったの。
ほんとに偶々出ることになっちまって、いい迷惑だ、まったく」
「その割には悔しそうだけど?」
 悠香の言葉に、
「まあね。戦うからには勝ちたいんすよ。男は」
 すねたように言う健二。
「でも、がんばったよ。すっごくかっこよかったよ」
 私が自然とこぼした言葉に、下を向いていた健二が顔を上げた。
 視線が合う。健二はちょっと意外そうな顔をしていた。
「そ? まじで? そりゃ、ま、嬉しいけど」
「うん。かっこよかったよ、健二の割には」
 悠香が笑顔で言い返す。その笑顔が寂しく見えた。
「悠香、お前、一言多いんだよ。
って、りり、このタオル、すげーことになってるんだけど」
 涙でぐしゃぐしゃになったタオルを見て、健二が言う。
「しょ、しょうがないじゃん」
「まったく、泣き虫」
 健二はそう言って、私の頭をぐしゃっとなでた。そして、得点版を見る。
「あーあ、あと少しだったのになあ」
 二位との点差はわずか四点だった。
「でも、みんながんばったよね」
「うん」
「おうよ」
 私の言葉に悠香と健二は頷く。その顔には満足げな笑みが広がっていた。
「また、次は来年だね」
 私が言うと、健二は表情を変えた。ふっと目を伏せて、
「来年、ね……」
 と小さく言った。
 それは酷く不本意そうに響いた。

 ……あ。また音が。
 ……さっきから音が止まない。

 反省会のために、それぞれのブロックは所定の場所へ集まろうとしていた。
 また健二の視線を感じた。
 今は息苦しいのではない。
 音が。
 するから。
 だめ。
 私が逸らそうとすると、健二は近づいてきた。
 健二が段々近くなる。音が大きくなる。健二が。
 どくん。
 音が……!

「この鈍感!」
 反射的に逃げようとした私の手を健二が掴んだ。
「!」
 それからは何が起こったかよく分からなかった。振り払おうとしても、健二の手は離れず、そして。
 息ができない!!
「俺はお前が好きだ! いい加減気づけ!」
 やっと離れた健二の唇がそう言葉を紡いだ。
 ヒュー
 と回りにいた学生がはやし立てている。なんだかいろいろ言われているが、何も耳に入ってこなかった。
 私……。
 瞬きも忘れて、私は自分の唇に手を当てた。キスは初めてではない。でも、健二は初めてだったのかもしれない。
 こんなに拙いキス。なのに。
 拒めなかった……。うううん、拒もうとしたよ? 無理やりだったから、だからだよ。
 ――本当にそうだろうか。じゃあ、どうして私何も言えないの? 怒らないの?
 考えなきゃ。悠香のためにも。

 もし……健二に彼女ができたら?

 今まで考えたことなかった。
 それは、寂しい。うううん、寂しいなんてものじゃない。

 いやだ。

 もし相手が悠香だったら? 悠香は大好きな親友。健二も親友。大好きな二人が付き合う……。

 だめだ。

 私、悠香でも、悲しい。
 健二はいつも私のそばにいて、親友みたいで。でも、だからこそ、私から離れてほしくない。いつもそばで笑っていてほしい。
 それに。音が。
 どくん。
 するのはなぜ?
 ちゃんと考えて。
 健二を。
 私は。
 本当は。

「悠香! 私……」
「……うん。分かっていたよ。本当に鈍感な子だねえ、りりは。行っておいで」
「うん! ごめん、悠香」
「もう何度も聞いた。ほら早く!」
 私は寂しそうに歩いている健二の背中に向かって走った。

「健二!」
 健二は振り向いた。不機嫌そうな顔をして。
「なんだよ。悪かったな。無理やりキスして。
どうせ断るんだろ? ほら、聞くぜ」
 開き直った言い方の割りには寂しさがにじんでいた。
 私はそんな健二の目をしっかり見つめた。
「? なんだよ、早く言えよ」
「うん。じゃあ言う。
私も健二が好きみたい」
 健二は、一瞬理解ができなかったらしく、だらしなく口を開けた。
「まじ? それ」
「まじ」
 私は恥ずかしくてうつむきながら答えた。
「! やったー! まじで? まじで? やべー、好きだ! りり!」
 健二は私を抱きしめた。
 健二の汗の匂いがする。でも嫌じゃない。
 大きな腕の中にすっぽり包まれて、私はどきどきして、それなのに安心した。

 帰りの電車がにぎやかだったのは言うまでもない。


 そして、私と健二は付き合っている。
 親友のときもよく一緒にいたわけで、あんまり変わりがないといえばそうなのかもしれないけれど。
 でも一緒にいるとどきどきする。
 そんな一瞬一瞬が愛おしい。
「どうした? りり」
 健二の声が頭上からする。この低い声が好きだと思う。
「幸せだなって」
 腕を絡ませ答える。
 温かい健二の体温が伝わってくる。
 こうやって健二と腕を組むのは私だけでありたい。
 今はそう思う。

「親友の別れを願うほど落ちぶれてないわよ。というか、別れたときのりり見てるから余計に別れてほしくない」
 そう言っていた悠香。そんな悠香が最近私に耳打ちしてきた。
「好きな人、できたかも」
「! よかったね!!」
「よーし、来年、キスしてもらうよう、頑張るぞ! っていうか、こっちからするのもありなのかな?」
 それはよく分からないけれど、今回私たちは大勢の前でうまくいったため、体育祭でキスをすればうまくいくというジンクスはますます知れ渡った。

「なんか、やっぱり納得いかないんですよね。もし、別れても、僕がいますから」
 私と健二を前にして、徳山君がさらりと言った。
「ばーか、別れるかよ」
 私を後ろに隠すようにして、健二がほえている。
「こんなあほっぽい先輩でいいんですか?」
 私は笑う。
 いいんです。と心の中で言いながら。

                  おしまい
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こんにちは、天音花香です。

小説の順番について、
狂っているようなのでお知らせです。

「高校生日記」の順番が1の後に最後の章がくるようになっているので、
申し訳ないのですが、数字の順番にお読みください。
なお、「高校生日記」全体の順番は「梨呼の場合」「広大の場合」「治雪の場合」の順番です。


下手すると、最初と最後を読むような感じになるので、
それでは小説として成り立たないので本当に申し訳ないのですが、順番どおりに読んでください。

順番を変えようとしたのですが、どうも上手くいかなかったので、
本当に申し訳ないのですが、
よろしくお願いします。

それでは失礼します。
                        天音

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こんな時間にこんばんは。

天音です。

今回は、二次創作なのに、もう、かなり昔の小説なので、知らない方が多いと思います。
しかも、時間にしては、十分かからない程度の話です。

六道 慧さんの「神の盾レギオン 獅子の伝説」が大好きで、
でも、第一部がおわってから、外伝が出たのみなので、続きが読みたいなあと思っているんですよね。今回、もう一度読み直したので、余計に切望してます。

それで、今回の場面は、獅子伝のⅣ巻の、ラミレスが死んでしまった場面です。
私はこの、ラミレスが本当に好きで、もう、死んだときはすっごくショックだったのですが・・・・・・・
大好きなマーニが可愛そうでした。
そういうことで、二次創作書いてみようかな、と短編を書いてみました。


とにかく、「六道さん、続き書いて欲しいです~!」というのが本音です。
先月、6年連載がとまっていた、前田珠子さんの「破妖の剣」も復活しましたし・・・・・・。

獅子伝も、続き、出るといいな…・・・。



<ココから小説>




 女が泣いている。

 日にやけた肌は小麦色。波打つ赤色の髪は炎のようで眩しいほどに美しい。
悲しみとやり場のない怒り、憂いに満ちた茶色い瞳からは、大粒の涙が絶え間無
く零れていた。

 女が泣いているのが視えるということは自分は死んだのだろう、とラミレスは理解した。

(マーニ殿…・・・)

 死ぬ寸前まで、彼女の声に従って戦った。
 自分の意思かも分らずに。
 そしたら敵が倒れた。
 エル・カルーの人間に心気(バトス)はないはずなのに、頭に響いてきた彼女の悲痛な声。彼女のおかげでレオベルク陛下を逃がすことができた。自分の役目を果たせたのだ。


(そのように泣かずともよい……)
 ラミレスは彼女を泣かせてしまったことには後悔した。


 思えば女とは縁遠い人生だった。
 ラミレスの精悍な顔つきと、均整のとれたしなやかな筋肉のついた体。
 それに加えて、常に冷静でありながらも、思いやりのある人柄に魅了される女は多かった。
 だが、彼は忙しすぎたのだ。
 リンデルム前王から絶大な信頼を置かれ、側近として、数々の危険なことをこなしてきた。また、レオベルク陛下に対しては、心気の使い方や、剣技を中心に、戦い方をいうものを叩き込んだ。ある意味、レオベルク陛下のもう一人の父のような存在だったと言っていいだろう。


 マーニ殿……。

 初めて会ったとき、決闘を申し込まれたことを思い出し、ラミレスは苦笑した。一瞬で勝負がつくだろうと高をくくっていたが、左利きの魔女(スカウエオラ)の異名を持つ彼女の剣技は素晴らしく、予想より苦戦を強いられることになったのだった。
 しなやかで無駄なく、急所を狙って繰り出される剣。ラミレスでさえ、本気をださなければ勝てないと思わされた。
 玉のような汗がほとばしり、瞳をきらきらさせて戦っているときの彼女は本当に生き生きしていた。美しいと思った。
ラミレスはマーニと剣を交えているとき、間違いなく、心が躍る感覚を覚えていた。


(私の死を悼んでくれるそなたがいて、私は幸せなのかもしれぬな。
そなたの長衣(ドレス)姿を見たかったものだが……)


(マーニ殿、幸せになられよ。
いつもいつも、人のために動いているそなた。誰よりも幸せになることを祈っておる)

 ラミレスは、涙にくれているマーニの肩を、一度抱きしめるように、触れた。
 
 その瞬間。
(?)
 これは・・・・・・!
 ラミレスの瞳にはある未来が映っていた。
 慣れない長衣をまとって居心地の悪そうにしているマーニがいた。
 自分の美しさに気づいていない彼女は、しきりに、下を向いている。
 白いベールの下にはマーニにしては珍しく、不安そうな顔があった。
(ほう、美しい。やはり、マーニ殿はドレスも似合う。
しかし、白いベール……。この歓声……。これは、もしや……)
 一瞬、隣に居るのが自分だったら……と思った自分に、ラミレスは苦笑した。
 マーニの少し後ろから歩いてくる長身の少年は、歓声に手を振り、応えている。いつもとは違う、豪華な服装を身につけていていた。赤い髪に、ふてぶてしそうな唇、だが、どこか憎めない美男子。
(はて、どこかで会ったような……)
 自分を「おじさん」と呼んでいた、無邪気そうな少年。
(そうか……、マーニ殿は……)
 その彼は今、リアファーナ王女の死の真相を確かめに行っているようだが……。
(ううむ……)
 一抹の不安は覚えるが……。
「どうか、マーニを幸せにしてあげてくだされよ、ソリス殿下」
 

「マーニ殿、そなたはまだお若い。これからの人生を精一杯生きられよ。
さらばだ」
 そうラミレスが心で声をかけると、マーニは、一瞬、周りを見回した。
「ローエングリン公爵?」
 もちろん応える声はない。女は泣き続ける……。


 そんなマーニを見ると胸が痛んだが、ラミレスは今度こそアース神のもとへ旅立ったのだった。



分らない方には申し訳なかったです。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは失礼します。                  天音

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こんばんは、天音です。

なんか、六道 慧さんの「獅子の伝説」ネタで、書きたくて書きたくてしかたがなくなってしまい……。

亀の更新になるとは思いますが、
マーニを中心とした話を書きたいと思います。

とりあえず、かなり前の作品の二次創作なので、知らない方も多いでしょうし、簡単な登場人物紹介から入ろうかな……。


マーニ・ルアザン
エル・カルー国の女戦士で、破天荒なソリス王子の従者。苦労性。
長身でターバンを巻いている状態だと男性に間違えられることが多い。
左利きの魔女の異名を持つほど剣の腕に優れていて、女性ながらも大将である。
今はなき、イスファタル国の、ラミレス・ローエングリン公爵に恋心らしきものを抱いていたが、公爵の死により失恋。

エル・ソリス・ベレヌス
エル・カルー国の第二王子。身体は大きいが、動きは俊敏で、神出鬼没。猪突猛進、破天荒な問題児。マーニを困らせてばかりいる。イスファタルの王女、リアファーナ・イスファに恋焦がれていたが、彼も同く、リアファーナの死によって失恋。だが、基本的に女好きな性格は変わらない。

アルヴィース・ザム
イスファタル国のザム家の一人娘。容姿はリュカーン国人の母に似て、黒い髪と瞳を持つ。美人であるが、本人に自覚はなく、逆に自分の容姿にコンプレックスを抱き、イスファタル人の中では珍しく女ながらに戦士のような格好をしている。弓術に特に優れている。レオベルク・イスファ陛下が好きらしい、

ファリアス・シャロン
獅子将軍に名を連ねる闘騎士の一人で、シャロン伯爵の息子。生粋のイスファタル人で、金髪に青い目をした眉目秀麗な容姿。紳士的だが感情の起伏がやや激しい。リュカーン国での戦いで、父を亡くした。アルヴィースに惚れている。


ここからはオリジナルキャラです。

エル・ミレトス・ベレヌス
エル・カルー国の第三王子。どちらかというと、姉のレイミア、兄のソリスと同じ属性のよう……。

アルベルト・フランドル
ミレトスの従者。ソリスより二つ年下。リュカーン人の母を持ち、容姿もリュカーン人のよう。優秀な人物らしく、若いながら少将。マーニと同じような星のもとに生まれた様子。

クラヴィス・ジルフィール
リオン・リオノス大将軍の部下で、現在イスファタル国のシュタイン城に拠点を置き、動かぬ神の盾(レギオン)の警護の指揮を執っている中将軍。剣技に長け、ローザン・ベルシラック宰相のような冷酷さも持ち合わせているという噂。


天音の解釈になっていますことをお許しください。
今日は登場人物紹介までで……。


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