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小説をおいております。 『いざ、出陣 恋戦』シリーズの二次創作、『神の盾レギオン 獅子の伝説』の二次創作、そして、高校生の時に書いた読まれることを前提にした日記と、オリジナル小説を二編のみおいております。
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プロフィール
HN:
天音 花香
性別:
女性
職業:
主婦業メイン
趣味:
いろいろ・・・
自己紹介:
小学生のときに、テレビの影響で、小説を書き始めました。高校の時に文芸部、新聞部で文芸活動をしました(主に、詩ですが)。大学時代、働いていた時期は小説を書く暇がなく、結婚後落ち着いてから活動を再開。

好きな小説家は、小野 不由美先生、恩田陸先生、加納朋子先生、乙一先生、浅田次郎先生、雪乃 紗衣先生、冴木忍先生、深沢美潮先生、前田珠子先生、市川拓司先生他。

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天音です。

月に恋した、ラストです。

えっと、実は、この物語は、出版した「いじめ闘争記」で描けなかった、
受験と恋愛をフィクション要素を多く入れて書いたものです。

ですので、「いじめ闘争記」が学校でのできごとなのに対し、
その裏側の「月に恋した」は塾での私を主人公にしています。

ですから、名前は変えてありますが、被っている友人や先生がいます。

ただ、いじめのことには、まったく触れておりませんし、
闘争記の方で、登場している重要な友人をあえて登場させなかったりしています。
そういう意味で、フィクション色がでているかと思います。

当時の私の、いじめだけでなく、普通の中学生が直面するだろう、
勉強面や恋愛の悩みを描きたかったから書いたものです。

特に、私はこの恋愛と呼べるか分らないような片思いで、人生が大きく変わったので、書いておきたかったというのがあります。

共感していただけたら幸いです。

(ちなみに、「高校生日記」は日記とありますが、全くのフィクションです!)


ココから小説



十二


 (今日も曇りだ)
 月子は学校の自席から、窓を通して空を見上げ、ぼんやりとしていた。
 数学の時間だ。学期末の結果が返されていて、教室は騒々しくなっていた。だが、月子はそんなことには無関心だった。
 冬の町は、生きているのに死んでいるような、寂しいと言うより、カラッポのような妙な気配がするので、月子は嫌いだった。
「野乃原」
 自分の名前が呼ばれて、慌てて答案用紙を取りにいく。確か自己採点では九十三点だったはずだ。先生から答案用紙をもらうとき、赤く書かれた予期もしなかった数字に月子は愕然とした。
「先生、これは!」
「野乃原。先生としても心苦しいのだが。
解答欄を見てみなさい。縦と横を間違っていたんだよ。野乃原らしくないな」
「!」
(本当だ!)
 月子は声も出せずにとぼとぼと自分の席に戻った。回りの騒がしさは、月子の耳には届かなくなっていた。初めての七十点台だった。
(内申、これじゃ五、とれない?)
 幻だったらと思った。
(駄目だ。落ちる)
 嫌味でなく、月子は学校のテストの成績はいつもよかった。塾でもケアレスミスをしないように何度も聞かされていたため、こんなミスはしたことがなかった。月子は絶望的になった。この点数を田村に報告するのかと思うとそれだけで頭痛がした。
 さらに追い討ちをかけるように、この日は技術家庭のノート提出日だったのに、月子はノートを忘れてしまった。
「今日中に持ってきなさい」
 そう先生に言われ、自転車でノートを提出しに行った。
 何とか受け取ってもらえて、家へ帰ろうとすると、雨が降ってきた。
 ずぶぬれになりながらも、自転車をこぐスピードを速めると、信号を渡ろうとしたとき、車と接触しそうになった。
(今日はなんだかついてない。私、もう駄目かもしれない。こんなときこそ先生の顔が見たいのに)
 家に着いてバスタオルで身体をふいて、誰もいないがらんとしたリビングに月子は立っていた。帰宅後、誰もいないのは珍しい。なんだか得体の知れない不安が月子を支配していた。
(恐い。恐いよ。落ちたくないよ。先生の声聞きたいよ)
 自分でも馬鹿だと思ったが、先生に今日の数学の結果について泣き言を聞いてもらいたくて、受話器をとり、電話をしようかしまいか、迷っているときだった。
 プルルルルル……プルルルルル……
 突然持っていた子機から音が鳴り出して、月子はぺたんと床に座り込んだ。
 プルルルルル……プルルルルル……
 とらなければ。月子は、
「はい」
 と返事をした。家のルールで、苗字はいつも名乗らない。
「月子ちゃん?」
 伯母の声だった。
「伯母さん……」
 月子の安堵の声に反するように、伯母の声は緊迫していた。
「月子ちゃん、お母さんはいる?」
「いえ、今は私一人ですけれど?」
「そう。仕方ないわね。
月子ちゃん、落ち着いて聞いてね。月子ちゃんのおじいちゃんが亡くなったの。お母さんが帰ってきたら、伯母さんに連絡するように伝えてくれる?」
(え……?亡くなった?
ソレハドウイウイミダッケ?)
 月子は伯母の言っている意味を理解するのに時間を要した。
「月子ちゃん? 聞いてる? いいわね? 落ち着いてね。頼んだわよ」
 早口に言って、伯母は電話を切った。
(何? 今日はなんなの? 死んだって、死んだって……)
 死因は転倒による脳出血だそうだ。なんだか他人事のようだった。
(脳出血? 誰が? 
悪い夢を見ているんだ、きっと)
 月子は独りリビングをうろうろした。どうしていいか判らなかった。母はまだ帰ってこない。父は単身赴任で、弟は塾だ。月子の頭はまさに混乱していた。誰かに助けてもらいたかった。安心させて欲しかった。

 月子は受話器をとった。
「野乃原? 私に用だと聞きましたが、どうかしたんですか?」
 塾に電話して、田村に替わってもらったものの、月子はなんと言っていいか判らなかった。ただ混乱していた。
「野乃原? どうしたんか?」
 耳元で響く田村の声に、自然と涙が溢れてきた。
「……泣いているのか? どうしたのか言いなさい」
「私、私、落ちます。もう駄目です。数学の期末が、解答欄間違って七十二点だったんです。内申が!
それに!おじいちゃんが!おじいちゃんが!死んじゃった!」
 最後の方は号泣していた。
「の、野乃原。とにかく落ち着くんだ。家には誰もいないのか?」
「いません!」
「今日は弟の光一君は塾に来ているな。伝えますか?」
 その言葉に月子ははっとした。今光一がこのことを聞けば、授業どころではなくなるはずだ。母に相談してからの方がいい気がした。段々、気分が落ち着いてきて、脳が正常に働きだす。
「いいえ。伝えなくていいです。
こんな電話なんかして、本当にすみませんでした」
 月子が謝ると、田村は一呼吸置いて話し始めた。
「野乃原。謝る必要などありませんよ。
いいですか。人生いろいろあります。出会い、別れ。苦しいこともあります。でもそれを乗り越えなければ……。今、こんなことになって大変だとは思います。でもこれは試練です。乗り越えて大きくなっていくんです。突き放すようですが、君にしかこれは乗り越えられないんですよ。誰も代わってあげられないんです」
「……そう、ですよね。解ってはいるんです。本当にすみませんでした」
 自分のした行動が恥ずかしくなってきて、月子はひたすら謝った。
「だから謝らなくていいんですって。力になれるかは解りませんが、何かあったらまた電話しなさい。最後まで頑張りましょうね、野乃原」
 受話器を置いて月子は自分の頬を叩いた。しっかりしなければ。祖父のためにも頑張らなければいけないときなのだ。解ってはいても、月子の気分は当然の如く沈んだままだった。

 母が帰ってき次第、制服に着替えて、途中塾で弟を拾い、お通夜に行った。

 久しぶりに従姉妹たちに会った。祖父母の家に来たのも久しぶりだった。家から祖父母の家までは車で三十分足らずである。行こうと思えば母が行くときに一緒に行けたはずだ。それを受験があるからと言って、月子は先延ばしにしていた。受験が終わってから行こうと思っていた。月子はそれをとても後悔した。もっと頻繁に会っておくべきだった。月子は自分をなんて冷たい孫なんだろうと思った。
 死に化粧をされた祖父の顔を見て、涙が溢れた。口は微かに開けられていて、目は閉じられており、頬にはつやがあった。まるで眠っているかのようだった。でも、生命の温かさは感じられないような気がした。巧妙に作られた蝋人形のようだ。
 もう祖父は、ビール瓶の蓋でワッペンを作ってくれたり、紙を折って様々なものを作ってくれたりはしないのだ。毎朝早くに起きて、ラジオ体操をする姿も見ることはないのだ。 涙が止まらない。
(おじいちゃん、会いに行かななくてごめん。ごめんね)


 葬儀。厳かに響く読経の中、月子は放心していた。誰の葬儀なのか、未だに実感がなく、認めたくもなかった。霊柩車に載せる前に、たくさんの花を入れた。月子は白い小さな鶴をいくつか折って、入れた。祖父が寂しくないように。祖母までつれていってしまわないように。そう願った。月子はそうしている間にも、まだ信じられなかった。本当に死んでいるのだろうか。眠っているだけで、起きてくるのではないだろうか。
 祖母が、声をかけていた。
「お疲れ様でした。ゆっくり休んでください。誠一さん。誠一さん」
 祖母は涙を流しながら、何度も祖父の名前を呼び、そしてその頬をいとおしそうになでていた。月子は自分もそのように、祖父の頬に触れたいと思った。でも、実際は触れたときの冷たさを想像すると恐くて、手が言うことをきかなかった。
(おじいちゃんなのに……)

ぽあー

 霊柩車が去っていく。それを追うように、月子たちもバスで火葬場まで行った。そこで最後の別れをした。
 光をあびた祖父の顔は、どこまでも穏やかだった。月子は気付いた。昨晩よりひげが伸びていることに。死んでも、爪やひげは伸びると聞いていたが本当だったんだな、と他人事のように月子は思った。そう、なんだか、やぱり実感がわかなかったのだ。
 ただ、これから祖父は焼かれ、もう、この顔も見られないのだ、と思うと、自然と涙がこぼれた。それからは泣きっぱなしだった。母が、
「月子だけが悲しいんじゃないのよ。私のほうが悲しいのだから」
 と言った。それは解っていた。母にとっては実の父なのだから。だが月子の涙は止まらなかった。そして、祖父が骨になるまでの一時間半、月子は泣き続けた。
 祖父の骨はとても、とても細くて、それは月子をひどく悲しくさせた。
(ああ、おじいちゃんはこんなにも弱っていたんだ)
 もう、涙も枯れてしまっていた。

 葬儀の後は、塾があったので、月子はそのまま授業にでた。集中しなくてはならない。月子が祖父のためにできることは、頑張ることだけなのだから。解っていた。でも、それは祖父を忘れることのように思えて、月子は罪悪感を覚えた。
(駄目だ。ちっとも授業内容が頭に入ってこない)
 祖父の骨を箸で拾ったときのことが、何度も何度も思い出された。
(あのおじいちゃんが、あんな骨に……)
 気がつくと授業は終わっていた。月子は母に迎えの依頼の電話をした。そして、ふらふらと塾の外に出た。一月下旬の寒さが月子を刺すように襲い、頬が切れるように痛んだ。 寒い、けれど寒くない。不思議な感覚だった。月子はとにかくカラッポだった。立っていても、地面に立っている感覚もなく、ただ、時折、自分が鼻をすする音だけが月子を現実に引き戻した。
「野乃原」
 だからその声に気付くのにも時間がかかった。ふと声の方を向くと、ワイシャツ姿で肩をすくめて、田村が隣で月子を呼んでいた。
「さっきから呼んでたんぞ。寒いから、塾の中に入って待っていなさい。風邪ひきますよ」
 田村が自分を心底心配してくれていることは、月子にも解っていた。だが、そのとき月子は、素直に田村の言葉に従うことができなかった。もう、世界なんてどうでもいいと思っていた。
(だって、どうせ人は死ぬんだもん。世の中にはどうにもならないことがあるんだ。無意味だよ。全て無意味)
 祖父が聞いたら、悲しむようなことが頭の中を巡った。だから。
「いーんです。もうひいてますから」
「だったら尚更!」
 田村にあたってもしょうがないことだ。それに、受験を控えているのに風邪をこじらせていいわけない。解ってはいる。解っては。でも。月子は無視をしてしまった。田村は諦めたのか、塾へ戻って行った。
(ふん、どうせ、そのくらいの気持ちなんじゃん)
 とかなり失礼なことを思いながら、月子は母を待ち続ける。車が混んでいるのか、なかなか母は来ない。三十分ぐらいそこに立っていただろうか。
「野乃原。まだ来ないのか。いい加減に中に入りなさい。体が冷えているぞ」
 田村がまたやってきて、月子のダッフルコートのフードをかぶせようとした。月子はそれを無造作に払った。
「もういいんです!どうでも」
「野乃原……。気持ちは解りますが君がしっかりしないと。
ほら寒いだろう」
「寒くありません!」
 田村の言葉に瞬時に答える。
「先生こそ、その格好、寒そうですよ。早く塾に戻ったほうがいいですよ」
「では、私のために入ってください。風邪をひいてしまいます。頭下げますから」
 先生というのはどうしてここまでしてくれるのだろう。月子は田村の優しさにちょっと涙が出そうになるのを堪えて、
「先生だけで入ってください。多分母ももうすぐできます。私は……今はここにいたいんです」
 一度意地を張るとひけなかった。月子は田村に謝る気持ちで頭を下げて断った。田村は何ともいえないような表情を浮かべて塾に入っていった。それから十分後、母が来た。その頃にはすっかり月子の体は冷えきっていた。


十三


 結果というものは少し遅れてついてくるものだ。
 それは、最後の志望校面談の資料となる模試。月子がさぼった結果がはっきりと表れることとなった。自己採点でそのことは解っていた。だが、母の隣で、月子は落ち着きなく、田村が模試の結果用紙を探し出すのを見ていた。その田村の様子からも、結果がよろしくないことが窺えた。
「えー、これですね」
 田村は月子の目をいたわるように見つめながらその紙を差し出した。隣で母の動揺する気配。月子は、ゆっくりとその用紙に視線を落とした。解ってはいた。が、やはり動揺は否めなかった。判定は「B」だった。
「五月の志望校面談のときに野乃原自身が言っていたように、この判定は目安でしかありません。これはあくまでも、確率ですからね」
 珍しく、田村がいいわけめいたことを言った。月子を気遣ってだろう。
「つ、月子? あの、志望校下げてもいいのよ? 確実な方がいいでしょ?」
 母が月子の顔色をうかがいながら言った。月子は。しばらく黙っていた。
「……君が決めることです。でないと後悔しますからね」
 田村が静かに言い、月子はその言葉を黙って、でもしっかり心で聞いた。後悔はしたくない。
(私はどうしたいの?)
 月子は五月の自分はかなり驕っていたのではないかと思った。「B」判定をもらって、「A」判定の重みがわかる。やはり、いざ「B」判定をもらうと、五月のときよりこんなにも不安で、恐い。
 しかし。しかし、だ。「C」判定で大体二分の一の確率だ。二分の一の確率は現実では高い方である。
(だから、判定で決める必要は、ない、かも)
 自己催眠のように月子はそんなことを無理矢理思った。
(だから、私がどこを受けたいかなんだ。私は)
 月子は。
「志望校は、下げません」
 月子はきっぱりと言った。
「月子? む、無理しない方が」
(志望校を下げたら、頑張らずに終わってしまうかもしれない。それじゃ、学ぶ姿勢は学べない。私は、勉強を受験勉強だけで終わらせるのは嫌だ)
「下げません。修英館を受けたいんです」
 月子は田村の目を静かに見つめた。田村はその月子の目を見て、月子の決意を悟ったようだった。
「解りました。
野乃原、一緒に頑張ろうな」
 田村の笑顔に月子も笑顔を返した。母はもう何も言わなかった。ただ、車での帰り、
「やるだけ頑張りなさい。お母さんたちも応援するから」
 と言ってくれた。
「うん」
 月子は祖父にも誓うように返事をした。 


十四


「野乃原、聞いてますか?」
 田村に言われ、月子は、
「聞いてますよ」
 と返事をする。もちろん、聞いているのだが、月子は田村のシャーペンが気になっていた。ドクターグリップの書きやすそうなシャーペンだ。
「野乃原? なんだ、シャーペンが気になるのか?」
 どうやら田村も月子の視線に気付いたようである。
「え? は、はい。書きやすそうだな、なんて。今度買おうかなーって」
 正直な言葉が出てしまった。
「だったら、あげましょうか? 受験当日は使えないが、勉強のとき、お守り代わりに使うというなら」
 田村が意外なことを言ってくれた。
「え?いいんですか? わーい。えへへ」
 同じものを持っているだけでもいいと思っていた月子にとって、「田村の」というのはますます貴重なお守りになりそうだ。
「? そんなに嬉しいですか? 君は変わってるな。
それで、ここは解ったんですか?」
 単純な月子に田村は笑みをこぼしながら言った。
「はいっ! 解りました。ありがとうございます。よーっし、このシャーペンで今以上に頑張ります!」
「お願いしますよ」
 こんな些細で幸せな事件は、月子の勉強漬けの生活に潤いをもたらしてくれた。逆も然りであったが、さすがに受験が迫っているため、傷つこうが、悲しもうが、とにかく勉強をできるだけした。
 シャーペンをもらってから、月子は、数学の勉強のときにそれで勉強をするようになった。使う前に、ちょっと幸せな気分になり、使い始めてからは、田村のように数学ができるように! と祈りながら数学をした。


 私立受験が間近に迫っていた。月子は、公立本命を狙うことにしたため、私立はワンランク落としていた。とはいえ、女子高の中では有名どころだ。気は抜けなかった。なんせ私立を落ちたら、行くところがなくなってしまうのだから。月子はとにかく勉強した。模試の成績はというと、落ちるのは早くても、上がるのは難しく、一定のラインでわずかに上下を繰り返していた。
(当然といえば当然なんだよね。私が勉強しているように、他の人も勉強しているのだから。だから、上に行くには人の何倍も勉強しないといけないわけだ。ふう。これ以上どうやって勉強時間を増やせばいいのだろう)
 月子がため息をつきながら、フロアで靴を履こうとしていると、田村がやってきた。
「大きなため息ですね。君でも悩むことがあるんか」
 田村の声に、月子は眉間にしわを寄せた。
「失礼ですね。こんな私でも悩みはたくさんありますよ。というより、悩みがない人のほうがおかしいんじゃないですか? 人は現状より、向上したいと思うから悩むんですよ。悩まない人は、現状に満足しきっている人です。でも、そんな人間なんて、少ないと思いますよ。人間は欲深いから」
 月子は不機嫌にそう言った。田村はというと、目を少し見開いて、くすくすと笑い出した。
「何が可笑しいんです? 私はいたって真面目に答えたつもりですが」
「いやー、君の自論は実に興味深い。私は好きですよ。 
でも、そうか。君たち世代もいろいろと思うことがあるんだな」
 楽しそうに言う田村に、
「先生もきっと、私たちの年のときだって悩みを抱えていたと思いますよ」
「そうだったんだろうね……」
 田村は感慨深げに頷いた。
「で、何を悩んでいたんですか?」
 思い出したように聞いてきた田村に、月子は答えた。
「勉強時間についてですよ。どうあがいても時間には限界があります」
「じゃあ、質を高めることですね。無駄な勉強は省きなさい。例として、毎回テキストの始めのページから勉強をしだす人がいますが、それは無駄です。理解しているところはとばしていいんです。自分の理解できないところだけをとにかくやりなさい。ある程度悩んだら、先生に聞くのも時間の短縮ですよ」
 当たり前と言えば当たり前の答えが返ってきた。でも、そういう勉強ができていない自分に気付いて、月子ははっとした。
「なるほど。ちょっとやり方を変えてみます」
 真面目に頷いた月子に、田村は目を細めて笑った。
「頑張ってください」
 月子は田村のこの言葉に弱い。
「はい」
 月子は大人しく頷いた。


 好きなことをしているときは時間が短く、逆に嫌いなことをしているときは長く感じられるというのは、よくあることだ。だが、やらなくてはならないことが多くあるとき、それが、好きであろうが、なかろうが、時間は短く感じられるものなのだな、と月子は最近痛感している。
 もう私立まで数日だ。今まで勉強してきた。だが、まだまだ足りないという不安が襲ってくる。
 田村だらけの夢に、受験当日の夢が出てくるようになったのもそのせいだろう。夢の中で月子は、問題用紙を一箇所を凝視していて、そこの勉強が足りなかったことを後悔するのだ。
(解らない。どうしたらいいのだろう)
 そこで夢から覚める。夢で鉛筆を強く握り締めていたせいか、目覚めると手がこわばっている。そして、多量の汗。
(勉強、しないと)

 気持ちが焦るばかりの日々。とうとう迎えた私立受験二日前。この日、塾では激励会があっていた。だが、月子は熱を出した。翌日は下見をしないといけないので、塾は授業がない。
(先生に、頑張れっていってもらいたかったな……)
 ベッドに横になり、時折英単語帳を見ながら、田村を思った。
 思えば、田村のおかげでここまで来れたようなものだ。田村に恋をして辛いことのほうが多かった。田村には妻子がいるし、先生と生徒という境界もあった。それから、田村の熱狂的なファンの存在。素直になれない自分。でも、辛くても、月子は、田村に恋したことを後悔しないだろうと思った。
 田村は本当に素晴らしい教師で、月子の夜道を優しく照らしてくれた。たくさんのことを学ばせてくれた。今まで味わったことのないような感情を味あわせてくれた。田村との些細な会話全てが月子にとってキラキラした宝物だ。
(先生……)
 熱のせいもあり、月子がうとうとしかけた時だった。
「月子、田村先生から電話よ」
 月子の意識は覚醒した。
「野乃原、具合はどうだ?」
 祖父が亡くなった日以来の、田村の受話器越しの声。その声は優しさに満ちていた。
「君は繊細だから、緊張が体のほうにもでてしまったのかもしれないね」
 月子は微笑んだ。
「先生、いつもと言ってることが逆です」
「本当はこう思ってるんですよ。
あー、君を激励できないのは残念でした。それに、当日私は君の受ける高校には応援に行けませんし。なんだか心配になってきたなあ。お守りにシャーペンを持っていきなさいよ」
 先生は本当に心配そうに言った。
「はい。あのシャーペンですね。苦手な数学ができるように、持って行きます」
「明日は下見に行くんだな? そしたら、今日のうちに治さないといけませんね。何事も、健康な体あってこそです。今日はゆっくり休みなさい。君の場合、焦って無理をしそうですから、釘を刺しとかんと」
 田村の言葉一つ一つが嬉しく、月子の頬は緩みっぱなしだった。
「はーい」
「では、当日、受験後、塾に寄んなさいよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
 受話器を置いても、耳の奥がまだくすぐったい。田村と「おやすみ」という言葉を交わすのは、とても気恥ずかしく、心臓が早鐘を打った。熱が少し上がった気がする。
(こらこら、先生の言うとおり、今夜中に風邪を治さないと)
 月子は心の中で、もう一度田村に「おやすみなさい」と告げると、目を閉じた。

十五


 私立受験当日。その日は寒かったが、月子の頬は燃えるように熱かった。心臓がうるさい。前日に下見をした高校の前には、たくさんの受験生が群がっていた。その中に見知った顔を見い出せずに、心細くなっていると、
「野乃原!」
 英語の浜山が声をかけてきた。
「先生」
 少し安堵して、月子は微笑んだ。
「寒い中大変ですね」
「君たちの緊張を少しでも解きたいからね。あ、そうそう。田村先生から伝言があるぞ。十番以内で合格しなさい、だそうだ」
 月子は顔をしかめた。
「何ですか、それ」
「田村先生流の激励言葉だろう。それから、落ち着いて頑張るように、とのことだ」
 月子は笑顔になった。
「了解、とお伝え下さい。では、頑張ってきます」
「おう、野乃原なら大丈夫だ! 頑張って来い!」
 浜山の力強い言葉に勇気付けられて、受験会場の教室へ月子は足を踏み入れた。そのとたん、
(寒い、というより、冷たいの域だな、この空気は)
 空気がピンと張り詰めていて、月子はまた緊張しだした。心臓の音が時計の針の音よりも早く、大きく聞こえる気がした。
(うるさい。うるさいよ。心臓!)
 震える手で鉛筆と消しゴムを取り出す。そして、トイレに向かった。かなり並んでいる。
(時間がもったいないな)
 月子がイライラしながら待っていると、並んでいる女子たちが公式などを確認しているのが聞こえてきて、月子はますます緊張した。自分だけ馬鹿のような気がしてくる。トイレから戻るなり、慌ててポイントをまとめたノートを読み返した。が、それらは目には入るが、脳が理解をしてくれなかった。

 これまでたくさんの模試を受けてきたが、受験は一度きりだ。緊張するのも無理はない。しかし、失敗は許されない。
 受験監督の先生が教室に入ってきた。いよいよだ。問題用紙が配られる。このときほど緊張するときはないだろう。呼吸が速くなる。
「はじめ!」
 先生の声と同時に月子は問題用紙をめくった。見たことのあるような、ないような問題が並んでいる。とにかくやるしかない。月子は他の生徒がページをめくる音を気にしながらも、とにかく自分のペースで、正確に解くことを心がけた。鉛筆が汗でぬるぬるして気持ちが悪い。それでも、試験時間が終わるまで、何度も何度も見直しをした。そして、長く、短い時間が終わった。

  「緊張したか?」
 帰りに塾によると、田村が声をかけてきた。
「はい、とても。でもシャーペンがあったから、数学のできはまあまあだと思います」
 月子の返事に、田村はそうか、と笑った。
「ま、これで受験が終わったわけではない。公立が本命ですからね。気を抜かないように」
「はーい」
 と答えつつも、いつもより月子を含む生徒たちはハイテンションだった。私立入試が先にあるのはいいことだな、と月子は思った。本命の前に、予行練習ができる。受験の空気も少しわかった気がした。だからといって、公立入試で緊張しないということはありえないだろうが。
 そして、私立対策だった授業が、この日から公立対策の授業に変わった。本番はこれからだ。


 さすがに学校の方も受験ムードになっていた。自習時間が増えたが、ざわつかなくなっている。月子は学校では奈々美とゆりと解らないところを教えあいながら勉強をした。そして、塾では相変わらずハードな授業を受けて、質問をして、帰宅後も一時まで勉強をして眠る、という毎日が続いた。
 塾で質問をしに職員室に入ると「どーしたんか?」と田村が真っ先に声をかけてくれる瞬間が、月子にとって癒しのひと時である。
 が、私立入試の合格発表が近づくにつれて、生徒たちは落ち着きをなくしていった。
 そして、とうとうその日が来た。学校の教室で待機している生徒、一人ひとりの名前を、順々に担任が呼ぶ。月子もドキドキしながら呼ばれるのを待った。早く聞いちゃいたいような、でも、聞きたくないような。そんな時間はとても長く感じられた。
「野乃原」
「はい」
 呼ばれて、隣の教室へ入る。そして恐る恐る先生の顔を見る。そんな月子に先生は、
「よかったな。合格だ」
 と一言言った。月子は一気に力が抜けていくのを感じた。
「まあ、これで、公立へ打ち込めるだろう。修英館は難しいが、頑張りなさい」
「はい!」
 奈々美もゆりも合格していて、三人で喜びを分かち合った。

 その日、塾に入ると、いつも愛らしく京都弁で話している朱梨の顔色は悪く、ふさぎこんでいるようだった。回りからこそこそと聞こえてきた言葉に、月子は絶句した。
 朱梨は私立を落ちてしまったとのことだ。朱梨は月子が避けた、最難関の私立を受けていた。
 そうだ。受験というのはそういうものだ。受かる人がいるということは、落ちる人がいる。解ってはいる。でも、みんな頑張っているのにと思うと、落ちるということが納得がいかなかった。特に、朱梨の頑張りを知っているからこそ。
 月子はかける言葉もなく自分の席についた。朱梨を見ていると、自分が受かった代わりに落ちた誰かを想像して、なんだか気分が悪くなった。合格を素直に喜んでいいのだろうか? その日の授業の間、月子はそんなことを考えていた。

「失礼します」

 授業後、英語の質問をするために職員室に入った月子だが、いつものように田村が声をかけてこないことを不審に思った。そして、田村の席を見て、そこに朱梨の姿を認めたとき、月子は職員室に入ったことを後悔した。だが、入った手前出られない。仕方なく、当初の予定通り浜山に英語の質問をした。が、耳は田村の言葉を拾っていた。朱梨は泣いていて、田村はその彼女を一生懸命慰めていた。当然のことだ。それでも、田村が他の女子に優しくしているのを見るのは辛い。
 暗くどろどろとしたものが胸中で渦巻く。心がズキズキ痛くて苦しい。体が飛んでいって、魂だけ地上に残された感じだ。なんだろう、この感覚は。
「数学のときは私が乗り移ってあげますから」
 その田村の一言を聞いたとき、月子の心は砕けた。優しい声だった。
(何? 何を言っているの? やめて。ズルイ。イヤダ。そんな言葉聞いたことない)
 醜い感情が蠢き、とめられない。
(待って、冷静に考えて)
 朱梨は落ちてしまったんだ。それはどんなに悲しく、心もとないことだろう。
(私はじゃあ、あの言葉をもらえるなら、受験に落ちてよかったとでもいうの? 否。どっちも欲しがるなんて、意地汚いよ。それに、それに。友達のことを気遣えないなんて私は最低だ! 汚い! 汚れている!)
 涙がにじんできた。
「野乃原?」
 浜山が声をかけてくる。
「す、すいません。ちょっとトイレに行ってきます」
 月子は下を向いたまま、職員室の床に涙の雫を数滴残して、トイレに駆け込んだ。月子は自分が嫌になった。自分はなんて酷い人間だろうと月子は思った。友達を気遣えないなんて。こんなに醜い心では、田村の前にいられない。月の光はどこまでも清浄で、月子の醜い心までを照らし出してしまう気がした。そしたら、田村はどう思うんだろう。月子はトイレでしばらく泣いて、醜い心を流し去ろうとした。そして顔を洗うと再び職員室に戻った。
「野乃原? どうしました? 気分が悪そうだが」
(朱梨ちゃんに甘く囁いた声で、私に声をかけないで。
それより何より。醜い私を見ないで)
 声をかけてきた田村に、月子は普通に接することができなかった。口から滑り出た声は感情のない冷たい声になっていた。
「英語の質問があるので」
 田村は一瞬、たじろぎ、
「そうですか」
 と言って離れていった。苦しい。田村を傷付けることをどうしてしてしまうんだろう。
(とにかく、今は英語だ。田村先生には、接するほどに、酷いことをしてしまうのだから)
 月子は英語に集中した。
 そして、帰り際。田村が何か言いたそうにしているのは感じ取れたが、それを無視して、月子は塾を出、車を待った。



 最近入試のことでいっぱいいっぱいで、大好きな月さえ見ていないな、とふと思った。月子には月明かりによる影ができていたからだ。
(でも、今は見ないほうがいいのかもしれない)
 月子は思った。田村を思い出さずにはいられない月。どこまでも清いその光。月子に見る資格はない気がした。
(朱梨ちゃん、ごめんね。私、酷い友達だ)

 
 それからは、月子は入試まで、周りを見る余裕さえなく勉強をした。
 田村は生徒が合格したときの笑顔を見るのが楽しみだと言った。月子は自分のために、そして、田村のために、黙々と勉強した。不安にならない日などない。だが、入試までもう後、数日だ。月子はスランプだったときと同じように泣きながら、でも、勉強した。田村のシャーペンを手に。
 友達や先生との会話だけが、月子を勇気付けた。特に、田村の優しい言葉は月子の心を温かくした。嫉妬に苦しむ日々も相変わらずあったけれど、いいことばかりが恋ではない、月子はそう思うようになっていた。
 今は勉強が最優先。合格したとき、自分が成長できるのではないかと月子は信じて頑張った。だが。
「月子、田村先生からよ」
「……はーい」
 月子はまた入試の二日前、熱を出して寝込んでいた。自分の精神の弱さを呪う。
「君は私に激励をして欲しくないんですかねえ」
「そんなことはありません」
「体の調子が悪いと、頭も働きません。私は君が心配です。最後の綱渡り。ふらふらの状態でして欲しくないですからね」
 田村が月子の言葉を覚えていたことに、月子は少し嬉しくなった。
「そうですね。頑張って治します」
「頼みますよ。私は君の笑顔が見たいんだからね」
 優しい田村の声が、月子の体中に染みとおっていく。
「じゃあ、先生を喜ばすために頑張りますよ」
「嬉しいことを言ってくれますね。ですが、受験はあくまで自分のためです。あなたの将来のために、後悔しないために、頑張ってください」
「了解です」
「当日、応援に行きますんで、そのときは元気な顔を見せてくださいよ」
「努力します」
「では、ゆっくり休んでください」
「おやすみなさい」
 まさか、また電話がかかってくるとは思わなかったので、月子はこのビックリプレゼントに感謝した。風邪をひくのもいいかもしれない、なんて思うほどだ。
(いけない、いけない。今までやってきたことを無駄にしないために、最善を尽くそう)
 月子は思いなおして、眠りについた。

十六

 決戦の日の朝は、まだ少し寒かった。月子の体は万全とはいえない状態だ。だが、だからといって落ちるわけにはいかない。
 受験表を持つ学生たちの中に、見知った顔がちらほらする。
「月子」
 背中を叩かれ、振り返ると奈々美がいた。
「熱は大丈夫? 頑張ろうね。一緒に受かろうね」
 月子は強く頷いたが、その指先はいつもにも増して冷たく、なのに頬は熱く、心臓が、百メートルを全走カで走った後のように波打っていた。
「野乃原」
 聞き慣れた田村の声に、月子は反射的に振り返った。田村は笑っていて、
「君なら大丈夫ですよ。だからリラックスして臨みなさい」
 と言って月子の肩を叩いた。その田村の言葉にも、月子は頷くことしかできなかった。昨日、下見をした古い校舎が月子の目の前にある。綱渡りは今日で終わりだ。

 最後までどちらに転ぶかは分からないけれど。

 たくさんの学友。先生。どれだけ支えになってくれたことか。でも、ここからは皆一人。
 考えてみれば、これまでは与えられてきてばかりだった。でも、この入試は、初めて自分で選び、勝ちとるべきものだ。誰も与えてくれない。そして、これは始まりで、これからは、自分で手に入れなければならないことばかりになるのであろう。
(この綱渡りは終わるけれど、それは、新しい綱渡りの始まりでもあるんだ。さあ、私の目標を探すためにも、この入試を乗り越えよう)
「……行ってきます」
 月子の言葉に、田村は、一瞬首をかしげて、でも笑顔になって、
「行ってらっしゃい」
 と応えたのだった。月子が歩き出すと、後ろで田村が他の生徒にも激励しているのが聞こえた。でも、今の月子はそれを気にしている余裕はなかった。
(嫌いなテスト。でも避けられないテスト。そして、人生もが変わるテスト。恐いよ。でも逃げられない。やるだけやるんだ)
 教室に入り、自分の席につくと、月子は必要最低限の筆記用具を机上に並べ、その隣に受験表を置いた。足がガクガクしていた。試験監督の先生が入ってきて、月子の心臓はますますドキドキした。そして試験は始まり――。その後の月子の記憶はあやふやだ。


 その夜、窓から久しぶりに見た月は冬の終わりを告げていた。冷たかった銀色の光が温かさを帯びている。
(とりあえず、終わった……)
 その月を見ていると、悲しい訳ではないのに、涙がこぼれた。カーテンが月子の頭をなでるように揺れていた。


 卒業式。あっけないものだった。自分が三年間過ごした校舎を、胸に刻むように月子はじっくり見た。大好きだった桜並木も。桜は、新しいスタートをきるためのエネルギーを蓄えた、月子たちのように、まだ蕾だった。そして、奈々美を含む仲のよかった友達たちと写真をたくさん撮って、言葉をかけ合った。もうこの校舎に来ることはないのだ。そう思うとそれはとても不思議で、不安で、寂しかった。
(高校はどんなところだろう)
 月子の受けた修英館は自由な校風がうりである。そして、個性的な人が多いと聞く。文化祭、体育祭は地区でも有名だ。きっと楽しい三年間が送れるはず。
(ってまず受かってないと、女子高だ)
 まあ、そうなっても興味深いが、月子は女子の、グループを作るところが好きではなく、それを考えても、また、家に負担をかけることを考えても遠慮したいことだと思った。
(高校の三年間も、すぐに過ぎていくんだろうな。この三年間のように)
 それを思うと、大切に過ごそうと月子は心から思った。

 その夜、田村から電話があった。
「卒業おめでとう。早いものですね」
「そうですね。先生の言ってた通りでした」
「君にしては自己採点、点が出てなかったな。ま、厳しめにつけたんだろうが」
 受験の話になって月子は心が重くなった。実際、合格と不合格のライン際にいることは間違いない気が自分でもしていた。
「はい。不安です」
「でも、頑張ったなら悔いは残りませんよ。
……君は感受性が強いと言うか。いい子だったよ」
 「いい子」というフレーズに、当然だが、子ども扱いをされているのを実感して、月子は悲しくなった。それを悟られないように、
「でもたくさん迷惑をかけましたよ」
 と言い返した。
「私はそうは思いませんよ。こう言ったら怒られそうですが、いじめるのが楽しかったです」
 と田村は笑いながら言った。だから、月子も言った。
「私もです」
「どこがですか?」
「顔に出るところがです」
「君に言われたくないな。人の顔で遊ぶのも困り者ですね」
「おあいこです」
 互いに受話器ごしに笑い合った。
「たまには遊びに来なさいよ」
「そんなこと言われたら、毎日でも行っちゃいますよ」
「高校に行っても頑張りなさい」
 いつもより優しい田村の声に、
「先生も体に気をつけて頑張ってください」
 と素直に言葉が出た。
「私、強いんですよ」
「見かけから細いじゃないですかー」 
 切るのがもったいない電話。月子は延ばそうと必死だった。
「塾を休まないのは私ぐらいです」
「そりゃ、熱があっても塾に来るのは先生ぐらいですよー。過労死しますよ。気をつけてください」
「それほど仕事人間ではないので大丈夫ですよ」
(そうは見えませんでしたよ。先生はいつも自分を犠牲にして塾に来てるように見えました)
 心の中で月子は返した。
「……それじゃ、元気で」
「……先生も」
 このとき月子の目からは大粒の涙が溢れてきていて、それを悟られないようにするので精一杯だった。だから、言うのを忘れてしまった。「先生、ありがとう」と言う言葉を。受話器を置いて、しばらくしてからそれに気付き、月子はとても後悔した。


 修英館の合格発表があったのはその数日後で、月子はかろうじて合格していた。その日、田村たち塾の先生方も高校にやってきていて、生徒たちの笑顔を見て嬉しそうに微笑んでいた。
「よかったですね。安心しました」
 田村の、嬉しそうな、そしてどこか寂しそうな笑顔は月子の脳裏に深く刻まれた。


十七


 月子はその後塾を訪ねることはなく、田村との会話という会話も卒業式の日の電話が最後になった。しかし、高校を卒業し、浪人をし、大学を出、就職をし、結婚をしても、月を見るとやはり田村を思い出す。そして、伝えられなかった「ありがとう」と言う言葉と、叶えられなかった教師になる夢に、少しの心残りを覚え、夢を叶えた友人に、賛美を送りたくなる。しかし、現在の月子が原因ゆえの結果なのである。月は月子の道を照らしながらそう言っている。

 月子は隣に座る男性を見た。いろいろあったが、夫を選ぶ目は確かだったと月子は確信している。
「あなた、綺麗な月ね」
「そうだね、月子」
(私は月に恋をした)
 きっと誰もが、忘れられない恋を、日々を、心に持っている。友人。先生方。特に、田村と何気なく交わした会話は、知らず知らずに自分を成長させたと月子は今思う。それはかけがえのない思い出という宝物で。きっとあの日々がなかったら、今の月子はいない。
(その私が愛したのはこの人)
 それでいいと月子は思う。そして、これからも月は道を灯してくれるし、隣にいて、人生を共にするのは愛する人なのだ。           
                       
                       おしまい


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こんばんは、天音です。

前回は登場人物だけで終わったので、今回は少しだけ進まそうかと思いまして……。

楽しんでいただければ幸いです。


登場人物紹介はこちらから


ココから小説


「ソリスさまー」
 はあはあ。
 マーニ・ルアザンは奥宮の中を走っていた。ここを探すのは何度目だろう。
 場内の他も全て探した。ソリスのよく使っている抜け穴なるものの中もくぐって……。
 おかげで体中、葉っぱまみれだ。
「ソリスさまー」
 ちょっと目を離したらこれだ。ソリスさまらしいといえば、らしいのだが、従者のわたしの胃は痛まない時がない。
 城内であれば、女性の多い奥宮が一番ソリスさまのいる可能性が高いはずだが、いったいどこへ行ったのだろう。城外に出ている可能性もあるな。娼館にでも行っているのかもしれない。
「ソリスさまー」
 外を探すか……。
 マーニが嘆息したときだった。
「うるさいやつだな。俺はさっきからここにいる」
 頭上から声。見上げると、木の上に一人の若者がいた。
 ターバンから出ているのは赤い髪。琥珀色をした瞳は退屈そうな光を宿している。エル・ソリス・ベレヌス・エル・カルー国の第二王子、その人だった。
「ソリスさま、あなたは……」
 わたしの苦労も知らずに…っ。
「どこかへ行くときには、一言わたしに断ってからにして下さい!」
 あなたが動くと、必ずやっかいなことが起こりますから。
「心配したのか?」
「え? え、ええ」
 違う心配ですけど……。
「そりゃ悪かったな」
 素直なソリスに、マーニは逆に不安になった。
「ソリスさま?」
「ただ、退屈なんだ」
 そう言ったソリスの目は少し寂しげだった。
 先日の事件で、ソリスは命を狙われた。
 その首謀者が第一王子エル・エハル・ベレヌスだったにも関わらず、エハルは厳罰を免れ、実行者だけが罪に問われただけで、逆に、でくのぼうと影で呼ばれていたエハルの株は上がったのだった。
 問題を起こすぐらいがちょうどいい。そこがエル・カルー国なのである。
 アリク王のお気に入りであるソリスが時期王としては有力候補だったのだが、分からなくなったと家臣たちは囁いている始末。
 能無し、レギオン(動かないという揶揄)と言われていたエハルだが、やさしい面差しをした、学者肌の、アリク王の王子としては常識人だとも思われていた。そんな実の兄が自分の命を狙う首謀者だと解ったとき、ソリスはどう思ったのだろう。
 マーニの茶色い瞳に宿った光に気づいたのか、ソリスは少し笑ってみせた。
「おれは別に王座なんて興味ないんだけどな。
でも、おれが兄上を追い詰めていたんだろうなあ」
 ソリスは独り言のように言って、遠くを見た。
 マーニはかける言葉がなかった。
「何、しけた面してんだよ。
そうだ、またどっか行くか! 次は、そうだな……マーニはどこがいい?」
「……国外はダメです。でも、そうですね、いい店を見つけたんですよ。そこに行きますか?」
「お? いいのか? まだ昼間だぞ?」
「娼館じゃありませんよ? 酒屋です」
「酒! いいのか?」
「特別です。今日だけですよ?」
 ソリスの瞳にやっと光が戻る。それを見て、マーニは笑うことができた。
「おしっ!」
 百九十センチ以上もある巨体が、身軽な身のこなしで枝から飛び降りた。


 「おや、マーニじゃないか。いらっしゃい」
 体格のいい、人懐っこい顔をした女性、歳は四十を過ぎたぐらいだろうか――酒屋の女将がマーニを認めて相好を崩す。
「こんにちは」
「おや、隣にいるのは、ソリス殿下ではないのかい?」
「ええ」
「こんにちは、おばさん」
 ソリスの言葉に、
「レディーにおばさん、はないんじゃないかい?」
と怒った顔をしてみせる。
「えっと……」
「ニールと呼んどくれ」
「じゃあ、ニール、ええっと……」
 ソリスが珍しくマーニの顔色を窺うように見る。
「いいですよ、王子。何でも飲んで」
「王子が財布を気にしてちゃしょうがないね。今日はあたしのおごりだよ。何でも飲んどくれ」
 ニールが笑って言った。
「おばさん、話わかるな! っと、ニールだった」
「その代わり、これからもうちで飲んどくれよ」
「おう! じゃ、ウイスキーくれ!」
 ソリスは上機嫌で酒を飲みだした。
 そんなソリスにマーニも破顔した。そして、そっとニールに耳打ちする。
「ニール、リライザはいる?」
「いるよ。呼ぶかい?」
「お願いします」
「リライザー」
「はーい。
あら、マーニさん」
 にっこり笑って表れたのは、色白で華奢な美しい娘だった。緩く波打つ髪は金色で、澄んだ瞳は海のような青色をしていた。ニールの義娘リライザは今はなき、イスファタル人だった。
「マ、マーニ! 誰だ、その娘は!」
 リライザを見たソリスが声をあげる。
「彼女はリライザ。ニールの義娘です」
 マーニの言葉に、リライザは、
「初めまして、ソリス殿下」
とソリスに微笑んだ。辺りが明るくなるような笑顔にソリスは首をかしげる。なぜか知っているような……。
「あ!」
 そうか、リアファーナ王女に似ているのだ。
 思わずマーニを振り返る。
「飲みましょう」
「ああ」
 主人思いの従者に少し感謝して、ソリスはグラスをあおった。
 
 それから、数時間。
 マーニの頬はほんのり赤くなっていた。ほどよく良いが回っている。
 ソリスさまは楽しそうだし、何事も起こらないし、毎日がこうであればいい。
 そう思いながら、カクテルをまた一口。
 そのときだった。
「ルアザン大将! お探ししましたぞ! こんなところに昼間から……。ソ、ソリス殿下まで……」
 その声にマーニはギクリとする。
 ああ、やはり平和は続かない。今度は何だろう。
「何かあったのか?」
「は。ルアザン大将。アリク王がお呼びです」
「……っ」
 な、何かしただろうか。心当たりはない。ソリスさまだって、最近は何も事を起こされていない、はず……。
 胃のあたりがしくしく痛み出す。
「ソリス殿下もか?」
「いえ、ルアザン大将だけであります」
「そ、そうか……。今行く。
ニール、ソリスさまを頼みます」
「はいよ」
「まあ、頑張れや」
 従者の心配をよそに、上機嫌なソリスは笑いながらマーニの背を叩いた。
 何が頑張れだ……。きっとソリスさま繋がりのことに違いないのに……。
「おう、そうだ。兵士、一人残れ」
 ソリスが二人いた兵士の一人を呼び止める。
「ソリスさま?」
「王子一人じゃ危ないだろう。マーニ、お前の代わりだ」
「……はあ……」
 なんとなくソリスさまの目が光ったのは気のせいだろうか?
 まあ、確かに、王子一人にするわけにもいかない。
「いいですか、くれぐれも、事を起こさないで下さいよ」
「うん、分かった」
 あなたの分かったは当てにならないんです。
「殿下を頼んだぞ」
 兵士に命じて、ソリスに一礼すると、マーニは足取りも重く城へと戻った。

                   2に続く……



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こんばんは、天音です。

この小説は、六道 慧さんの「神の盾レギオン 獅子の伝説」の二次創作です。
(古い作品なので、知らない方が多いとは思いますが……)
登場人物は左のリンクにある「登場人物」を参照されてください。

異例の早さの更新ですが、
今回から先はまだ頭の中をぐるぐるしている状態なので、


更新が遅くなります。
次回はたぶん、サイトの小説をこちらに移す作業になるかと……。

コメントいただければ喜びます。
それでは、お楽しみいただければ幸いです。


ココから小説



「ただいま参りました」
 王の間へ通されたマーニが、一礼して、部屋に入ると、先客がいた。
 マーニより少し年下であろうか? 若者が跪いていた。マーニもその若者に習い、跪く。
 いったい何の用であろう・・・・・・。ハシム殿下の一件は解決したし……。
 胃が、痛む。
「よい、ルアザン大将、フランドル少将、面をあげよ」
「は」
 マーニとフランドル少将と呼ばれた若者の声が重なった。
 アリク王は笑顔だが、この狸おやじは何を考えているかわからない。
 マーニは黙って王の言葉を待つ。
「……今日、二人を呼んだのは、だな。
実は、ソリスの従者についてなのだが……」
 アリク王の言葉にマーニがぴくりと肩を震わす。
 やはり覚えがない。自分には。
 ということは、王子が何かしたとしか思えないのだが……。最近は大人しくしていた、はず……。
 アリク王の顔を注意深く見て探ってみるが、アリク王は柔和な笑みを浮かべているだけである。
「……」
「ルアザン大将、そう緊張せずともよい。ソリスは何もしておらぬし、そなたに落ち度もない」
 アリクの言葉に、ほっとマーニは胸を撫で下ろした。と同時に、疑問が湧き上がる。では、なぜ自分は呼ばれたのだろう?
「ただ……、まあ、ソリスも今年で19になる。そろそろ妃候補が出てきてもいい頃だと思ってな。そうは思わぬか?」
「はあ・・・・・・まあ・・・・・・そうですね」
 アリク王の意図を量りかねてマーニは歯切れの悪い返事を返した。
「ルアザン大将は大変優秀である。だが、いささかソリスと仲が良すぎる気がしてな。父親としては少し心配をしているのだよ」
(な!?)
「恐れながら、ソリス殿下は私を女性だと思っていない様子。そのようなご心配は無用にございます!
女だからという理由で、ソリス殿下の従者を辞めさせられるというのでしたら、私は納得がいきません!」
 エル・カルーの女は、女であることで侮辱されることを極度に嫌う。無論、マーニも例外でない。
 怒りに肩を震わせ、思わずマーニは口にしていた。
「ふうむ。
……しかし、まあ、ソリスの性格からすると、そのようなことにならないとも限らないと思わぬか?
何、これは降格ではない。従者を交換しようと思ってな」
「交換?」
「そうだ。フランドル少将はミレトスの従者でな」
「ミレトス様の?」
 ミレトス殿下。ソリスの弟で、確か12歳になったばかりのはずだ。
「そうだ。このフランドル少将は、大変優秀な若者でな。
フランドル少将、ルアザン大将に挨拶を」
「アルベルト・フランドルと申します、マーニ・ルアザン大将。大将の噂は私の耳にも聞き及んでおります。どうか今後ともよろしくお願いいたします」
 黒く涼しい眼が、まっすぐにマーニの目を捕らえた。ターバンから出ている髪も闇のように黒かった。
 黒?
「フランドル少将は、リュカーンの母親を持つゆえ、髪も、目も黒い。しかし、そんなことはどうでもよいことだ。重要なことは、優秀であるかどうか。そうであろう? ルアザン大将」
 マーニの反応に気づいたのか、アリク王は言った。
「は、もちろんにございます」
「アルベルト・フランドル少将。ご丁寧な挨拶痛みいります。
私はマーニ・ルアザン。こちらこそよろしくお願いいたします」
 アルベルトに挨拶を返したところで、マーニは何か重要なことを忘れているような気がして、はて、と思う。その時だ。
「父上~」
 元気な声が響き、一人の少年がアリク王に抱きついた。赤い髪に琥珀色の瞳。背はマーニより少し低いぐらいだろうか。悪戯っぽい光を宿した瞳はソリスに少し似ていた。
「おおお、ミレトス。よく来た」
 アリク王が目を細める。
「ミレトス様。王にまずご挨拶です」
アルベルトがミレトスにあわてて声をかけた。
「はいはい、アルベルトはいちいち煩いんだから」
 口でいいながら、ミレトスは王に一度跪いた。
「よいよい」
 アリク王は笑っている。
 マーニは隣にいる少年に同情をした。ミレトス殿下も手のかかる王子のようだ。
「ちょうどよかった。ルアザン大将だ」
「マーニだね? わーい! これからよろしくね!」
 無邪気に笑ったミレトスに、はっとマーニは我に返った。
 そ、そうだった。わたしは何をのん気に挨拶などをしているのだろう。
 王は、「従者を交換する」と確かに言った。
「いえ、わ、私は……」
 慌てて三人を見回す。同情の光を宿した黒い瞳、期待に満ちた琥珀色の瞳。そして、笑顔だが、目は笑っていないアリク王がいた。
 ハシム殿下の件で、マーニはソリスに一生仕えようと心に決めた。その直後だというのに……。
「・・・・・・。
よ、よろしくお願いいたします」


「アルベルト殿。えっと、ですね。ソリスさまは、まあ、いろいろ問題のあるといったら失礼ですが・・・・・・、たぶん、ミレトスさまよりももっと手のかかるお方だと思いますので……苦労をされるとは思いますが、頑張ってください。何かございましたら、なんでも私に訊いてくださって構いませんので……」
 王の間を後にしてすぐに、マーニはアルベルトに声をかけた。
 優秀だとは言え、自分より4つも年下のこの少年に、あの馬鹿王子の世話ができるのかと、かなり不安を覚えながらも、マーニはそう言うことしかできなかった。
 ソリスさまの従者のお役目御免。かつてだったら、喜ばしいことだったのかもしれない。だが、マーニの心は自分で思う以上に沈んでいた。
 ソリスさま……。
「ミレトスさまも、……元気すぎる王子でいらっしゃいますので、マーニ殿、くれぐれもよろしくお願いいたします」
(元気すぎる……なるほど……上手い表現をされる)
「では、私はソリス殿下にご挨拶を……」
 そういって、足早に去ろうとするアルベルトの腕をマーニは掴んだ。
「待ってください。ソリスさまには私から……。最後にいろいろ言うこともありますし……」
 有無を言わせず、アルベルトを止めることが出来たものの、マーニは途方にくれた。
 ソリスさまになんと説明したらいいのやら……。
 やはり、マーニの胃痛は治まらない。

                    3へ続く……


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こんばんは、天音です。

この小説は、六道 慧さんの「神の盾レギオン 獅子の伝説」の二次創作です。
(古い作品なので、知らない方が多いとは思いますが……)
登場人物は左のリンクにある「登場人物」を参照されてください。

えっと、順がよくわからないことになってまして、
1を読んだ後、バックをしたら2に行くようになっているようです。
読みにくくてすみません。

それから、一気に書いていないせいか、内容がだぶっているところがあるかもです。
我ながらしつこい文章だな……と思いますがすみません。


コメントいただければ喜びます。
それでは、お楽しみいただければ幸いです。


ココから小説




「よお、遅かったな」
 聞きなれた声にマーニは顔を上げる。
「ソリス、さま……」
 かなり自分が動揺していたことにマーニは気づく。ソリスの気配に気づかないなんて。否、ソリスが気配を消していたのだろうか? どちらもだろうと思う。
「今、ニールの店に迎えに行こうと……」
 ソリスの目をまともに見ることができず、視線をうろうろさせながらマーニは言った。いつの間にか城門まで来ていたことに気づき、再度驚く。
「城門……」
「? なんだ、大丈夫か? 」
「……ソリスさま、なんでこんなところに?」
「は?」
「いえ、今頃リライザを口説いているかと……」
 ぼんやりと本音を言ってしまい、しまった……とマーニは口を噤む。
「……。ほお」
「いえ、あの……」
「……リライザは可愛かったな、確かに。ただ……リアファーナ王女に似ているからという理由で口説くのはどうかと思ってな……」
 マーニはソリスをちょっと見直した。
「そう、ですか……」
「意外そうだな」
「え? ええ、まあ。
それにしてもどうしてここへ?」
「はあ? 王子が城に戻ってどこが悪りぃんだ?」
「いえ、てっきり娼館へ泊まってこられるかと……」
 しまった。また失言を……。
「ほお……。……まあ、そう思われても仕方ないのは仕方ない、が」
 ソリスはじっとマーニを見る。
「お前、大丈夫か? ぼんやりしてるぞ?」
 マーニは黙ってしまった。
 正直、大丈夫ではなかった。
「……で。
本当なのか?」
 ソリスの声が急に真剣さを帯びる。
「え?」
「従者の件だよ」
「!?」
 マーニは目を見開いてソリスを見た。
「なぜ……」
「兵士から無理やり訊いた」
 だから一人残したのか……。
「……どこまで、聞かれたのですか?」
「あ? おれが聞いたのは、ミレトスの従者が既に呼ばれていて、噂ではミレトスの従者とおれの従者を交換するって」
 ソリスはまっすぐにマーニを見て言った。
「それで、どうだったんだ、実際は? ……いや、なんて答えたんだ、マーニは」
「……」
 マーニは耐え切れずに目をそらした。そんなマーニの顎をソリスは掴む。
「おい、なんで目をそらすんだ? 答えろよ」
「……ソリスさまの言った通りです。従者を交換すると、言われ……わ、わたしは……断ることができませんでした」
 ソリスはマーニから手を離した。
「……そうか」
「……はい……」
「……ま、お前には世話になったな。迷惑ばかりかけちまった気がする。悪かったな。マーニもほっとしただろ? よかったな。
ミレトスを頼む」
 ソリスは手を頭の後ろで組み、そっぽを向いてそう言った。
「……っ」
 ずきりと胸が痛んだ。
 そうか、ソリスさまは、従者が変わっても、何とも……思わないんだ……。
 不覚にも涙がたまってきた。
 なんてわたしは不運なんだろう。ソリスさまに一生仕えようと思った。そう思えたときに、こんな……。
「?!」
 マーニはいきなりソリスに胸ぐらをつかまれ、驚いてソリスを見た。たまっていた涙がこぼれる。
「く、……苦し……」
 ソリスはマーニを壁に打ち付けた。ソリスのまっすぐな視線がマーニを捕らえていた。
「痛っ! ソリス……さま……!?」
「おれがそう言うと思ったか? マーニ、お前はおれの従者だよな? おれを裏切るのか?! おれは認めねえからな!」
 嬉しい。嬉しい言葉。だが……。
「っ……エル・カルーにいる限りはアリク王の命令は絶対です!」
「親父がそんなに怖いかよ!? くそっ! もうお前なんかしらん! ミレトスのところでもどこでも行っちまえ!」
 ソリスは城とは反対の方へ走っていってしまった。
「ははっ」
 以前は早く従者を辞めたいとばかり思っていた。
 ソリスさまに振り回され、後始末ばかりしなければいけなかった毎日。でも、本当に従者を辞める日が来るなんて……。
 ローエングリン伯爵のときと同じ。大切なものは失ってから気づく。
「わたしは馬鹿だ……」
 ソリスに恋愛感情があるわけではない。ただ、ソリスが主で、誇らしいと思えた。仕えている自分は幸せだと思えた。思えたところだったのに……。

                       4に続く……


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こんばんは、天音です。

この小説は、六道 慧さんの「神の盾レギオン 獅子の伝説」の二次創作です。
(古い作品なので、知らない方が多いとは思いますが……)
登場人物は左のリンクにある「登場人物」を参照されてください。

えっと、お手数ですが、タイトルにある数字の順番に読んでください。

それから、一気に書いていないせいか、内容がだぶっているところがあるかもです。
我ながらしつこい文章だな……と思いますがすみません。


コメントいただければ喜びます。
それでは、お楽しみいただければ幸いです。


ココから小説


「ねえ、マーニ。どうして勉強なんかしなきゃいけないの? 兄上もしてたの?」
 無理やり机につかされ、勉強をしながら、ミレトスがマーニに問う。むくれた顔が幼さを際立たせる。
「ソリスさまのようにならないためにも勉強は必要なのですよ」
 ソリスが居れば怒られそうなことをマーニはさらりと言って、中断された各国の地理の授業を再開させる。
「むぅ~、僕は兄上のようになりたい~!」
 ソリスはどうやらミレトスにとって憧れのようだった。
「……」
 ただでさえ、ソリスとその姉、レイミアは破天荒な性格でマーニをはらはらさせている。その上、ミレトスまで加わったら……と思うと、マーニは頭痛がした。
「いいですか、ソリスさまを目標にしてはいけません。ソリスさまよりさらに優れた王子になれるように努力するんです」
 もっともらしいことを言って見せるが、ミレトスはふくれ面のままであった。
「ねえ、剣技の授業は?」
「この問題が解ければやりましょう」
「ほんと?」
 目を輝かせるミレトスに、マーニはにっこり笑い、
「ほんとです。さあ、続きを……」
と言って、授業のおさらいのミニ試験をミレトスに渡す。そして、時計を見る。
 もうそろそろか……。
 マーニの予想通り、ミレトスの部屋をノックする音がした。
「ルアザン大将、ソリスさまが見当たらないのですが……」
 息をきらしてアルベルトが入ってくる。
「アルベルト、また兄上いなくなっちゃったの?」
 呆れ顔でミレトスが言うと、アルベルトはむっとした顔をして、ミレトスを睨んだ。
「奥宮は……」
「探しました」
 間髪入れずアルベルトが答える。
「例の抜け穴もですか?」
「はい」
「ねえ、抜け穴って何? 僕にも教えてよ!」
 ミレトスがマーニの短衣の裾を引っ張るが、マーニはそれを無視する。
「では……。城下町の娼館を当たってみてください」
「全てですか?」
 げんなりした顔で、アルベルトが訊く。
「ええ……。どこにいるかわからないときはそうするしか……」
 マーニは気の毒そうに答えた。そんな二人に、
「ねえ、娼館ってなあに?」
とミレトスが言った。
 マーニとアルベルトは顔を見合わせる。
「ええっと……。ミレトスさまは知らなくていいところです」
 マーニが視線を泳がせると、
「なんで?」
とミレトスは突っ込む。
「大人になったら教えてあげます」
「大人っていつ?」
「……」
 ため息をつき、マーニとアルベルトはまた顔を見合わせる。
 ソリスさま……。あなたの弟君がこんな質問をするのはあなたのせいですよ……。
「今でないことは確かです」
 マーニがきっぱりと言い切ると、アルベルトも隣で頷いた。
「なんで~?」
「なんででもです」
 相手にしないマーニに、ミレトスは頬を膨らませるが、マーニはとりあわなかった。
「……それにしても……。マーニ殿のときも、ソリス殿下は……その……こんな感じだったのでしょうか……?」
 いささか自信をなくしたらしく、うなだれながらアルベルトが言った。
 昔の自分を見ているようで、なんだか哀れに思い、
「ええ、わたしのときもそうでしたよ。ソリスさまは神出鬼没。そして都合のいいことは聞きますが、都合の悪いことは聞こえない耳をお持ちです。人の言うことを簡単に聴くタイプではありません。だから、アルベルト殿が悪いのではありませんよ。わたしも手を焼いていました」
と答えた。
「そうですか……」
 アルベルトは大きなため息をついた。
「……では、わたしはこれで……」
 一礼をして、出て行こうとするアルベルトに、
「頑張ってね、アルベルト」
 と、他人事のようにミレトスが声をかける。
 一瞬、すうっとそばまった目がミレトスに向けられたのは、見間違いではないだろう。
「さあ、ミレトスさまは勉強を頑張りましょう」
 マーニがぴしゃりと言うと、ミレトスはまた頬を膨らませた。
 それにしても……。
 ミレトスはわがままだが、ソリスを相手するよりも何倍も楽だとマーニは思う。望んでいた平穏な暮らし。
 これでよかったのだろうか。
 アリク王に命じられた日から、ソリスには会っていない。
「……」
 あの日のソリスの目が忘れられない。
「マーニ?」
 ソリスと同じ琥珀色の目がマーニを見上げていた。
「マーニ、時々、とても悲しそう」
「え?」
 そんなことないですよ、と答えようとしたが、声が出なかった。
「……」
「マーニは、僕の従者になったの嫌なの?」
 ミレトスが不安そうな目をして訊いてきた。
「そんなことはありませんよ」
 違うんです。ミレトスさまの従者になったのが嫌なわけではなく、ソリスさまの従者でいたかったんです。
 そう言ってもこの少年は理解できないに違いない。
「マーニ。アルベルトは。アルベルトはどうなのかな。アルベルトも兄上の従者の方が、いいのか、な……」
「それは間違いなく違うと思います」
 間髪おかずにマーニが答えると、
「そ、そっか……。父上が言ったからだよね」
 ミレトスはちょっと安心したように微笑んだ。
「その通りです」
「あ、別に、アルベルトの方がいいって訳じゃないんだよ? マーニは兄上の従者で、僕、凄く尊敬していて、そんな人が従者になってくれて、凄く嬉しいんだ。でも、でもね、アルベルトも僕、好きなんだ」
 必死に言葉を紡ぐミレトスに、
「ええ、分りますよ」
とマーニは笑ってミレトスを見つめる。
「でもね、アルベルトは、僕が何かすると、いつも怒ってばかりで……。アルベルトは僕のことが嫌いなのかなって……」
「それは違います。ミレトスさまが心配だからですよ、きっと」
 マーニはミレトスの頭をなでて、優しく言った。
「心配だと怒るの?」
「ええ。怒るというのはエネルギーがいるんです。どうでもいい人には怒る気もしませんよ」
「ならいいんだけど……」
「さ、勉強の続きです」
「はあい」
 顔をしかめながらも、鉛筆を動かしだしたミレトスをマーニは目を細めて見た。
 ソリスさまよりも何倍も素直だ。
 だが。
 どこかこの状況は歪に思えた。
 いつも行方知れずになるソリスを追いかけていたのは自分で、この幼いミレトスのそばにいたのはアルベルトだった。それが、今は、自分でさえ手を焼いていたソリスをアルベルトが追い、ミレトスのお守りを自分がしている。不自然な人事だとしか思えなかった。

                      5に続く……


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